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「俊水」の掲示板
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白馬のベンチ
2013/12/02

土曜日の朝、プレミアムでない一番低価格の受信波のみ視聴可能なわが家のテレビでNHKのニュース番組を見ていたときのこと。
ふいに雪景色の山々が映し出された。

前の話題と区切りをつけるためなのか、それとも微妙に時間が余ってしまったときのテクなのか、そーゆーことはどうでもいいのだが見覚えのある風景が映って思わず身を乗り出してしまった。
音声無し映像だけの、積雪の白馬村とスキージャンプ場を映した数十秒。

「おおお そこじゃ、もっとカメラを右下に引け、リフト小屋の手前の広場を映せ! がんばれーっ カメラあー! もっと手前を映せえー。
おーし そこじゃー そこで止めれー、止めたら 迫れえー 木製のベンチをアップしろーっ! ワシのベンチじゃー」

叫びつづけたが、無情にも画像の上には関東甲信のお天気マップがかぶさって、かわりに白い白馬の風景は薄くなって、やがて思い出のベンチは見えなくなった。

ベンチの横木に自転車のペダルを引っかけて固定し、脱いだ手袋とヘルメットを置いて腰かけて、へたれたカラダが蘇生するまで30分ほども留まっていた木製のベンチ。
両足の間に滴って地面に拡がってゆく汗の染みを見つめながら、ただただ息を整えるのがいつものスタイル。

この間に誰かが声をかけてきても、非礼とは承知ながら無視させていただく。うつむいたまま大げさに息を継いで見せれば大抵の観光客は立ち去ってゆく。

ところが中にはしつこいと言うか無神経なのがいて、へんに触ったら倒れる自転車のサドルを無遠慮に撫でたりする。
山なのにスカート穿いてサンダル履いて、首には太いネックレスが目印の、でかい土産袋を両手にふたつも下げているのが特徴の、これはまぎれもなくオ〇タ〇アンという種族だ。

「この坂を登って来たの! 凄いわねえー いまお幾つ? ひえー うちのおとうさんより年上よっ! えっ 富山から! 走って来たの? ひとりで? あなた 冬はジャンプもやるの? 幾ら貰えるの?」

ホテルの送迎ワゴンで登って来た観光客はアッチへ行けー。ここはアスリートの聖地やぞ。
こらーっ 観光協会! 夏場で人が少ないからってロープで地面に繋いだ熱気球なんか金とって揚げるなー、ゴーゴーやるたんびに暑っ苦しくてたまらんべえーっ。

ベンチの尻に当たる部分のくぼみ具合と背当り角度のよい具合が、へたれたカラダとモチベの覚醒にじつによく効く。これは只の規格品のベンチではあるまい。
へたれの喜悦感とそこから蘇生してゆくときの喜望感をよく知っているマゾヒズムな職人でなければこれ程の名作は作れまいよ。
彼もまた、この坂を幾度も登っておのれのへたれを高め、モチベ高く喜望のベンチの製作に打ち込んだ真正マゾに違いない。

ここから仰ぎ見ると天空の尖塔のようなジャンプ台、あのてっぺんまで登り、だが飛び出す決断がつかないまま降りてきた若者の幾人がここに来て、このベンチに座って涙したのだろうか。
そのなかの幾人が再びスキーを携えて階段を登って行ったのだろうか。
ジャンパーはウオームアップを兼ねて歩いて階段を登る。リフトを使うの故障者を降ろすときだけなのだ。

この白馬ジャンプ台は、冬季オリンピック史上最高の出来と評され世界中から見学者が絶えない。競技関係者だけでなく夏場は白馬の観光スポットにもなっている。
登山者は白馬駅から歩き始め、観光客は歩くかタクシーを使うが観光タクシーに混じって自転車も坂を登って来る。
それはいい、自転車は登って来てもいい、長い坂を本気で命がけで登って来るんだから。

本気でないマイカーは途中の駐車場から先は禁止なのでバスに乗るか歩く。地元タクシーとバスと登録されたホテルのワゴンだけが許される。それほど危険な坂なのだ。
オートマ車では登れない。この山ではマニュアルのスーパーローギヤ車でないと登り切れないのだ。
事実ワシが一度だけ足を着いたときは余りの斜度に止まっていることすら出来ず、ずーっと下のホテルの駐車場のような平らな処まで戻らなければ再スタート出来なかったんだぞー。

土産袋をふたつも肘に掛けてソフトクリーム舐めながら、山なのにスカート穿いてサンダル履いて隣りのベンチに座っているオ〇タ〇アン、わざわざ送迎ワゴンを回り道させてまで訪れなくていい。
ワゴンのクラッチは焦げ臭い匂いを発していたんだぞおー。
やい 土産物屋あー! オメらが店なんか出すから場違いな種族がこーんな上の方まで徘徊するんだ。ここは白馬やぞ、オリンピック アスリートの聖地やねんぞ。

白馬は、美しい空中飛形と距離を可能にし、着地点の安全性に於いてもこれ以上の造作は今後ないだろうと言われている。
ジャンプ台の設計建設に当った関係者の努力を讃え労苦を偲ぶ碑や逸話が多く残されている。

それは勿論そうだから、それでいい。
だが、夢破れ故郷に帰ろうとリフトを降りてきた若者をなぐさめ、カラダとモチベを回復させて、もう一度やってやろうと気持ちを奮い立たせたのは場外のキップ売り場の広場にひっそりと佇む座り心地のいい木のベンチだったと、知って訪れるひとは少ない。
ここで涙を拭いて立ち上った若者が数年後に伴侶と共に訪れて、黙って座ればそれだけでいい。

ワシとてアスリートの端くれ、モチベの立て直しかたくらいは知っている。
水を飲んで靴のストラップを締め直してから立ち上がり、
さぞや名の有る白馬の工房製であろうとベンチの裏に回ってみたが、落款はおろか工房のプレートすら付いていなかった。

これぞまさしく無名のマゾ アスリートの手に成るものと確信した木のベンチだった。
ニュース番組から5時間以上経っている、雪はさらに積もっただろうか。

syn


写真は本文とは関係ありません。

白馬行のときは携行量低減のためカメラを持たなかったのです。
このあと向かった大雪渓を見てカメラの必要性は痛感しましたが、軽量化を優先する競技者体質はいまだ健在と思っています。

写真のベンチについて。

昔日のワシらが若かりしころ。
諏訪湖花火大会の晩、力自慢のナ〇ザ〇くんが酔って湖畔公園から沖合に向かって投げ込んで、アベックの乗ったボートを二艘も転覆させて重要参考人とされた事件のときの犯行に使われたベンチと同型のもの、もしくは同一のもの。先ほど近くのばら公苑で撮影しました。

いつからここにあるのかは不明。持ち上げようとしてみましたが、とてもとても。
こんな重たいモノを頭上高く差し上げる犯人の野獣性を恐れてか、複数いた目撃者は皆 「見なかった、酔っていて知らない、ナ〇ザ〇はドブにはまって寝ていた」 と証言したそうです。

あの事件は犯人逮捕に至らないまま時効となりました。しかし目撃者 (と言うより積極的扇動者) の〇ナ〇タくんは今回偶然発見された物証 (もしくは同型) のベンチ写真を見てどう思うのでしょうか。
「良心はベンチよりも地球よりも重い」 このコトバを彼らふたりに謹んで贈りたい。

スクープ映像
2013/11/25

先ほど (2013/11/24/05:33)  アイソン彗星と思われる光球の撮影に成功。

称賛されるべきはその写真術でなく、
凍みる原野に手袋なしで3時間立ち、ふところにカメラを温め続けた老カメラマンの情熱であろう。

syn

おしぐれさんの ロード歳時記 「レールマンの逆襲 下」
2013/11/28

8月の初旬にそちこちの知人にメールして、親切に教えてやったアイソン彗星の肉眼観察可能日が近付いてしばらく見えていたが、その後太陽に近付き過ぎて見えないゾーンに入った。
この間に何か言ってきた者は誰あ〜れもいない。

テレビニュースなどでは宇宙空間から高性能4Kカメラとやらを駆使した鮮明かつ動く映像を映し出している。わざわざ早起きして肉眼で見ることもないと、そーゆー了見の人間が増えたのだろう。
日本人の了見を狭くしている元凶はテレビとスマホとコンビニだとかねがね思っていた。

コンビニは作家個人の生活の都合上外せない、20世紀最大の発明だと了見を狭くしつつも頼り切っている。
したがって残る二つのテレビとスマホをなくせ。などと言うつもりはないがNHK受信料は減額していただきたいものだ。
それが無理ならリモコンにDボタンなんちゃらいうモンの付いていない地上波専用受信器の世帯には、BSプレミアムとかいう有償番組の放送予告は流れないようにシステムを変更して欲しい。

それって、軽トラを運転して外車販売店の前で信号待ちをしていたら、飛びきりキレイなキャンギャルのヘソ出し水着のお姉さんから窓越しに フィアット アバルト のカタログを渡されて、知らん顔も出来んからニッコリして、「どーも ありがとう」 って言った。
信号が青になってスタートしたが頬が引きつって、思いっきりミスシフトをしでかしてギヤがギャルっと鳴った。
そーゆー差別的なことに通じるんじゃないの?

『 私も孫の双眼鏡を借りて見ました。
ほうき星のしっぽが見えました、老後への憂いを一掃してくれそうな見事な掃きっぷりでございましたよ。
この箒、数か月前にご貴殿が予言した通りの位置に出現しその通りの軌道で天空を掃き清めて、やがて東の地平へと消えて行きました。その姿はあたかも ひと仕事終えた団塊戦士のようで、涙なしには見られませんでした。
ご貴殿の正確無比なる計算精度には感服つかまつったる次第でございます。
今後も宜しくご教授願いたく、御礼かたがたご報告申し上げます 』

かつての団塊戦士なら、この程度の挨拶状を地方の銘酒に添えて送って来るはずなのだが4Kカメラのせいでお歳暮を貰い損ねた。
ただし”正確無比なる計算精度”と褒められるのは背中がこそばゆい。出処は東京天文台のホームページだからだ。

一緒に見ようというお誘いが無いからひとりで出かけた。
コンビニでホットカルピスとお茶を買って行ったが、ロードの土手でたちまち冷えてしまった。12月初旬過ぎの第二次出現を見る際は魔法瓶とサバイバル用アルミ ブランケットを持参したほうがよい。

東の地平が開けている処といったらロードの乗っている鬼怒川の土手しか知らない。ワシが出かける処はコンビニとロードしかない事実がはからずも確認された訳だがそれはそれでよい。
これはロード歳時記であり、けっしてへたれおやじの酒のみ与太話ではないのだから。
一部の読者にそう思われているフシがある。はっきりと釘をさしておきたい。

昨日の朝、彗星の写真が撮れたのでそちこちにバラ撒いてやった。歳時記の写真としてはタイムリーなものであった。
1通だけメールが返ってきたがお歳暮を送ったという知らせではなかった。

『 アレ 本当に彗星なの? 金星かなんかじゃないの? だからわざとハッキリ写らない初級カメラで撮ったんでしょう。
寒い中ご苦労なことでおます… じゃあねえ〜 』

明け方のロード端に立って空を見上げるといちばん目につくのが金星だ。金星はヴィーナスという形容を持つ一等星、文学名は明星である。明るさと光の色が彗星とは異なる。
それゆえ馴染みの金星と今回かぎりの一期一会の迷い子彗星 アイソン君とを見まごうはずはない。
『 じゃあねえ〜 』 氏のような非浪漫派は 「知り合い」 から 「迷惑」 のカテゴリーに移し替えてやった。

ロードの向こうの町並みのさらに向こうの山なみの上から少しずつ明るさを増す空と、少しずつ明るさを減らして消えかかる星々。

初冬の歳時記としていちばんのシチュエーションを写真で伝えたのだが、非浪漫・非想像・非印象派の彼らには寒々とした原野の風景としか受け止めて貰えんかったようだ。
ここはやはりワシの”たぐいまれな”筆力で奴らを振り向かせるしかない。思いを新たにしたものである。

新たにした思いを忘れないうちにマインドに定着させる接着剤は一升瓶に入っている。台所の隅にあったのを持ち上げてみたら軽い。
これはイカンぞ、作家のモチベーションが軽くなってしまう。どーしたらよかんべーと思案している処にレールマンがやって来た。

「おお これは鉄路氏、よい処に参った。 ささ入られよ、ずずーっと奥に入られよ。 して、 ご持参の品は何処に?」

彼は手ぶらなのだ、いつもなら一升瓶を二本さげているはずなのに。
ワシの小屋を訪ねる者は手ぶらで来てはいけない、新聞の勧誘員だって二缶パックの発泡酒くらいは持って来るぞ。ましてや今はモチベーションの危機なのだ、手ぶらはないべや。

「おやー? おしぐれさん、妙に愛想がいいね。 早くも匂いを嗅ぎ付けたなあ。
おーい 弟子ぃー、こっちへ引いて来い」

レールマンが戸口を大きく開けると、弟子犬のブッチー君が小さな荷車を引いて入って来た。驚いたことに一升瓶と重箱が積んである。
こんな重たいものをよく犬が引いてきたものである。動物虐待ではないのか? 
ところがブッチー君、喜々としている。
ワシの処に来るのが楽しみだったのか、荷車引きが嬉しいのか、それとも労働そのものに価値を見出して喜んでいるのだろうか。

アルミの枠にゴム車輪の三輪荷車はよく出来ていて、回頭性が良さそうなのはすぐ見てとれた。
三輪なので軸重が犬の肩に掛からない、引き綱も合理的にデザインされている。自分の体重ほどの重量までなら中型犬でも引いて歩けるようだ。
「どうしたの これ、 売っていたの?」

「ぼくが作った。だてに30年もJR北の工務所にいた訳じゃない。これは習作でな、じつはもっと大きいものを計画している。その相談に来た。
前回編 『中』 では話せないままページが終わってしまったから今日は実機の図面を描いて来た。
すでに自宅裏に屋根付き作業場とアルミ溶接機などの大道具は準備した。細かな道具は此処の自転車工具が使いやすそうだから使わせて貰う。 逆襲の戦車だ」

彼は懐から何やら図面を取り出す。
図面だと言うのだからそうなのだろうが、カレンダーの紙の裏にまがまがしき戦車なるモノの絵を描くそーゆー精神は大いに讃えたい。

それにしても逆襲の戦車とはただ事でない。このご仁とお弟子が一升瓶を携えて来たときはいつもただ事でない。今回はクーデターのたくらみか? 一体何にクーデるというのだ。
昔 「アパッチ族の逆襲」 という映画があった。そのDVDを見てジェロニモ人形など流行りのフィギュアを載せる戦闘マシンを作ろうなどと変なことを思いついたのだろうか。

図面を作業台に広げようとする彼を制してワシはウエスで台上を拭いた。
ここに先月のカレンダーなど広げられては折角の一升瓶と重箱を並べるスペースがなくなるからだ。

「まて 同志よ、吉良の屋敷の絵図面を広げる前にワシらはモチベを広めなければナラン。それなる荷車より宝物を降ろしてここに置け。おっと千両箱の重箱を落としてはならんぞ。
逆襲の血判書はその後じゃ。 ブッチーどのご苦労であったのう、曳き棒を外して休まれよ。
ひと休みしたら外の様子を見張ってくれんか? 幕府の密偵が潜んでおるやも知れんでなあ」

ブッチー君は重箱に入っていた里芋の煮っ転がしを1個貰って、それを咥えて外に出て行った。大した働き者である。
ワシら二人は彼と比べたら大した怠け者だが、なあーに間もなくモチベが昂揚してくるから そーしたら吉良邸討ち入りだって宇宙侵略だって可能になる。

台所からコップをふたつと縁の欠けた小皿を探して持ってきた。小皿はお弟子用にと持ってきたのだが他の大皿だって縁は欠けているからどれだっていいのだ。あえて小皿にしたのは彼は足軽の身分だから差をつけた。こーゆーことはケジメをつけねばならん。
ワシら大将と同じように重箱から直接の手づかみ食いでは戦陣のモラルが保てんではないか。

来客が持って来るタダの酒はいつ飲んでも旨い、昨朝アイソン君とロードの土手で飲んだらさぞかし美味しかっただろう。
宇宙みやげの水素ガスで冷やしたオリオンビールを昨朝の凍える原野で飲んだならモチベはさぞかし昂揚したろうなあ。昂という字は ”すばる星” だって知ってっかあ。

「そろそろ ええか? おしぐれさん、モチベは復旧したか、なに まだだあ? もっと呑め 早く飲め のんだらぼくの図面を見れ! トロッコ自転車だ。
イメージは保線の運搬台車だが重量物は積まん、ぼくらと水と食料だけだから自重20kgが目標だ。

小径のフランジ車輪に幼児車のゴムタイヤをはめてサスペンションを省略する。
フレームはアルミ材で簡便に作り、自転車の機関部を移植して狭軌ゲージ1,067mmの車軸をチェーンで駆動する。
低い床面にはブッチーが落ちないように滑り止めの突起のあるウレタンマットを張る。下の線路のバラストが見えると目が回るからねえ。

課題は巡航速度がどれ程になるかだ、変速機はぼくらの自転車のものをそのまま使う。入力は人力エンジンだからモチベ出力次第ということになるな。
モチベ用ガソリンはもちろんハイオク焼酎25度を搭載する予定だから心配するな。
ブレーキは無くてもいいのだが、取材のメディアへの訴求効果を考えればマウンテンバイク用のディスクブレーキが豪華で良いだろう。

軽量化のためトランスファーは設けない、前後の駆動力が同じになるよう気合を合わせて踏み込むのみだ。そういうコト好きだろう?
おしぐれさん、おまんの自慢のクロスバイクも無償提供して貰うぞ。戦時徴用というやつだ」

「おおー よく書けてるねえ、次回からは方眼紙に描くともっとよいねえ。 サドルが二個あるのはお弟子の分か? 酒も旨いが里芋はさらに美味いねえ。奥方はお元気か」

「なあ〜にを 言いやがる! おまん ぼくのここまでの話を聞いていなかったのか。飲むのを止めれー! ぼくの話を聞けーっ!  
ブッチーは犬だぞ、荷車は引けてもサドルに座ってペダルが踏めっかあー。 彼は走路見張りの専務車掌だ。
おまんの役目はなあ、 2個あるエンジンのうちの1個だあ! 四輪駆動のクワトロ仕様なんだぞおー。
 
芋が旨いってか、おまん 酔っぱらった振りして問題の核心を避けようとしていねーかあ?
ええか 里芋のいも言葉は ”鉄の盟約” だぞ、Fe を多く含んでいるからなあ。芋食って酒を飲んだからには話に乗ってもらう、ついでにサドルにも乗ってもらう」

「鋭い洒落じゃのう、 それでえ 何と戦うんじゃ、 奥方か? アパッチ族か?」

「国交省とJR北 本社だ!」

「びえ〜! おぬし、今をときめく あんべちゃん の国家権力に挑むっちゅうのんか? でもなー そんな手段はあるまいよ。デモ行進でもするとデモいうのか?」

「ふん その通り、デモ行進だ。だがおまんの三段洒落はシャープさに欠けるなあ。
ぼくはね、今回の軌間測定値の改ざん隠匿に端を発する一連の疑惑問題と前例のない無期限監査は、国交省による恣意的なJR北潰しと思っている。

潰したあと、国がナニを作ろうと考えているのか今は確とは分らんが、シベリア ロシアと北朝鮮を間直に控える北海道の鉄道レール規格をいまの狭軌から広軌ゲージに張り替えて、米国製のミサイル台車を乗せて走らせようとしているのではないのか。
国境海の強力な防衛戦略鉄路を構築しようとしてJR北を意のままにしようとしているのなら、これを断固阻止せねばならん。

すでにJR北の本社は敵に取り込まれたと思うべきで、そんな敵と戦うには遵法などと言っていられっか! デモ行進ではあるがレールの乗っ取りだ、列車往来危険罪に抵触する恐れはある。
ぼくたちには越法・脱法も厭わない覚悟が必要だ。
ええか 日本の裁判では確信犯は罪に問えない。我々は正義を行うのだ。世論を味方にするのだ」

「びええ〜」

「ぼくがまだあっちに居た頃に、広軌にする際の地盤の問題点や工区のことなどの説明を求められたことがあった。
上のひとは国からの話だとしか言わなかったが今思えばあのころからCIAが動いていたのだ。

レール軌間はね、今回大げさに騒がれているがあの程度の誤差では何も起こらん。本土内のJR東日本や西日本でも実態はさほど変わらん。
非採算部門は予算も人員も削減され続け現場は疲弊している。
元々赤字体質の北海道では除雪費用で大半の保線予算を使い切っていて、カーブの外側の擦り減ったレールでも騙し騙し使っている。
減っていない内側レールと取り替えっこして、曲がり半径の違いは人力伸ばしで合わせているんだ。このIT時代に人力の金テコとジャッキでだぞ。

それがぼくたち工務所の誇りでもあったわけだが、職人堅気の現場の頑張りで問題解決を長く続けていると、会社は最初から問題など起きてはいないと錯覚して解決機能を持っていた部署を廃止してしまう。
その結果、大事な場面で解決支援を現場が求めても決断する重役が何処にもいないという不思議なことになって、時間ばかりを浪費する。
極端な話しをすれば豪雪の際、毎年ラッセル車両が不足して困っている保線区に新区長が赴任したのを機会に思い切って増両の申請書を出した。
書類がぐるぐる回っているうち春になって雪が融け出せば、その書類が机の上に載っていてアタマの痛かった中間管理職はこれ幸いとシュレッダーにかける。

新区長は上から何も言ってこないのは申請が通って秋口には新車両が来ると思っていたが、初雪が降っても来ない。
問い合わせてみても前年度の申請など知らないと一蹴され、「お前のところは巧くやっているじゃないか」 と肩をたたかれ追い帰される。
こういうこと一杯あって、じつは国交省も実態は知っている。知ってはいても決定的なドジをやらかすまでは知らんぷりしている。

去年群馬県内の高速道路で貸し切りバスが長時間の連続運転の果てに居眠り事故を起こす事件があった。死傷者が出たから刑事事件となった。
あの会社は陸運局によってバスを封鎖され、たちまち資金難となって倒産したが刑事責任と民事賠償訴訟の被告の立場は変わらない。

つまりバス会社は陸運局によって潰されたのだが、無理な行程のツアーを企画した観光会社は通産省観光局の管轄だから無傷で残っている。
交代の運転要員を用意しなかったのはバス会社の都合であり、観光会社に事故の責任はない。としているのだ。

今回のJR北潰しは省や局よりもっと巨大なチカラだ。”潰し時”と考えたのは中国の海軍力増強を危惧した米国がかねてより目をつけていた北海道のレールに早急にミサイル台車を載せたいと、尻を叩いてきたからだ。
このところの展開のえげつなさは儒教思想の影響下で育ったわれわれ民族のおもわくを遥かに超えている。

脱線転覆があったのは貨物線だっただろう、死傷者がなくてよかったがアレは金を貰った運転員がわざとやった。
ATS機器を破壊した駅員は、仲間に身元がバレそうになった国側のスパイだった。逮捕されてからの消息が報道されないのは国のしわざだからだ」

「オメさま、よーけ しゃべるなあ。 ほんで? 定年退職者の身で なあ〜にをデモる気だい」

「トロッコ自転車で北のレールを函館から稚内まで走るんだ。

ぼくはねえ、30年前に妻子を此方に残して北海道へ初赴任のとき当時の国鉄総裁から 『 鐡道マンは汽車で行け、飛行機は敵の乗り物だ 』 と言われ、職員パスの効く二等座席の夜汽車に揺られて青函連絡船駅で降りたら大雪で道内線は全線運休。函館まで歩いてタクシーを探したら何と馬そりタクシーだった。

この時代の北海道ではねえ、大雪の日に汽車に乗るような命知らずはひとりもいない。ヒグマを素手で倒す屈強のアイヌ族の男でさえ汽車には乗らない。
馬そりか犬ぞりのほうが速くて安全、そのうえ汽車賃が掛からん。馬もカラフト犬も家で飼っていたからねえ。
ぼくが習作で作ったブッチーの荷車は当時の荷馬車を思い起こしながら作ったんだ。

馬そりタクシーの床には練炭火鉢のヒーターがあって、それで暖を取りながら網を乗せてシシャモを焼いて、唐キビから作った密造酒を飲みながら三日間雪原を走って稚内に着いた。
稚内駅では新任のレール技師は連絡船の凍ったデッキで滑走し、冷たい時化の海に転落して死んだと皆んな喪章をして雪かきをしていた。

からだ中からツララを下げて馬そりから降りてきたぼくに、ついたあだ名はノースマンだった。
スウェーデン発祥の北海を泳ぎ氷原を走るノース トライアスロンの完走者に贈られる尊称だ。

この30年でレール総延長は倍になり、大雪でも列車は走るようになった。ぼくの定年までに新幹線が来るようにと一度も帰省せず頑張って働いてきた。
その夢はかなわなかったが、ぼくらが敷いたレールの上で北のディーゼル特急は狭軌ゲージの世界最速を達成した。
そのレールに米国製のミサイル台車なんか載せてたまるか、べらぼーめー!

おしぐれさん! ぼくの初任のとき乗れなかった函館から稚内までのレールを、ぼくらはトロッコ自転車で走るんだ。
そして、手作りトロッコでも走れたこのレールのどこが欠陥じゃい! 欠陥しとるのはJR北の本社と国のお偉い監査官だあー と叫んでやるんだ。
北の大地のさらに果てまで行って愛を叫ぶんだあー」

「叫ぶだけか?」

「そうだ、 不足か?」

「おもしろい」

「だろう、 やるよなあ」

「うん、 やる。 やるが ワシらがトロッコを走らせているときに後続の特急が近付いて来たらどーすんだ? 線路から降りるのか」

「ぼくが30年も北の工務所に居たのは伊達じゃない、と言っただろう。当時部下だった男たちがまだたくさん残っている。
彼らは総力を挙げてぼくらをサポートすると約束している。
トロッコの通過ダイヤに合わせ、前後20kmの分岐ポイントと駅と踏み切りの総べてのラインに、偽のコントロール指令を発令するコンピュータ ソフトが出来たと連絡があった。

『 国会議員団 特別査察チーム ご一行様 軌間測定車にて通過中。この間は当スーパーATS ”北” が道内ダイヤの一切を仕切る。よって域内の下級ATSをこれより順次OFFするので承知のこと。
通過後はONされるまで総員挙手の礼をもって測定車を見送るべし 』

トロッコ自転車に搭載する「GPS 位置追跡システム」の発信機とスーパー ”北” のモニターが間もなく届く。
作戦名: ノースマン オペレーション 彼らが名付けた。 どうだ、 不足か?」

「めっちゃ 素敵やないけ。 北の男たちよ、アタック開始じゃー!」

「ワタクシも連れて行ってくだされー わんわん」

「焦るな! まだトロッコが出来とらんべ。 試走と改良を重ね、筋力トレーニングもして最終アタック機を北の大地に運び込むのは来春だ。雪が融けてからだ」

「んじゃー 今日のところは前祝いだっちゃなや。オメさん でーじな図面が汚れねーように 畳んで仕舞ったらどうだあ。ほれ そこの石油ストーブの上さに置け」

「わんわん」



来春まで いったんおわりのココロだあー。

syn

おしぐれさんの ロード歳時記 「レールマンの逆襲 中」
2013/11/20

本日は晩秋の冷たい雨。
ここ数日で夕暮れが早くなったようで、だんだん寂しくなってまいりました。

昼前にめずらしくレールマンがワシの自転車小屋を訪ねて来た。一升瓶を両手に持っての来訪であるからもちろん歩いて来た。雨のなかを歩いて来た、もちろん傘など差さずにだ。

雨がふるたび傘を差すのは日本と韓国だけだ。それ以外の国では雨は恵みの水として濡れて歩く、当然ながら自転車も濡れて走る。
自動車だけにはワイパーがあるが、自転車には泥よけの発想などない。恵みの雨をよけるなんて神への冒涜だからだ。
ロンドンの紳士はお天気でも傘を持っているが、降ってきても開いたりはしない。

あれはスタイリッシュに細く作ってあって、アーサー王の剣(つるぎ)のかわりなのだ。
見えるところだけ布地がある見せ傘だから、開くと台風で布地を持って行かれた東京の地下鉄入り口のサラリーマンみたいな情けない風情になってしまう。

その点バイク アスリートは気合が違う。泥よけがないのは神の啓示だから濡れるのには慣れている。
師匠のワシの督励が行き届いてレールマンも濡れて来た。けっして傘がないワケではない。
傘を持つか一升瓶を持つかの選択に迷っているようでは一流のロードマンにはなれん。一方の手に傘、もう一方に一升瓶という選択もないではないが、それは未練と一蹴する。
両手に二本、一升瓶を持つのが練達者の証しであり、生きざまなのだ。

こーゆーときだけはモチベーション高く彼の脚は前に出る。それもこれも 辛く厳しいロード修行のたまものであろう。
人格の形成にはモチベーションの薫醸が大きく関わると無着成恭先生が言っておられる。
ワシの弟子もモチベーションだけは立派に育った。それが薫り高いものかどうかは‥ 知らぬ。

生意気なことには彼にも弟子が出来て、そのお弟子さんを従えてやって来たというのだが、何ということか重い一升瓶はレールマンが持ち、お弟子は手ぶらだと。
師弟関係がおかしいのには訳があって、気の毒なことにお弟子は二足歩行困難者なので荷物が持てないのだそうだ。
そこで彼が一升瓶を二本担ぎ〜の、お弟子の手を取り〜のして、宗師匠であるところのワシとこに挨拶に来たというのだ。

雨中にわざわざ挨拶に来たとは尋常でない。”もののけ” 共にはこーゆーシチュエーションが似合うと思っているフシがある。
彼らはいよいよ 「トボリング」 の世界に入滅したようだ。
この雨の中を濡れて来た真の理由はワシに別れを告げに来たのだろう。

そうかあ そーゆー世界を選んだのか。
レールマンよ、30年の単身赴任の果てに 第二の人生にと選んだ道は 「トボリング」 なのか。

昨今は自転車をベースにした、寝そべったスタイルで踏める 「リカンベント」 や腕力で漕ぐ 「ハンドサイクル」 など、軽量で高効率の乗り物が改良されているから 「ポタリング」 には困らんだろう。
だがトボリングにはまるで似合わん。
陽気なリカンベントや根性のハンドサイクルで、とぼとぼ走りは出来んだろーや。

レールマンよ、そう決めたのなら止めはしないが最後に言わせてくれ。
これまで何度も言ったが、「トボリング」 はイカン。
アレは人生を寂しくさせる。 ”トボラー” 本人の人生だけじゃないぞ、たまたま対向して走って来た者にまで言い知れぬ哀愁と漠涼を与える。その結果は大きいぞ。
諸々の経過はあっという間に省略するが、巡り巡って国民総生産を沈滞させ老人福祉予算が削減されるのじゃ。

ポタラー ならまだ許せようが、とぼとぼ走りの トボラー などワシゃ見とうない。
おまえが言い出しにくいなら、師匠のワシから絶縁してやることが最期のはなむけであろう。

レールマンよ、非情ではあるがここで破門を言い渡す。
今後は鬼怒のロードを降りて何処となりと去れ、其の地でトボリングを極めようともワシには いっさら 与り知らぬこと‥ 。

「お師匠、なにをごちゃごちゃ言うてますの?
憶えているよね、ブッチーだ。ぼくの初めての弟子だ。さあブッチー 宋師匠さまにご挨拶しなさい」

なんと、孫弟子とは四足歩行者のブチ犬ブッチー君であった。
前回の鬼怒ロードで水を飲ませてくれた鉄路爺さんの親切が忘れられなくていた処に、スマホねーちゃんのユキコ嬢を意見しに鉄路夫婦がやって来て、
その頃バスケットの試合を控えて犬の面倒が面倒になっていたユキコ嬢から、

「伯父さん この犬貰ってくれる? そのかわりにもう 『 呆け爺い 』 って言わないから」
ってんで、鉄路ブッチーになったんだそうな。
悪役プロレスラーみたいな名前だね。

結局伯父さんの意見にユキコ嬢はアタマを下げたような、後ろを向いて舌を出したような、なのだがブッチー君はよろこんでレールマンの弟子になった。
以来、走れと強要しない超微速のレールマンの後について行って、キラキラ目立つイタリアンを見失わずに並走しても足の皮が剥けることはないし、だいいち長い距離を一気に走らないからブッチー君にはちょうどよいレベルのお師匠さまなのだ。昼寝用の小屋は寒冷地仕様のベニア材で作ってくれたし、夜は家の中に入れて貰える。ユキコ嬢のところに居るより快適だ。

ここで ムツ5ロウ先生 のご高説から陸上動物の走りを紹介しておこう。

犬は (狼やライオンもそうだが) 食糧を捕るとき以外は走らない。足を折ったらすなわち死だからだ。
日がな一日だらっとして過ごす。18時間ほど寝ているが熟眠はしていないのでその様に見える。足の指が5本に分れている肉食動物は大体がそうだ。

一方草食の馬やキリンや鹿など足がひずめで出来ているグループは、ひずめの先がふたつ以上に分れているかいないかで走行速度と巡航距離に違いはあるものの、総じて走るのが好きだ。
追われて逃げるとき、走りながら脱糞できる特技を持つ彼らは丸一日走り続けられる。カラダを軽くして敵を振り切って、さらに何時間も走った先でも草と水があるからだ。
けっして好きで走っている訳ではないが、走らなければ食われる。

他方オシッコや糞をするときに立ち止まって(犬猫は穴まで掘って)するグループは草食動物を待ち伏せて狩る派。
自分の気配を消すために糞尿には砂をかける。足音を立てないように5本の指には毛があり掌には肉球がある。瞬発の走りに向いたこの足では何時間も走れない、靴を履いていないからだ。
そのかわり木に登れる。猫科のトラは当然としてライオンも熊も木を登る。
犬もおだてれば登るがあまり上手ではない。その理由は人間の近くに暮らすようになって木に登る必要がなくなり、練習を怠ったからだ。
ブタは二本ひずめだが、おだてようによっては登るらしい。

よって瞬発系の犬は引き綱による強制の長走りには基本的になじまない。
ならば、首輪を外しフリーにしても自転車について走っているのは如何なる説明かというと、そーして忠誠心を見せないと家に帰ってごはんを貰えない恐怖心からなのだ。
恐怖政治は始めよくてもうまくはいかない、皇帝ネロの時代は長続きしなかった。
思い出したぞ、フランダースの犬の名前はネロだった。暗く冷たく寂しい物語だったがあれはキリスト画を少年と犬の愛情に置き換えて描き、時の権力者を風刺した勇敢かつ壮大な物語なのだ。

ムツ5ロウ先生 ご高説をありがとうございました。

レールマンのお供を従えての来訪は、酔っぱらって帰る道すがら急に開いた軽自動車のドアに 「ドアーッ!」 っとぶつからないようにと、パイロット犬としてのブッチーの素養に目をつけた奥様の慧眼であろう。
なにしろ彼の100円ショップの老眼鏡はフレームが緩んで、レンズの天地がひっくり返っているからねえ。

「おしぐれさん、こー寒くなってはロードに出るのはおっくうだが、冬はどーしてるんだい。温泉めぐりか? バイクは休みだろうねえ」

「なにを言うかレールマン、おぬし北海道に30年も居たんじゃないか。マイナス5度はあっちじゃ常温じゃろが! 
朝の外気温がマイナス5度でも日中の予報がプラス10度なら走るんじゃ。予報温度に達するのは午後1時ごろだが、反省会のビールにはちょうど良い」

「そーかね 冬も走るのかあー、それって心臓に悪いんじゃないの? 冷えた路面で転んだら痛そうだしー。
ねえ 練習集合は10時にしようよ、そんでもって反省会は予定通りに午後1時」

「おぬし怠け心が出たな。業界ではそれを ”スランプ” なーんて美化した符牒で呼ぶが、よーするに ロードの精神を忘れた愚か者のことだ。
そーんな落伍者をわがチームから出す訳には参らぬ! じゃからして、本日をもってわがチームを解散する。 以上。

よーし ほんじゃあ 本格的に飲むべえ。 つまみはご持参にならぬのか?
なに? 両手がふさがっていたとな、おぬしら フランダースの犬を知らぬのか、アレに登場する名犬ネロは首っ玉にブランデーとチーズを入れた木の樽を付けていたぞ。
おお ワシの言うことが分るのか鉄路ブッチーどの、なに アルプスを越えて麓の町までお使いに行くってか? おいレールマン、例のクレジットカードを持たせてやれ」

「あのー お師匠さま、 おめさま すでに飲んでいない? さっきから妙にポテンシャル高いね。 それにわがチームってナニ? 二人プラス ワン しかいないのに」

「なにを申されるか 鉄路どの、すでに我らは心臓にも腎臓にも肝臓にも良くないコトをしておる。今さら何を恐れるか。
チームを解散した今こそソロライダーの意地をば見せん、ワシはワシ一人でも木枯しのロードを行くどー」

「ひえ〜 お師匠さまー 待って下され 先に酔うとは水くさい。拙者もお供いたしまするう〜」

「そこでな、ワシは冬用バイクを用意しておる。太めの溝付きタイヤにハンドルバーはフラット、厚手の手袋でもブレーキ操作がしやすい。ペダルは2ウエイで裏側がフラットなスニーカー対応じゃ。
氷路で滑っても即飛び降り可なのじゃ。ほれ、そこにあろう、赤いヤツだ。日暮れに備えてライトも完備じゃ。
あんたのイタリアンと比べたらナリこそ地味な台湾メイドのフレームだが、安心して乗れるウインターライド スペシャルなのだ」

「ひえ〜 お師匠さま ずるーい。ぼくも こーゆーのが欲しい。ソレ 何処で買ったの 今でも売っているけ?」

これはマズイものを見せてしまった。レールマンは懐をまさぐって財布を探すしぐさをしている。
ブッチーも奥様の密命を言いつかっているのか耳をピンとさせて見守っている。
こいつモグラ体形なのに耳があったのか、油断のならないヤツだ。

またあのプレミアム ゴールドカードを使われては、ワシは鉄路家の奥様から出入り禁止どころか永久追放の制裁を受ける。
ブッチーだって見張り不十分の咎を責められ、晩ごはんなしのお仕置きを科されるだろう。

犬のしつけにおやつを使う手はよくあるが、定期支給のごはんを取り上げてはいけません。契約違反な飼い主への信頼の崩壊のうえ、盗み食いや拾い食いの悪癖を誘う。
食事はきちんと与え、時間をあけてしつけを再開する忍耐が重要なのです。 (ムツ5ロウ先生語録より)

「なあ おしぐれさん、ここからサイクルショップまではすぐだったね。行こうよ、なーに 見るだけだよ。
それにな、シートポストに連結してブッチーを乗せる1輪トレーラーを作ろうと思っていたんだ、それを曳くにはイタリアンレーサーではイカンだろうや。もうちっとヤワなバイクが似合うよなあ」

「レールマン あんた ローダーとしてはヘたれだが、ポタラーとしては最高だぜ」

久しぶりに行ったサイクルショップには冬物のウェアや防寒グッズが所狭しと並んでいた。
フラットバーのクロスバイクも沢山あって、彼は始めからこれを買えばよかったのだ。

「ぼくの体形をもう一度測り直してくれ、この数か月でずいぶん絞ったぞ。お師匠が厳しいひとだでなあ。
そのうえで えーか店長、鬼怒ロードのフラットバーの王者に相応しいぼくのフレームをチョイスしてくれ。ただしカラーリングは控えめだ」

「ひょえ〜 かしこまりましたあ〜」

「取り寄せに日数はかかるだろうが手付を打っておく、全額な。だから消費税は値引きせい。今回はカードでなく現金だ」

今度はワシが驚いた。
この男がまとまった現金を持っていたなんて、オメさん女房からくすねたんじゃなかろうな。だとしたらワシは共犯として未来永劫 宇宙空間への追放刑は免れん。

そもそも前のクレジットカードだって不似合なものだった。
地上派であるべき元鉄道マンがだよ、国際空港のラウンジでVIPなおもてなしを保証するプレミアムカードを持っていること自体が怪しい。
オメさんの元会社はそーゆーブラックな金を動かすシンジケートだったのか?
こりゃー国交省による無期限監査はレール巾の隠蔽だけには留まらんはずや、国税庁も出てくるで。そんで今のうちに使い切ってしまおうと、そーゆー腹なのか。

「心配するな おしぐれさん。これはな、ぼくら団塊世代組の大量退職に向けて同期入社の各会が連合して任意の組合を作り積み立てた自分たちの金だ。
運用税は払っているからぼくらの取り分には何の問題も起こらない、要するに退職後のへそくりなんだ。退職金とは別物だから完全にぼくのものだろう、女房に報告の義務はない」

聞いていたブッチーの耳が短く引っ込んだ。こいつ どらえもんかあ?
それにしてもNTTになる前の電電と分割される前の国鉄の連中はさすがだなあ。郵政の連中はどうなのだろうか? 地方の郵便局長がすべてぶっ壊したのだろうか小泉さん?

「ところでレールマン、前号の終章あたりで 逆襲じゃー とか言っていたが、あれはなんだね?」

「それよー へたれさん。その相談をしに雨のなかをやって来たのに、とうとう中編ぜーんぶ使ってしまったでねーか。オメさまの筆力もこの程度かあ?」



「レールマンの逆襲 下」 に続く のこころだあー。

syn

おしぐれさんの ロード歳時記 「レールマンの逆襲 上 」
2013/11/18

数日間でほらくの限りを尽くした ”四度咲き桜 酒造爺い” のお屋敷を退出しての帰路、土手のサイクリングロードは本日も秋晴れの小春日和でございます。
天気は申しぶんないのでございますが、ワシら2台の速度は往路同様の超微速だった。
あい変わらずレールマンの回転数が上がらないからなのだ。
数キロごとにある川の一里塚に立ち寄って不必要と思える休憩をする彼に 「もっと速度を上げろ」 と言うと、

「ぼくは友好的穏健ポタ派だからね運行ダイヤは各駅停車なの。そんなに急かさないでくれ。
おまんのような攻撃的急進派とは根本的な自転車ライフのスタンスに於けるポリシーのマインドのココロが違うのよ。おまん、先に行ってもいいぞ」

この男、どこで仕入れたものかポタリングなどという業界用語を知っていやがる。
ポタ派が友好的かどうかはともかく、カン・・アの旧ポル ポタ派のようにお前も攻撃的ペダルを踏めーっ!

「なあ おしぐれさん、自転車は地球重力のジャイロの乗り物だ。風に倒れない速度をキープしていれば目的地は向こうから近づいて来るのさ。
地球は回っているからなあ。 ハッハッハァー」

「何をでほらく言いやがる、 やいレールマン! よっく聞けよ。
たしかに自転車社会にはサイクリングよりもさらにゆっくり目の、目的感も義務感も達成感もない、へたれ情緒だけの自転車の乗り方があるようだ。
じゃが聞いたところではな、それはどこか具合が悪いに違いない人のぶらぶら走り、そーゆー人への憐憫の意味合いでポタリングと呼んでおるのじゃぞ。
ポタールとは印度語で徘徊のことなんじゃ。

朝ゆっくり目に出発して、よそ様の庭先の菊の花なんかをゆっくり目に批評しながら走り、陽当たりのいい気持ちのいいベンチまでゆっくり目に漕いで行って、そこでゆっくり目に本を読んで過ごし、
帰り道の喫茶店でもゆっくり目のコーヒーなんか飲んで、夕方暗くならないうちに自転車押してゆっくり目に歩いて、家に帰ったらゆっくり目に晩酌しよーかなあー なんて、
そーんなへたれを自転車ライフだなんて言うな! 
1日にゆっくり目が7回も出てくるような、ゆっくりセブンの怠惰はロードの自転車乗りには断じて許されん。

それともナニかあ、オメさん 家に居られん深刻なワケでもあって、外で時間をつぶしているという訳か?
それはトボリングちゅうんやぞ。

えーか ひとたびロードバイクに打ち跨ったればロードマンはのう 寂しげなトボトボ走りなどをしていては絶対にならんのんじゃ。
風を切って赤トンボの群れを真っ二つに割り、タイヤを唸らせてバッタ共を蹴散らして、前に玉ネギなんか積んだ軽トラが走っていたもんなら必ず追いつき、一瞬で抜き去って息も切らさん。
土手のロードマンはなあ、どて者 いや伊達者でなければならん。土手の王者として颯爽と君臨せねばならんのじゃ。

たとえ間違った買い物をしてしまったにしても、ロードバイクっちゅう地上最強のスーパー ウェポンを購入した者の宿命なんじゃ。
えーか ロードバイクのペダルは1分間に80回転以上で踏まなければロードバイクの意味がない。ロードバイクの価値は高回転・高出力・スーパー ハイパフォーマンスにあるんじゃ」

「おしぐれさん おまんは何かというとハイパフォーマンスのポテンシャルのと言うけれど、ぼくら前期高齢者には ソー ハイリスクメントじゃないの? おまん不整脈持ちだったじゃないか」

この男にはいくら言っても ”のれんに腕押し” ”レールに油” なのだ。
二人でサイクルショップへ行ったときも 「それはやめておけ」 と言ったのに 「おまんのと同じイタリアンがええ」 ちゅうて分不相応なハイスペックを指差した。
イタリアン レストランでピザを注文するのじゃないのだから、「ぼくにも同じものをセットで‥」 はイカンだろうよ。
しかも彼の腐った指が指し示すイタリアンは、フルカーボンの最新鋭モデル。

元JR北海道のレールマンの全身全霊には、あの企業の悪しき慣例風習が沁みこんでいるのだろうか。(失礼しました。作家には悪意はありませんが、今而はそーゆー風評ですから‥ )
外部”有識者”の意見を取り入れようとしない彼の頑迷ともいうべき気骨は、それなりに尊敬するとはしても、これには困った。
なぜなら彼の ”しっかり者の奥様” からワシが預かって来た現金額の5倍を超える値札のイタリアンバイクを指差して 「これがええ」 と動かないのだ。まるで幼稚園児だ。
奥様のしっかり者の原点はコレやなと納得がいった。

「あんたねえ、会社の備品を買うんやないぞ。あんたんちの家計で買うんやぞ。それにコレは本格レース仕様だ、練習もせんといきなり乗れるものか」
「練習するよ、暇はなんぼでもある。なあ おしぐれさん、ぼくにロードの精神とやらを教えてくれ」

そう言ってふところから金ピカのクレジットカードを取り出した。
100円ショップの老眼鏡をかけた変なおじさんの法外な買い物にうろたえる店長が、後ずさりするのをハッタと見据え、 「一括払い!」 と言い放ったのだ。
この男がこんなプレミアムなモノを持っていたとは驚いた。さすがは元 国有鐡道レールマンだ。精神はあとからでも何とでもなろう、それが世の中だ。JR北の掟だ。

ワシは金ピカのプレミアムカードに幻惑されて彼の弟子入りを許したのだが、かすかに予感した不安はすぐに的中することになった。
納車の翌日、練習に行った河原の土手でワシと弟子は第一回目の失望に出会ったのだ。

まず、乗り出しで転ぶ。

ロードバイクは ”けんけん乗り” のスタートはしない。スタチック スタートと言って静止の車体に跨って右ペダルを固定したら、後方の安全を確かめて右足一本で漕ぎ出し左足は地面を蹴る。
すると当然自転車は前に進むから素早く左足をペダルに引き上げて固定、そうしたら加速を開始してライドが始まる。

この >当然自転車は前に進む< の箇所で、なぜか彼は転ぶ。
左足の処理に手間取る間に失速するからだが、失笑では済まない。これが前期高齢者の体力実態なのだ。

転ぶ度に傷を増やす新車のイタリアンが不憫でならず、彼と彼の痛車 いやイタ車を連れて模型飛行機の滑空場へ移動した。
飛行クラブ員に訳を言って許してもらった。キラキラのイタリアンは無言の圧力になるからねえ。
短い芝生の密生した滑空場なら重傷にはならんだろう。レールマンのことじゃない、ピカピカのイタリアンのことだ。

「なんで けんけん乗りではいけないのだ? それにこの罪人の拘束具のような靴とペダルは何とかならんのか! まるで大リーグ養成ギブスじゃないか」
自転車に繋がったまま転ぶレールマンは肘と肩を打ち付けて半ベソである。

「おっしゃる通り、大リーグ養成ギブスだ。
ロードマンの精神その1は 『 ビッグリーガーたれ、ローダーは紳士であるべし 』 なのじゃ。然してけんけん乗りなど 未開地のおんな子供の乗り方はご法度なのじゃ。
サイクルマンのバイブル、国際自転車スポーツ憲章にそう明記されておる。
DVDで見たろうよ、ツールのスタートシーンでけんけん乗りするアホなんか一人もおらんじゃろや」

次に泣きが入ったのが、お尻の痛さ。
「なんでサドルはこんなに硬くて、しかも高い位置にあるんだ? もっと下げてくれ。ケツの皮が破けそうだしハンドルが遠くてかなわん」

ショップの店長が金ぴかカードに慄きながらも、「こんな上客は滅多にいない、気が変わらないうちに納車式を済ませねばならん」 気を取り直して導き出した寸法は相当に控えめな数値であった。
還暦をとうに過ぎた爺さんが、初めてロードバイクに乗るというのだからカラダの負担を減らすべく、それはそれは控えめな各部寸法に押さえてあった。
ハンドルの突き出し量や角度などを見ると、慣れて来ると共にもっとレーシーに変更したくなる顧客の要求変化や心情を汲んだうえで上手に処理してあった。
それでも初日のレールマンにはスパルタン過ぎたのだろう。

「10ヶ月は泣いてくれ、誰もが泣きながら耐える日数だ。
それを過ぎ体重の分散や力点の置き方が解かると痛みは嘘のように楽になり、なぜサドルは硬くて細くて高いのか なぜハンドルは遠くて低いのか なぜ足に拘束具を着けるのかの疑問が全て解ける。
そしてその日を境に速度と距離が倍増し、気分の高揚は三増倍となり、健康の促進は五増倍、家庭円満 九層倍 間違いなし」

「本当かい! おまんもそうだった?」
「本当さ、そして各部の寸法と角度を少しずつハイポテンシャルに変えながら走って確かめて、自分のパフォーマンスの最大発揮のポジションを見つけ出したら草レース出場の申込書を書くんだ。
マインドと技術は草レースの戦いのなかで培い磨くのだ。
そーやって出来上がった自転車をはじめてマシンと呼び、男はロードマンと呼ばれるのだ」

「ひえ〜 かっけー なあ」
「かっけー だろう、あんたもそーなるんだ。 『 故郷に帰った北のレールマン、第二の人生はロードマンとして輝く 』 ってな、JR北の社内誌に載るぞ!」
「ひえ〜 生きててよかった、 お師匠さま〜」

騙し騙しして何とか乗れるようになったレールマンだったが、自力航行が出来るようになればなったで自我が芽生え、お師匠様の言うことを聞かなくなりペダル回転の遅さは改善できなかった。
秒針の分速と同じ60回転しか回らない彼のクランク数は、永年聞き続けた蒸気機関車のブレスト音なのだろう。

言うことを聞かないのは子供の成長期によくあることだし、彼は孫もある爺いだし、ワシより速くなられてはもっと困る。
そこで卒業ということにしたのだが何とも困ったロードマンを世に送ってしまった。

「倒れない速度が出ればいいんだ、自転車はジャイロの乗り物なのだ。ユーロの生まれであってもな。
ジャイロは言わば振り子だ、JR北にも振り子列車があったれば此度の事態は振りかからなかった」
不完全な洒落をふたつも言って自分で納得したのかニコリとし、相変わらずノッタリ ノッタリ踏んでいる。

この走り方、じつは自転車専用道においては極めて危険。
本人は気づいていないが前後左右の周りの者に危険なのだ。

ノロノロだけでも十分迷惑なのに、この手の自転車はノッタリと踏むひと漕ぎのたびにロード上を左右にフラリ フラリと振れて、走行ラインの幅を大きく占有してしまう。
しかもそのフラフラに規則性がないので、追いついた高速車は追い越しのタイミングを計るあいだじゅうブ常にレーキを締めっ放しにしなければならず、イライラしてしまうのだ。

ブレーキは Brake と書く、語源はブレーク(Break)である。
ブレークとはナッシングのこと、後続の高速車は死にもの狂いの高回転ペダリングを続けて出力を絞り出し、唸るタイヤに命を乗せてここまで懸命に走って来たのに、ノッタリ爺いのノロノロ車に追いついてしまったのが運の尽き。

フラフラの前走車を避けようとブレーキを締める行為は、せっかく神さまからいただいた高トルクを摩擦熱に変換して大気に放り棄てることに他ならない。
こんなのはエネルギーの浪費だ! 神さまへの背信だ! 地球温暖化の元凶だ! 爺いよ 頼むからどいてくれ。

だが日本は法治国家である、私人が個人に対して 「どけ!」 とは命令できない。
敗訴 罰金刑覚悟で 「どかんかい くそ爺い!」 と叫んでも、こーゆー爺さんにはいっさら聞こえない。そこでイライラが募る。

注) いっさら = 甲府から静岡にかけてよく使われている地方言語。一切合財 all-in-one の意。 この場合、まるで聞こえない よりも意味は強調され、”意図して聞かない” の意味合いが強くなる。

サイクルロードの多くは国交省の管理下にある河川の土手上に、河川法で整備された管理車用占有道路である。
それを公共の福利に利するならばと一般開放したモノであって、ワシら自転車乗りの私有のモノではない。使わせていただく立場である。
だから色んなひとが自転車や徒歩で入って来ても法外なことではない。
ではないが、自転車雑誌の裏表紙を飾っているほどの有名欧州メーカー製の高価格バイクに乗って、ノッタリのノロノロのフラフラでは国際紛争の火種となりかねない。

「わが国の伝統文化である自転車を御国ではこともあろうに嘲笑の具として使っている、この事実は取りも直さずわが国とわが国民を愚弄する意図と解釈せざるを得ない。
よってわが国は御国に対し国交の断絶を通告する。
24時間の猶予以降は、わが国内の御国大使館・在留御国人・銀行口座もろもろを封鎖 拘留 凍結する。それによって生じる不利益は御国の責に帰す」

そーんな 大げさな と思う読者は其の国の国情・国民の意識という背景を知らん。
欧州各国に於いての自転車へのプライドは、日本に於ける日本刀の誇りと同格、いやそれ以上。
こと自転車と自国サッカーチームへの侮辱には、戦争も辞さない覚悟で眉間に青筋立てるのが正しいヨーロピアンなのだ。

「おーい レールマン! しっかり漕いで左側を真っ直ぐに走れ、日本を危うくするなー」
後方から声をかけて彼の奮起を促すのだが、なんだか右に流れている。

そのとき鋭いベルの音が鳴り響き、ワシの右から一台のママチャリが前に出てレールマンの左脇を勢いよくかすめ抜けて行った。
「ぼやぼやすなー! ジジイは端っこを走らんかい! ぼけーっ」

罵声が飛び、続いて一匹のブチ色の長毛犬が 「ハッ! ハッ!」 と呼吸音荒くママチャリを追って懸命に走り抜けて行った。
長く延びたベロが口の横に揺れてヨダレが尾を曳いているのが見えた。

このママチャリとブチ色の犬に見覚えがある。
一昨日の往路(ロード歳時記 3を見てね)でワシらを追い越して行ったスマホねーちゃんとバカ犬だ。

スマホねーちゃんは今どきの風潮だから しゃーないとして、バカ犬のほうは本当にバカだ。
ロードを行く自転車というものはロードレーサーだってママチャリだって、行ったら必ず戻って来る。
だから犬はおのれの満足な分を走ったら止まって休んでいれば、必ずスマホねーちゃんと再会できるのだ。それが解からんとはバカ犬やのう。

ベロが延びきるほどに必死こいて走って、そこまで忠義立てするほどの飼い主かあ? おとといのメール見たか? お前さんの伸びてる写真を仲間に送って大笑いしとるやないか。
死にもの狂いでロードを走るんのんはなあ、おしぐれさんたちロードマンに任せなさい。

お前さんの主人のスマホねーちゃんはのう、きっとバスケットボール部の選手やから並みの脚力やないで、ママチャリといえど全開で走られたら犬の持久力では命がもたん。
足裏の皮が破けてしまう前に止まるんじゃ、犬は主人と共にどこまでも駆けるという思い込みは人間の慢心じゃ。カラダの構造の違いを知らんのんじゃ。
渋谷駅で何年も主人を待っていたというハチ公だって、電車の着かん時間帯は寝そべって居眠りしておったのじゃぞ。
お前さんも土手に座って、トカゲの尻尾でも前足で押さえて遊んでいればいいのさ。

「おしぐれさん! 今のママチャリ見たか、聞いたか! ぼくに向かって 『 ジジイは隅っこの窓際に居ろ! ぼけーっ 』 って言ったぞ」
「少し違うな、『 ジジイは端っこを走れ 』 と言ったんだ、正しい意見だ。 『 ぼけーっ 』 は余計だったがな」
「何だってー! あの娘たちの現在の日本の安穏なくらしの基礎にならんと、30年も単身赴任で黙々営々と働いてきたこのぼくに、こともあろうか 『 呆け爺い 』 と罵声を浴びせたのだぞー。
許せるかあー? 許せないだろう」

レールマンいつになくご立腹である。孫のような小娘とモグラを大きくしたような短足ブチ犬に軽く一蹴されて、いや二度目だから二蹴か。
大和おのこの尊厳を著しく汚されたと怒るが、そもそもあんたがノロいのがイカン。
だから左側を真っ直ぐに走れって言ったじゃないか。

「おしぐれさん! 追うんだ。追いついて意見をしてやる。日本の文化規律、年長者を敬うココロというものを叩き込んでやらねば次世代の日本が危うい。爺いの逆襲じゃあー」

なんとレールマン、ギヤを1速下げるとハンドルの下側を握って加速の体勢。ぐんぐん踏みながら4速5速と上げてゆく。
呆気にとられるワシを引き離してどんどん遠ざかって行くではないか。

けっこうな速さだが、このまま本当にスマホねーちゃんに追いつくまでシャカリキに走ったら、還暦爺いの彼の脚が いや心臓がもたん。
意見をしてやるどころか異見なことが起こる。
放っておいて心臓がいっぱいいっぱいになって、もうダメだと脚を止めたのでは、それこそ彼の自尊心がもたん。

ワシは彼を止めることにした。
走れと言ったり 止まれと言ったり 一貫性のない師匠のようだが、怒りにまかせての高ペダルは悪い結果しかもたらさないからだ。
美しいペダリングは必ず速い車速を生むが、そのペダリングを支えるのは美しいマインドであって、怒りのヘイトではない。

彼を追うためワシも下ハンを取って加速して行った。
それまでインナーギヤで走っていたが、今行程で初めて左シフターを操作してアウターギヤにチェーンを掛けた。
前傾で背負ったリュックが背にのしかかり、中の重箱に酒蔵でもらった高級酒粕が一杯に詰め込んであってこれが重い。酒粕は酒より重たいものとは初めて知った。

古式伝統工法で作られた酒の酒粕の、伝統の重みを背負って走るのはなんだか晴れやかな気がして嫌ではなかったが、なかなかレールマンに追いつかない。
ヤツめ本気走りをしているのか? ならば尚のこと止めねばならん。頑健なディーゼル先頭車に曳かれて原野を一晩中走るJR北じゃあーないのだから。

「やれば出来るじゃないか レールマン、そろそろペースを下げないと後がもたんからまずカラダを起こせ。息を吸え」
追いついて声を掛けると、それを待っていたかのように彼はペダルを止めて惰性走行に移ったが息が荒い。
「脚は止めるな! 空ペダルでいいから回し続けろ、血行と酸素が止まって大腿筋が壊死してしまうぞ。息が楽になるまでそのまま走って、また加速出来るところまで回復したら停まって休もう」

「おしぐれさん 少し解かってきたぞ、ロードバイクって走りながら休み、休みながらも止まることなく走れるんだねえ」
「偉いぞレールマン、ローダーの核心に触れたな。10ヶ月泣いて辛抱しろと言ったのはまさにソレなんだよ」

自宅の方に向かう分岐点をとうに通り越した川の一里塚のベンチで、長めの休憩をしながら弟子の成長に安堵したお師匠さまであった。
頭上の桜の枝はすっかり毛虫に食われて葉は一枚も残っていなかったが、天蚕の繭も下がってはいなかった。
あったのはアメリカシロヒトリの、しょうもないスパイダーマンのような蜘蛛の巣だけだった。

注) 天蚕については前シリーズをご参照願います。

ワシら子弟がよい雰囲気になって今夜の粕汁の献立など考え、酒粕をそのまま炭火で焼いてポリポリ食ったら美味しかろう。などと話していると、
「まーた こんな処で座りこんでえー このへたれ爺いー!」

スマホねーちゃんのママチャリと罵声がワシらの前を勢いよく通って行った。
唖然と見送るワシらの耳に 「ハッ! ハッ!」 と悲痛な呼吸音が聞こえて、振り返るとあの短足ブチ犬が走って来た。

「ブッチー 止まれー!」
レールマンが叫ぶと犬は走りを止めて彼を見上げ、何か考えていたようだったが尻尾を振って寄ってきた。
ダラリと延びたベロから大量の汗が地面に滴っている。
可哀相になあ。だからワシは言ったのだ、人間と造りの異なる異種生物に人間の考えで必要以上の運動を強要するのは虐待だと。
しかも並走の人間は自転車というキカイを使用してる、これは明らかに不公平だ反則だ。

レールマンがボトルの水を手の平に載せて差し出すと、犬は警戒を解いて近寄ってその水を飲んだ。
たちまち飲み干し手の平をぺろぺろ舐めている。
おかわりを注ぐとそれも飲んだ。

「知り合いなのか?」
「これは女房の実家の犬だ、あのバカ娘はぼくの姪っ子だ」
「びえ〜」

そこへママチャリが戻ってきて、
「ブッチー、へたれおじさんの水なんか貰って飲んだら、あんたもへたれ犬になるよ」
「おいユキコ、”呆け爺い” はないだろう。ロードのアスリートに何という言い草だ」
「あら、聞こえてたの? あれはエールよ、がんばってね。 ほら行くよ ブッチー」

再びママチャリが走り出すと、モグラを大きくしたようなブチ犬は水を飲んで元気を取り戻し、礼も言わずにねーちゃんの後を追いかけて走って行った。
いやはや、ブッチー君は幸せなんだか嫌々のお付き合いなんだか。ともかく土手ロード近くに住んでいるらしいから運動不足にはなるまい。

「ユキコは女房の雇ったスパイなんだな、ぼくらが土手のロードを行くと知って様子の偵察に寄こしたに違いない」
「びえ〜 それは愛情からなの? それとも何らかの疑惑なの?」
「うーん それはねえ、カードで買ったイタリアンさ。ぼくらがその辺で酔っぱらっていて、その間にアレを盗まれたりしたらイカンと、そーゆー発想なんだな」
「びえ〜 すごい愛情だねえ」

カードでの一回払いはすぐにバレたそうだ。
どーせ亭主はすぐに飽きるから、そしたらショップに買い戻してもらうと、そのためには無傷でなければならんと。

「うん ぼくの30年の単身赴任の間にぼくの家では娘らも強くなっていて、定年で帰ってからぼくはすっかり影が薄くなってねえ」
「びえ〜 本当にトボリングだねえ」
「なあ おしぐれさん、逆襲の妙手はないものだろうか?」
「ないねっ。 あんたはこのまま薄い余生をまっとうするしかない!」

実際そんな妙手などこの世にある訳がない。
あればとっくにワシが実践しておるわい! おろかものめが。

「そんなコト言うなよ、 お願いしますよ お師匠さま〜」
「そおかあ まんず美味んまい粕汁を作って、一杯えーやりながら 相談っこでもすっぺえー。オメ、川さへーって 鮭っこ獲ってこー、マムシに気いーつけてなあ」
「げっ! ぼくがかい?」
「んだあ オメ、弟子だろがや 言うこと聞けえー」


「レールマンの逆襲 上」 中 につづく。

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