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重箱爺いの 隅をつつけば (2)
2013/02/23

重箱爺いより お知らせ! 長崎火災原因の公表あり

緊急通告: 長崎グループホームの火災原因は加湿器と確定

<読売新聞web news (2月22日 22:10) より>
2月08日、長崎の グループホーム・ベルハウス東山手 で起きた4名死亡の火災原因とされる加湿器について、2月22日TDK(株)が自社製品「KS-500H」型機が出火原因となったと謝罪。
当機は1990年1月(通産省=当時、 現在=経産省)に対しリコール届を提出、同時に生産販売を停止していた。
対象 : 20891台
回収率 : 73.6%
ベルハウスの当該機はリコール未実施のもの
リコール理由 : ヒーター部脱落から火災の恐れあり

 <ここからは重箱爺いの私感>
ヒーター脱落⇒本体底部に接触⇒加熱⇒過熱(過温度センサ不作動) (NHK報道では1000℃超)⇒出火
上は不具合から出火までのプロセスだが、せっかくの過温度センサが働いていない!
脱落して距離が離れたためセンサが感熱しなかった。と理屈っぽいが、結果感熱しなければ安全センサの意味ないねえ。

ヒーター脱落とはねえ。情けないよねえ。
1990年と古い製品だが熱源の落下ってチェルノブイリやフクシマと同じ崩落やないけ。
リコール漏れの機だった。と逃げ腰だが、リコール周知と追っかけの徹底ぶりはどうだったのか?
新聞紙上に公示したあとは何もしない、ユーザーが持ち込んで来るのを待っているだけのメーカー・販売店は残念ながらあります。
リコール実施率・回収状況の報告義務はありますが、監督官庁のプッシュはカタチだけです。
「最後の一台を血まなこで捜しておりますが、今のところ所在不明」
と報告すれば、その年度は安泰なんです。

それよりも! TDKはなぜ今頃になって自分とこの製品だったと言うの?
火災は2月08日、当初から加湿器が疑われていたのに・自社のリコール未実施機がまだ5509台あって、過去に事故が46件報告されていたのに。
22日の公表までにもしも他所で同じ原因火災があったら、未必の故意による殺人罪だよ!
総務省消防庁も同罪です!

このホーム火災をきっかけに長崎ベルハウスと同規模の小規模施設にもスプリンクラー設備の設置義務が取りざたされています。
こーゆーのを論理のすり替えと言うのです。
スプリンクラーだの非常脱出装置だのを義務づけされないと採用しないで済む小規模施設を造って、規制前に創業してしまおうと企む輩の温床になっている消防法。
悲しくねーけ? 

さて、前号で長々と書かせていただいたアイリスオーヤマ(株)の SHM-100T 加湿器については、今回火災とは無関係でありました。
アイリスの同型機種をお持ちの方で 「団塊屋相談室」 へご相談された皆さまには個別お知らせをいたしますが、長崎火災と無関係ながら当該機の漏水の事実が消えたわけではありません。
引き続き使用時には注意が肝要でありますこと書き添えます。

今後とも重箱爺いの つっつきリポート をご支援賜りますようお願い申しあげます。

 おわり
2013-02-23 syn

重箱の隅をつつけば
2013/02/19

重箱の隅をつつけば桶屋が儲かる? はたまた藪をつついて蛇を出すか?
この作家には珍妙な題名を先に付けてから中味を考えるヘキが見受けられます。癖が強すぎてイグ書評大賞選考会はいつも悩まされるのです。
ねらいは何なのか、最後に何を言いたかったのかを手前のところで有耶無耶にする手法は百年後まで評価の卓には載らないと思いますよ。
でもね、昔テレビで見た「青島幸男の意地悪ばあさん」 あれはわかりやすかった、と思い出させてくれたことには感謝しています。 あっ これ投票には関与も考慮もされませんから。

                                                                                       匿名を条件に某選考委員の談話より


                       重箱の隅をつつけば                                          

    加湿器


2月初旬に長崎で起きた老人グループホームの火災では、4人焼死、依然数人が意識不明と伝えられています。
痛ましい事故、いや事件だと思います。
このとき私は自宅にいて、NHKニュースの報道を横目に見ながら 「自転車屋おやじ 第五話」 などをチマチマと書いておりました。
<警察・消防は出火原因を室内に置かれた加湿器のショートと見て調査中>
アナウンサーの第二声を聞いて手が止まり、頭を上げてニュース画面を注視しました。

焼けた加湿器の映像を待ったのですが映し出されることはありませんでした。検分中のため報道カメラは遠ざけられたのでしょう。
かわりにホーム側のひとのコメントが伝えられたのですが、
<3年ほど前に購入、メーカー名などは分らない> 
これだけの内容でした。
コメントはもっとあったのかも知れないけれど放送ではそこまでだったのです。死者を悼む気持ちの話しはあったと思うのですよ。
放送時間の割り振りとかNHKにも都合はあったでしょうが、哀悼、謝罪の部分をカットしたことで、
「この施設 良くねーぞ」
と感じた視聴者は多かったのではなかろうか。

それゆえ、重箱爺いとしてはついつい余計なことを考えてしまうのです。
このホームでは同時に買って残っているものがあるか? とか、加湿器への水の補充やオン・オフは誰が担当していたのか?
老人たちが就寝時間中の運転は断・続どちらで管理されていたのか? まさか入居老人たちに任せていたのではあるまいな?
そもそも加湿器という空気に潤いを与えて老人の気管支や肺や皮膚を乾燥から守る役目の、いわば優しき機械が出火元になりうるのか?
これら私の疑問にニュース放送は翌日になっても十分答えるものではありませんでした。

室内に置いてあった加湿器のショートという捜査関係者の話しからは、次のようなことを想起させます。
(1) 電気式の加湿器であるとわかる。… ショートと言っている。超音波式、加熱式(スチーム式)など方式は数種あるがこの時点では特定できず。
(2) エアコンの送風中に水分を添加するいわゆるセントラル式ではない。… 出火元の室内に置いてあった。という表現は成人が手に持って運び、かつ設置も容易であったと解せる。
(3) ショートとは、電気回路の短絡を意味するのが一般的。… ショートの逆はオープン(断線)。オープンでは火災原因にならないとの先入観が感じられる言い方だが、本当にそうか?

かつて電気式の加湿器は超音波式が主流でした。水を振動させて水分子同士を衝突させ、撥ね飛ぶミストを小さな送風機で室内の空気中に送出して湿度を高めるというものでした。
本体内に加熱器を持たないので安全、日々のメンテナンスほぼ不要。
水を切らさない限り発生ミスト量は一定で多く、また少量に制御も可能。消費電力は加熱式(後述)と比べ圧倒的に少ないと謳われて家庭用にも産業用にも売れました。
しかし加熱器がないのは事実ながら、水分子の衝突を繰り返すことで発熱は起こります。沸騰するほどではないもののタンク内の水は温水になります。

超音波式で困った問題が顕著になったのは10年ほど前。
それまでよくわからなかったレジオネラ症という病気の発症原因菌、レジオネラ菌の発生元が突き止められてからでした。
この文章をお読みの世代の方々なら、温泉地や銭湯などで集団発症した事件を憶えておられるでしょう。
程よい温水がブクブクしている環境はレジオネラ菌の恰好の繁殖環境だったのです。
たまり水にはもちろん、水道水中にも普遍的に存在するとされるこの菌が、大増殖して人々の呼気する室内空中に浮遊するのはいけません。
そこで水から菌類を排除した純水を使ってミストを発生させるタイプの機器が考案されました。純水は食塩を大量に使って精製します、大型ボイラーに通す水と同じですね。
ビル管理者の常駐する大掛かりな施設でないとメンテし切れません。もちろんセントラル方式になります。

加熱式の場合は水を沸騰させて出てくる蒸気をノズルに集めて先端から空中に噴出させる考え方です。
噴出といっても蒸気機関車トーマス君のような勢いでは周りのひとが火傷を負いますから、そこは程々に。
水の沸騰は電気ヒーターで行います。金魚鉢にいれるヒーターのように防水された熱棒が水に接しています。
小さな容器にタンクから水を導いてヒーターの周りを沸騰させるので持ち運べ、部屋の容積に合わせて設計も自由ですが個人で一個だけ作るわけにはいきません。
通常はメーカーが作った数種のなかから部屋に合わせて選ぶことになります。

超音波式で気がかりだったレジオネラ菌やその他の雑菌も、常時沸騰下の条件では棲息も繁殖もできないといわれており、加熱式が主流となった理由です。
ただし分不相応な大型機を買えば電気代は倍々の二乗倍になります、長時間運転することを考慮して決めるべき。
もうひとつ加熱式の問題はカルキ分の沈着です。
水道水に含まれる塩素、カルシウムなどのミネラル分が高温かつ長時間のブクブク状況下で石灰化し硬質の沈殿物を生成します、薬缶の底に着くアレです。
電気ヒーターの周りや加熱容器の底部に付着し堆積するのです。

私の実験では市販の加熱式加湿器を使いました。水を追加するとき以外は止めずに3週間連続運転させたらヒーター棒が倍ほどの太さになっていました。石灰質の塊りに覆われていたのです。
使用した水は居住する地区の水道水です。
加湿器に適した水と称して販売されている商品の存在を知りませんが、あっても買うひとはいないでしょう。
二年前の東日本大震災と原発事故の直後、赤ちゃんのミルク用にとヨーロッパ産のミネラルウォーターや沖縄海の深層水など、福島からできるだけ距離の離れた産地の水から順に売り切れたことがありましたね。
そのような家庭でも加湿器の水は水道水だったのではありませんか?

水道水で3週間連続運転したって! モニター依頼された? 違うの! なぜそのようなアホな実験に精を出したのよ、爺いさま?
おいおい分ります、私 重箱爺いですから どーってことないコトをほじくり返して生活の糧にしているのです。
団塊屋さんに言わせると山師と言うんだそうです。

石灰分の生成物は熱源ヒーター棒が顔を出している水容器室の方にも堆積が進み、底部の角張った形状の部分を核にして成長します。3週間で容積の半分が埋められていました。
その結果として蒸気発生量が減少して空気中の水分が低下したのですが、見えない湿気をなぜ量的に減少したと言えるのか? の質問には以下のように答えています。

 実験方法
水タンク一杯の水が無くなるまでの連続時間と室内湿度を計測
(1) 実験 1日目 :  8時間 56%
(2)     7日目 : 10時間 51%
(3)    15日目 : 16時間 44%
(4)    21日目 : 22時間 29%

私の実験が子供騙しの域を出ていないのは認めます。
外界と遮断された実験室で環境条件を一定にして行わなければ、その日の気象状況で湿度はいくらでも左右されますし、減水量だってそうです自然蒸発分は室温と湿度で刻々変化するからです。
子供騙しではありますが、その情熱たるやピタゴラスもかくやと思わせますね。3週間も加湿器の湯気を見つめていたのですから。
この間に秀作の短歌だって出来たんですよ。

  水やれば いまも潮香の凹み石 ここに置いてより まだ三年か

三年前、自転車で佐渡島一周路(県道45号線)210kmに挑んでいたとき、へたれて休んだ道ばたで護岸の下に見つけた凹み石、両手で持てる大きさ。
へたれ石と名づけて海に戻し、その後も走ってゴールして民宿で寝て、翌日トランスポーター車で回収してきた凹み石。
へこみ具合が気に入って作業場の隅においたまま。たまに水を入れてみる。
石はあの海に帰りたいだろうか また行ってみたいなあ 待っているのだろうか 佐渡の激坂どもめ。

賢明なる読者諸氏は、まだ 三年か の処を はや三年 とすべきか詠者が苦悶したことに気づくと同時に 石の上にも三年 の有名なワードを意識されたに違いない。
この三年、私のスキルは向上したであろうか 自問する3週間でした。

えっ? 何ですか、寒かったから家に閉じ籠って加湿器と遊んでいただけだろうって?

でも、それでもいいんです。
私ほどの科学者・数学者であれば環境条件補正に必要な掛け率など、暗算でチョイとひねるだけでよいのです。つまり無視するのです。
上の表を見てください、立派に傾向が示されているではありませんか。
電極棒が石灰石で完全に覆われた21日目の湿度29%などは家の外の湿度とほぼ同じ、ほとんど加湿されていないことを示しています。
加湿器を触ってみるとほんのり温かくなっていて暖房器としては役立っていたようです。
このときの電流量を測っていないので断言できませんが、使用電力量は実験1日目のときと同じだと思うんです。
なぜなら電気ヒーターの周りを石灰化した石が取り巻いて固着したために水を加温する能力が失われても、内部の発熱体は知らん振りを決め込んで電気を食い続けているからです。

この手間ひまかけた大実験から導きだされた結論こそが大事なんです。

 結論
電気加熱式加湿器は毎日お手入れをしましょう。
内部に残った水を捨て、このとき電極棒の周りや容器底の沈着物を古歯ブラシなど使ってコソギ落とし発熱体と水との接触をスマートな状態にしておきましょう。
づくがない場合や時間的余裕のない場合は、水タンクをセットする前に内部を流水で流してやるだけでも効果はある。あると思います。
というのは内部に水を入れて揺さぶったとき、そこそこの量の沈殿物がはがれて水と一緒に捨てられるのを目撃できるからです。
このとき加湿器本体の電気部分に水が入らないように注意してください。
実はこの 「水」 のことが今回の 「重箱の隅」 で重要になってくるので、あとでまた重複します。

(注) 4行上 「づくがない」 の意味について
長野県諏訪盆地でのみ通用する地方言語で 「づく」 とはやる気・根気・性根 すなわちモチベーションを表す言葉のようです。
4行上の使用例では、加湿器の手入れをしたほうがよいとは思いつつも 「えーい 面倒臭い」 と言ってやらない状況・そのときの気持ちを 「づくがない」 と表しています。
「づくなし」 と女性から言われたあなたは 「甲斐性なし男」 と罵倒されたのです。これは致命的です、修復不能ですからすごすごと退散しましょう。
語源は 「欲得づく」 のづく 「業つく張り」 のつく 「尽くす」 のつくと思われますが違うかも知れません。

さて、私が自宅の執務室で使っているのが、まさにこの電気加熱式スチーム噴出型の加湿器なのです。
執務室と書けばたいそう立派な響きですから、相応の加湿器がデンと据えられている。
そのように思われるでしょうが、2年前の12月にインクジェットを買いに行った近所のホームセンターで、入り口近くで展示中の冬物商品棚に並んでいたのを衝動買いしたのです。
数種並んでいたなかで一番安くて小型でシンプルな形状の卓上タイプを買ってきただけです。たしか1250円だったと記憶しています。

この一番安くて小型シンプル形状の加湿器がとてもよく似合う私の執務室は、ですから其れなりのシンプルさと安さボロさです。
同時に乾電池で動くデジタル表示の温度計と湿度計が一体になった温湿度計も買いました。こちらは580円くらい、携帯電話ほどの大きさで机の上に置きました。
温湿度計についてさらに書くと、580円のを買う3年ほど前に当時勤めていた会社の健康保険組合から1年間医療機関にかからなかった御褒美に貰ったものがありまして、こちらはデジ表示の時計とカレンダーも付いている豪華版。
ところがコイツの温度・湿度がどうも嘘っぽいのです。同じ部屋で燃えている石油ストーブ(灯油ファンヒーターというらしい)にも現在温度が表示されているけれど、差が開き過ぎている。
温度感知部分の設置されている床上高さが1mほど違えば温度差は当たり前なのかも知れないが温度計としての精度を知りたい。
小さな扇風機を天井に向けて部屋の空気をかき混ぜているので、その効果も知りたいと比較用に580円のも衝動買いしてきました。

こちらの結論を先に書きますと、温湿度計の表示はどちらも似たような数値を表示して、扇風機効果がなかったことが顕わになっただけでした。
いまは扇風機を首振りさせています、でも首を振り戻すときに 「コキッ」 と異音を出すので深夜の執筆時には不気味で嫌なんです。

今回の主題とは離れますが、深夜の執筆とはまた恰好いいですなあ。まるで物書きセンセイみたいで独りで照れてしまいます。
午後に寝て深夜に起き出して午前中くらいまで書くというスタイルが一番書けますますから、その様にしています。高名な先生方もそうなんでしょうかねえ。
食事ですか? 書きながらはお茶だけです。昼近くに疲れたら止めにして食事します、酒飲みしながら4時間くらい。
午後3時ごろ風呂に入って、パジャマのまま自転車を小屋でいじっているうちに眠くなりますから寝ます。ですから食事は日に一回。

酔った状態で自転車の変速機をいじって何度も調子を狂わせたことがあります。サイクルショップの店長に怒られます。
えっ? 自転車はいつやるのか ですか。
春から秋です、この間はもの書きは休止です。雨の日に少し書くだけ、私 本業は 「さすらいの自転車爺い」 と自負しておるのですから。
「孤高の自転車爺い」 と名乗ることもありますが標高が高くなると、たちまち 「へたれ自転車爺い」 です。

加湿器と温湿度計を買ってきてからの執務室は確実に快適化したと思っています。
思っていると書いたのは、それ以前が不快適だったのかどうか確たる証明ができないからなのです。
それ以前というのは 「濡れタオルぶら下げ方式」 これも立派な自然給湿機です。でもこれは加湿量が不安定でした。
湿度計を信頼していなかったと前に書いていますね、ですから体感でやっていた。というより洗濯物を乾かすのに丁度よいといった感じのものですかね。
この濡れタオルぶら下げ方式で私は十分満足していました。

洗濯物が乾き切ってしまったあとは喉や眼に感じる乾燥度で濡れタオルを二本にする、とかやっていたんです。
ひと昔前の丸いストーブに薬缶を乗せる方式を懐かしく思いながらね、これだと一定量の蒸気が薬缶の口から噴き出てきますから、安心感・安堵感といったものがありました。
いまでも丸いストーブありますよ、でもこれ換気をこまめにしないと酸欠危険なんです。そのうえ強い火力は狭い執務室にオーバークオリティなので自転車小屋専用です。
薬缶からシューシュー湯気が立ってきた頃には小屋の温度は真夏並みになり、冬のいでたちでは暑いから半袖になってチェーンの洗浄などするのです。
真冬でもまったく乗らないわけではなく、ローラー台に載せて踏んだり筋力維持程度に近くの公園を走ったりしていますからメンテは発生するのです。
スプレー式の洗浄液を使ったとき 「そろそろ空気中の可燃性粒子濃度が危険ゾーンだなあ」 とは思っていたんです。
で、ストーブの方を見ながら 「あとひと押しだけね」

そしたら、私の足元からストーブまでの空間が青い光りの帯で2m繋がったんです。
「ボッ」 小さく爆発音がして足元は少し暖かかったでしょうか、きれいな青でした。
無線ルーターの側面で光っている青い発光ダイオードと同じ明るい青色でしたよ。
つい最近これをテレビのニュースで見ました、ロシアに大きな隕石が燃えながら落下する映像です。
自転車小屋の狐火はスプレー缶を放り出して瞬後に消えて無くなりましたが、次には足元も背筋も寒くなりました。心拍数は測っておりませんが数秒間は計測不能値だったのではないでしょうか。
すんでのところで死ぬところでした。

(注) すんでのところ
これは諏訪盆地に限らず日本中で通用するべき正しい日本語なのですが、久しく聞きません 「寸出の処」 と書くのだと思います。
大工さんの鉋(かんな)の刃を起想しますね、研ぎ込まれた鋭い刃が硬い樫木の台からわずかに覗いた状態、これが寸出なのでしょうか。
この鉋でシュシューっと削った板を二枚合わせるとピッタリくっついて離れない。
名人の技が気圧を接着剤代わりにして離れなくなるんですねえ、凄いものです。
作家ならどこかでいつかは使いたい、嫋やか(たおやか)な日本語じゃーありませんか。

加湿器で死ぬこともあるんだ、という話をしなければなりません。
そもそも長崎の死亡火災から始まった話しですから、スプレー缶で死んでいては支離滅裂作家の風評が定着してしまいます。
わが家にやってきた加湿器は 「スー」 と穏やかな音とともに 「ほわほわ」 した湯気を吐き出して、執務室の卓上の温湿度計はたちまち18℃ 53%になりました。
ただし灯油ファンヒーターとの併用です。帰宅直後の冷え切った状態での温湿度を測ってなかったのが悔やまれます。
今からでもすべての電源を切って窓を全開にし60分放置すれば再現できますが、寒いのでづくがないだけなのです。

寒い室内で加湿器だけ運転しても湿度計はさほど上がりません、加湿器なしでもストーブで室内温を上げると湿度も上がります。本当です実験しました。
でもその後は湿度はどんどん下がってきます、ストーブでカラカラに乾いてくるのです。
当初湿度計が上昇値を示したのは、次のようなことからだと考えています。

温められた室内空気は膨張して圧力が増しますが、完璧に密閉された部屋ではないから圧は窓の隙間から逃げて室外大気とほぼ同じ気圧です。
室内に残っている空気は温められて粒子密度が粗くなり、その粒子の開いた隙間に外の大気中から水蒸気分が入り込んで結合します。
結果室内の水蒸気分は増加して湿度計は上昇する。
時間が経過してさらに室内が温め続けられると、水蒸気分は酔っぱらったように膨らんで昇天したくなっちゃうんですねえ。だから外へ出て太陽に向かって昇って行ってしまうんです。
一緒に空気分も少し出て行っちゃうけれど、ドアの下の隙間から冷たい外気が侵入してくるので窒息することはないから安心して、
そしてこれを繰り返すうちに最終的には水蒸気分の極めて少ないカラカラ空気だけになるのです。
だから冬の日本では加湿器で水蒸気分を補い続けなければならないのです。

どうです小学生でも納得する説明でしょう。
さらに得意がって言うならば。
冬の日本ではなぜ湿度がさがるのか? これをスラスラ説明できればあなたは小学生から尊敬されます。

晴れた日の日本列島上空の天気図は西高東低のスタイルといわれますね。
西に高気圧、東に低気圧の配置です。地球の自転により日本は自分から突っ込んで行って西の高気圧勢力に覆われてしまっています。
気圧は1013ヘクトパスカル(1気圧)を境に高い低いと分れます、高いとは空気密度が高いことと同義語ですから空気粒子は押し潰されて水蒸気分を担保しにくい。
一方低気圧の方は1気圧より低いんですから、何でも吸い込みますね、まるでブラックホールのように。
何を吸い込むかといったら水蒸気分しかないじゃありませんか。(もちろん中国上空でPM2.5も吸い込みますが)
水分を吸い込むから重い、「雨雲が低く垂れ込める」 という文学的な表現は理に適っているのです。
気象をネタに変な洒落を言う気象予報士でさえ、臆面もなく使います。

ゴビ砂漠で生まれた高気圧が西にあります。日本列島はそれに向かって地軸を中心に左回転しながら近づいて行くと晴れの領域に入いっていきます。
高気圧帯には水分が少ない話はしたよね。冬の日本では大気中に水蒸気分を担保していないから乾燥して湿度が下がるんです。

なぜ ゴビ生まれの高気圧は水分がないの? 
なぜ ゴビで高気圧が生まれるの?
なぜ 低気圧だと雨や雪になるの?

小学生よ よっく聞け。
冬の砂漠は乾季といって雨が降らないから乾燥中でしょう、水蒸気分がないと空気密度が進むことは説明済みですね。空気密度が高いことこそ高気圧って言うんじゃないのっ。
一方の低気圧はその名の通り圧力が低いから水分が入り込み易い。吸い込むんだって、それが雨の元だって10行前に言ったじゃないの。思い出したかい?
こーゆう局地的なことが地球のあっちこっちでテンデンバラバラに起こっているんだけれど、地球全体では互いに繋がり合ったり反発したり影響し合っているんだ。
なぜなら地球の表面は空気 大気ともいうね、それと海とで繋がっているからね。
不確かなモノで繋がったことを不完全連鎖っていうんだけれど、不完全だからこーだってひとつに決めつけられない。
砂漠があったり熱帯雨林にデルタがあったり、しかもそれらはいつも同じ位置にあるわけでもない。気まぐれっていうんだ。
地球と回転は同じでも周速度の遅い軸付近の北と南には水が閉じ込められて、しかも太陽から遠いから氷河になっちゃったりするんだ。これも動くよね。
全体が不完全な連鎖をする地球では月と太陽の機嫌次第で、一日遅れで毎日気象が変わるのさ。
そこで気象予報士という曖昧さで商売しているひとたちが、やっとこ生活できるというわけなんだ。山師の出世頭さ。

台風の大きさが取りざたされます、中心気圧で表すしかないのが現状です。940ヘクトパスカル台だったら超大型ですよね。風速は毎秒50mを超えるでしょう。
数年前、青森のリンゴの木を根こそぎなぎ倒していった台風の中心気圧は最大勢力のとき944でした。
影響の及ぶ範囲を気象図に円で囲んでいます。1000ヘクトパスカル以下で(以下とは1013を境にマイナス側に大きいんですよ)、風速15m毎秒以上を台風円として示しているんです。
最大勢力はあくまでも中心部での気圧と風力ですが、直接計測は危なくて出来ません。状況値・推測値なんです。
水だけ入れて高速で回転中の電気洗濯機の中心部って、凄い環境だと思いませんか? 入ってみたいと思いますか?
台風は半径が何百Kmもある洗濯機なんです、そんな渦巻きの中心部にはドイツの天才気象学者シーボルトだって近付きたくなかったんですよ。だから推測値でいいんです。
真の中心部まで運よく行ってしまえば思いのほか平穏なんですが、脱出するときの縁(ふち)は魔の淵ですからバラバラになってしまいます。

行ってみたひとがいるんです。
我々の知っているひとで一人だけいます。1992年晩秋、26個のバルーンに吊ったヒノキの風呂桶ゴンドラ、ファンタジー号に乗って風船おじさんが琵琶湖から飛び立ちました。
いまだ帰ってきませんが、fantasticな旅を続けているのです。
台風が我々の頭上を通過して行くとき、実際地上1mのところの気圧は1000を下回ることは滅多にありません。1013で大気圧です、吊り合った状態ですね。
900だったらスカイツリーだって持っていかれてしまう。
この値、2違ったらエネルギー量では8倍になります。
計算式? いいんですっ 暗算なんだから。
1013からは高気圧なんですよ、たった1013分の50で命のやりとりになるんです、凄いでしょう。

ここまで一気に喋れたらあなたは小学生のヒーローです。
気象予報士のかたで異の趣旨ある場合は、団塊屋で受け付けますのでそちらへお願いいたします。
ここからは大人向け解説。 ああ そうだったのかと、今さら聞けなかった永年のもやもやが解けるひとは多いはず。

北の北極圏、上空は地球自転の遠心力が小さいから低気圧が出来るんです、これが日本の方に下がってくることを低気圧の南下といいます。
南下してきた低気圧は北極育ちだから冷温のまま日本列島近くまで来たところで、西の高気圧に押されて東に流される。流されながら高気圧の下に潜り込みます。
なぜ潜り込みなのかの理由は歴然。重いから。
これが日本列島の背骨山脈にぶつかって雪を降らせるのです。山陰 北陸 新潟 西東北に大雪を降らせるのはコイツなんです。
北海道の雪は別物です、ロシアオホーツク沿岸に降る雪の一部と考えてください。
ロシア中央高原の東端上空を南下してきた低気圧が西の高気圧に押されて背骨山脈北西稜にぶつかるのです。ですから雪にはPM2.5は(基本的には)含まれていません。
そして雪として水蒸気分を放出し軽くなった低気圧は山脈を安々と越えて東東北から太平洋へ抜けて行き、置き土産として埼玉 群馬 福島に空っ風を吹かせるのです。
この寒風はもの凄いんです、そりゃーそうです台風の成りかけなんだから。
余談ですが埼玉の山沿いと群馬全域それに福島相馬地方の女は成りかけどころかホンマもんの台風でっせ、あんなんに吹かれたらひとたまりもありませんわ。

ただし台風はマリアナ海域で出来た低気圧が超大化したヤツの名前で、そうでない場合は台風とは呼ばない。
したがって北方空っ風の埼玉 群馬 福島の女性が台風おんなだという風説は誤りです。台風ではありませんが其れなりに怖いんです、気ぃーつけなはれや。
北極やシベリア・ロシアで出来た低気圧には名前がないんです。生まれや育ちで偏見差別をつけるのは如何なものかと思いませんか?
私なら白熊のナターシャとか大相撲的に露風と付けますがねえ。
だって台風はマリアナで生まれたのち台湾国をかすめて大きく育ち、そーして北上してくるから台風というのでしょう。

私の加湿器の話しです。
初日私は寝るときにも寝室にこれを持って行って使いました。水タンク一杯で8時間の連続運転を確認できていますので安心です。
睡眠時に口呼吸するヘキのある私はいつも目覚めは喉がガサガサでした。
今日からは加湿するので安心です。万一寝過ごして9時間経過していてもヒーター部に温度上昇監視センサーがあって、電源を切って空炊きを防止してくれるのです。
安心感というものはひとを安眠させるものですね、この日は10時間くらい寝ました。
それから2年、たまに不安感で安眠ができないことがあるのは老後の自転車ライフを考えたときと法人としての団塊屋の先行き不透明のためです。
加湿器は黙々と私の喉を守ってくれていること書き添えます。

翌日、健やかに目覚めた私は執務室に加湿器を戻して内部を水洗いし、少し生成を認めた石灰性沈着物を除去してからタンクを満タンにして電源を入れ、ストーブも点けて仕事に掛かりました。
私が仕事に懸ける時間は24時間から次の数点を差し引いた全時間です。これ考えてみたら、もしもですよ会社勤めの頃にこの調子でやっていたとしたら、今頃はどうなっていたでしょうね。
社長さんでしょうか、それとも。
えっ なに? はっきり言いなさいよ 怒らないから。 
次の数点とは
(1) 睡眠
(2) トイレ、風呂、ついでに洗濯
(3) コンビニへ行く、
(4) TVを見ながらコンビニの惣菜で酒
(5) コンビニの弁当を食う
(6) 小屋で自転車を撫でさする そして寝る
(計)  10時間  

上が現在の冬パターン。対して夏パターンは下、
(1) 睡眠
(2) トイレ、風呂、ついでに洗濯
(3) 自転車で出かける
(4) 自転車のメンテをする
(5) コンビニへ行く
(6) コンビニの弁当、総菜で酒、飯 そして寝る
(計)  23時間

仕事に掛かって2時間ほど経過し、作章も佳境となったとき 「パチャッ」 わが執務室には無いはずの音が響き渡りました。
「なにー? 出版会社の取材なら団塊屋さんを通してくださいー、写真はマネージャーさんに言ってくださいー」
と言いながらふり向くと、愛おしい加湿器のノズルから 「ほわほわ」 した湯気が出ていないじゃありませんか。「スー」という音もしません。
停電か? でもパソコンも電灯もOKだし同じ電源から取っている湯沸しポットはパイロットが点いている。

「ははーん 水が無くなったか、でもそんなに早く?」
タンクに水は入っていました、十分量が残っています。念のため水を補充してみましたが変化なし。
思い切ってリセット釦を押してみました、「グッ」 と押された感じがしてリセット釦兼用のパイロットが点灯し、程なく 「スー」 音が戻って湯気も立ち昇り始めたのです。
「はて? 面妖な」

作章作業を再開して30分くらい、再び 「パシャッ」 
作章は佳境を迎え私はハイでしたから、ふり向きざまにリセット釦を 「グッ」 
作業を再々開して15分くらいで 「パシャッ」

私はその行で作業を止め、珠玉の章を記憶させてパソコンをシャットダウンさせると腕まくりをして立ち上がりました。こーゆーことは断じて許しておけないタチなのです。
そのタチが災いして会社を辞めました。二度目の独身にもなりました。町内会は会費を取りに来なくなりましたが、ゴミステーションのお掃除当番だけは三月ごと回ってきます。
温湿度計を見るとふたつとも19℃ 48%、加湿器の電源コードを抜いて本体に触ってみても、まずまずの温かさで異常温とは思えない。
水を捨ててひっくり返し、裏側を眺めても異変は見られず外観上は手がかりなし。

自転車小屋に持って行って裏蓋を開けてみようとして思い直しました。
取りつけネジは4本だから簡単に開けられそうですが、そうするとクレームに持っていったとき何かと難くせをつけられる。
ABS樹脂のネジ穴は下穴にタッピングネジをねじ込むだけの方式が多い。この加湿器も例外ではあるまい、なにしろ1250円の格安品なのだから下穴にネジ切り加工などのコストは掛けられないはず。
この手のネジは一度外して締め直すと、二度目に緩めるときドライバーに係る回転重さで前に誰かが開けたのが解る。
買ってきたホームセンターのクレーム係には分らなくても、メーカーのサービスマンには判るだろう。少なくとも私なら一発で解る。
この先に展開するであろうリコール騒動を想像して私はワクワクして参ったのでございます。
重箱の隅をつつくのが生き甲斐の私はもう嬉しくて、佳境の章のことなどすっかり忘れてこの不具合加湿器に係りっきりになったのでございますよ。

まず保証書を確認しました、アイリスオーヤマ(株)の製品で製造国は中国、保証は1年間とあります。
昨日買ってきたのだから保証期間は十分、どこにも製造日から1年なんて書いてない。
外箱や仕様書は捨てたので手元にはありませんが本体に貼ってあるシールに定格80W 温度フューズ167℃ 電流フューズ5Aとありました。
80Wだからこのシリーズ中最少モデルなのでしょう、小さく卓上型とも書いてあります、初めて読みました。
さらに水容量0.8l 最大加湿量100ml/h とあります8時間もつ計算ですわな。

私はこの不具合加湿器に水を満たし、昨夜使った寝室で8時間連続運転して再現テストを試みることにしたのです。
暖房なし 窓全閉 ドア半開 禁煙 一名在室というシンプルな条件下でやってみました。つまり私が加湿器を運転させた寝室でもういちど8時間寝てみるちゅうことです。
ドア半開の理由は昨夜ドアを閉めて寝たら、窓ガラスや天井に結露ができていたからです。暖房なし密閉では結露してしまうほどの加湿効果なんですねえ。
起きてまだ4時間ですから眠たくありません、こーゆーときには眠り薬の酒ですわなあ。
再現テストのための必要措置ですとも、けっして飲みたくて発案したわけじゃーありません。

五六時間で目が覚めたとき加湿器は順調に働いていて減水量もそれなりに。
なんだか飲み逃げみたいな、うしろめたい気がして水が無くなるまでゴロゴロしていたんです。
寝ていれば寒くないけれど起きて暖房なしは辛いですよ、室温5℃です。防寒衣服を着こんで再現テストを続けました。
このしつこさ、私 好きですよ、でなけりゃーこんなコト書いていない。重箱つつき爺いはしつこさが身上なんです。
クレーマー最上の楽しみはクレームを受け付けて貰ったときではなく、メーカー・販売店がクレームを受け付けざるを得ない事実をこの手で立証したときなのです。イヒヒヒ。

結局、室温5℃の寝室では安全装置が過敏に働いてしまう不具合は再現しませんでした。
水が無くなってしばらくしたら自動で電源が切れ、そのときにあの 「パシャッ」 音がしてパイロットが消えました。
ここまで予想通りの展開です。次に執務室に機材一式を戻し、室温19℃で再現確認テスト。
思った通りここでは運転中に電源が突然に切れました。
このときのテストでは不具合発生までの時間が早かったように思います。温感スイッチに作動癖がついた、こういうことは産業用装置でもあります。

これで不具合の発生は室温の高い条件下で起こると確認されました。空焚き防止の温感スイッチがオンになる温度を低めに設定し過ぎなのです。
機器の外側にユーザーが任意に設定を変えるネジなどはありません。
これは安全上そのように設計したと見るべきで、コストを抑えたいためだとするのは穿った見方でしょう。
内部を見ていないのでスイッチのタイプは不明です。不明でいいのです、クレーマーにとってはそれは知らないほうが色々言えて都合がよいのです。

室温19℃で加湿器を使うことが通常か通常でないかの判断は、そのときの湿度により分れるのかも知れませんが、
冬季の日本家屋内で暖房器(灯油ファンヒータ)と併用することが通常の使用法に逸脱するとは裁判官も検察も考えにくい。
「しかも当該加湿器はその四方40cm以内に発熱を伴う何れのものをも有しない卓上空間にあって、なお歴然と不具合を生じせしめたのであります」
上の一行をぜひ裁判所で発言してみたいものですなあ。

私は勝利を確信しました。
今日は前祝いをやって、明日一番でホームセンターお客様相談係にネジ込もう。
そうと決まったら不具合加湿器は自転車小屋に安置して、濡れタオル方式の加湿で喉を保護しつつお酒を飲もう、明日はいっぱい喋らねばならんからねえ。
公判の前日は敏腕弁護士さんもそうするって聞いたことありませんか?

翌朝10時、近くのホームセンター (株)カンセキ へ件の加湿器と保証書を持って出かけました。
私 販売店やメーカー名・商品名を実名で挙げています。上場企業であればこの文章に実名を載せても社会的に批判されるものではないと思っているからです。
一方個人名や特定の私人を想起できる表現は慎むべきであり、個人経営のお店名などもそれに相当すると考えます。
公人の場合、公職に係わる部分では実名でも許されるべきで、しかしながら誹謗中傷に当たると容易に判断される事態に発展する可能性を秘めたことがらについては、その様なことのないように細心の注意を払っているつもりです。
では信州の団塊屋さんとそのフェローについてはどうなんだ? 
確かに不意のご登場を再三願っており、事前のお知らせをしたこともありません。あちら様ではタチの悪い洒落として取り扱って戴いておるようでございます。

お店に入って最初に行ったのは一昨日購入した加湿器が置いてあった冬のリビングコーナーです。
開店直後で店内はさほど混雑してはいません、一直線に加湿器の棚まで進みます。
コンビニのレジ袋に入れて持って来た加湿器と同一の商品がまだ5個ほど棚に乗っています。並び具合を観察すると、私のあと誰かに1個売れた様子。
そのなかから一個、無作為に掴んでレジで支払いを済ませ、
「ありがとうございました」
会釈するレジ係に尋ねました。
「クレーム担当に会いたい」
「はい?! クレームでございますか」
「うむ コレが不具合なんじゃ」
買ったばかりの商品が入ったレジ袋を右手で差し上げました。持って来たほうの袋は左手に提げていましたが、財布や今もらったレシートなどを一緒に持っていたから右を上げただけです。
正確には、それら一連の挙動は計算のうえの演出です。

担当を呼ぶコールが店内マイクで響き渡り、男の社員が二人血相を変えて走ってきました。
走りながら、たまたま近くにあった懐中電灯の長いやつを手に持って走ってきます。店内コールにはレジ強盗を知らせる秘密の暗証が含まれていたのかも知れませんね。
訓練のたまものなのか、たまたまなのかは知りませんが懐中電灯とは良いモノを握っています。

案内されたのは店の隅に設けられたカウンター席。
レジ強盗ではなく、ただのクレーマー爺いと知って担当は一人になりました。
台の上に家から持って来たほうの加湿器を置いて昨日起こった不具合の状況と私が推定した不具合原因、さらに推定に至るまでの過程と根拠。
これらを話しました。あえて訥々と話しました。

名人大工が研ぎ澄まされた鉋(かんな)で削った杉板を立てかけ、それにヤカンの水を注ぐとー、水はしゅーっと霧になる。
そーゆーふうに喋ることも出来るのですが、訥々と喋りながら相手の反応を観察するのが楽しいんですコレが。
「ところでワシは脊柱管狭窄症といってな、立っているのがことのほか辛いんじゃ。こんなに長く立たされたのはココが初めてじゃぞ」
たちまち椅子が届けられました。
椅子を勧めたら次はコーヒーじゃろが、んー、店長の挨拶貰うまで帰らんぞー。
上の一行には 「 」 がありません。そーゆーことは言わないんです。

「さて、クレーム修理としてお預けするが、メーカーに戻すとなれば2週間や3週間は掛かろう。その間の代替え品は借りられるのであろうな?」
「なに? ない! あのなキミ、今は冬じゃぞ空気が乾燥中じゃ、脊柱管が痛む。じゃから一昨日加湿器を買った。それをキミに預けた、たった今な。代替え品は当然じゃろ、店長を呼べ」
「なに? 本社へ行っていて居ない。 代替え品も勘弁して貰いたいってか?」
「ふん 想定済みじゃ。 そこでなキミ、これを見ろ!」
ここで肩の入れ墨など見せようなら、威力業務妨害の容疑が発生します。私がこれを見ろ! とテーブルに置いたのは本日新たに買った同型の加湿器です。

「キミはまだよく解かっておらんようじゃ、いいかよっく聞け、そしてメーカーに伝えよ。今後の如何によっては本件は一大リコール事件に発展するんじゃぞ。
対応を誤れば、キミも店長も片道5時間の支店に飛ばされる」
ここで凄んで金品など要求しては、恐喝容疑が成立します。団塊屋さんは私を山師と呼びますが、山師と犯罪者とは違います。

「この店からこれと同じ商品が何点か売れているな、他の支店にもあろう。そのお客のところでワシの言う不具合と同じ訴えが起きていないかの調査が必要だ。今すぐにな。
ワシはな、今日買ったこれを家に帰ったらテストする。昨日・一昨日の使用よりきつい条件でテストする。
そして、もしも同種不具合が起こったそのときは、この店のアタマを飛び越えて通産省へ通告する。今すぐ店長に報告して指示を仰げ、それがキミの今すぐの仕事だ」
私は腰の脊柱管をかばいながら立ち上り、買ったばかりの加湿器をぶら下げて店を出ました。

時系列を整理しましょう、このあとが本章前半部の3週間連続運転とそれに伴って分った水道水からの生成物や湿度と気圧の話しだったのです。
二台目の加湿器は不具合なく蒸気を立てて働き続け、執務室と寝室を行き来しながら前半に書いたデータを提供してくれました。
水なしの空焚きテストも良好で、過温度作動からの復帰も問題なし。
最初に買った一号機だけたまたま過敏だったようです。
同時に製造され他のひとに買われて行った個体については分りません、(株)カンセキからもメーカーのアイリスオーヤマ(株)からもそのことについては何もありませんでした。

私の一号機が返って来たのは年が明けて1月の末。店頭に預けてから一か月近く経過しており、私の二号機によるテストも終了させてからの頃でした。
受け取りに行ったカウンターには椅子が用意されていて、それに座ってクレーム担当からメーカーからの回答書を見せての説明をうけました。
それによると、再現試験で不具合が確認できたこと、
原因は私の推定と同じ、
対策はヒーター部と過温度監視センサ(リセットスイッチ一体)を交換して運転試験を実施。良好なる結果をうる。
となっておりました。
手書きの配線図と監視センサの断面図が付いて、末尾にユーザー様にお詫びと説明をしてご理解を得てもらいたい旨の文言が記載されていました。

この回答書をわたしは修理品といっしょに貰って帰ってきたのですが、内部文書を安易に出していいのかな、ユーザー用と内部用の二部作成する用心さが必要だと感じたものです。
ついでに書きますと、不具合によって生じた私の不利益への補償はなし(とうとうコーヒー一杯も出なかった)。
不具合発見に対する謝礼、商品開発フェローとして高給でお迎えしたいというオファーもなし。
私は一か月間楽しめたから、別にー いいんですけどねーえ。

春になって花粉が飛び始めたころ、二台の加湿器はていねいにお手入れをされて仕舞われました。
1250円の商品としては過分な働きを労われ、コンビニの袋に入れられ秋までの休暇を言い渡されたわけです。
時はあっという間に過ぎて秋になり、やがて初冬を迎え再び袋が開けられました。
「こーゆーものはひと夏おくと水タンクのゴムが駄目になってたりするのよねー」
重箱爺いは疑り深い、やだねー。

1250円の格安品は過大な いや適切な期待を持たれなかったことが不満なのか、2シーズン目にも過激な使用に耐えられそうな面構えでしたので通電してみました。
二台並べて同時運転です。同じような 「ほわほわ」 湯気が立ち昇って、
「あれから一年たったのか 自転車の筋力も下がるわなあ」
劣化したのはゴムパッキンより私の足のほう。
今夏に挑んだ鳥海山と男鹿の寒風山では、いづれも山頂の遥か手前から降りて押しました。

見晴し台の芝生に寝転んで名物 「いちごソフト」 を食べていたら、たいそう立派なオートバイで上がってきた初老の紳士が近くでエンジンを停め、私の自転車をしげしげと見つめて、
「わたしは恥ずかしい、帰ったら自転車に買い替えます。来夏にはこの山が登れるように練習します」
「ほう それはよい心がけでござる。失礼だがそのオートバイと交換、プラス消費税くらいで買えるでしょう。この自転車は楽々登れるんじゃが、ワシが登れんかった」
私は正直に白状したのです。紳士は静かに微笑むと頭を下げてきびすを返し駐車場のカーブを綺麗に曲がって坂を降って行きました。

そして2月初旬、長崎のグループホームで火災のニュースです。
加湿器が出火原因とだけ報道されてそのあとの情報がなくなった。出火原因となった根本の原因を究明中なのか、大方の関心が北の核実験に向いちゃったのか、それとも大きな圧力が加えられた?
私の二台の加湿器のうち一台がこの頃に変調したのです。
出火原因となりうるか? それでしつこく長崎での出火原因の続報を待っているのです。

変調に気づいたのは1月下旬。
寝室で使っていた1号機を起床後は執務室に持ってきて、乾燥注意報の午後には2号機を応援して二基運転がこのころのパターンでした。
1号2号の見分けはちょっと見で分らないから、最初に買って修理に出した機を1号として本体の樹脂部分にシールを貼り、目印としています。
堆積物を洗ったりするとき取り外せるノズルや水タンクは行ったり来たりするうち、どっちのものか分らなくなりました。

1号機を持ち上げたとき台に水滴が残っているのに気付いたのが1月下旬、傾けて溢れたのだろうくらいに思っていました。
数日後日中に二基稼働させていて、水補充のときに卓上に水滴があるのを視認。しかも1号機のほうだけに。
このとき久しぶりに重箱爺いの突っつき心に火がついたのでございます。
折しも長崎火災の直後、機種に共通性は無いだろうが加湿器は共通ワードである。
販売店のカウンターの椅子が頭に浮かびました。脊柱管は自転車のおかげで好調です。

さっそく小屋に持ち込んで裏蓋を外してみることに、外した4本のネジ中2本が黒く変色して水との接触を物語っています。
電気ヒーターの位置の真下にあたるネジです。
「出火原因」 の文字がちらちら頭をよぎります。 
「いかんぞ、その功名心がここまでの人生で災いの元になったんじゃないか。団塊屋を見習え、あそこはぼーっとしとったから敵を作らず出世して大過なく定年を迎えるんじゃないか」

すでに1年の保証期間は過ぎておりますから遠慮なく裏蓋を引き剥がします。
蓋の内側には細かい水滴が付着し、あからさまになった本体内部にも 「水没機器」 特有の湿っぽさと溶融アルミの粉っぽさが見られます。
配線の束も濡れており、ヒーターを本体に止めているアルミ板が水濡れ特有のゼニゴケ模様を示しています。
さらに熱害防止のために配線の一部に被せられたガラス繊維のチユーブからは 「ぽたり」 と水滴が転げ落ちました。
これは水漏れです。水分がよそから回ってきて凝固水となったのではなく、明らかに上部の水容器室から重力で滴下したもの。
裏蓋はヒーター部分に近いから温度も室温より高めで自然蒸発もあったろう、運転せずにおいたならかなりの量が卓上に滲みだして発見は早かったかも知れない。

ヒーターが顔を出している水容器室の堆積石灰分をていねいに剥ぎ取ると、樹脂の本体に僅かな亀裂を思わせる線が二本あった。
ここで私はいったん執務室に戻り、2号機の水容器室をじっくり検分したが亀裂様の線は見られず、もちろん裏蓋側への水漏れも無し。
あの亀裂、なぜ生じた?
二台とも運転時間に大きな差はないから熱歪みは同程度だろう、生産時期・ロットも同じはず。
二台で異なる点は? あった。1号機はクレーム修理に出している。

急いで保証書とあの修理報告書・店への回答書を捜しました。
あの回答書には過温度センサーとヒーターを交換したと書いてあったじゃないか、センサーは本体体躯の空間温度を感知する位置にあるから水との接触はない。
一方ヒーターは直接水の中に顔を出している。
これだ!。 水漏れはヒーターの脱着に起因している。
推理は 確信に 確信は 自信に 自信は 喜びに変わります。重箱爺いの喜びに。
購入は2年前の12月だが修理完了日あるいは私が受け取った日からは、きりきり1年未満なんじゃないの?

こーゆーときは見つからないのよねえ。
シーズンオフに加湿器をしまっておいたロッカーには地デジの保証書や自転車の保証書ばかりで、肝心の加湿器の分がない。
一度保証書を使っているからそのとき何処かに置いたままにしたか?
でもこの家の何処かに必ずある。と自分を励まして小屋に戻りヒーター部分の取り外しに掛かりました。
そういえば三十数年前女房が見つからないと泣いていた結婚指輪も出てこないままだなあ。

ヒーターを本体に押しつけて固定しているアルミのプレートを外すと、意外なほど簡単にヒーターが抜け出てきました。
ヒーターは本体下側つまり裏蓋の側から上方に向かって取りつけられ、ヒーター棒の外側形状に合わせた耐熱性のゴムパッキンがアルミプレートで押し付けられて止水している構造と解かった。
私はここで2号機の状況を確かめてみました。
2号機は一度も修理を受けていないので各部のネジは初回緩めのトルク感を保っており、外したビスはユニクロメッキの渋い光沢を見せて水濡れのなかったことを誇示しています。
問題のヒーターを固定しているプレートは、ビスを外しただけでは取れません、ヒーターを上に向かって押し付けたまましっかりと張り付いています。
液体パッキンあるいは接着剤を間に塗って締め付けられているに違いありません。
この部分、1号機ではビスを外したらあっさり抜け出てきたと5行前に書いています。水漏れ箇所と水漏れした原因がはっきりしました。
修理時の止水ミスです。
あの亀裂はヒーターを抜こうとして過剰な力がかかったため。
この機種はヒーターの交換など考慮しない作られ方をしているのです。修理を試みるより新品をお客に渡すべきだったのです。

修理ミスの漏水というより修理したからこそ起きた漏水が火災原因になる因果関係を突き止めると、こんどこそコーヒー一杯では済まなくなりますなあ。
水を使う電気機器の水事故が火災原因となり、構造を誤認させる設計でサービスマンの判断ミスを呼んで起きた人災だったらメーカーの命取りでしょう。
そしてそれらの根本原因は行き過ぎたコストダウン指令なのです。
安全よりコスト、ありがちですがあってはならない。製造国が中国であっても作らせた日本会社の責任は免れない。

何枚か写真を撮ってから、これしかし どーする。
実際の火災は起こっていないし、写真にしたって私ひとりで私の作業小屋でやったこと、捏造だと反論されたら証人がいない。
あの回答書は何としても見つけ出さねばなるまい。

しばし考えた末、組み立ててみることにしました。
ヒーター保持のアルミプレート内側に3Mの接着剤を塗って取りつけて、止水できれば私の勝ち。
ここで止められれば亀裂部分からの浸水も止められる。
でもそれは私ひとりの内部勝ち、直ってしまってからでは 「ああ そーですか」 で終わってしまう。
直らなければ 「ったく シロートがいじり壊してからに」 と相手にされない。
1250円という元値を考慮すると、私の奮闘は如何ほどの金高に換算されるのであろうか?

ともかく組み立てて水漏れ克服の小さな勝利感を味わおう。
私の奮闘の対価を換金する手立ては 「そーゆーことには」 滅法乗り気になる団塊屋さんに相談しよう。
さて3Mの最適なる接着剤はあるかな? 赤鬼の角を着けたやつ。

結局、接着剤を買うためにホームセンター カンセキへ行ったのです。
暖房器具売り場の横を通って接着剤のコーナーへ、熱・水・ショックに強いとパッケージに大きい文字で書いてある 「セメダイン スーパーXG」 これが無溶剤・弾性接着剤。
さらにパッケージには−60℃〜120℃対応、肉やせしない、2分で接着24時間で完全硬化・弾性あり。
耐熱&肉やせしない、というところが気に入って買ってきました。帰りがけ加湿器のコーナーを覗いてみたら似たようなアイリスの商品がありましたが、私のと同じものはもうありません。

セメダインスーパーXG は塗布する前に接着面をきれいにします、アルミプレートを磨いたら古い接着剤と思われるフィルム状のカスがポロポロ剥がれ落ち、私はウンウンと頷いたものでした。
塗布面は脱脂が必要で、これにはキャンプコンロ用ホワイトガソリンを使います。以前に山形秋田遠征の折りカンセキで買ったもの。
内部の水気をドライヤーで乾かし、亀裂部分にも接着剤を塗り込んで丁寧に組み立て24時間待つことにしました。
明日の完成検査まで裏蓋は外したまま安置して作業小屋を閉めました。

ここまでの奮闘で爺いは程よく疲れ、2号加湿器の湯気が「ほわほわ」立ち昇る執務室兼台所で一杯飲んでいるうちに眠ってしまったようです。
漏水と出火原因との因果関係はいつ考えるのでしょうかねえ。
これ考えてみたら大変恐ろしいことですよ、外出するとき加湿器を止めるのは普通でしょうが寝るときは運転しているでしょう。
外出から帰ったら家が全焼していた、は諦めがついても就寝中に火事になったら命がないですわな、酔っ払いにとっては。

からすカーで朝になり、一番に先に接着剤の乾燥具合を見に行きました。
見た目くっついていますが、端にはみ出たセメダインを爪の先でつついてみるとまだホニホニしているから水など入れては駄目です。
どうも私は一日にひとつのことしか出来ないタチみたいで、修理中の加湿器のそばで24時間目をずーっと待っておりました。
こーゆー状況を生産用語で 「手まち」 と言います。次の工程に進むあいだの作業員が何もせずにぼーっとしている時間ですね。この間にも人件費と在庫管理費は進み続けますから経営者は面白くない。
でも面白くないひととぼーっとしているひとが同一人の場合は、ぼーっとしている行為が面白くないだけ、と簡単な計算がつきます。
そこでもう何年も使わなかったヘアドライヤーを捜してきて 「ガー」 っと温風を接着部に向けて吹きかけ、吹きかけでは爪でつつくという不毛な行為に妥協点を見出すのです。
つまり、温風を当てて乾燥を促進し24時間の指定乾燥時間を20時間に短縮させ、手まちタイムでロストする経費を削除することによって面白くないひとをニッコリさせよう。

これを、じつに素晴らしい物づくり日本のエスプリである。と称賛しては駄目なんです。
温風を当てようが冷風を当てようが、常温下20℃で24時間という指定は40℃で温めたら12時間で硬化するというものではないのです。
接着剤の性格によりますが、まわりの空気に接している時間が、あるいは空気と遮断されている時間が24時間必要だと接着剤メーカーはいっているのです。
温度は超熱・極寒でなければあまり関係ないのです。
ドライヤーで温めると乾燥が促進されるのは日曜大工の木工用スプレーペイントだけです。あの行為は揮発する溶剤を温風が吹き飛ばして、新しい乾燥面が空気と接触する機会を与えてやっているだけなのです。

会社のためと好意でこれ(指定時間を自分の判断で短縮)をやるから水漏れ事故だの発火事故だの二次災害をみずから作るんです。
今回のヒーター部水漏れに限って言えば、クレーム修理では手元に接着剤がなかったのか、漏れはしないだろうと思い込んだのかは分りませんがアルミプレートに古い接着剤が乾いて残っているまま再組み付けをしています。
同種不具合で持ち込まれた例が他にないことを切に願うのです。

接着剤を使うとき、常温の20℃以下の環境下だからとの理由でドライヤーで温めるなら、接着行為の前から当該部を温め接着後も可能なかぎり温め続けることです。
出来れば作業場全体を温めて、母材と接着剤をその温度になじませてから作業を開始するべき。
その意図は、通電して運転されるときの温度すなわち運転温度に近い温度で接着が進むことで、全体形状を運転時の膨張した形状に近づけて後々の歪み・亀裂を軽減させる考え方です。
いづれにしろ運転・停止のくり返しで温度の上げ下げは否応なしに起き、それによって派生する材料の歪みは否めません。
設計強度で決まってしまうことですから、コストと軽量化で安全を損なうことは物つくり日本の方向性から外れます。

そうこうするうちに24時間経過しました。重箱爺いはいつでもこんなこと考えて生きているわけではないのですよ。
ぼーっと手まちしているときには丁度よい時間の過ごし方の思考の型だと申し上げておきます。
完成検査を始めます。
卓上に新聞紙を敷いて満タンの水タンクだけセットした加湿器を置きます、まだ通電はしません。1時間新聞紙が濡れなければ水の重力だけの水漏れテストをクリアした判定、次の運転試験に進みます。

私の加湿器1号機は通電運転試験にも合格して、裏蓋を取りつけられる前に配線接続部の腐食や取り回し、ハンダ部のやせ等のチェックをうけて完成しました。
今は2号機と並んで「ほわほわ」湯気を立てています。
同時スタートからの減水量に二台の差はありませんから、加湿能力も同等と満足しております。
この延べ三日間の顛末をメーカーおよび通産省に通告したか? とお訊ねなら。 しておりません。
長崎県の火災原因となった加湿器が私の1号2号機と同じメーカー・同じ機種だったら、そうしようと思いニュース続報を待っているのですが、テレビではロシアに墜ちた隕石の映像ばかりです。
ちなみに本章に登場する私が使用中の機種の名称・型式は以下の通り。
同型機に心当たりの方は団塊屋へご相談ください。

アイリスオーヤマ 加熱式加湿器
型式 SHM-100T   製造番号 100049181(1号機) 100010392(2号機)

長崎の火災原因が電気部分のショートだとまだ断定されたわけではありませんが、今回のことを経験して次のように思います。

水加熱室や水タンクが電気配線の真上にある構造は、止水性の経年劣化を考えたら避けるべきではないのか。
裏蓋内に5アンペアの電流フューズが取りつけられています、ということは最大5Aの電流に耐える太さの電線で配電されているのだと思います。
ちょっとまってください、この機種の定格出力は80Wと記載されていますよ。このワット数であれば1.2か1.5アンペアのフューズの使用が適正。
5アンペアでは500W超相当の電流が流れ続けるまでフューズは溶断されません。
もしもですよ、適正より少ない量のハンダで接続された部分があったと仮定して、電流が流れるとやせたハンダ部は発熱して溶けて離れることがあります。(これをオープンといいます)
オープンすると供給されなくなった電流を他の回路から融通して貰おうとする機能が働くものもあります。この回り込み電流の増加分が融資元の回路をパンクさせます。
場合によっては発火します。
オープンして垂れ下がった線が他の電気部分に接触するとショートと呼ぶ過激電流が流れます。警察はこれを調べているようですが、断線からは火災原因とならない先入観は駄目です。
ボーイング787のバッテリーは16ボルトの設計です、長い間12ボルトのバッテリーを造り続けた経験は電極セルが2個増えたらもう役に立たないんです。
加湿器のこの機種の場合は5アンペアまで流れ続けます。
実際には110%の余裕率で造られますから5.5アンペア流れるのです。
フューズの購入価格は1.2Aでも5Aでも同じですが細かく在庫すると管理部品の点数が増える、そこで同じ工場内で生産している大型機種に用いる5Aフューズや太い電線で兼用していませんか?

たばこが1個410円もする時代に1250円の加湿器は3シーズン目に入ってもがんばって蒸気をほわほわさせています。
家のなかでこれほど長時間運転されるものって他には冷蔵庫と湯沸し保温ポットくらいのものでしょう、でもこのふたつは日中に待機しているだけの時間がけっこうあります。
それは非生産性の手まちタイムと非難されることはありません。省エネモードとかいって褒められる。
ずーっと沸騰させてカルキの攻撃とも戦っている加湿器が一番がんばっているんだ。家のなかで一番えらいのは一番安い1250円の加湿器なんだ。
水を補給するときは一旦電源を切って少し休ませてやりましょうよ。内部のカルキを洗ってあげましょうよ。


       おわり    syn
2013-02-19

自転車屋おやじシリーズ(5) ひだり前 (後・後編)&(あとがき編)
2013/02/12

ひだり前 (後・後編)

「ほーい ご亭主、おっかーと仲良くしとるけー」
わたしは忙しく作業中でご坊の来店に気づきませでした。
仕方なくそのまま店頭にたたずんでいたそうです。

使わなくなった自転車を再生して大震災の被災地に送ろう。町内会の発案で集められた不用自転車が次々とわたしの店に持ち込まれていたのです。
前年の秋、町役場で回収した放置自転車を頼まれて数台再生させたことがありました。
庁舎の倉庫で年越ししていたのを今回の災害のあと、すぐに被災地に送ったら喜ばれた、という町職員の話しが発端でした。
町内の支援の取り組みにしようと話しが大きくなったんです。
隣の饅頭屋の爺いがこの辺りの町会長、せがれに代を継がせた爺じいはひまですからたまりません。
たちまちお店の横の駐車場には古自転車の列ができました。
置ききれない自転車は饅頭屋の駐車場で近所のおっかー団が水で洗ったり雑巾で拭いたりしています。

すべての古自転車が被災地へ行ってお役に立てるわけではありません。
「これ どーもならんなあ、せっかく磨いてもらって悪いけどアッチの山ね」
スクラップ行きのグループを指すのは本当に忍びないのですが、事態が切迫しているので仕方ありません。
再生作業担当のわたしの眼鏡にかなったものだけ店内の作業場に持ち込まれます。
それでもおっかー団は自分が拭いたり磨いたりした自転車が被災地で活躍することを願ってがんばっています。
なかには町会長の号令で仕方なく参加したひともいるようですが、やっているうちに楽しくなるんでしょうね、お喋りしながらやっているんです。

「おー それいいね、良いのができるよー。下駄屋のかーちゃん、あんた目利きだねえー」
再生候補の最前列に並べられ、そのうえ忙しいわたしの精一杯の褒め言葉に大満足。デスカウント靴屋の若い女店員の前を大股で戻って行きます。
間もなく靴屋の女店員が 「ナニォー 下駄屋の婆あに負けられっか」 張り切ってど派手な黄色い軽量自転車を見せに来るころです。
言下にスクラップ行きなど宣告したら、わたしの運命は下駄靴戦争の余波に翻弄される笹舟のようでございます。
ここはうちのおっかーに任せて忙しいフリをするに限ります。
鬼が島の次は女護が島でございます、やれやれ。

町会長の隠居爺いがしょっちゅう見に来て、
「自転車屋さん、あんた普段は世の中のために役立つことはなーんもないおひとだったが、今度のことでは男を上げなすっただなや。
オメさが修理した自転車は瓦礫の上を二人乗りで走ってもパンクしないうえに走りが軽いんだってなあ。
キーキーだのガタコトだのいわずによく働いて、そのうえスタンドがでかいから荷物を積んでいる間に倒れたりしない。
これぞ復旧復興のシンボル 「ともだち自転車」 だって、もっと欲しいって、被災地から衛星電話が役場にわんさか届いているんだとよ。
次期町会長はオメにすっぺ、てえ話しもあってなあ、オラ後継者がでけて嬉しいだよー」

過酷の街で使用に耐えそうなベース車を見つけ、ライトやホイール、チェーンやペダルなどを他の古自転車から転用して一台づつ作ります。
不整地でも根を上げないタフな自転車を送らなければ意味がありません、ノントラブルで瓦礫を越えて行くタイヤとブレーキ、それに荷物の積める大きなキャリアとがっしりしたスタンドは必須のコンセプトです。
わたしはこの道40年の自転車屋です。ヤワなアルミのファッションサイクルなど、塩水を含んだ泥の街を走ったら一晩で動かなくなることは分っていました。
わが町内から行った自転車が現地で高評価を受けているとの爺いさんの報告にわたしのモチベーションは高まります。
部品取りのできないベアリングやスポークなどは在庫の部品を持ち出しで使っても渾身の一台を再生させています。
一台出来るたび急いでおっかーが役場へ持って行くと、<おらほはずーっと応援するで がんばっぺ 〇〇町> と印刷されたシールが貼られた支援物資といっしょにトラックが出発して行きます。
居合わせた人々から盛大に送られてドライバーは誇らしげに出発して行った、嬉しそうに帰ってきて報告するのです。

トラックの出発は不定期ですが一台でも多く積んでやりたい、すぐ乗れる自転車をわたしはがんばって整備しています。
おっかーだってそうです。生まれが会津のなぎなた女ですからこういうことには黙っていられないタチ。
「あんた、部品の調達はあたしに任せて頂戴っ!」
と言って消耗パーツを問屋に電話します。

「国家の大事じゃー おらの親戚があっちにいるんだあ。早く送れー ぼやぼやすんなーっ。 ナニーッ 配送便が来てくれないだあーっ!
なーに考えてんだぁ トラックはなあ、ぜーんぶ被災地に向けるもんっだぺ。
オメさまには自転車屋の意地がねーだかや、社長のオメが自転車走らせて今すぐ持ってこーっ! おらほの町ではなー ミラノまで羽根いっちょで飛ぶキジさんだっているんだじょーっ。
バカこけ ピザ屋じゃねーじょ、ミラノは自転車の故郷だあ おらの故郷は会津だぁー 怒らしたら恐えーぞー 知ってっぺー このォー!」

万事この調子。
「シマノだろうがダイアコンペだろうが3Mだって、あたしが会津弁で脅かし上げて無償で送らせるからジャンジャンいいものを作ってよっ」
気合入っています。
「おーい シマノとは喧嘩すんなよー、やっていいのは団塊屋だけだあー」
「あたしゃーねえ、あんたを町会長ぐらいじゃ終わらせないよ。県知事になってもらおうと思ってるんだからねっ!
あんたー! おにぎり作っておいたから食べながらやんなきゃだめよー、会津の女はねー おまんま食いながら砲弾こねたんじょー」
作業場のテンション上げまくりなんです。

「あのー ご亭主およびお内儀殿、オホン。あー ご多忙中まことに相すまんがな、ご町内の見事な心がけ拙僧は大いにこころ打たれたぞ。
そこの爺いに仔細は聞いた、聞いたからには捨ててはおけぬ。これは仏僧のたしなみである、いーや 勤めであろう。
そこでじゃ、ワシにも手伝わせてくれんか。できれば コホン そこのおにぎりじゃが … ワシも食べたい」

「これはご坊、いつからそこに?」
「うむ おにぎりが置かれたころからじゃ」
「これはとんだ粗相を、これおっかー ご坊のお成りじゃ、ささをもて … いーや いかん、今日からはそうはまいりませんぞ。
ご坊は只今より自転車屋の小僧、小僧はお師匠様のお余りをいただくものです。
これおっかー たいそう腹の空かせた丁稚小僧が入門したで、海苔なしの握り飯に白湯じゃー」
「お師匠、キビ団子があれば犬猿キジも助っ人に呼ぶがのう」

態度のでかい丁稚小僧ですが、自分のロードレーサーをメンテするくらいですから勘どころを承知しています。
小僧がブレーキのセッティングするところを見ておりましたら、リムとゴムの接する隙間にトーインをつけて完璧です。これなら分業化できて効率があがります。
わたしはタイヤのノーパンク化の作業に専念できるようになりました。

被災地はいま非常事態です、自動車が入れるところは緊急を脱しつつありますがそうでないところ、歩いて行くか自転車で行くかヘリコプターで空からでないと行けないところに緊急があるのです。
でも瓦礫の海にヘリコプターは着陸できない。学校や病院の屋上など目立つところにいるひとは助けられても、壊れた家財に挟まれて身動きできないひとまでは見えない。
現場へ行かなければ何も見えない進まない。
いま生きているひとを生きているうちに助けるのが一番先にすることじゃないの、その他のことはそのあと考えればいい。
暖をとるストーブの燃料と今すぐの薬と水と握り飯を届けるために、尖ったものを踏み抜かない安全靴と瓦礫の散乱する道を灯油を積んで進めるパンクしない自転車が今すぐ必要なんです。

ここからは作業しながら話します。
気が散って手元が狂うといけません、聞き返さないでくださいよ。
「おい 小僧、休憩が長すぎる手を止めるんじゃない。いーか ツールのメカニックはな、走るクルマの窓から身を乗り出して選手の変速機を直してしまうんだ、命がけでやれーっ!
締めはトルクレンチで正確にやれ、勘に頼るなオレに聞けーっ。にやにやするな、命がけでやれーっ!」

自転車タイヤは空気が入っているからパンクします。
空気を抜けばパンクはしませんが回転が重くて走れません、無理して走らせてもガタゴトして乗っていられませんね。
レール上を鉄輪で走れる列車が羨ましく思えます。
わたしたちには平滑なレールがないからエア入りのタイヤが必要なんですよね。
空気の代わりに上から下までオールゴムのタイヤは戦時中からありましたが、硬い、重たい、制動距離が長い、旋回すると外れ易い、などデメリットのほうが多くて姿を消しました。
低速で真っ直ぐ牽引されるだけの構内運搬台車に残っているくらいでしょう。

近年よいものが発明されていたのです。
ヌーブラという商品がありますね、女性が胸につけるアレですわ。うちのおっかーだって持っていますよ、あれでなかなかの豊胸おなごでしてね … そーゆーこと今はいいんですっ。
海外のエラストマーゴム関係の企業がリペアムゲルという化学樹脂の合成に成功したんです。
開発の狙いはヌーブラを作ろうとしていたんです、ところが半年早く同業他社がヌーブラを商品化させ商標意匠登録して発売してしまった。
これは欧米女性のあいだで爆発的に売れました。男性が触ってみてもなんだかぞくぞくする魅力的な感触ですよね。
先にヌーブラの商品名で世界を席巻されてしまったからリペアムゲルはヌーブラへの展開を諦めるしかなかった。
硬度を変えて医療用の義肢製作などに細々と供給していたんです。

この化学合成樹脂、性状は常温で個体 弾性あり 摩擦や水、大気に極めて安定。
100℃以上で溶融しトロトロに、900℃まで蒸発はしない。
常温で固形化し弾性を保つので自在な形状に対応、再処理機で加熱溶融することで何度でもリサイクルする。
毒性なし、素手で触れても大丈夫、密着性あり、触り心地よし。そりゃーそうですよヌーブラや義肢になるんですからねえ。
ある社員が自転車タイヤのエア代わりにコレをチューブ内に充填してみることを思いついたんです。
手に持ってプニプニしながら妄想しているうちに思いついたんですよ、男ならみんな妄想の末に思いつくでしょうや。
この社員、プニプニしたのがたまたま早かっただけなんだ。

使用中の自転車に部品の追加や削除をまったくなしに、エアバルブのところからチューブ内に残った空気を吸引しておいて熱したリペアムゲルを圧入する。
充填圧力はタイヤメーカーのエア推奨値と同じ。
冷えて固まったら走ってみた。
空気入りの場合との比較試験で自信を得た。
操安性、制動性、騒音、乗り心地の体験テストでも事前に知らされていないひとにはまったく気づかれないレベル。
違いを感じても、それは自転車の個体差やタイヤ銘柄の違いだろうとしか思わないレベル。

発売に際し色々な考えがありました。
小さな容器に詰め充填ツールとセットにしてホームセンターで売る方式の場合では、やり方のDVDと紙のマニュアルを付けて販売することになる。
ユーザーの自己責任で施工するとはいえ売りっ放しでよいのか?
100℃以上に加熱溶融して手早く施工するいわば危険作業を素人衆に任せておいてよいのか、出来上がりチェックで安全性を確認できるか?
その自転車に装着中のタイヤチューブは高温のゲルとの接触に耐えて所定の性能を保てるか? その判定は誰がするの?
免許制も登録制もない自転車ですが、ひとが乗って道路を行くからには安全の担保はけっして外してならないことだろう。

そこで自転車整備士の常駐するお店に限ってノーパンクゲルの取扱いを認めたのです。
お客への説明がきちんと出来、廃棄時のリサイクルに責任の持てるお店であること、店主に酒飲みの友達がいないことなどが条件です。
お客への商品説明は良いことばかりを強調してはなりません。
たしかにパンクはいたしません、エアが入っていないんですから潰れもしません。
ただし、化学合成樹脂ですから質量がある、空気より重い。
空気と違って経年変化が絶対皆無とは言い切れない。このことを承知したお客にだけ施工します。

空気にだって重さはありますが、その空気を基準に比較するとママチャリタイプの自転車前後に充填して約2kg重量が増えます。
重量増加は自転車にはマイナス要因です、漕ぎ出しの重さに繋がるからです。
でも一度走り出してしまうと、タイヤ外周部の重みはホイールの遠心力を増してスピード維持能力は逆に向上する。
ジャイロ効果でフラつきにくくなる。
このメリットは若く脚力のある中高生に適合します。
一回の走行距離が20km程度以下で比較的平坦な舗装された道路の場合に最適合します。

実証試験では1万Kmでタイヤの反発力に変化なし、切断分解の所見で内部のゲルに変化なしでした。
切断後のゲルはリサイクルされ、タイヤとチューブを新しくした試験車に再び充填されて今も試験が続けられているそうです。
市販の自転車タイヤは大事に使っても5千Kmを超えると厚みが寿命を迎えます、年間1万Km走るひとはそう多くはいませんよね。
三年で5千Km、多くてもそれくらいしょう。

ロードレースには向きません。レースでは頻繁な速度の上げ下げ、走行ラインの瞬時の変更、登坂や瞬発加速のくり返しを何時間も続けるのだからです。
通学車だったら? 教科書三冊分の重さは増えるけれど、そんなの気にならない脚力はある。でもパンクは絶対に嫌だ、お喋りしながら真っ直ぐ走れる。この安心感は女学生に必ず受けます。
釘が刺さっても平チャラ、釘が泥よけに当たって音がするのが嫌だったら引き抜くだけ。
半固体のゲルは漏れ出したり体圧が変化したりしない。
学校の自転車置き場からエア抜きの悪戯がなくなり空気入れを撤去できる。
これでわが町の中高生は遅刻の言い訳が出来なくなるのです。
女学生は門限に遅れた理由がなくなって、お父さんは大安心するのです。

さて気になるのはお値段でございます。
一台二輪充填と他に車両の安全点検をセットにしてお父さんの大好きな吟醸酒一升瓶換算、二本半。
安くはないが高くもない、そうでしょうお父さん。この施工でお嬢さんの帰宅の安全が図れるのですよ。
わたしは新学期を前にリペアムゲルを世界中から集めました。信州の団塊屋さんにも動いてもらいましたよ。
町中の通学通勤車をノーパンク化しようと考えたのです。
売上アップもそうですが、これは人助けです。

充填装置を導入し習熟訓練に近所のママチャリを無料で施工して喜ばれました。役場のひとが持って来た放置自転車にも充填しました。
一番最初に被災地に入った自転車です。
リペアムゲルの缶が倉庫に積み上げられたころ、降って湧いたようにあの大震災が起きました。

丁稚に入った小僧を、ご坊の小僧か小僧のご坊か呼び方が定まらないまま日数が過ぎまして、お店の前に並んでいた修理待ちの自転車の数がずんと減ってまいりました。
毎日様子を見に来る町会長の爺いが働くご坊を見て驚いているのです。
「オメさまが来てからねえ、送る自転車の数が読めるようになって、輸送計画がちゃんちゃんと行くようになったちゅうて役場のほうでも喜んでおるんですわ。
被災県でもねえ、公平に配布ができるから町村の職員が県の言うことを聞くようになったちゅうて喜んでおるそうでなや。
そんだがオラはねえ、こー言うたんです、
県だの町の職員が喜んでどーすんだ。現場で泥まみれで働いているひとのお役に立てて貰えているのか、それを知りてえ。
そーゆー話だなければ、オラは町内のおっかー団や自転車屋さんとこさ報告に行けねえ。ってねえ」

ご坊もわたしも手を止めて立ち上り、爺いのほうを見ました。
そういえばあれ以来、はじめて町会長の顔をまじまじと見た気がします。
なんと老人はこうべを垂れて、わたしらのほうに向かって手を合わせているのです。あのごうつく爺いが涙を流しているのです。
「老師どの あなたの故郷もあちらでしたか。お手の方向が違いますぞ、あの山の向こうですよ。愚僧がお供いたします」
ご坊が北の空を指差し、老町会長の背中を押してお店を出て行きました。

北の空を差した丁稚ご坊の指は傷だらけになっておりました。
お店の前に並んだ古自転車が残り一台になったら、あの指に欠け湯呑みを持たせてやってもいいかな。師匠のわたしはそう思いました。
最後の一台をゆっくり楽しんで仕上げたら試験走行を下駄屋のかあちゃんと靴屋の女店員に頼もう。
そしてツールの閉会式風に、シャンパンシャワーでトラックに積み込もう。
シャンパンの寄付を談判してくると、資材調達名人のおっかーが向かいの酒屋へ走っていきました。


 ひだり前 (後・後編) おわり  2013-02-09


 ひだり前 (あとがき編) これより

知らない同業者からリペアムゲルを分けて欲しいという電話が入るようになって、おっかーは対応に大忙しです。
お店には十分な在庫量があって、わたしは独り占めするつもりはありません。放出には応じてもよいのですがおっかーは慎重です。
ノーパンク性能を被災地で実証し名を上げたゲル入りタイヤ、言葉は悪いけれど悪徳業者が放っておく訳がない。
一攫千金を狙ってゲルをオリーブオイルで薄め、粗悪な装置で注入して圧不足は空気を入れて誤魔化し、法外な料金を請求する。
災害のあとにはこのような不心得者が出てくると言うのです。
おっかーの故郷会津はかつて政府軍によって攻められた経験がありますから用心深いんですわ。

そこでおっかーは一計を案じました。
シマノが震災前に公表しているファーストデリバリーショップの表に載っているお店には要請に応じ、そうでないお店の場合は面接試験をするというもの。
ファーストデリバリーショップとはシマノが発表する新製品を発売日前に送っておいて、各店に行き渡ったらショップ名と共に発表するシステム。
その狙いは一ショップの分際では申し上げませんが、シマノ指定店として信頼の点では申し分なしでしょう。
面接試験はご坊とおっかーが担当します。こりゃー検察官と被告みたいですなあ。
予約日に現れない業者はそれだけで察しがつくというものです、二度目の電話はありません

団塊屋の紹介だと電話してきた業者はとうとうそれっきりでしたが、どうしましたかねえ。
なんでも昔、諏訪湖畔の鋳物のベンチを頭上に差し上げて50mも先の沖合まで投げ込み、ボートを二隻ひっくり返して指名手配された力持ちなんだそうですわ。
ベンチの件は時効になっておるそうですが、うちの検察官と対決してもらいたかったですなあ。
えっ 名前ですか? メモが何処かに行ってしまった、ということにしておきましょうよ。
団塊屋さんも大変なお知り合いをお持ちのようで、ご同情申しあげます。

「なあ ご亭主、いやお師匠さま、このひと月で多くの実用車を整備したが腑に落ちないことがある。ブレーキレバーの位置じゃ」
「なんです、ご坊」
「前が右 後ろが左になっておる。ワシのイタリアンは逆じゃぞ、女優のキャノンデールもそうじゃ。実用車はみんなそうなのか?」
「はいはい、ひだり前のはなしねえ。一口に言うと輸入車はそうなんです。欧州では実用車だって幼児車だって自転車のブレーキはひだり前です」
「ほう あたり前か」
「 … 」

慣れてしまえば何でもないことですが、急にレバーが左右入れ替わったら戸惑いますよね。
制動の前後配分がうまくゆかずに転んだり突っ込んだりするかも知れませんね。
日本の他では英帝国時代のイギリスを宗主国とする国々、アジアでは旧帝国時代に日本の影響濃かった国々がみぎ前です。
クルマは道路の左側を走る規則の国々とおおむね合致するのです。

自転車はイタリアで誕生したのは事実ですが、実用車として成長した最初の国はイギリスなんです。産業革命のころでした。
このときの量産工場がラレーというメーカーで、右を前に繋いだんです。
右でなければならなかった理由は明かされておりません、たぶんラレー社長の気まぐれだっただけです。

一方イタリア・フランス・ドイツ・スペイン・ベルギーなど欧州でも多くのメーカーが生まれ、量産が始まりました。最初のメーカーは諸説あって定まりませんがビアンキとかチネリとか言われています。
各社の社長さんが集まって規格を統一しようという話しになりました。
フレーム寸法の言い表し方やネジ規格に始まり安全性にも議題は及びました。ISOの始まりですね。
このとき喧々諤々の論争になったのが、チェーンを車体の右に通すか左に通すかということ、もうひとつはブレーキの右前・右後ろだったのです。
論議は一か月にも及び、この間工場ではフレームは出来てもその先の組み立てが出来ず、固唾をのんで会議の結論を待っていました。
この会議は当時のリゾート地であったクリミア半島のヤルタで開かれ、ヤルタ会議といいます。
後年のチャーチル英首相などで有名なヤルタ会談とは異次元・異時代の話しです。ですから信憑性はいま一つですが自転車界にとって大事な会議だったのです。

一か月後、会議会場となったリヴァディア宮の高い煙突から白い煙がひと筋ふた筋、澄み渡った青空に立ち昇りました。
教会の鐘が打ち鳴らされ、ファンファーレが鳴り響く中、白い鳩が一斉に放たれました。鳩は上空を旋回したのち各国の各メーカーの方向に向かって飛んで行ったのです。
鳩の首には決議内容が記された伝書箱が結んでありました。
そのときのファンファーレが現在の五輪賛歌です。
ああ なんという美しい光景であったでしょうか。
わが日本は当時鎖国でしたから参加しておりませんが、もしも参加しておったなら、遠い極東まで飛べる鳩はおりませんからキジさんがこの大役を果たしたに違いありません。
そして日本における初号車は、安来(やすぎ)ハガネ伝統のたたら製鉄所の鉄で作られ「ヤルタ号」と名付けられたに違いありません。

「おまん、話しが長いのう、本にしたら何篇になるかわからん。ほんで決議の内容っちゅうのはどないや」
ご坊、こんな歴史の話しから現代の自転車まで一貫して話せるのは今やわたし独りでっせ。競輪学校から客員教授にってお誘いだって。
「あるのんけ?」
「 … 」

まずチェーンの位置から話しましょう。中央を通せないなら左右どちら側を通しても力学的には同じです。
チェーンの張りでねじられるフレームの方向が逆になることなどは、金属材料の改良で既に解決済みでしたからね。ですがこれを勝手にやると派生する問題が大きいのです。
フリーハブといって足を止めてもシューッと進むあの部分の回転方向が逆構造になって、互換性がなくなる。
自転車は互換性の極致です、北極圏で故障したアメリカ車を旧ソ連車が自分のパーツを一個外して渡し、完走出来た話を知っているでしょう。
互換性を損なうことは社会的にマイナスですから統一が求められました。

地球の自転からして右だとドイツが主張すれば、オーストラリア・ニュージーランドの南半球勢が異を唱える。
あっちの国ではアサガオの蔓は左巻き、南が地図の上側になるんです。
長い間ダウンアンダーと呼ばれて蔑まれた南半球の人々は、赤道を越えてやって来た欧州のレストランで地球儀を見ると静かに微笑んで上下をひっくり返します。
それは罪に問えないんです、正しいんだから。
そこでスイス代表が説得力のある演説をしました。

スイスでは山が多いから自転車を押して歩く機会も多い、このとき自転車を降りて右から押すか左から押すか? あなたならどっち? 頭のなかで考えていただきたい。
どうです、左側から押すでしょう、これは人間の心臓の位置によって決まります。神様が決めたのです。
左側から自転車を押すとき、チェーンやギヤが左にあったらどうでしょう、ズボンの裾が油で汚れますね。
自転車は紳士淑女の乗り物です、これに勝るものはありません。
紳士は裾に油汚れを付けたまま舞踏会の階段を登れましょうか。踊り終えた淑女のドレスにチェーンオイルの染みを残すわけにはまいりません。

フランス勢から盛大な拍手が起きました。続いてイギリス・スペイン、やがて拍手は満場から沸き起こりました。
こうして自転車のチェーンラインは右。と結論づけられたのです。
さて、ご坊質問のブレーキレバーです。
よく聞いてくださいよ。

前後共に一本のレバーで操作できるようにするのは簡単です。でもその場合でも右手か左手か論争は続きます。これは置いておきましょう。
その前に制動力の前後配分のことです。
「 ? 」

オートバイでも自動車でも前後のディスクブレーキをのぞいて見ると大きさが違いますよねえ、前が大きいでしょう。
動き続けるチカラを持ち、前後に長い重量のあるモノを止めようとするときには、より大きなチカラを前側から抜いてやらないとギックンガックンしてしまうんです。
動き続けるチカラを抜くとは、エネルギーを熱に変えて宇宙に返してやることです。
「 … 」

前と後ろで熱に変える量に変化をつける。具体的には左右のレバーの握り量の変化なんです、至極簡単なことなんです。
変化量はそのときの減速度つまり加速度の逆のことですが、その他につんのめる乗員の荷重位置変化などで刻々変化します。
それらを総合しても前を大きく、発熱量を大きくするのが大前提なんです。
「 … 」

前のブレーキを右手で握るか左手に委ねるか? 至極簡単ながらダ・ヴンチが最も悩んだ自転車の命題なんです。
それを解決することが静止動作を安定かつ距離を短くする最も大切なことです。大宇宙の法則となりうる壮大な話しなんです。解りますか? ご坊。
「 … 」
おーい おっかー、ご坊に気つけ薬をやってちょーだい。

「気つけ薬は大変にありがたいがのうご亭主、
拙僧はチベット・ネパールを放浪の折り、地上で一番宇宙に近いというチョモランマの頂きを朝に夕なに拝してコスモの実相に迫る修行を積んだ身であるぞ。
かようなる宇宙の法則など、知らんとでも思うてか」
コスモに迫ったんですか! 解るんですか、ご坊?
「迫れんかった、おまんの話しもわからん」
おーい おっかー、気つけ薬はいらん。お仕置き用のスリッパを出せー。なにー お便所のでいいですかあー? もちろんだあー。
「ワシ ゴキブリか?」

ヤルタ会議が一か月も続いたのは前ブレーキレバーの位置を右か左かで意見が二分し、なかなかまとまらなかったからなんです。
人間の脳の指令と手指の反応、肢体に感じる減速感・危険感などは民族人種で微妙に違うものだからです。あれから150年、今もまとまっていません。
日本の場合は当時お手本とした英国の方式に習いました。
それだけなんです。ラレー社長の気まぐれのままなんです。

ヤルタ会議は、ブレーキレバーについては各国の勝手でいいだろうと合意しましたが、一定の決まりを付けて会議の面目は保ったのです。
国際会議とはそーゆーものだとの先鞭をはからずもつけたのです。
箇条書きすると。

(1) 国境を地続きで接する国々は統一が必要。
(2) 外海に囲まれた国・地域は独自基準の適用で可。
(3) 海外に輸出する場合は出荷前あるいは入管時点で、輸入国およびその属する大陸の統一基準を満たしていること。
(4) 米国のみは最初からこの話し合いを小馬鹿にしていたフシがあるから除外とするが、カナダとメキシコに国境を接していること ゆめ忘るるなかれ。
    (アンタとこだけが偉いわけじゃーないんだ。との意見書付き)

結局、そーゆーことなんですわ。
欧州では、レオナルド・ダ・ヴィンチの自転車原図スケッチを丹念に考察した結果、全員一致で ひだり前。
英国系は欧州への差別化とラレー会長への敬意をこめて みぎ前。
米国はまったく無造作に概ね ひだり前。

「どうです ご坊、今度は分ったでしょう? ご坊のコルナゴはイタリアからの密輸入車だからひだり前。
女優さんのキャノンデールはアメリカ製、輸入時に日本規格の右前に変更しなければならないんですが油圧シリンダー内蔵のレバーは左右を日英仕様に替えなければならない、これがとんでもなく高価なんです。
お客との相談のうえでそのままになっている例を散見します、あえてそのままというレア物好きは日本に多いんですよ」

「おまん (1)から(4)とその下の注釈数行を言うのに、こーんなにページを使ったんけ! しかも前中後、後・後編でもまだ済まず、おまけ編まで使こうてからに。
おまん、お店がひだり前なのを隠匿して信州の団塊屋さんから巨額融資を受けようと、ワシを巻き込んで一芝居打とうとしたな!
被災地の復旧復興の応援に奮闘する篤志の自転車屋、との名声をもって団塊屋に取り入ろうとしておるんじゃろうが。
おまんは稀代の山師やな。
あのづくコキ団塊屋だってこんな手間のかかるアコギなことはせんぞ。それにあそこは思うほどには金はない。
ああ ワシ、心拍数が乱れてまいった … お内儀、すまんがのう 気つけ薬を所望じゃ」

「あーら ご坊さま、上手に話しを気つけ薬に持っていきましたわね。
あーただって <イグ大僧正詐称事件> <女優宅外泊事件> もっとありますわよ、<国有山地不法占拠容疑> <東京電力盗電疑惑> の釈明が済んでなーいんじゃあ あーりませんの?」
「あっちゃー」



 ひだり前  全編 おわり  2013-02-10 俊水

自転車屋おやじ独白シリーズ episode 5  ひだり前(後編)
2013/02/02

ひだり前(後編)

目覚めると朝でした。
すこしづつ記憶がよみがえって、
「そうだった、犬猿キジだった。桃太郎のキャラクターたちと飲んでいるうち眠ってしまったのだ。ということはここは鬼が島か?」
起き上がろうとして「ゴンッ」と何かに額をぶつけました。
さらに記憶がもどって、この部屋でぶつける物といったらちゃぶ台くらいしかないと思います。そりゃー痛いわな。
「痛てて」
いつも通りに額に手をやるのですがそんなに痛いわけではないのです、儀礼上「痛てて」と言ってみた。
手が何かを探り当てました、大きなコブが出来たようです。
反対側の額に手を当てるとそこにも大きなコブ、眠っている間に何度もちゃぶ台にぶつけたらしい。
でも痛くはないのだから大丈夫でしょう。

「おおーい 起きたか、ずいぶん長いこと眠っとったのう。タケノコの味噌汁がもうじき出来るで朝飯にしよう、おまん顔でも洗えや」
2LDKのKの方からご坊の声がして味噌汁鍋の湯気の香りがいたします。
洗面所へ行くには暖簾をくぐります、暖簾が下がっていたなんて昨日は気がつきませんでした。
頭をひっこめて通ったときコブが暖簾に触れて「シュッ」と鋭い音がしました。
「んー? 布が裂けている」
ご坊が何か引っかけて破いたのだと思いました。

狭い洗面所ですがなんと水洗で鏡もあります、思いによらず近代的な暮らしをしておりますなあ ご坊。
これが水源地から太い竹のパイプで引いた水道ですかな、でもあのお話はご坊が七歳で修行に上がったお寺の庫裏を改修したときの話ではなかったっけ?
昨日の酒が残ったのか考えの速度がゆっくりです、ハイパーリンクがオンにならないみたい。酒屋のデブがよこした酒は妖し酒でしたからねえ。
まあいいでしょう、家には夕方までに帰ればよい。
軽トラに弁当と酒を積んで家を出たのだから泊まりになるのはおっかーも承知のはず、心配などするお政所の方様ではないのでございますよ。

鏡には額に二本の角が生えた赤鬼が映っております、二日酔いのような真っ赤な顔です。
振り返っても誰もいません。
はーん きのうの続きをまだやっている、無邪気な桃太郎たちだなあ。
「ご坊さまー 赤鬼がいますよー、今日は節分の豆まきですかねえ?」
鏡に赤鬼やスパイダーマンのフィルムを貼りつけて、前に立った人をビックリさせようという悪戯は自分も子供の頃にやったものです。
「よく出来たフィルムだ、近頃ではパソコンでオリジナルが作れるんだな」
こういう悪戯は無下に剥がしたりしては大人気ない、騙されたふりをするのがエチケットでございます。

「おーい 今は初夏やぞ、節分は二月じゃ。それよりおまん、赤鬼似合うてるのう。ついに本性を現わしたっちゅうわけやなあー」
「夏ですかあー? タケノコは春でしょうや。
旧暦節分祭をやろうってんでがしょ、まったく酒飲みはなにかにつけお祭りをでっち上げていかんですなー」
ご坊のでほらくを見破ったぞ、リンクが繋がってきたらしい。

水道から水を出して顔を洗います、冷たくって気持ちがいい。
でも額のあたりが洗いにくい、コブは相当大きくなっているみたいです。
そーっとフィルムをめくって鏡に映してみます。でもめくれない。
鏡には、めくろうとして焦っている赤鬼が映っています。
コブに触ってみます。角を触っている赤鬼が映っています。

「ひえええぇー ご坊ぉ〜」
「うるさいヤツやなあ、まだ酔っとるんかー。
節分とは元々旧暦の月の軌道を基礎に計算されたお釈迦様の行動計画じゃ、旧盆といっしょにすなー。
旧盆や月遅れお盆とはな、八月の終戦記念日に連動させて連休をつくり帰省するサラリーマンにしっかりと故郷の仏壇に手を合わせて貰おうという日本独自の事情じゃ。
本来仏教のお盆は七月じゃ憶えとけ。早よう座って朝飯にいたせー」

額の角は引っ張っても取れません、引っ張ると痛いから額から生えているのに間違いないのです。
角の先端は鋭くて下手にさわると手が切れそうです、くぐっただけで暖簾が切れたのですからこれは危ない。
家に帰ったときおっかーに抱きつかれたら怪我をさせてしまう、これはいけません。
自転車修理のときの帽子だってうまく被れないじゃーありませんか。

「ご坊、悪いいたずらはやめて下さいまし、これでは下界に降りられませぬー」
「ワシやないでー 犬猿キジさんがやったんや。
今朝早くに猿さんとこのお婆あーが真竹と曲がり茸のタケノコを届けてきての、それを潮にみな帰ったんじゃが、
見事なタケノコやからこれで自転車屋さんを鬼にして遊ぼうちゅての、寝ているおまんに3Mの接着剤でくっつけて行ったんじゃ。固まったころにまた来る言うとったで。
3Mや、もう取れへん諦めや。
ワシの手えーを見てみろ、元は木じゃったが3Mでつけたら今は手えーじゃ。ノミも持てる」

驚いて鏡を見ると真竹タケノコが鬼皮つきのまま額に生えています。
朝取りのタケノコは取ったあとも成長します、鬼皮を押しのけて中の竹の子が伸び始めています。先端はピンピンに硬そう。
「赤鬼どん、よう似合うでその角。小学生のチンチンみたいやなあ」
「ご坊〜 なんで真竹にしたんです。わたしー 曲がり茸のほうがよかったあー」
「そんなこと知らんよ、真竹のほうが着けやすかっただけだろう、さあ飯しや飯しや」
「わたしー 食欲ないー」
「あほー 山は体力勝負や食わなあかん。里の孟宗竹は春やが山では真竹と曲がり茸じゃ、これらの竹は夏にタケノコが出る。旬のものを旬にいただく、山の暮らしはいいぞー」
「びえ〜 グスン グスン おっかー、おらは山で鬼暮らしになるだで、もう帰れない。達者で暮らせよー」

「おまん、山で暮らすんけ? ならば鬼小屋を作らねばならんが自転車屋はどーするんじゃ。おっかーとは別れるんけ」
「仕方ございません。わたしが角をつけて帰ったら、「やーい赤鬼のかかあー」 とおっかーがいじめられます。
きっと酒屋のデブと意地悪かかあは商売物の塩を一袋もうちのお店に向かって撒くでしょう。
そんな可哀そうな思いをおっかーにさせるくらいなら、わたくしは わたくしは 山で吊り橋から落ちて死んだと伝えてくださりませ。うっうっうっ」
「えらいぞー ご亭主、んじゃーな こーしよう。おっかーを山に呼んで犬猿キジに曲がり茸をくっつけて貰え、そーして赤鬼青鬼で仲よう暮らせや」
「なっ なにを言われますかご坊! おっかーを山に呼ぶなんてとんでもないことでございます。
わざわざ山の神を呼ぶなんてあーた、空恐ろしいことをよう言いまんなあ … 呼ぶなら女優さんのほうがよい」
「あっちゃー」

「あのなご亭主、あの女優 名前は吉永百合絵というんじゃが、呼べんこともないぞ」
「へっ?」
「ほれ、このあいだ彼女と土手のサイクルロードで出おうて、パンクした自転車をワシが担ぎーの彼女がワシの自転車を押しーのして歩いた話をしたろや」
「へえ 憶えてます、そこにあるキャノンデールでございますね」
「「土手道をワシら二人は歩きながら、「こんなシーンを前に一度やっているねえ」 という記憶がよみがえっての。お互いの顔をよっく見たら思い出したんじゃよ」
「なにをでございますか?」
「都県境あたり荒川放水路の土手道、自転車押して歩く若いふたり、川の向こうにお化け煙突が見える風景」
「分ったー、それ 日活映画でんな、キューポラの見える街 でっしゃろ!」
「うむ 若い女は吉永百合絵、若い男のほうはワシじゃ」
「びえーっ!?」

「その日のロケに男優の浜田某が腹痛を起こして出られんようなって困っておった。そこにたまたまワシがコルナゴに乗って通りかかったんよ」
「ご坊 ご坊、あとは言わんと分かりまっせ。 ローマの休日 のときとそっくり同じでんな。
急な腹痛のグレゴリー・ペックの代役で、ヘプバーンのアン王女さまとトレビの泉シーンを撮ったんですよね。
なんでいつも都合よく腹痛なのか分らんけど…ご坊が近くにいたら正露丸飲んどかんといかんな…こんどは浜田某の代役、二枚目専門ですなあ」
「うむ ワシもまだ若かった」
「ローマからコルナゴを持って神戸に着いたあとだから30歳ちょい過ぎ、そらー若いわ」
「うむ ワシら三十年ぶりの再会やった、お互い歳をとったのうちゅうてその夜は酒を汲み交わして笑いあったんじゃ」
「はいはい、そこへ無粋な酒屋のデブが…」
「彼女は引退後の静かな田舎暮らしが望みでな、山に来るかも知れんぞ。それに元女優じゃから青鬼の役ぐらい平気じゃろう」
「びえーっ」

「ほーい 来たどー、赤鬼は朝飯すんだけー。杉玉鉄砲で撃ってやるからそれに直れーっ!」
犬猿キジの悪童三匹トリオがやって参りました。
こいつら、ご坊のお共してアジア大陸から欧州を旅して以来30年以上経っているのに、矢鱈と元気な悪ガキのままなのです。寿命はどうなっているのでしょう。
ともかく額の角を外してもらわなければなりませんから一緒に遊んでやることにしました。

篠竹でつくった空気鉄砲の玉は杉の実、小さいけれど当たればけっこうな痛さ。赤鬼さんはトゲトゲのついたタラの木の鉄棒を振り回して応戦しますがすぐに降参。
「やられたぁー。 
拙者は伝統の鉄棒を古式にのっとり振り回しておるのに対し、貴殿らは近代兵器の飛び道具三連発とはジュネーブ条約違反の卑怯なりー。
卑怯を恥じて詫びるなら、ただちにこの角を外せぇーっ! 拙者には家に帰っておっかーを守る天命がござるのじゃあー」

この作戦は功を奏しました。ガキどもには正義感に訴えるのが一番効果的なのでございます。
わたしの自転車店ではこの手を応用して、子供車コーナーの小物用品万引き防止に成功しております。
子供騙しは嫌でございますが、わたしが帰らなかったらおっかーは明日から…明日から… いや今日も、毎日昼カラオケですわなあ。
悪童トリオは三匹でなにやら相談しておりましたが、奥でノミを研いでいるご坊に何かささやいております。
まさかあの左甚五郎でわたしの頭皮ごとえぐり取ろうというのではありますまいな。

連れて行かれたのは洞窟庵の奥まった一角、四隅に笹竹を立てて荒縄を引いた魔方陣が用意されておりました。
「びえええ〜 あそこで雷神パワーを集め、集中プラズマ波で角を焼き切るつもりだぁー。メコン・デルタのナンジャモンジャの再来だー。
ご坊は年を取って手が震えるだろうから念の集中スポットが狂うに違いない。角と一緒におらまでかつお節に焼かれてしまうだぁー」

「ご亭主、これしか方法はない。晴れ晴れと山を下りるか残りの人生を赤鬼で生きるか、ふたつにひとつじゃ覚悟をいたせ。
二度と使わんと誓った魔方陣。仏への誓いを破るのも大事な友人としてのそこもとの人生を守るため。
のうご亭主、ワシも命を賭けておる」
ご坊いつになく真剣。
白装束にたすきを掛けて額に日の丸の鉢巻、その鉢巻に先程研いでいた甚五郎のノミが突き立ててあります。まるで悪霊退散のえせ祈祷師のようです、あんた仏僧やないけ!
こういう展開を期待して研いでいたのでしょうか。

もはや覚悟を決めるしかありません。
ご坊が命懸けだという魔方陣、わたしのために禁じ手の掟を破ってまで、やるとおっしゃるからにはもはや躊躇なし。やってもらいやしょう。
揺れる蔦の吊り橋の前で足をすくませていたときのわたしじゃーありません。
痩せても枯れても日本男児、みごと魔方陣にー (チョン) いやさー 入えって見せやーしょーっ。

(筆者注: チョン=歌舞伎の合いの手、拍子木の音)

縄張りの中央、岩の壁に向かって正座して手を合わせると、星のささやきが聞こえるような静寂であります。
照明灯はすでに消され、笹竹の葉がさらさらと音を立てたのは背後からご坊が近づいたからでございましょう。暗闇でも、うしろに目などなくとも分ります。
一生懸命に念じるわたくしは、少しは仏様のお側に寄れたのでございましょうか。
ご坊の眉間の甚五郎、ぎらーり 妖しく光ります。
その光が雷光を呼んだのか暗闇がストロボのように明滅し、雷鳴が轟くと一陣の風が吹き抜けて笹の葉が大きく騒ぎました。
突然ご坊の大音声が洞窟内にこだまして、雷鳴が轟き渡ったのでございます。
「来るかー 魔方陣、来たれやー法力 去れやー魔法めー」 
同時にわたしの頭と額には なま〜ぬる〜い なめくじが何百も取り憑いて這いまわるのを覚えました。 ひえええ〜。
恐れてはならぬ、ここで声など出してはならぬ、念じるのじゃ 念じるのじゃ 魔法よ去れ 角や消えよーっ!

「ぼとり」
音がして膝の前に落ちたのは二本の角でした。
妖風が止んで雷鳴と雷光が去り、次第に明かりが周りに戻ってまいりました。
石の上に落ちた角はみるみる姿を変えて、ただのタケノコになってゆきます。
恐る恐る額に手をやると元の頭皮に触れ、えぐれた様子などありません。
「よかったー、元に戻れた」
そうだ! ご坊、ご坊さまは大丈夫だろうか、まさか命と引き換えに…
「ご坊さまあー」

「ご亭主、大事ないか」
ご坊の声がします、すぐ近くです。
「ご坊さま〜 ありがとうございます。おかげさまで おかげさまでございますー、これでおっかーの許に帰れますぅ〜 うっうっうっ」
「おまん 女優はもうええのんけ?」
「ひええ〜 それを言うまいなー」

ご坊、手に何か持っています、甚五郎ではありません。チューブに入ったケミカル剤のようです。こーゆーモノは魔方陣の洞窟に似合わない、わたしのお店の棚にもありそう。
「そっ それは?」
「ふむ セメント・リムーバーじゃ。あっという間に3Mを溶かしよった。おまん おっかーに感謝いたせよ」
「へっ?」
「種明かしをするで、あっちで猿酒など飲もうぞ。なあみんな」
「オーッ!」
犬猿キジが歓声をあげました。

蛇口からは熱いお湯も出ます。たまげましたなー、お湯は温泉の硫黄の匂いがいたします。
顔を洗いながら鏡を見ました。額はきれいになっていて少し赤くなっているところが角の生えていた痕跡。温泉で洗ったから間もなく消えるでしょう。
ちゃぶ台に戻ると宴の用意ができていて壺に入ったのが猿酒。
タケノコの煮たのが皿に盛りつけてあって、猿さんのお婆あーの作らしい。
ちゃぶ台の上には先ほどのセメント・リムーバーとビデオカメラも置いてあって、こちらはなんとも違和感。たった一日で山の雰囲気に馴染んでおるのでございます。

「さてさて皆さん、どーゆーことでございましょうか?」
わたしは角が取れた晴れ晴れしさと、先ほどまでの騒動の間に二日酔いが取れて二重の晴れ晴れしさでございます。
猿酒は酒屋のデブにもらって来た酒よりよほど美味しく、曲がり茸の煮つけはこれまた美味しい。
頃合いを見て、犬さんが「どっきりカメラ」のプレートをくわえて来て「よーいワン」と言いました。
「へっ! どっきりカメラ?」
猿さんがビデオカメラを操作してパソコン画面に「魔方陣の奇跡」という動画を写しました。
洞窟内の妖しい儀式を映したものです。レンタル屋で借りたホラーなやつだと見ていたら、なんと先ほどのわたしらの様子が映っています。
「ほええー?」

暗闇のなか震えているわたしの背後に迫るご坊。うしろに廻した手に、汗びっしょりで駆け込んで来たキジさんがチューブを渡しています。
暗視カメラというハイテクな機器でないとキジさんの汗までは映らない、カメラマンは手練れの者と思われますな。
雷鳴の鳴り響くなか、わたしの頭上にチューブの中味が「たらーり たらーり」と注がれます。
恐怖に耐えながら懸命に祈るわたしの姿が真横からクローズアップになりました。
ご坊が叫び、雷光雷鳴がクライマックスになって、「ぼたり」 タケノコ角が膝の前に落ちました。
がっくりと呆けるわたし、ニタ〜リとするご坊、大喝采のキジさん、投光器やオーディオを操作する犬さん … やっぱりここは鬼が島だあー。。

「そう怒るなご亭主、あの行程を経なければ角は落ちんかったのよ」
「そうでございましょうか、ぷんぷん あのセメント・リムーバーなら当店にもございます。ぷん」
「すまぬ、ワシはクリンチャー・タイヤ派だからチューブラー・タイヤをリムと接着するセメントのことは知らんだった。
ましてやそれを剥がすリムーバーの存在など毛ほども知らんかったんじゃ。

犬猿キジと相談しての、おまんをおっかーの許へ何とかして帰してやろうと考えた。それには角を取らねばならんてな。
そこで3Mを取り扱こうておる信州の団塊屋さんにメールしたんじゃ。
<bigJohn bigJohn こちら whitewolf 3Mを溶かす妙薬があったら教え乞う>てな。
メールいうても、ここには光回線は来とらんからワシが手紙を書いて、それをキジさんが口にくわえておまんの店まで飛んだんじゃ。
ほんで、おまんのおっかーが団塊屋さんにメールしたんよ。

ほしたら返事があって、
<ご希望のモノ基本的にはありません。されど緊急のご様子なれば信州大学農化学部に3Mを持って参じ、あの高名なる永田博士にご教授賜りましたるところ、
接着効果が確定するまでに根元の土壌に施せば効くかもしれない。ご紹介を賜りましたる商品名をお知らせいたします>
と長い前置きのあとにな、
<Vittoria社のcement remover>
と書いてあったんじゃ。注書きもあってな、
<Vittoria社=イタリア・ミラノ所在>とあった。
さらに注書きには、
<接着効果確定には24時間>…<太陽光を浴びて定着うんぬん>…<それ以降は核ミサイルをもってしても … 頑強そのもの … >
これ以上は3M代理店、団塊屋の宣伝じゃから省略じゃー。 くそ忙しいちゅーのに。

キジさんはおまんのおっかーに頼んだんじゃ、隣の饅頭屋でキビ団子をひと包み買って風呂敷で首っ玉に結わえて欲しいってな。
キジさんはのう、虹色に輝く大羽根一丁で欧州ミラノまで飛ぶ決死の覚悟をしたんじゃよ。
キジは長い距離を飛べるタイプの鳥ではないが、イタリアなら昔行ったことがあるけんキビ団子さえあれば飛んでみせる。
24時間以内にミラノ往復をしてcement removerなるものを運び、おまんを助けようとしたんじゃ。
それがどれ程の大きさか、どれ程の重さか団塊屋に聞いている暇はない。あそこは前置きが長いけんのう。
今すぐ飛ばねば3Mは硬化を続けて確定期に入ってしまう。犬猿やワシに別れを告げる時間などはない。
たとえ尾羽打ち枯らそうとも日本一のキジ太郎、命に代えてもcement removerは必ず山に運ぶ。

なぜだと思う、犬猿キジはな桃太郎のコスプレごっこが大好きじゃ、必須キャストである赤鬼のキャラクターにぴったりのおまんを本当は帰しとうないんじゃ。
杉玉鉄砲を卑怯と言われたからじゃない。「おっかーを守るために帰る」 と言ったおまんへの友情のため角を取ろうとしたんじゃ。
うっうっうっ ここは泣くところじゃ、おまんも泣け」
「ひええええー キジさん〜 うっうっうっ」

「ほんでな、一緒に返メールを読んだおっかーが、
<Vittoria社とは自転車タイヤのヴットリアか?>と再送したんじゃ。
ほしたら直ぐに返事があって、
<Vittoria社はツールタイヤ、オリンピックタイヤ等自転車タイヤ関連の総合メーカーであり、商社としての団塊屋は御社及びVittoria社とのお取引をこの機会に是非とも構築し…> 以下略じゃー。

ご亭主、おまんのおっかーはアタマのええオナゴやのう、事情はともかく bigJohn&whitewolf が如何なる意味か分かっておる。スパイ映画が好きやろ。
ただちに棚のヴィットリア・セメント・リムーバーを小風呂敷に包んでキジさんの首っ玉に結び、きびすを返すと隣の饅頭屋へ駈け込んで物も言わずにキビ団子を一串かっさらいキジさんの口に押し込ん
だんじゃ。
「飛べやー キジ、キビ団子パワーでミラノからの凱旋飛行じゃーっ! 大羽根羽ばたかせ 山へと帰えりゃーっ」
キジさんのケツを空に向かって押し出した。
どうだ おまん、おっかー大事にせにゃあ菩薩さまの罰が当たるでー」
「ひえええ〜 おっかー」

「ワシらはな、キジさんが戻るまでの時間稼ぎに魔方陣の芝居を打ったんじゃ。その訳はな、太陽光を避けることと冷や汗でおまんの体温をさげて、3Mの硬化確定時間をすこしでも延ばそうという犬さんのアイディアなんじゃ。
もしもあのメールでおまんのおっかーが「ピン」と閃かなんだったら、ほんまにキジさんがミラノ往復を果たすまで待たんじゃならんかった。
それまでにはおまん、魔方陣のなかで息絶えておったわのう」
「ぎひー」
あのビデオをネット動画に投稿してもよいかと猿さんが言うとるがどないや? 肖像権著作権法によりおまんの意向が最優先されると言うておるで」
「 … 」

「あんたー そこにいるのおー いたら返事してえー あたしよー。 あんたー無事なのおー」
懐かしいおっかーの声がします。谷の向こうからです。
わたしは裸足で表に飛び出しました。
「おっかー おらはここだあー その吊り橋を渡っちゃなんねーっ、 こっちから行くで橋を渡るなー こっちは奇界、いーやそうでなくて 喜界が島じゃー」
「ご亭主、ひとりで橋を渡れるか? 恐ろしゅうはないか?」
「ご坊さま、わたくしは皆さまと共に仏さまのお側にあります。それゆえ心丈夫でございます」
「うむ さらばじゃ」
橋を渡ろうとすると。

「あんたあー お弁当とお酒を持って来たんだよー あと一週間くらい居たって いいんだよー」 
「あっちゃー」
「わん きゃー ケコー」
犬さんがタケノコ、猿さんが3M、キジさんが杉玉鉄砲を持って大喜びで追いかけてきます。


いったん おわり

いやはや、今回は趣向がいささかホラーに過ぎましたかな、それゆえかまたも完マークの打譜に失敗いたしました。
それでも本稿を明日の節分会に間に合わせたあたりは、「さすがはモノ書きの根性」と評価されてしかるべき。
節分会(せつぶんえ)とは新年初めてお釈迦様のお出ましになられる日、この日より季節が更新されるおめでたい日なのでございます。
なんちゃって自転車おやじも、節分を期してお店の商売に気を入れないと本業がひだり前になってしまいます。それよりおっかー菩薩に叱られます。
次回こそ終わりにしたい、終わらせてくださいませなー ご坊さまあ〜。

実在を連想させる団体 個人 企業名 商品名等の記述が一部にあったかと危惧いたすところではございます。
これらはリアリティを増さんとして非力の筆者がそれなりの奮闘努力をいたした結果でございまして、それによって皆様に不利益が生じるとは想定いたしておりません。
むしろPRのお役にたてたと自負いたしておるのでございます。
筆者に悪意他意など微塵もなきこと、ご理解賜りますようお願い申しあげます。

2013−02−02 俊水

自転車屋おやじ独白シリーズ episode5 ひだり前(中編)
2013/01/29

ひだり前(中編)

「ご亭主 わざわざ来てくれたとはな、嬉しいぞ」
「ご坊さま ご壮健でなによりでございましたがこの二週間なにゆえ山から降りられなかったんで?」
「とくに訳などはござらぬよ、山はワシの修練場であるから籠っておっても不思議はなかろう。
町へ降りるのは托鉢のためとご亭主、おぬしをからかいに行くのじゃ。だが今日は鉢がネギを背負ってやって来るとはのう。はっはっはー」

こ憎らしい発言のご坊、視線はちゃぶ台の上の一升瓶と弁当のバスケットの間を行ったり来たりしております。
この調子だと小学生でもする「いただきますの前の合掌」とか、「まずは仏様にさし上げて」2秒待ったらうやうやしく下ろしてくるといった東洋美徳の儀式は省略のようです。
それよりなによりこのお堂、仏様がない!

谷のむこうから見たとき茅屋根から立ち昇る煙りを千手観音様の前の護摩壇の煙りと思ったのは、わたしの好意的想像に過ぎませんでした。
このお堂はご坊が自転車のメンテナンスと自身の寝起きのための自転車小屋。
屋根の煙りは山女魚や岩魚それに山椒魚の串を藁(わら)ずっぽに刺して囲炉裏の上に吊るし、桜の薪をけぶらせて燻製する煙りだったのでございます。
煙りは同時に床のダニや屋根の茅につく害虫をやっつけるんだそうですが、それにしても何ということでございましょう。
托鉢だけで満足せず勤行の時間は沢の魚獲りに精を出していたとは。
修練中の仏僧がそんなことでいいのかーっ この怠慢生ぐさ坊主めーっ!
「喝ぁーつ!」
と叱ってやるのは後回し後回し、まずはおっかー特製の重箱を包んだ風呂敷を解きました。

「うっひゃー ご亭主、オメさのおっかーはごっつー料理上手だなや」
里芋の煮っころがしを右手でつまんで口に放り込み、
「うみゃーでいかんわ」
左手はもう湯呑みを差し出しています。
一升瓶の酒を注ぎながらその手を見ると、薄汚れているのはいつものことですがいつにも増して傷だらけなのです。沢蟹の争奪をめぐって月の輪熊と戦ったのでありましょうか。
傷のわけを問うのも後回し後回し、ふちの欠けた湯呑みにわたしも酒を注ぎます。
ここまでのシーン、羅生門の山賊の酒盛りですわな、まだ昼前でございます。

「ご坊、その手はどうされましたかな?」
「あい 面目ない、ディスクブレーキを外そうとして切った。ロード用の工具では合わんところがあってのう」
「ほうほう」
「気合で回したら千切れて宇宙へ飛んで行った。そこで千手観音から手を一本借り受けてくっつけたんじゃよ」
「ほうほう うまくくっつきましたねえ」
「あい 3Mの接着剤はよう着くのう、ひりひり沁みたりせんわ。
なに3M? 知らんのか! 住友スリーエムじゃよ。ワシのオフィシャルスポンサー 信州の団塊屋さんが株を持っとんのじゃ」
酔いが回り始めたらしく、しっかりアピールします。プロは万一落車してもスポンサーのロゴが正面を向くように転ぶのです。さすがでございます。

「ご坊! いま千手観音から手を一本と言われましたか? その前にディスクブレーキとも?」
どちらもここには無いものばかりではないか。
今日のご坊は妙なことを言う。普段はこの種の冗談は言わないお人なのに、もしかしたら酒屋のデブがよこした酒が妖しの酒だったか。
「ほれ さっき見たろ、マウンテンバイクじゃよ。前後とも油圧ディスクが付いておる」
言われてみれば蔦の吊り橋で再会したとき、ご坊が押していたのはいつものコルナゴロードではなくキャノンデールのクロスカントリーでした。
おそ恐ろしい吊り橋を前に足がすくんでいたときの不意の再会だったので、すっかり忘れておりました。
ちゃぶ台越しに入り口横の方を見るとそこが自転車のメンテスペースになっていて、二台の自転車と工具類の棚、部品棚、小さなハンドプレス機や万力のセットされた頑丈そうな作業台が見えます。
さらに電気ドリルやボール盤、エアーコンプレッサまであります。動力は小型の自家発エンジンでまかなうのでしょう。

メンテ場は狭くて窮屈そうですが整頓された工具類は好感がもてます、でもちゃぶ台の間の粗雑ぶりと総合すると、ご坊の性格判断は評価点下がりますね。
わたしのお店の道具類と比べれば、どれもが小型のものですが素人でもこれだけ揃えていれば小さなファクトリー。大したものです、こちらの評価は高得点。
「あのキャノンデールどうされました? しかも片持ちハブのレフティー仕様、高級品でございますよ」
「うむ メンテにな、預かった」
「ははーん あの女優さんですか、それでこのところ山にお籠りで…」
「うむ ロードと違ごうての、なかなか厄介な機構があって手こずった」
「そうでございましょう、そういうことはわたくしにお任せくださいませ。経験と技術そしてハートでお応え致します」
「うむ サスペンションのメンテをな、頼もうと思っておった。先ほどは試運転に山頂まで登っての、下りを町までダウンヒルしようと降りてきたらオメさんとこの軽トラがあったんで戻ってきたんじゃよ。
サスの具合だが、室内保管してあったから問題はないようだ。こんど走ってみて欲しい」
「はいーっ お任せください。して千手観音様とは?」
「おー 見るか? あっちの部屋じゃ」
「あっちの部屋? この小屋そんなに部屋があるんで?」
「小屋ではない、草庵と呼べ! 2LDKなのじゃ」

ご坊先に立ち、わたしが従って裏手の部屋に参りました。
驚いたことにそこは岩山に穿たれた洞窟で、お堂とは巧妙につながっているのでございます。
湿気のない洞窟庵は中に電灯が点いて明るく照らし出されています。
「えーっ 電気が通じているの! どうやって?」
新たな疑問が湧きました。その疑問を問う前にわたしは呆然としてしまったのでございます。
なっ なんと、そこには立派な木彫りの観音様が! ただし彫りかけではございますが鎮座ましましておられたのです。
床には削り落とされた木片が散らばっています。
「ほおおおおーぁー これは … 」
「分かれ道のところに〇空堂と書いてあったろうや、ワシは円空師をこころの師と仰いでこの道に入った」
「ひえええー えんくうぅぅぅー」

ご坊は本気で木彫りをやっておいでのようです。材料なのか乾燥中の丸太やそれを起こす梃子棒や木挽きノコ、そして使い込まれたノミや木槌があります。
きのうや今日に始めたものではない事ぐらいはわたしにも判ります。
砥石の減り具合が年季を語ります。刃先同士が当たらないよう工夫された枕木に整然と並べられたノミの美しいこと。握りのすり減った小槌の頼もしいこと。
職人としての姿勢評価点は高得点ですが普段の酔っ払い減点と合わせると、ちゃぶ台の間と同じですかな。
洞窟のちいさな岩窪にこれまた小さな石の金精様が祭られていて、雁首には細いお数珠が掛けてあります。
だんだん宗教家らしいシチュエーションになって参りましたが何だか違和感あるなあ。
金精様や道祖神とはどちらかと言うと土着神様の系統でないの? 仏教坊主のご坊とは党派、派閥が違うんじゃーないかと思うのですがこのヒトは気にしないタチらしい。
見るとお数珠にカードが通してあって、なんとクレジットカードなのです。金運のおまじないなのでしょうか。

「カードのわけを知りたいか?」
「はい、ぜひお聞かせくださいませ」
嫌だと言っても話しそうですから聞くことにしました。それにしても今日は意外なことばかり、酒二升では足りないかも知れませんねえ。

「ワシはのう 子供のころ自閉失語症じゃった。心配した母親が七歳になったワシの首にVISAカードを一枚かけて母の実家の寺に連れて行った。里子じゃな。
寺には修行中の先輩お弟子が何人かおったが小僧のワシには目もくれず勉強しとった。
母はクレジットカードで好きなものを買えと言って帰って行った。近くにはマーケットやカフヱーなどないんじゃがなあ。
夕陽の沈む坂道を、振り返り振り返りしながら下って行く母親の後ろ姿を、ワシは長があーいこと見とった」

今日のご坊は饒舌です、観音様や金精様の前でハイになっているのかそれとも妖しの酒のせいでお母上を思い出したのでしょうか。
わたしね、泣ける話には弱いんですよ〜。

「和尚さまは勉強嫌いのワシを本尊様の前に呼んでな、何もいわず糠袋を渡した。仏様を磨けというんじゃな。
仏磨きはワシ好きじゃったよ。
本尊様に裸足でよじ登ってな、来る日も来る日も磨いたさ。そういうことは好きじゃった。
一年ほど磨いたら像の木目が浮いて見えるようになって、それまで目を閉じた裸の仏様と思っていたものが衣をまとって目を開けた仏様になっていたのじゃ。
衣の木目の流れがのう、優雅で色っぽいと思ったもんじゃ。ワシの母に似た目をしとると思ったもんじゃ。
あれは菩薩観音つまり女の仏さまだったのかも知れんな。
ワシは仏様と観音様の違いなどわからんだったから、どちらでもよいのだが仏僧界ではそうも行かんらしい。
驚いた和尚さまは像磨きをそこまでにして次に本堂の床磨きを命じた。
床なら問題を起こすまいと思ってのことかワシの磨きテクを恐れたのかは今でもわからん。

糠袋が擦りきれたのでワシは麓のコンビニまで歩いて行って、クレジットカードと破れた糠袋を見せたんじゃ。
店のおじさんは、
「お坊、糠袋のような非日常品はここにはないねんよ。町のホームセンターまで行かな売っとらんで今日はお寺に帰りなはれ」
と言ってワシをマツダのオート三輪に乗せて寺まで送ってくれた。
寺ではワシがいなくなったので大騒ぎになっとった。神隠しにあったか天狗にさらわれたか、母恋しさに脱走したかとな。
和尚さまはコンビニのおじさんに礼をして帰したあと、
「買い物は庫裏の用務係に言いなはれ、修行中の僧は下界に降りて世俗の者と接してはならんのじゃ」
「和尚さま なればわたくしは おかあさまに あってもならぬのでしょうか?」
「下界の者でも山門をくぐって身を清めれば仏界に入ることが許される。じゃからお布施を持ってあちらから参るのはよいのじゃ。来るものは追わずとは当山の信条なのじゃ」
「ああ よかった では あんしんして床磨きにまいしんいたしますー」

木の床は平らで磨きやすかった、ワシは力いっぱい磨いたぞ。磨けば磨くほど母に逢える日が近くなる。そのように仏様が言っておるからのう。
「ご坊ぉー、ご坊には仏様のお声が聞こえるのでございますかぁ〜」
「ああ 小僧のころは聞こえたし 見えたよ」
「ひえええ〜」

兄弟子たちが勤行中だって檀家の祭礼中だって委細構わず、毎日一年磨いたら床に絵が現われた。
絵というよりは陰じゃな。草鞋の跡や足袋の跡、裸足の跡もあった。
槍や刀の痕も浮き出てきてのう、鎌倉時代の戦乱のころの名残りじゃという鑑定がなされた。
村人は恐れ多いと本堂には上がらず周りの廊下に座ってお参りするようになった。
噂を聞きつけて近郷から大勢のひとがお参りにきてのう、廊下に溢れた人々が本堂の外の砂利の上にまでいっぱい並んでおった。

ワシは廊下も磨こうとしたんじゃが、和尚さまが止めたんじゃ。
「もうよい これ以上の御利益は寺のためのもそなたのためにもならん。庫裏で生姜の般若湯など飲んでおれ」
和尚さまは冗談のつもりだったろうが、公認じゃからワシは庫裏に入りびたりじゃ。生姜なしの般若湯を所望しての。
用務係の爺いさんと飯炊き婆あさんの肩を交互に揉みながらワシはすっかり酒好き小僧になっておった。
婆あさんはな、ワシのことを酒呑童子と呼ぶんじゃよ。むかし鞍馬山の酒呑童子はたいそう肩揉みが上手だったんじゃと。
ワシは般若湯を飲むうちだんだん自閉症が良くなっていった。
酔っているうちは人の話がよく判るんじゃ。醒めるとみんな[ムンクの叫び]に見えた。
「ご坊〜 それ、アル中でねーの?」

お布施が増えて和尚さまは庫裏の改修をした。婆あさんの作業環境を改善してやろうと言うての。
毎日大工が大勢来て柱を取り替えたり屋根を葺いたりしておった。
大きなかまどを左官屋が新しくしたし、裏山の水源地から太い竹のパイプで水道を引いて水汲みの労力を軽減させたんじゃ。
婆あさん喜んでのう、酒呑童子さまのおかげじゃ言うて般若湯の盛りがよくなった。生姜に替えて蜂蜜入りじゃ。
ワシは大工から杉の丸太の切れ端しをもらってな、置いてあったノミでそれを削って遊んでおったんじゃ。もちろん飲みながらじゃ。
驚いた棟梁が飛んで来てノミを取り上げ、ワシが取り上げられまいと背中に隠した木片を見てもういちど驚いた。
それは小さくて不格好ながら仏様のなりかけじゃったようで、棟梁はびっくりした後にっこりしてそれをワシに返してくれた。

翌日庫裏の作業場で大工の出した木片を集めていると和尚さまと棟梁がそろってやって来て、
「お坊、これを使いなせえ」
棟梁が差し出したのは木箱に入った三本セットのノミじゃった。
「あっしには使いきれねえこの鑿(のみ)だが、お坊なら使いこなすに違げえねえ」
蓋を開けると手入れの行き届いた刃がぎらりと妖艶に光ったのを憶えておる。
試しに一本手に取って木片に当てるとサクッサクッと刃が進むのだ。
木がここを打て、ここに刃を当てろと言っている。玄能で打とうものなら鑿の刃はスッと丸太の芯まで走る。
たちまち一丁彫り終えて鑿を箱に戻すとき、箱裏になにやら墨書の箱書きがあるののに気がついた。ワシは字が読めんだったから棟梁に尋ねると、
「じんごろう と書いてあるんでさあ お坊」
黙って見ていた和尚さまが粗彫りの木片を手に取って小さくうなずき片手で拝んだ。

「ひえええー 左甚五郎でございますかー」
話が大変なことになってまいりました。酔っての話か作り話か真実の回顧かわたしにはもう分りません。
ご坊が変な関西弁になったときはだいたいが与太話なのですが、ご坊生まれは奈良か和歌山あたりの高名な寺院なのかもしれない。
小僧のときからあちこち旅をしてきたから各地の言葉が染みて、あやつる言語の統一性に若干の乱れがあるのだと、わたしは極めて好意的に解釈しています。
「ご坊、あっちで飲み直しましょうや」
彫りかけ千手観音様に深々と拝礼して先にわたしが洞窟庵を出ました。

2LDKのLに相当するちゃぶ台の間に戻りますとすでに新客がおられまして、犬 猿 キジの面々がそれぞれ器用におっかー弁当をつつきながら酒を飲もうとしていたのです。
でもお猿以外は湯呑みではうまく飲めないようで、
「おい自転車屋、なんとかしろ」
という顔つきです。
目の前の世界はもう無茶苦茶です現世のものとは思えません。やっぱりあれは妖しの酒だった。
こうなればワタクシは変な酒を持ってきてしまった責任者ですから、変なことにいちいち驚いていてはいけません。少々の無茶苦茶に驚いておっては酒呑みの名折れというものでございます。
新しい一升瓶を開けて犬さんの前に広皿、猿さんには湯呑み、キジさんには花瓶のような深皿に並々と注いであげました。
「おおー みんな来ておったか、今日はの自転車屋さんがよいものを持ってきてくれたぞ。ささ飲もうじゃないか、きび団子もあるでよ」
「ご亭主、さっきの話の続きにはこちらのお三方も深く関係しとるんじゃよ、聞きたいか?」
「へー そりゃーもう、桃太郎だってカチカチ山の話だってなんだって、あっしゃーお聞きしまともよー。 ふぃー」

ある日のこと三年ぶりに母親がお寺に訪ねて来た。ワシの首に掛けてあったVISAカードが期限切れになるので更新したと新しいものに交換してくれたのじゃ。
「おまえさま 一度も使わなかったんどすか、お寺ではお菓子はあってもメンコやべーごまはないけんのう、これで買うようにって持たせたのに 一度も … うっうっうっ」
「おかあさま、わたくしはちっともさみしゅうございませんでした。ですがおかあさまはおたっしゃかと そればかりがきがかりで まいにちほとけさまにおねがいをいたしておりました。
またおあいできて うれしゅうございます」
ワシはこの頃には失語症も良くなりつつあったのじゃ。

「ひええええぇ〜 ご坊さまぁー」
わたしだけでなく犬も猿もキジも泣いています。
泣くな、泣いたのはワシの母親じゃ。和尚さまに向かってこう言うたのじゃ。
「この子は連れて帰ります、立派に小僧の修行ができました。普通の子と同じ学校にも行かれます」
ところが和尚さまは、
「この子にはこの世は向かん、じゃと言うてあの世では早すぎる。のう日花里 俊水坊を旅に出させよ。
中国チベット印度タイ、そして天竺ネパールじゃ、さらに西をめざしてチョモランマを越えれば黒海の先にローマがあろう。この子がこの子らしゅう生きるにはのう 放浪の旅しかないのじゃ。
さいわいこの小僧には大層な資質がある、銭が無くとも飯と酒に困らぬ才覚と、言葉がなくとも人や動物と話せる才能じゃ。そしてな日花里 よっく聞け、この子はなんと円空師の生まれ変わりかも知れんぞ、わしの孫でもわしらの自由にはならん」

和尚さまはワシが彫った何十もの小さな木仏を懐から出して母親に見せたんじゃ。
ワシは意識して彫ったわけではないが、木仏はみんな母に似た顔の慈母観音じゃったんだと。
「ひえええー」
母は泣いた。
母もお寺の生まれ、円空仏が如何ほどのものかはわかる。

細いお数珠をVISAカードに通してワシの首に掛けながら母が言った。
「いいかい 外国でカードを使うときにはサインというのが要るのよ、おまえさまは字がようけ書けないから練習しようね。簡単な字を書いてごらん」
ワシは〇なら書ける。じゃが〇だけではサインとして認められないそうなので、
「にし とはどちらのほうこうでありましょう? 和尚さま」
「西とはのう 太陽が沈む方角じゃ、母に逢いたくなったとき夕陽の空を見るじゃろう あの空の向こうが西じゃ」
ワシは〇の次に空と書いた、漢字で書いたんじゃっ! 気合でな。
それを見て和尚さまは、
「〇に空 まるに空 えんに空 … 円空」
「ひえええー そなたは おのれを円空と知っていたのかぁー」

ワシは西に向かって旅に出た。
托鉢の鉢とノミを一本、胸の虚無僧袋に入れて白装束。笠はお椀型じゃ、一休さんをイメージすればよい。母が近郷一の老舗デパートで選んでくれたトップトレンドのスタイルじゃ。
本来なら手っ甲脚絆にわらじがセオリーなのじゃが、年少ゆえお許し願ってリストバンドとテニス靴はナイキじゃ。
道中途中で犬猿キジと知り合いになってな、キビ団子を持っていたからなんじゃが…いきさつは説明せんでもよかろ…
腹がへったら行きずりの農家で木仏を彫れば飯を食わせてくれた。般若湯は僧には付きものじゃったし、出立つには握り飯とキビ団子も持たせてくれた。
日が暮れて道が見えなくなったら干し草の上で犬猿キジと抱き合って眠れば寒くはなかった。
西に向かって歩き続け、カードは使わんうちいつの間にか白い馬の雪形の残る山を越えて海に出た。

海岸で貝を獲ったり蛸を捕ったりしながら右に海を見て歩き、流木に仏を彫って海に帰していたら小船が近づいて乗らんかという。
犬猿キジも一緒でよいかと問うと、
「小僧おまんひとりやろ、犬猿キジなんか見えんぞ」
邪心の者にはワシの仲間が見えんのじゃな。自転車屋さん、あんた彼らが見えるんけ。
「ははー ありがたき幸せにぞんじまする〜」

その船は、今でいう北の拉致船じゃったんじゃろうのう。他にも若い娘さんが乗っておったように思うが微妙な問題じゃでネットではよう喋れん。
いろいろ騒動はあったが犬猿キジの助けを借りてワシは大陸を前に拉致船から逃れた。
このあたり犬猿キジの活躍のことは昔話のリメイクだから省略じゃ。
海を泳いだり岩を跳んだりイルカの背に乗ったりしながら、ともかくワシらはアジア大陸に着いたんじゃ。
「えらい飛躍しますなあ」

うるさい黙って聞け。
あの大陸はな、数珠を首に掛けた小坊主がお供の動物を連れて歩いているのを見たら、遠くからでも走って来て喜捨してくれる国ばかりじゃよ。
三蔵法師の西遊記は東アジアで最も普及しておる古典じゃからのう。
お礼に小さな木仏など彫れば、
「おまえは玄奘三蔵か? 連れの動物の顔ぶれが原作と少し違うがまあよかろう。この先の西の砂漠には恐ろしい九頭竜が出るからこの村にいつまでも居ろ」
と言ってくれる。
じゃがワシらには天竺を経てさらにはローマまで行かねばならぬ大事なミッションがある、長くは留まれんかった。
行って何をするのかは考えなかったなあ。和尚さまも言わんかった。
行けば、あるいは旅の道中で何かわかるやろ。その程度じゃったが旅は辛いことも面白いこともいっぱいあった。
ポル・ポト派を避けて森に迷い込んだときのアンコールワットソン村では犬を食べる習慣と聞き、犬どんを豚に変装させてブヒブヒ歩いた。豚は神聖な動物じゃというてのう。
「ぶひ〜わん」
犬さんが笑いました。猿さんもキジさんも笑っています。

ワシらは北京故宮院にもチベットのポタラ宮にもヴァチカン宮殿にも上った、大英博物館を訪ねて最後はバルセロナのサグラダファミリア教会にも行ってみた。
どの宝物館にも廟にも円空仏が所蔵され、その扱いは極めて尊厳に満ちたものであった。
円空師はここにまで訪れておったのか!

ワシらはこうべが素直に垂れて、静かに合掌したのじゃ。
考えてみればワシは僧としての修業はなにひとつしておらん、和尚さまの寺で本堂の本尊様を磨いただけじゃった。
合掌は見よう見まねじゃが、あれは世界共通なんじゃな決まりなどないんじゃ。いきものの上腕二頭筋というのは胸に合わせて合掌するように出来ておるんじゃ。
ありていに申さばワシは似非坊主じゃ、和尚さまの寺を放逐された彫り師志願の小僧じゃ。
円空師の足跡を追って旅してきたに過ぎん。
なのに迎えてくれた各地の高僧たちはワシを聖職者として遇してくれた。
ダライ・ラマ師やローマ法王さまはワシの胸にさげた汗の滲みたVISAカードに花押(かおう)してくれたのだぞ。
この花押によりワシは保障され、一部の紛争国を除く多くのユネスコ加盟の国々で不安なく旅を続けられたのじゃ。
お礼に差し上げた木仏を目を細めて受け取ってくれた方々のお顔は、今もしっかりと覚えておる。

生涯に12万体の野仏を彫った師には及びもつかんが、ワシの出来るかぎりの仏像、観音像を彫りたいと思うてのう。
「げげげげげーぇー ご坊は、やっぱり あの 円空さまの生まれ変わり…」
なにを言うておる、こころの師匠が円空師と申したのじゃ。
「あの あの ご坊さま、木札にはマル空堂と書いてありましたが…」
おぬし 先程の和尚さまの解説部分を聞いておらんかったんか! えん空堂と読むのじゃよ、大円空の文字などワシには使えるはずもない。恐れ多いことじゃ。
「ひえーっ 恐れ入りまするー」
ワシは一体だけ持っておる。これが円空師の彫られた木仏じゃ。

棚に置かれた木箱から紫色の布を払ってわたしの前に小さな仏様が置かれました。
木目に沿ったり抗ったり、荒く打ち込まれたノミ跡が一打ち一打ちの渾身を物語っています。
ながい間に欠けたであろう部分も年月が歳月の色を乗せて景色となってしまいます。
見ているうちになんだかとっても静かな気持ちになり、両手が勝手にずんずん前に出ていつの間にか合掌しておりました。
「うひゃー おらの上腕二頭筋も同じように動いただあー」

二本目の一升瓶が残り少なになってすっかり皆さん良い心持ち、わたしは思い切ってご坊に訊ねました。
「ねえ ご坊、あのかつお節のような仏様だがね、不思議なもんだねえ おら手ぇ合わせながら涙が出るのに気持ちがよくてスーッと落ち着くんだよ。
なんでだっぺ? 削りぶしの香りはしなかったなあ、樟脳の匂いがしただよ」
「ああ 確かにかつお節のようだが、あの香りか? 材にナンジャモンジャの木が使われたようだ」
「ナンジャモンジャ?」
「ああ、和名は楠の木じゃ。円空師は立って生きている木にも仏を彫られた。
ワシはそれをメコン・デルタの中州で見つけての、ベトナム戦争のさ中に周りは焼けたがあの木だけは朽ちず残っておったのじゃ」

「暫定政府は再開発のため木を切ってデルタを整地しようとした、しかし枯れず倒れぬ木の幹の仏様を粗末には出来ないと住民が反対して計画は遅れておった。
そんな折り通りかかったワシが僧と知って住民たちが懇願した。あの木を粗相なく尊厳を込めて気を鎮めて欲しいとな。
戦火に焼かれ枯葉剤を浴びながら、なおも堪え延びた木じゃ。僧はそうでもワシは未熟な似非坊主、とても歯がたたんと断ったんじゃが是非にとのこと。
応えられるかは分らぬが荒縄を用意させ、幹の周り四方に魔方陣を張ったんじゃ。
ワシは額の鉢巻きにあのノミを差し、母のカードを通した数珠を握りしめて意を決してその中に入った。ワシは初めて死ぬかもしれんと思ったんじゃ。
三日三晩祈り続けて四日目の朝。雷鳴が轟いて気絶したがしばらく経って目を開けると、ナンジャモンジャの木は静かに倒れておった。かつお節のような色になっておった。
あの仏像をワシは終生守らねば、禁じ手の魔方陣を使った罰でただちに雷に打たれ息絶えるであろう。かつお節色になっての」
「ひえええ〜」

「円空師はメコン泥濘の地にも足跡を残されておった。これは日本仏教史に記述はないのじゃ。
あの干からびた、かつお節のような木像はその成り立ちからか今も芳香を放つ。
ナンジャモンジャの木には脳幹刺激ホルモン、カンファーレンの成分を含んでおるからじゃ、医療界ではカンフルという。
ひとはあの香りで喜びの感情を増し、しまいには感涙する。
俗に 「虎にマタタビ 坊主にお布施」 というじゃろ、マタタビは漢方では木天蓼(もくてんりょう)というて、加藤清正も朝鮮での虎退治に使った。どちらもハーブの一種じゃな」
「ひゃー 加藤清正公まで出てまいりましたかー。あのお方は熊本の出でございますぞ、熊と虎 話がよう出きておりますなあ」
ご坊わたしの出が三つの洒落には目もくれず続けます。

あの木像を衆目の届くところに置かば、わんわん泣かれてかなわんのでワシが死蔵しておる。表に出さば国宝だ。
「ひえぇー 国宝でございますか、おら国宝の匂いを嗅いじまっただぁー。ところで ”わん”は洒落でございましょう?」
ん 何のことだ? 国宝か? 表に出さばなっ。
「なんで出さないのでございます? 〇空堂博物館をつくって国宝展を開きましょうよ」
ならん、出さば日本のいや世界の仏教史が変わってしまう。
ユネスコも文部省文化庁と社寺庁も、続々と密殺団を送ってワシを暗殺するだろう。それは構わんがあの木仏が焼かれてしまうのは忍びがたい。
「へっ 密殺団? なんです それ」
今は言えん、ダライ・ラマにもローマ法王にも類が及ぶ。
「へっ! なおわかんない」
知らんでよい、よいか木仏のことは誰にも言うな。おっかーにもだぞ。
「でぇーじょーぶぅ でございますよー おらは二升も飲んだらみーんな忘れてしまう、今日来たことだって忘れてしまう。
そうだ、でぇーじなことを忘れかけていた、怪我した手を千手観音様の手と取り替えた話しだぁ」
ああ あれか、彫りかけの手をよっく見みろ。
「なんじゃー こりゃー?」
千手観音様は何本も手があります。折れたのやらネジれたの、ご坊と交換したというのもありまして、お顔のところからも二本出ております。手というよりベロですなあ。
「ご坊ー、こりゃー 二枚舌の千手観音様ですかい?」
うむ 現代の矛盾を突く意欲作じゃ、やがては国宝じゃのう。
「あっちゃー … 」

「酔ったついでに二枚舌のイグ大僧正さまに是非お訊ねしたいけんど。行きは拉致船に乗って行ったんだったよね、帰りはどーしたの?
犬猿キジを連れてパスポートもなく、VISAのクレジットカードだけ持っていても出国も入国も出来んでしょうよ。
おまけにノミまで持っている、ありゃー刃物でっせ空港の凶器探知機がピーピー言いますやろ」
おまん 鋭いとこを突くねえ、しつこいところはお政所の方様といっしょやのう。聞きたいの?。
「言えん、と言うんでしょう」
うむ ダライ・ラマやローマ法王に類が及ぶと申したのはそれもあるが…。

ワシは拉致船で出国したパスポートなしでな、大陸へは泳ぎ着いての密入国じゃった。そのあと中国を南下しながら横断して海南島からいったん海に出てインド支那に上がった、ラオスやカンボジアをかすめて印度で3年過ごし、つてを得てチベット・ポタラ宮に潜入するまでは大変だった、すべて密航じゃったからのう。山陰の浜を離れてより10年経っとった。
だがダライ・ラマ師から花押を戴いてからは超法規じゃ。
「チョウ ホウ キー?」
たった一言、「拙僧はローマ法王あてダライ・ラマの親書を届ける通信吏である。控えおろう!」 と言うたら官憲もゲリラも手が出せん。
信仰とは超法規なグローバル・フォースメントなのじゃ。
「 … 」

007の原作はワシがモデルといわれておるが、違い処はワシはオリエンタルの民生宗教文化を小馬鹿にしておらんというところじゃ。
この点は大きな違いぞ。
チベットでは民衆から選ばれたダライ・ラマがポタラ宮の王になる、ワシは民衆と共に裸足で歩くその王から花押を貰ろたんじゃ。
同じ超法規でも大帝国の女王様から資金をたっぷり供与されて、パーソナル・ジェット機内でワインを飲みながら南極や北極まで飛んで行く007とは気合が違うんじゃーッ!
こちとらタロ芋アルコールの合成般若湯をデルタの泥水で割って呑んどるんじゃー おのれー!
「まあ まあご坊、落着きなされ、ナンジャモンジャの香りを嗅ぎなはれ」

いやー すまんのうご亭主、世話をかける。ところでこの酒少し妖しくないか? 
ほんでな、国境地帯で共産軍に捕まって、親書の中味が [今度一緒にゴルフしましょう] ってだけ書いてあるのがバレそうになったら犬猿キジさんたちの機転で切り抜けて、
走って走って逃げるんや。転んでも止まらん。ワシらはジェット機ないけんのう。
「ご坊は逃げるのお上手でございますからなあ」
おまん、嫌みか?!

イタリアではな、法王さまと古代コロッセウムのバンクを自転車で走ったんや、当時のイアン・バッソ・ベネディクト法王さまは速かった。下ハン握って全開疾走じゃ。
法王さまの自転車はな、コルナゴ社から贈られた黄金のクロモリ・マスター、イタリアの至宝といわれて久しいお宝中のお宝じゃ。
今はヴァチカンの宝物殿に飾られておる、円空仏と並んでな。
いいなーそれ って法王さまに言うたら呉れたんじゃ。

「ぎひー あの伝説の黄金マスターをでございますか!」
さすがにそれは出来んからコルナゴに命じてレプリカを作らせた、ワシの体格に合わせての。旅に出てより20年経っておったから今の体格と同じじゃ。
「それがあのコルナゴでございますかー」
うむ アーネスト・コルナゴのサインの入ったそれを持って日本へ帰るんじゃが困った。運ぶ手立てがない。
「そりゃー そうでしょう、自転車の木箱はデカくて重い、それに犬猿キジもいる。
どーして自転車で走って日本まで帰らなかったんです? ご坊ならヨーロッパ・アルプスだって余裕で越えられるでしょうよ。北回りロシア経由ツール・ド・ツンドラなんてね」
おまん、そーゆーこと言うの? ワシもう30歳を過ぎてかつての神童パワーが薄れておったのじゃよ。そのかわり自閉失語症は直っておった。
「ははーん 今はワルおやじパワーなのね」

そこで法王さまがよいことを思いつかれた。親交のあった明治神宮へ金の鳳凰の冠を贈ったのじゃ、ベネチアは金細工でも有名じゃからのう。
厳重に梱包したので外側の木箱は自転車ボックス程の大きさになった。
ワシは金の鳳凰冠の傍を片時も離れてはならん警護吏としてローマ教皇庁の衛兵の制服を着て貨物船に乗り込んだ。法王さま花押のVISAカードをチラつかせてのう」
「うひ うひ」
おまん 笑い方が卑しいのう。
貨物船は神戸港についたんじゃ、昔から遣欧使節団は神戸と決まっておるのじゃ。
もはや日本じゃ、ワシは元々出国しておらん取扱いの立場やからのう 日本にあっても当たり前であろう。
じゃが港というものは日本であって日本でないのだ。検疫 税関というものがあって、着きましたあー ハロー エブリバディー とはいかんのんじゃ。
「ふむ ふむ」

荷卸しの検疫で梱包が開けられては鳳凰冠の他に自転車と犬猿キジ、それとワシが20年持ち歩いた虚無僧袋にメコンで見つけた円空仏と大事なノミが隠されているのが発覚してしまう。
出発港のナポリと違うて日本港はこういうことにはウルさいんだと船長のキャプテン・クックが言っとった。教皇庁の威光で顔パスとはいかんのんじゃと。
次々に貨物がクレーンで陸揚げされて行く、ワシは困った。
困っているうちに鳳凰冠の番となって木箱にワイヤーが掛けられ岸壁に向かって降ろされて行く。
地上には税関吏の他に神宮の神官や神社本庁の役人たちが、特別に入場を許可されて品物改めのため居並んでおってな、手には木箱を開けるトンカチなんか持っていやがる。
あと1メートルで地上や、絶体絶命や。
「ドキドキしまんなあ」
ご亭主! なんでおまんが関西弁なんや、ワシのまねしなや!

そのとき、風もないのにクレーンアームがゆらーりと揺れ、緩んだフックから木箱に掛けられたワイヤーがシュシュシューと跳んだ。
「ガタリ!」
木箱は音と共に地上に落下して木枠の一部が破れ、中の防水シートが見えた。
一斉に駆け寄る男たち、しかしその足がピタリと止まった。
「ワオ〜ン ワオ〜ン」
木箱の中から狼の遠吠えが聞こえたからだ。

「えーい 控え 控えーぃ! 今なる狼の声 聞こえたであろう、あれなるはローマ法王の守り神 ユーロ大神さまの声なるぞ! 
獅子をもひさぐ全欧州のオオカミ神である。 一同頭が高い! 控えおろーぅ」
真っ先に神官どもがひれ伏し、つられて役人たちもひざまずいた。
ワシはローマ教皇庁衛兵隊長の制服の胸から燦然と輝くあの法王さま花押のVISAカードを連中の頭上に掲げ、さらに大音響で呼ばわった。

「大神さまもお怒りでござる、長き旅路の末にかかる虐待を受けるとは断じて承服ならん。拙国よりの友好の印しをおん国は軽んずるおつもりかあーっ! 全欧州を敵とする気かあーっ!
拙者、警護吏として大神さまと共に黄金鳳凰冠のお供をして参ったが、これなる不始末は看過に堪えん。もはや法王さまへ無事の到着を報告の仕様がござらぬ。
そればかりか大神さまのお怒りをも生んでしまった、拙者生きておめおめ国には帰れん。かくなるうえはただ一つ、大神さまの鎮むるを願って今ここにて切腹いたす。
一同の者、おもてを上げてユーロサムライの覚悟を見いーやー!」

腰に下げたサーベロをシュシュッと抜刀し、中段に構えて眼下の者どもをはっしと見据え、
「拙者 腹を切ったるのちは海に身を投じて果てるがゆえに本国への遺骸送致などはもとより望まん、それがサムライ騎士のたしなみであーる。
じゃーが、ひとりで地獄に落ちるにはジャパンの道は不案内。よってひとりふたりなりと、いーや そこもと全員道連れに致す。一同の者 覚悟をいたせー!」

イタリアンなユーロサムライ衛兵隊長が見事な日本語で見栄を切ったからたまりません、みんな逃げ出して誰もいなくなった。
ここは保税岸壁、治外法権のエリアである、一度出たら戻れないセキュリティが掛かっているから暫くは時間稼ぎができる。
壊れた木箱を押し広げると犬さんが飛び出してウインクして見せた。クレーンアームの上から猿さんとキジさんが降りてきて、
「大将、たいした芝居でやしたぜ。ローマの休日の撮影のとき、急に腹痛をおこしたグレゴリー・ペックの代役でヘプバーンのアン王女とトレビの泉でデートしたシーンを思い出しちゃったでやんす」
「みんなー よくやったぞ、あと一頑張りだ。ここを抜けたらキビ団子で一杯やろうぜ」
「タクラマカンの雪男軍団と戦ったときと比べたらチョロイもんだわさ ケコー」 
「よーし 行こう!」 
「オーッ!」

金の鳳凰冠はもちろん無傷だった、神宮の神官たちが乗り捨てて逃げたライトバンにそれを移し、木箱からコルナゴを取り出すとすぐに走れるコンデションだった。
衛兵隊長の制服を海に放り投げると波間に浮かんで見えなくなった。
ユーロサムライの遺骸は長い時間の末に故郷のイタリアに流れ着くのであろうが、出国カードも入国カードもないのだから人口に変わりはあるまい。
外務省も神社本庁も税関も、黄金鳳凰冠さえ無事なら知らんぷりをするだけさ。

ワシは自転車、犬さんは走り、キジさんは羽ばたいて20年前にワシらが出会った山に帰ったんじゃ。そこが此処というわけじゃ。
えっ! 猿さんかい? 猿さんは首だけ出してワシの虚無僧袋に入ったのさ、小僧のときは前に掛けたが自転車だから肩から背に掛ける。いま若い自転車乗りに流行りのメッセンジャーバッグは
ワシの虚無僧袋がルーツなんじゃよ。

「おい 自転車屋、なんだ眠ってしまったのか。
ならばとっておきの酒を出そうじゃないか。猿さんのおっかーがつくった吟醸猿酒をねー。
それに本場岡山から吉備団子とキビナゴの佃煮、現在瀬戸海道を自転車ツアー中の かしのきの浜さん が送ってくれたんだよ〜ん」
「わん キャー ケコー はまさん がんばれー」

わたしが寝ている間にもおとぎ話しのような宴会は続いています。
この回で完結するはずだったepisode 5 でしたがもう一回先延ばししないと終わらなくなりました。
今だ未解明のイグ大僧正就任事件、女優の正体、洞窟に引かれた電気の謎、ひだり前という謎のキーワードに迫りたいのに眠りたい。
わたしの目が覚めるまで暫しお時間をいただきとう存じまするぅー。

episode 5 ひだり前(中編) おわり

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