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機材軽量化の一例、ドライブチェーンのリンク一葉一葉に精緻に穿たれた肉抜き孔が見えます。
写真 上はコブラ号に搭載の最軽量チェーンの表側、中がその内側 下はワングレード廉価版。
違いは中空化されたリンクピンだけだが、これを高速域で回すと回転部分相当質量の軽くなった分だけフリクションが低減されて脚がよく回るという触れ込み。
千分の何グラムか軽くなって数ミリグラム分の気合が高揚する効果は認めるものの、このシカケ 財布も軽くなる。 いかにもペテン師好みのアイテム。
おしぐれさん、師匠の形見の托鉢と交換して入手したというのだから ‥ シマノのほうが上手。
「あのな ワシな、行かねばならん処があるのんじゃ」
自転車の空気入れを持って外に出ようとしていたおしぐれさん、戸口に立って外を向いたまま遠慮がちにつぶやくように言う。
台所にいても聞こえたのか振り返ったカヨちゃん、たちまち華やかなハイトーンが返ってきた。
「えっ、 どこ 何処 どこ? 何処さに行くの、何んしに行くの? ねえ ねえ ねえ おしぐれさん、 あたしも行っていい?」
朝からこのテンションである。
カヨちゃん よほどこの男と相性がいいようだ。
稀代のペテン師であり似非坊主、そのうえライドもプライドもへたれ級のこの男、甲斐性なしのくせに閨房では妙にインスパイアを発揮する。 おしぐれさんという男はとんでもない奴でございますよ。
うらやましいやら余計なことではございますがカラダが心配やらの作家なのであります。
そーゆー超絶男を世に送り出してしまったのは作家自身が持つお調子筆のスベリなのでありました。
責任上どの様に事態を収拾したらよいものか前号 episode 6 を書いた辺りから深くお悩み中でして、それでしばらく筆が止まったままだったのでございます。
この間 団塊屋店主さまや読者の皆さまにはご心配とご声援を戴きました。ありがたく存じます。
こんな作家にも理解者がいてくれたのかと、意を強くいたした次第でございます。
えっ なんですと? 勝手に思い込むな、ページを閉鎖し異物を取り除く装置にかけるかどうかの確認をしたかっただけだった。 ですとな … そんなぁ デストナーなこと あんた よう言いまんなあ。
すでに季節は春のライドシーズン真っ盛りでございます、ワタクシだって早いとこ しょもない 色恋騒動に片を付けて、菜の花が香りタンポポの咲く野道ロードに出てゆきたいのでございますよ。
ですから少々乱暴な方法でもこの際は … いーかなあーって … 思ったり。 がんばりまっす、デストナーせんといてや。
少ない登場人物で話を回して行くのはイージー作家の常套手法、今回はそれがわざわいして話しの振りように困った。
なにしろここ福浦岬は過疎地といわれる下北のなかでも一二を争う超へき地。
村の人口よりも仏ヶ浦に屹立おわす石仏様のほうが数が多い、ひとも自然も草も木もみな同格になってしまう不思議なネバーランドなのです。
100キロ四方は山と海ばかりです。登場人物はおしぐれさんとカヨちゃんを除けば浜からウニやホヤを持って来る漁師爺さん、隣りのぬいどう食堂夫婦とそこに飼われている犬のレッドブルだけ。
急性イワタケ中毒に陥ったおしぐれさんの体調を心配して来てくれて、煮詰めた柿渋をホヤの潮で調合した特効薬を作ってくれたオートバイ青年も十和田の北里薬学キャンパスに帰って行った。
ゲストで出てきた青森県警のミニパト警察官二名にはその後の出演予定などありません。
あってたまりますかいな、我らがおしぐれさんを詰問するに際し腰の拳銃に右手が掛かっていたんだっせ! 無礼者めが。
まあ、あのときのおしぐれさんの屹立憤怒のサイクルパンツを見れば、誰だって飛び道具に手が掛かろうというものですがのう。
(発信無線) 「本部! 本部! 発見容疑者1名、我ら司法公務員に対し恭順の意思なし、 股間に大型の自動式拳銃を隠し持っている模様。 極めて危険! 危険!」
(雑音) ガガー ピー
(発信無線) 「当該火器は我が方のミニパト塔載機器を遥かに上回る能力につき制圧不能。よって現地指揮の本官**は本部に対戦車ヘリ・ジェットコブラの支援を要請します。
コブラ発進まで何分か? 所要時間を 知らせ! 知らせ!
(雑音) ガガガー ピー
(発信無線) 「コブラ到着まで本官ほか巡査##2名は、民間人の生命財産を保全すべく崇高なる職務意識のもと、死力を尽くして戦う覚悟なれど敵は強大いや巨大。 なにがって ‥ 股間が ‥ 」
(雑音) ガガー ピー
(混信音声) 「オメら はあー あにしてるだい はよ帰けーって 署の裏庭の草むしり手伝わんかい 巨大な青大将がいてはかどらないんだってよー ガー ピー」
(発信無線) 「本部! 本部! 署内本官ロッカー内に妻子あての遺書あり、ピンクのキャンディーのブリキ缶を確認方。 夫は父は、勇敢だったと伝えていただきたく、 最期のお願いなり。 どうぞ」
(雑音) ガガガー ピー
(混信音声) 「おーい 最後にお願いしたコブラ丼 まだ届かねーだかー? あにー もう発進しましたーぁ? あのそば屋 いつもそーゆーうそを言うだよ、けーさつ相手に勇敢なやろーだい ガー ピー」
とか無線で喋べ繰っていたのをおしぐれさんも作者も聞いている。
村の海側をくねくねと行く狭い国道338号の十字路に点滅式の信号機が一基だけある。あっても交通がないのだから無くてもよいのだが、折角だからと律義に点滅している。
ブレーキ音を軋ませて止まる大型トラックをごく稀に見ることはあるが、100キロ内にガソリンスタンドやコンビニの無いことをプロの運転手はよく知っていてみな出発前に大型の燃料タンクを満タンにし、水食糧も車内に携えて旅をする。
携帯電話も山に阻まれて通じないことが多いのでトラックは強力な無線機を備えている。この電波も山中路では山に跳ね返されてしまうがそこは北のプロ達の助け合いである、まっ平らな海上でトラックの脱輪など緊急無線を傍受した漁船が所属漁協の巨大アンテナを介して通信を仲介してくれるのである。
お返しといっては些少だが、時化で漁船が流されたなどと聞けば暴風雨の中を駆け付けて岬の鼻ギリギリまでトラックを進め、ヘッドライトを一晩中明滅し続けて陸地灯台の代りをするのが仁義なのだ。
電波法うんぬんなどとむつかしいコトもあろうが作家は緊急無線と書いている。これによって違法性の幾分かは中和されよう。
そんなこんなで100キロ四方にただ一基の信号機のたもとに、ややうらぶれた二軒の食事店があることなどプロの大型車は気にも留めずに行ってしまう。
この辺りに若い娘などひとりもいないことを知っているから信号以外には止まる理由がないのだ。そーゆー理由でいいのだ。
それでも週末には観光の乗用車がちらほらやって来る。
手に手にガイドブックを開いたおばちゃんグループは隣りの 「ぬいどう食堂」 と、名前だけは大そう立派なカヨちゃんの 「海峡ドライブイン」 を見比べてなにやら相談しながら不安そうにかつ賑やかに店に入って来る。
そしてガイドブックの写真と店内の壁に掛った古ぼけた短冊のお品書きが同じだと確認すると、大発見でもしたかのように急にはしゃぎ出して名物ウニ丼やまぐろ丼、ウニ アワビ イクラの三色丼などひとりひとり別々の注文をする。
デラックス海鮮丼で統一すればそれらの素材はすべて網羅されるのだが、おばちゃんグループはそーゆー安易な発想では承知しない。
「あんた ナニ頼んだの! じゃあ うちは違うソレにするわ」
「途中でFM放送に入ってきた コブラ丼 というのはウツボのことかしら?」
「えーと ねぇ うーんと。 カレー風味のナマコ丼! そんなのはないわよねぇー」
「あらぁー ナマコのキムチ炒め って書いてあるわよ、カレー味も出来るんじゃないのぉー 頼んでみたら?」
「ナマコ キムチってビールに合いそうねえ」
「♪ なまこのぉ 〜 きむちがぁ 〜 よーく わかるぅ 〜 ♪ 」
とかなんとかキャーキャー騒ぎながらガイドブックの写真と同じアングルになるよう店内を跳ね周りながら携帯電話で写真を撮って、それを今回は亭主の実家の法事で参加出来なかった気の毒なおばちゃん仲間の誰かに送ろうとしてまたひと騒ぎ。
「あらぁー メールが通じへんよー、なぜかしら?」
「あら アタシは送れたわよ。 あんた! それ 定額ウィルコムでしょう、 ここは外国圏内なんよー、海のむこうはロシアよ。ワールドローミング仕様のプレミアム契約でなけりゃ駄目なんよ」
「なに? それ。 ワールドなんとかって何んやの?」
「あたしー ワールドものはマイケル ジャクソンのネバーランドか俊水ワールド おしぐれさんシリーズしか知らへんよ」
「そーよねえ。 特に俊水ワールドは宇宙の深淵に迫るセクシュリアムの極致だわぁ。 あれをもって未来永劫のスタンダード エロスというのよねえ」
「 … 早よう食べんかいな あんたたち! 亀の手と岩海苔のお吸い物が冷めてまうやないの。 ほーら見なさい、お店のお兄さんが呆れているわよ〜」
お兄さんとはおしぐれさんのことだ。
彼女らは今朝早くホテルを出発してからレンタカーで100キロも走って来た。人のいない下北でこの日初めて見る若い男 (それなりに )に色目を使う。
おばちゃんたち、亀の手というよりカラスの足跡といったほうがよく似合う。しかしそーゆー破滅的要素を含むことをおしぐれさんは決して言わない。
昔から何故かそうなのだ。
いちど聞いてみたことがある、
「破滅的エレメンツを含むデバイスを極力避け、星間距離を慎重に保ちながら航行して来た。だからボクだけが燃え尽きずに地球に着いた」
そーゆー返事だった。
なんのことか分らないが大そう立派なことやないけ、地球ではペテン師よばわりされているが生まれ星が M16フェミニン というからペテンは故郷の血なのだろう。
その血の系譜をペテン師と言うのは当たっていない、おしぐれさんが女性を見ると思わずフェミニンになってしまうのは生まれつきの血のせいだったのだから正統なのだ。
その結果、のちになって不幸にも彼の意図とは反して生じた女性との軋轢には争わず去ることで対処してきた。
それは故郷の先輩 パンツェッタ・ジローラモ もそれで正しいと証言している。
不思議ワールドの仏ヶ浦周辺では倫理に狭隘な日本社会と少し違って、ジローラモやおしぐれさんに対して比較的寛容な空気があるようだ。
なぜならば、空気だらけで人や動物が圧倒的に少ないからだと作家は見ている。つまりこれが自然なナチュラルな倫理観のはずなのだ。
だがむつ市の辺りまで戻ればまたペテン師と呼ばれるのだろう。 … フェミーナのどこが悪いんじゃい!
作家が擁護してやれるのはここまでだ。
これ以上は作家の文法とは趣きを異にするので分らん 書けん。 いづれにせよペテン師の素養は子供のときからあったということと、そしてそれは彼のせいではないと分った。
「あの? ぼくがシャッターを押しましょうか? みなさんお綺麗だからガイドブックの写真は更新されること間違いなしですねえ。当店の一生ものの看板になりますですう〜。
そーですか 大阪から来られた? いやいやあー 美しさのオーラがこの辺りのオナゴ共とは違うなあーって思って見惚れていたんですう〜。
みなさんにお土産の干しアワビと活ホヤの潮吹き済み半成品を差し上げましょうねえ、当店オリジナルでございますう〜」
おしぐれさん、頼まれた訳でもないのに店の手伝いのつもりか無茶苦茶な おべんちゃら を言う。
「キャー お兄さん素敵やわあー。 ねえお兄さん あたし達のガイドになって貰われへん? 青森でレンタカーを借りたとき下北の西側は危険な山道が多いって聞いたんよ。
脇野沢から仏ヶ浦を回って来るだけでもうくたくたよ、この先は運転したくないんやわあ。 ガイドのお礼はするわよぉおぉ〜ん ‥ 」
「はあ ぼくも三沢まで行きたいと思っていたところです。この後はどこを回るプランですか? 大間のまぐろは?
へっ! 当たり前過ぎて行かない? そーでっかあー さすがの 旅ジョ でございますなあ」
おしぐれさん、ペテンの調子が乗ってきた。
何度も書いて恐縮だがペテンは悪ではない。魔耶化しには愛がないがペテンにはフェミニンがある愛がある。
「恐山でイタコのアンチエイジング祈祷? 泊まりは風間浦温泉郷へ降って夕陽ホテル? はいはい 任せて下さいませーっ あそこら辺りはホタルのケツでっせー。
自転車で何度も往復してまっさかいにな、よーけ知っとりまっせ。 ”イカさまランド” というインターテイメントがあるんです」
「うわあー なに それ?」
「入場料の500円で買った活イカを水槽で泳がせ競争させるんですわ。今トレンドの大盛況でございます。
勝ちイカのオーナーには下北の白ワインが一本進呈され、逆走したり棄権したイカはその場で大皿の刺身にしてもらえるから勝っても負けても美味しい。
温泉から出たら浴衣で行ける距離でございます、ご案内しまっせー」
「いやあー 面白そうねえー。お兄さん 本命イカの見分け方知っているんでしょう? あたしだけに教えてね」
「ねえ あんた、ホテルに電話して泊まりがひとり増えたって言っておいたほうがいいんじゃない?」
「今から変更は無理よ、だいいち携帯が通じない。
それよりそ〜っと うちらの部屋に泊まってもらえばいいのよ。バレたら執事だって言うの、関西ではコンシェルジュの同室は常識だって言うのよ」
「いやー 素敵やわ〜 19世紀のイースタンブルーのマッダームみたい」
ねえ だれの部屋の執事になるかはイカさまレースで決めましょうよ、うち 負けへんよ〜。 お兄さんだってうちに勝って欲しいわよねえ 〜 ぇ」
厨房でそれを聞いていたカヨちゃん、まな板に乗っていた曲がり竹の筍に出刃をブスリと突き立てる。
ご存知のように下北の曲がり竹は男性の股間のタケノコにそっくりですから、そりゃ〜もう 痛そうですなあ。
まなじりを吊り上げ大股で奥から出て来たカヨちゃん、メッタ切りの曲がり筍の漬物大皿を どーん とテーブルに置く。
「あのねえ マッダームのみなさん、うちの亭主は自転車は上手だけれど自動車の運転は 超ヤッバームなんですっ!
このあいだも青森警察のミニパトが何キロもついて来て、そのあと県警ヘリまで飛んで来て大騒ぎになったくらいですからおやめになったら?
このひとと一緒に銀行に行ったら入り口の危険物感知器が働いて、風除けドア内に閉じ込められたことだってあるんですっ。ホテルのフロントは通れませんわっ!
なにを感知したかって? そらーあなた マッダームにとっても危険なアレですわよ〜ん」
ガイドの就職話しを一蹴するカヨちゃんの見幕に驚いたおばちゃんグループは、女主人に押し出されるように、だが未練がましく且つ かしましく店を出て行った。
その際お土産の干しアワビはしっかり貰って行ったのですから、さすが大阪のおばちゃん なかなかのしっかり者でございます。
しっかり者ならカヨちゃんとても負けてはいられない。
厨房の塩壺を持って表に行くと、おばちゃんグループのレンタカーが止めてあった場所におしぐれさんを立たせ、その四方に塩の山を大きく盛り上げて割り箸を突き立て、薄く切ったコンニャクで作った御幣を干瓢のヒモで結んで、あっという間に女除けの魔方陣を構築してしまった。
この秘法、恐山のイタコ直伝かどうかは定かでないが金縛りに掛ったおしぐれさん、半日そこで固まっていたのだから恐るべし。
そして晩になりやっと家に入れてもらえたおしぐれさん、朝まで股間の金縛りだけは解けぬままだった。というのだからさらに恐るべしカヨちゃんの黒魔術。
こーんな秘法があるんだったら毒性の疑われるイワタケキノコなど無理して食わんでもよかったのやないか。
物語の構成と進展に 「見通し」 というものを持たぬ作家はアタマを抱えるのであった。
この日は夕方まで他に客がなかったから店の売り上げは干しアワビの一件で赤字となったが、カヨちゃんはそれでもいいと思った。
アワビは浜の爺さんが幾らでも持ってくるけれど、おしぐれさんは100キロ四方にひとりしかいない若い(それなりに)ひとり者の男だからだ。
ところで浜の爺さんの正体について作家の観察によれば、この爺さんどうやら時化の海で死んだカヨちゃんの最初の亭主 (婚礼の3日前に船が流されたそうだ) の父親らしい。
ならば海難事故のあと一緒にドライブインを始めて先年死んだ義母の亭主、ということになり時化の時もせがれと同じ船に乗っていたと考えられる。
難破した漁船から一人だけ生きて帰った負い目を感じていて、死んだせがれへの供養にとカヨちゃんにドライブインを出させてやったのだろう。
海産物をタダ同然に持ってこられるので海鮮の食事店をやるには都合がよかったのだろうが、分らないのはひとりで浜の番屋に住んでいることだ。
せがれの母親とは夫婦ではなかったのか今一つ氷解しない疑問が残る。本編の作家のくせにどーもそこが分らない。
この村はそーゆーワールドなのだと お茶を濁して先に進もう、そうしないとますますややこしくなって、おしぐれさんの下北脱出行が来年になってしまいそうだからだ。
仏ヶ浦ワールドは好きだが下北の冬は書きたくない。
作家は寒いのが大の苦手なのだ、あの裸同然のサイクルウエアで地吹雪の峠道など走れまっかいな。
おしぐれさん早う逃げなはれ、秋の来んまに逃げなはれ。 作家がサドル押しますよってに人切り峠を越えて逃げましょう。
なあーに 峠の人食いアブなど自転車を止めさえしなければ大丈夫。 そーや ギヤや、ローギヤのでかいのを付けましょう。 ネットや、楽天通販ショップで買うんや。
支払? んなものドライブインの口座を指定するんや、請求は翌月や その間に遠くに逃げるんや。あんた生まれながらのペテン師やないかい、ガンバらんかい!
あっちゃー 作家がペテンを焚きつけてどないするちゅうねん。
村に定住しているのは何人なのか作家は知らない、出会わないのだから数えようがない。面識があるのは前述の爺さんと犬のブル、それにドライブインの女主人カヨちゃんだけなのだ。
ひとり者の若い男などどこにもいない。
若い娘もいないことは先に書いた。だからよそ者がやって来る動機は飲料自販機用のレッドブルの営業マンが迷い込んで来る以外には有りえない。
そこへフラリと自転車で現れた男がなんと40年前の中学で同級のおしぐれさん。少々年は食っていても、特別な能力など持ち合わせていなくても、居着いてくれさえすればOKなのでございます。
ところがこのフラリ男、数編前から紹介しております通り 「ぬいどう石山の秘茸」 を食ってそれ相応の能力を股間に秘めてしまったのでございます。
ですから そらあーもう大変です。 何がって ‥ いやはや。
ですから、(何が ですからだ! でほらく書きめ) 前編 episode 6 のあとがきで予告をしていた赤裸々淫靡編の episode 7、完成はしているのでございますがこれを白昼の元に晒すのはいささか気の引ける思いがいたします。
そこで公開を自主規制し、欠番扱いとして幽閉致しました。
(どーしてもお読みになりたいという一部の好事家さま向け閲覧規制解除のプロダクトキーについては、有料にて団塊屋商店にて取り扱いを開始いたしました。自己責任でお願いいたします)
「おしぐれさん、行きたい処って三沢の寺山修司記念館でしょう? クルマを取りに行くならアタシの軽トラで送って行くよ。
いつ行くの? 今からでもいいわよ、どうせドライブインは閑なんだから。
三沢までは300キロくらいあるから泊まりになるわね。
あたしね、野辺地の手前の 「道の駅ヨコハマ」 ってところで指輪を買って欲しいなあ。スワロフスキーのピンクのビーズのキラキラのやつよっ! ネットで見たの」
カヨちゃん、”本日も” とマジックペンで書き足された臨時休業の看板を横目で指す。
「げっ! キラキラのピンクの舶来の、なんとかスキーの指輪ぁぁぁ。キーホルダーの輪っかじゃだめかね?
ネットで見れるなら シマノの30Tギヤ というのも見てくれんかね? 楽天でも Amazon でもいいよ。パスワード入れてな、 うんうん クレジット番号もなあ。
ああ いやいや あのな、三沢もそうだがワシが行かねばならんのはなぁ、もっと遠くの西国じゃ。 じゃて おまはんを連れて行くわけには参らんのじゃ」
「えっ! 何それ? あんたっ! ここを出て行くって言うの?
嫌よあたし、 別れろ切れろは芸者のときに言って頂戴まし。 今のあたしにはねえ 主税(ちから)さん、 死ねよと言ってくんなましー!」
カヨちゃん 変に芝居がかったセリフを言う。
先年 ぬいどう歌舞伎館 に旅芝居が掛ったとき 「塊屋 団十郎一座」 の楽屋にウニ丼弁当を出前して、ついでに上演中の 「湯島の白梅」 か 「金色夜叉」 を見たのだろう。
「お蔦ぁ(おつた) すまぬ 許してくれぇー。ワシは大恩あるお師匠さまの言いつけに背くわけには参らんのじゃ。
ワシが初めて此処に来た日のことを憶えているかい? 一旦 仏ヶ浦に参って、その後 ぬいどう石山 を登ってから戻って来ただろう」
「ああ そうだったわねぇー。 あんたが はたち あたしが19の春だったわねえ」
田舎芝居に興が乗ってまいりました。
湯島天神の名場面でございます、白梅の花びらが ひとひら ふたひら ふたりの肩に舞い降りてまいります。
「それで石山に願掛けをして、アソコに強力パワーが授かったのよねっ! 凄いわあー 主税さん。
だけどそのパワーが余って西国とかいう遠い国の赤毛の女を思い出したっていうの? だめよっ! アレはあたしのひとり占めっ、 うふふっ」
「お蔦ぁー そーゆー ハナシではない。あれはなぁ ワシのお師匠様に会いに行ったんじゃ。
そなたのことを話して破戒のお許しを戴くためじゃ」
「お師匠さま? オメさまのお師匠さまつーたら仏さまだんべ、それとも観音さまのことけ? あーっ このやろっ! 観音菩薩さまは女づらよーっ
オメさま 観音さまにも手えー出したずらか! そったらはあー バチ当り者ぉー」
お蔦、下北弁と甲州弁の混合弁になる。塊屋 団十郎一座は山梨か信州茅野あたりの出身なのかもしれない。
茅野出身といえば作家には忘れてはならない詐欺師の先輩がいる。しかし今それを書くとますますハナシがややこしくなり、脱稿が冬になってしまうので次作に惜譲する。
「一般に知られた宗門でないワシら旅の僧はな、決まった寺や仏を持たぬ。その代わり仏ヶ浦の巨石仏や縫道石山などの大石にお師匠様の声を聞くことが出来るんじゃ。
イギリスの草原の中のストーンヘンジやオーストラリアの沙漠で南十字星に照らされて赤く輝く巨石を 「イッテQテレビ」 で見たことがあるじゃろ」
「ほえー … 」
「あれは過去の地球に遠い星々から届いた巨大な経典の一部なのじゃ。宇宙の真理を説いているがまだまだ未発見のものは多い。
石に近づいた者がみな登りたくなる衝動に駆られるのは地球の人間も宇宙人の子孫のひとりだという証拠なのだ」
「ほやー … 」
「若いときから千日回峰の苦行を重ねたワシらはな、登りで心拍を上げながら天空に近づくことで そーゆーブッダムリリアムな境地に入れるのじゃ。
世俗ではそれを クライマーズ ハイ と言うようだが少し違う。クライマーズ ハイは、あれはただの高山病だ。サントリー セサミンを飲めば治る。
ブッダのことを日本人は分っているようでじつは何も知らん。
世俗の者にはわかりにくいかも知れんが、ワシは 「ゴリオシスキー オシグレ」 というナニ人だか分らん男のカラダを借りてM16冥惑星から地球に降臨してきた 「ガンダーレブッダマゴーヤ」 の1948番目の弟子なのじゃよ」
「あやー ‥ スワロフスキーの親戚け? ぶったまげーた」
「降りたのは極北だった、たまたま流氷の上に乗って白熊の狩りをしていたのが ゴリオ だっただけだ。
その後北半球では大戦があって敗戦国の兵士が大勢シベリア奥地に抑留されて来た、数年後ワシは帰国する彼らと共に日本に来た。だから 「押暮 好」 と日本風に名乗っておる」
「ほーんでオメさまは射的場の タミヤ M16ライフル の名人なんだなあ〜、 茶熊のテディ ベア 取ってくれたっけねえ〜
あのBB弾は当ると痛でがった、尻に赤いアザが出来てオメさんに撫でてもらったことは忘れでいねーだよ。あの頃からオメさまはオナゴの尻が好きだったなあ〜」
「おい そーゆーハナシになるかや〜?」
「オメさま! 他のクラスのオナゴの尻も撫でたのでねーけ? キティちゃんなんか取ってやって 気ぃー引いたんでねーのが、 この手が悪いー しっぺしてやる〜」
しゃもじ を振り上げるカヨちゃん、おしぐれさんはお替わりのご飯の茶碗をひっこめる。
「あーおほん、落ち着け。
でな、ワシがおまはんと暮らすに当っては星の僧籍を脱せねばならん。つまり破戒じゃ。
これには厳しい掟があってなあ。西国を巡って石鉄山の弥山に登り、最終解脱を得て涅槃廟からの信任状を貰って宇宙ポストに返さねばならん。
登るのはもちろん自転車でだ、世俗ではヒルクライムの完走証というがな」
「いしづちさんのみせん? それ何処よ、クリミア半島にあるだか?」
「おまん、日本地理を知らんのか? 無理もない、中学時代はヤンキー娘で鳴らしておったからのう。
石鉄山とは四国霊場 石鎚山の主峰のことだ。弘法大師こと雲海和尚が修行をされた霊山じゃ」
「なあーんだぁ 雲海かぁ、 ウンなんならばオラの店にもあるだよ。
ボトルに詰めてなし、ぬいどう石山をひと巡りして来るっさぁね。そーすば おんなし霊験があるだっぺーよ。
遠くまで行かねえたってもなぁ、 高けー石の山っこならば そばにあるっぺよぉー、 ほれっ そば焼酎 雲海だあ!」
「あのなぁー そーゆー 座布団二枚みたいなハナシではないのよね」
「なしたら どーすば いーなし?」
「はぁあぁぁー ‥ どーすば いいだかなやー。ワシまだ解脱しとらんで分らんわー それよりもう寝よか?」
不毛な会話が毎朝の食事のたびに交わされるようになって、いつも 「もう寝よか」 で円満解決する。
だが、いよいよ決断しなければならない時が迫って来ていることをふたりとも気づいてはいるのである。
どーするよ おしぐれさん。
もう三編連続で章末近くになるとそう書いている。つまり大間を出発して福浦漁港近くまで来てから三篇2か月、自転車はぜんぜん進んでいないのだ。
そんなぐずぐずの作家が作家の私は許せない。
「朝飯くったらもう寝る」 をくり返していてはアスリートとしての能力が衰えるばかり。
ぬいどう石山の回春キノコ効果はいつまで続くのか分らない、だからといってもう一度キノコを食ったら今度こそ死ぬかも知れない。
キノコなどに頼らずここを出て、貧すれど気高き僧の道を行くのが正しいことではないのか。
サイクルアスリートとしての大義を果たすためには一つ箇所に留まっていてはいけない、日本中の峠坂が待っている。
残り九十九の坂を越えて行かなければ大願成就とならんが、果たして大義とは大願とは何だったろうか。
今の安穏享楽の暮らしがペテン師としては大願だったのかも知れない。しかし大義となると こりゃーもう 茅野の詐欺師先輩の教えを乞うまで分からん。
修行の怠りを叱責するお師匠様には天才ペテン師のおしぐれさんのことだから上手に誤魔化すことは出来ようが、自転車の脚が回らなくなっては天空への坂は登れない。
練習用の仏ヶ浦の坂ですら二度も降りて押しながら、踏み切れないのはギヤ比が合わないせいにしている己が恥ずかしくなってきたおしぐれさんなのである。
カヨちゃんとの泰楽すぎる暮らしを捨てて再び荒野に踏み出し、野仏に手を合わせては村人の供えた団子やバナナを貪り食って空腹を満たし、ついでに煙草も失敬する流浪の道を選ぶのか。
カラスに供物を先取りされないよう暗いうちから村人の訪れるのを待つくらいなら、いっそ托鉢に行ったらいいのに … 読者諸氏は思うでありましょう。
ところがこの破戒の怪僧は自転車軽量化と称し、なんと野の僧にとっては天界と在野の命を繋ぐ大切な托鉢の鉢をヒョイと捨てたのです。大した覚悟でございます。
その鉢は現在は隣家の犬の茶碗となって活用されておりますゆえご安心ください、いづれ返してもらいます。
おしぐれ僧の持っているものは左手首のリストバンド代わりにひと巻きしている紫檀のお数珠と、首に掛けた有効期限の過ぎたVISAカードだけ。
えらい軽量化でございますが、バックナンバー 「自転車屋おやじシリーズ」 で紹介したあの一休さん似の小僧が首に掛けていた母の形見のパクリです。
小僧は後々の円空でした。恐れ多いことでございます。
このVISAカードでは 「道の駅ヨコハマ」 でスワロフスキーを買うことは出来ません、でもローマ法王とダライラマのサインが残っておりますので海外圏でなら今も使えるはず。
思えばずいぶん でほらく を書いたものです、その折に実際に作家が彫刻刀を握って彫った仏さまは実家の母が気に入ってくれて父が眠る仏壇に置いてあります。ありがたいことでございます。
以前にその木仏の写真を本欄に載せております、ご興味の読者はバックナンバー 「おしぐれ俊ちゃん つんのめり俳句」 あたりにお戻りのうえご笑覧くださいませ。
おしぐれさんが極北から当時の復員兵と一緒に船に乗って日本に来たと言うのが何処まで本当かはわかりません、でも作者は信じているんです。
40数年前にはカヨちゃんと一緒に中学生だったという時代考証の矛盾さがたまらなく好きなんです。ですからこれらは本当なんです きっと。
宇宙時間では 「何んだっちゃーないさ」 の許容誤差なんです きっと。
episode 9 につづく。
写真 左 人切り峠の激坂を吸血アブの猛追を振り切って駆け登る、秘策のスーパーローギヤを装着したおしぐれさんの愛機 コブラ号
写真 中 12‐30T ワイドレシオの後ギヤと大きな歯数差を吸収対応するシマノの新型変速機。ネット通販で今春購入、支払いは来月。
写真 右 ポリッシュシルバー仕上げが美しいスギノテクノ製小径フロントギヤ、金色が眩い5個のピンボルトはチェーンを繋ぐKMC(台湾)製ミッシング リンクの金色とビジュアル的整合を図ったもの。
速い選手の駆るマシンには必ず美しい統一性が見られるものです。
写真のマシンは、美しいマシンの選手が必ずしも速いとは断言しきれない見本のようにも思えますが … そっ それを本人に聞こえるように言っては成りませぬぞ。
「破滅的エレメンツを含む言葉は口にしないのがM16フェミニン星のたしなみなのです」 ってかあー べらぼーめえー 聞こえたぞー。
夕方になっておしぐれさんの体調が変になった。
昼寝していたおしぐれさんだったが、なにやらそそくさと起き出してトイレに駆け込んだ。
ひとしきり籠っていた個室から出て来てカヨちゃんの居間の座布団に座っても、すぐに 「うううー」 と唸って下腹を押さえ、よろよろとトイレに戻って行く。
下痢 腹痛が収まらなくなって、その後は居間とトイレの間で行ったり来たりをくり返す。
その日午前中にはあれほどの勇壮を誇り、青森県警のミニパトカーを駆逐した股間の大砲であったが、今は意気消沈 轟沈撃沈 憔悴の枯れ尾花。
そう書けば読者は、誰だってピーンと来るものがありますわなあ。
「変なモノを食うからそうなるんや、あーゆーモノはひとつまみ食べただけでいいのんや。それをまあー いやしく両手いっぱい分も食うから そーゆーことになる」
ここでこの編からお読みの新読者に誤解のないよう説明をしておかなければなるまい。
おしぐれさんが食ったという 「変なモノ・つまみ食い・両手いっぱい」 というのはカヨちゃんのコトを指すのではなく、石山で拾ったイワタケキノコのことでありますから変に気を回わさんでちょーだい。
「なあーんだ そうかいな。オラはまた 台所の流しの中で 「ピュッ」 と潮を吹いていたホヤのことかと思っていただんべーよ。
この時期のホヤは産卵前の腹パンパンでなあ、朝にオラが届けた虎ホヤは卵巣に 「ピリッ」 とした毒があってな。そごがまた旨いんだけんども都会のひとにはどーかなあーと ちーっとばかし心配しておったんだあ。
そーかあ 当ったのはイワタケかあ。 このすけべえめー。 だどもホヤでなぐって えがった えがった。 オメさん もういっちょう食うかね」
これは暗くなった頃に様子を見に来た浜の漁師爺さんの弁。
「ばかやろー ちっとも えがねえーぞ。海で溺れたときのような味のする あーんな奇っ怪なもの、二個も食えるか べらぼーめー。 ダイオウグソクムシのほうがまだマシじゃあー」
これはおしぐれさん、上り框(かまち)に手を突いて四つん這いのまま、気力を振り絞る渾身の叫び。
「だいたいにおいてやでー、致死のフグ毒をも もしかしたら蹴散らす程の薬効を含むという得体の知れんキノコをやでえ、回春目的やから言うても用法 用量も知らんと生干しのまま頬張る人がおりますかいな。
煎じ汁をチビチビと飲用するモノかも分らんし、もしかしたらアソコに塗り込むのが正しいのかも知れん。爺さんに聞いてみいーや 知っとるかも分らん。
なにー もう帰ったあ? 何しに来たんやあの爺い」
「せやからな、石山の下のあの密食の場面設定には作家の無理があると申しておるんじゃ。功をあせっておしぐれさんに人体実験を強いたとは人命軽視にも程があるやろ。
こんな辺境の地で主人公が命を落とすことにでもなってみなさい、シリーズ本の爆発的売り上げ増を見込んで早々と増刷を指示した団塊屋書店はあっけなく倒産してしまうやないか。
そんなことになったら債権者のワシらにも類が及び、「下北の 変なもの 見たり聞いたり グルメツアー」 の計画がオジャンになるやないかい」
こちらは episode 1 からの複数の読者。さすがの常識派でございます。
episode 7 へつづく
なにー! もうお終いかいな? 今回はえらく短いやんけ。
はい、じつは作家も下痢気味でして、長く机に向かっておれんとです。
石山の下に落ちていた例のキノコをひとカケラだけ拾って ‥ もちろん責任上の必要性の観点から ‥ ちびっとだけ 食べてみたのですわ。
是空の味でおました。即ち無味乾燥の大宇宙の味でございましたが先ほど来、妙にお腹で磁場嵐のような雷鳴が ‥ ゴロゴロと ‥ 。
ホヤのほうはいまだ食す機会がございません。海で溺れたときのような味とは果たして ‥ 海王星のことでございましょうかねえ。
えっ! カヨちゃんはどーして登場しなかったのかって?
おしぐれさんのトイレ通いのさ中には、ゆっくりお風呂で美肌のお手入れ中でおましてな、外の騒ぎはなーんも知らんと美容によいとされる虎ホヤを二匹もお湯に浮かべて 「ピュッピュー」 と潮を吹かせ キャッキャ と笑っております。
四十数年の歳月の空白を一気に吹き飛ばす青春の 「ピュッピュー」 でございますぞ。
磁場嵐のなかで方位計の狂ったおしぐれさん、大丈夫でおますやろか。
そーや これで episode 7 を書こう。
ぬいどう石山から帰りの林道を矢のように降りて来るおしぐれさんは絶好調だった。
軽く踏んでもグングン速度の上がる下りの坂にかかったすべてのライダーは、カーブの回転半径を大きく取りながら旋回することで出来るだけブレーキ頻度を減らす、というエネルギー保存の法則にアタマが支配されている。
地球温暖化防止の観点からも正しいことであるうえに、それが最も速い走法だからブラインドなコーナーでもアウト側からインに向かって果敢に攻め込む。
対向車がふいに現われるリスクもアタマをよぎらないワケではない、だが ノーリスク ノーウイン は自転車ロード界の金価条である。
オールドかつへたれといえどもロードの先を目ざしてバイクを駆る男は勇敢なるチャレンジャーでなければならん。
それは地上を行くすべてのライダーの鉄の掟である。おしぐれさんとて例外は許されない。
石山の下で汚く干乾びたイワタケキノコを偶然見つけた。これぞ天の采配 もっけの幸い。
周りを見回し誰も見ていないのを確かめて拾い上げ、ありがたく頭上に拝して地上でただひとりの例外とならぬよう ぬいどう石神さま にひたすら念じたのだ。
そして土やヒバの葉を払って貪り食ったイワタケキノコ。
スーパーなドーピング効果は思わく通りの薬効か神さまのご沙汰かその辺はよう分らん。分らんでもいいのじゃ、とも角パワーが現われて脳みそをスーパーハイにしているから今日のおしぐれさんに怖いものなどありゃーしない。
「あってたまるか べらぼーめー」 なのだ。
バイクを限界まで倒しこんで攻める、攻める。果敢に攻める。
「果敢に攻める」 というフレーズが醸す響きのなんと心地よいことか。
テクはプアでもモチベーションは満々。しかもマシーンはオールドイタリアンの至宝、27年前までは世界戦を百戦百勝で飾ったクロモリ・スチールの雄 コルナゴレーサーである。ライダーの限界などにかかわらずびゅんびゅん進む。
限界というものがどの程度以上を指すものかはライダーの能力それぞれだから、それはそれでいいのだ。数値で表して何になる、人には人の事情というモノがあり、それをいうのはプライバシーの侵害というものではないか。
速ければいいのだ。なんだってかんだっていいのだ。
ひとより早くゴールすればウイナーなのだ。ビクトリーアンなのだ。メダリストなのだ。
百歩ゆずってひとに遅れたとしても、自己最速の更新を果たしたのならいーじゃあないか。文句があるかー べらぼーめー。
乗ってきたおしぐれさん、気分がハイになっている。
「オオウラヒダイワタケ」 のドーピング効果が早くも出たものか、元々乗りやすいタイプのご仁なのか、それとも下りで足がよく回るだけなのか、競う相手のいないたったひとりの山中で怪気炎を上げている。
とも角、ブレーキレバーには人差し指を一本引っかけただけで下ハンを握り、鋭い前傾姿勢から上目使いに前を睨んでコーナーに突っ込んで行く勇敢なおしぐれさんである。
そらーもう この世のモンとは思えんだす、鬼気迫るとはこーゆーモンでおますかいな。
へたれなご仁でも数年にいっぺん、こーゆーことが起こるんですわ。鬼が憑く とはまさにこーゆーことでっしゃろなあー。
石山の下で飲み下した 「オオウラヒダイワタケ」 が効いたのかどうかは定かでないものの、矢でも鉄砲でも止められぬ勇猛果敢。猪突猛進。股間勃起。魑魅魍魎。
奇怪なモチベーションの発する気合の伝播というものは恐ろしいもので、この日初めて遭遇した軽自動車が下から坂を登って来たのだが、向かって来る自転車の気合いの電波波形が異形なことに戦慄して道の端に止まったその鼻先をヒラリと躱してコーナーに消えて行った。
次々に現われる左右のコーナーのたび内側ペダルを引き上げて外足を踏んばり、路面との干渉を避けながら限界速度で攻め続けるその雄姿は、若き日のグレッグ レモンか在りし日のマルコ パンターニ。
下りが続けばへたれのおしぐれさんだって鬼になっちゃうんだあー 文句あっかあー。
長い直線では上体を引き起こし空気ブレーキを胸に受けて速度超過をコントロールしながら背を伸ばして、詰まって狭窄状態の背骨を整列させる。
このとき思わず口を突く喜悦の声は、お決まりの 「ヒュッ! ヒュー」 である。鬼の咆哮なのだ。
ひとしきり咆哮したあと脳裏に鳴り響くのは勇壮な軍艦マーチ。
「じゃんじゃん じゃんじゃか じゃっちゃっ んちゃ んちゃ ちゃ 天気晴朗なれども波高し 我れ 敵艦隊の分断作戦に成功せり 敵艦95%を殲滅撃沈 当方損害微少 総員壮健なり」
そうだ! カヨちゃんに電報を打たねばならん。
「トラトラトラ 我れ 回春に成功せり 勃起度 硬度 心拍数共に 95% きわめて壮健なり。懐かしき母港まで残り4分の1時間、着岸準備の万端遺漏なきを望む」
栃木ならどんな山奥の林道にだって立ってあるべきはずの電信柱がここ下北にはないから、ここは発信者自身が走って電文を届けたほうが早い。
届くまで魑魅魍魎のポテンシャルを保ち続けられるか、効果の持続性の実証実験が済んでいない科学者は急ぐしかない。
ペダルに力を込めたおしぐれさんの真摯な表情はまさしく科学者。
あっという間に山を降って、カヨちゃんの待つ海峡ドライブインの駐車場に飛び込んだとき、ポテンションメーターは最高潮に達していた。
ぴちぴちのサイクルパンツを突き破らん勢いで中のタケノコが呼応しているのは石山イワタケの効能と決まったワケではない。だが人の思い込みに勝るサプリメントもまた無いことも確かなようで … 。
この思い込みがどんな結末を招くものやら作家は不安に駆られるのでございます。
さりながら、今爾のおしぐれさんの勢いを止めるに足る筆の力を持たぬ身といたしましては、たとえ悲惨な結末であろうとも甘んじて受け入れようと心に決するところでございます。
「待たせたなあ カヨちゃん、さあ 40年分の青春をしようぜ!」
台所でホヤの潮吹きをしていたカヨちゃんが呆気にとられているのを構わず、その手を引いて店の奥へと進まんとしたちょうどその時、先ほどの軽自動車が後を追って入って来た。
よく見ると白黒に塗り分けられ屋根に赤色灯を回転させた青森県警のミニパトカーだった。
「げっ! もうイワタケのことがバレちゃったのかい? 半日ほど待ってくれないかなあ。40年の歳月を越えた感動の青春の逢瀬なんだぜえ。
おめら武士の情けっちゅコトバを知らんのけ。無粋なやっちゃなあ、回転灯止めんかい!」
おしぐれさん、ドーピングびんびんだからお上の乗り物に向かって毒づく。赤い回転灯にムカつくのは闘牛の牛だけやないねんでえ。
それにしても何だってバレちゃったのだろう。
電気も光回線のケーブルも行っていない石山だから監視カメラなどあるはずがない。
山の駐車場には先登者のクルマが止めてあったが石山の先に続く登山道を恐山の方へ縦走して行ったものか、一度も姿を見ることはなかった。
拾ったイワタケをおしぐれさんが飲み下すところを見ていた者があるとすれば北限猿のボス猿ルノーだけだ。彼奴が密告したのだろうか。
それにしてもどうやって?
あの辺りは携帯電話だって通じない山中だ、しかも猿がどうやって警察に通報できたのか謎だが他に目撃者はいないから内通者はルノーのようだ。
大間崎で再会したらマグロを食わせてやると言っておいたのに、あの裏切り者めが。
おしぐれさん、天然記念物のオオウラヒダイワタケを密食した大罪人でありながら密告者の詮索をする。
犯罪者が追い詰められたときの共通の心理だが、悪いのは自分ではない世間だ。とする心理が生まれるのは戦後の学校教育の方向をねじ曲げた日教組の責任だ。
おしぐれさん、今はそーゆーハナシでねーべ。
おめさん! 出家の身でありながら自転車のサドルを凹ますほどの股間ポテンシャルを受けて、判断の基準が色即側に傾き過ぎているべさ。
「押暮さんというのはアナダですね! 間違いないですっか?」
助手席側から降りてきた年嵩の警官が近づいて来た。
もう一名の若い方は少し離れた位置で無線を使って何か交信している、おしぐれさんから眼を離さず右手は腰の拳銃に掛ったままだ。
げっ! 指名手配されてんのけ ワシ。恐るべし青森県警。
「いかにも拙僧は 時雨流宗門一派 筆頭祐筆 ゴリオシスキー押暮でござる。御用の方にお見知りおかれるとは至って光栄でござるが、如何ようなお訊ねでござろうかな」
ここで動揺を見せてはならん。
猿の証言を正式な法廷証拠として採用する裁判所はなかろうから否認を続けて時間をかせぎ、胃腸内のイワタケキノコが完全消化されてしまうのを期すべし。
騒ぎを聞きつけたかこの辺りでは珍しいパトカーの臨場に近隣のひとたちが集まって来た。
とは言っても隣りのぬいどう食堂夫婦と浜の漁師の爺さんの3人、それに食堂のブルドッグ1匹。国道に信号機が付いたとき以来の人だかりとなってしまった。
ブルドッグめ胡散臭そうにおしぐれさんの周りをグルグル回って匂いを嗅いでいる。
こやつめ麻薬探査犬の訓練など受けておらんだろうなあ、うかつに屁などこいてイワタケ成分を漏らしてはならんぞ。
警官から尿の提出を求められたらレッドブルを2缶飲んだと言い添えておくつもりだが、ブルドッグの嗅覚とは手強い相手が現われたものである。
「アナダ 三沢市の寺山修司記念館にクルマを置きっ放しにしていますね。宇都宮ナンバーの白いワゴンですよっ! アナダのですねっ」
管理人から警察に相談がありましてな、駐車場に県外ナンバー車が何日も止めてある。
自転車を降ろして乗り出して行ったのを目撃しているが、いつまでも帰って来ないのは事件事故に遭ったのではないか。とねえ」
その通りにおしぐれさんは下北半島の入り口までトランスポーター車で自転車を運んでいる。
ほどよい処に無料の駐車場があって、立派で安全そうなうえにガラガラだったので、其処に置かせてもらったまま自転車旅に出発したのだ。
劇団 天井桟敷を主宰した寺山修司の故郷に建てられた氏の功績を顕彰する記念館だったとは恐れ多いことをしたものだが、今までトランポ車を途中に置いて来たことなどコロッと忘れていた。
「そこで栃木県警にナンバー照会を行って、盗難車や逃走車両でないことは確認されただども、肝心の所有者は自宅を出たまんまで見つかんねえと栃木からの返事だあ。
わが青森県警は来県者への安全おもてなし度ナンバーワンを目ざして活動中でありますっからして、あだしら生活安全課では全県手配でアナダを探しておりましたところ、今朝になって北里大学 十和田キャンパスの学生から有力情報が得られたんだす。
「そのサイクリストなら大間崎から脇野沢を目ざすと言っていた。今ごろは仏ヶ浦かぬいどう石山辺りでしょう」
というものだったでがす、無事でよかったでがすが無茶しますなあ アナタ。
あの道は林道とはいえ一応は公道ですからのー、フツーに走ってくださいよ。 あだしゃー パトカーが自転車に轢かれるかと 肝を潰しましたわいねー」
学生とはあのオートバイ青年のことだ、フグ毒に当って死んだ爺いちゃんの仇を討つためオオウラヒダイワタケの持つ稀有な薬効作用を研究していると言っていた。
フグ毒の克服に至る前にイワタケの稀有な回春作用を発見してしまったのだが、北里柴三郎博士の遺志を継ぐ好青年である。
「アナダ お坊さんですかいね、それにしても いやいやいやー お元気ですなあー。プロライダーかと思ったっちゃ。
んで? こちらのおかみさんとは? いやいやー そーですかあ 中学の同級生、はるばる遠くから会いに来たと、しかも自転車で。いやいやいやー お二人ともお若いですなあー ‥ うらやましい 」
警官、おしぐれさんの派手なサイクルウエアを見つめて嘆息を吐く。
宇都宮ブリッツエンチームの公式ジャージは栃木県内有力企業のスポンサーロゴがびっしりプリントされている。胸元の第一位ロゴは東証一部上場の地銀ロゴである。背中のセンターには今をときめく宅建業界の雄のロゴ。それを着ているだけで身分証明書のようなものだ。
彼はおしぐれさんが履いているぴちぴちのサイクルパンツの、もっこりした股間辺りにも熱い視線を注いでいたが、気を取り直して職務を遂行する。
「はい これが寺山修司記念館の電話番号、事情を説明して早目にクルマを取りに行ってくださいよっ。したらば本官はこれにて失敬するだす」
すごいぞ 青森県警、おもてなし度ナンバーワンは間違いなしだ。
パトカーが到着したとき容疑者がカヨちゃんの手を引っ張っていた怪しい行動は見なかったことにしてくれたようだ。
おしぐれさんの股間を見て恐れ入ったのだろう。そうだろう、そうであるべきなのだ。青春のつづきなのだから当然だ。その辺りの大人のご配慮を本編にてしっかりアピールしておくからゴメンしてちょ。
「さあさあ 見世物じゃないんだから皆んな帰ってちょうだいっ!
おしぐれさん、よく帰って来てくれたねえ。 あだし 嬉しい! ウニ丼でビール? それともお風呂が先? 早くこっちさ入ってえー。
こらあー ブルドッグ おめは家さ帰れーっ!」
カヨちゃん、「本日休業」 の看板の余白にマジックペンで 「しばらく休業」 と書き足して表に出し、戸口をピシャリと閉めてしまったが思い出して表に放ったらかしにしてあったホーキを取って来て、恥ずかしそうに笑った。
静寂が戻り、上り框(かまち)に腰かけて靴を脱ぐおしぐれさんの耳に台所の流しの中で生ホヤがピュッと潮を吹く音が聞こえた。
episode 6 へとつづくだす。
いやいやいやー 作家も大変ですなあ、最後までもちますかいな? 潮まで吹いちゃったって アナタどーします? レッドブルでも飲みまひょかあ。
熊笹の尾根には石山に向かって細い踏み跡が続いていた。
笹葉のエッジにむき出しの脛を切られながらその道を辿って、40分ほどで石山の下に着いた頃には浅い切り傷が脛に何本も付いてひりひりしたが山ヒルの咬痕よりは余程よい。
こう書くと簡単に行けたように思えるが、脊柱管狭窄症という業病もちのおしぐれさんにとっては修験場のような辛い山道であった。
何度も立ち止まっては前かがみにしゃがんで休み、詰まった背骨の間隔を引き伸ばしてやりながらヤットコ到着出来たのだった。
背骨の下端付近を内側に湾曲させて乗車する自転車のスタイルならば、骨間にスキ間が出来て何ともない。
ところが自転車を降りて歩くときには背骨が立つのでスキ間が詰まり、狭くなった脊柱管内を通る神経系が圧迫されて歩くたびに擦れる。
そのような状況が10分も続くと神経制御系が攪乱されて血行も阻害され、無茶苦茶クラスに相当するレベル4の痺痛が腰と脚に起こって歩けなくなってしまう。
痛みが走るのは止まれの合図を感じることだからまだ良いのだ、脳との伝達経路は保たれている証し。
合図さえも届かなくなったら前ぶれ無しに筋力制御が途切れて、いきなり昏倒して尾根から落ちる。
落ちれば谷底には吸血虻(あぶ)の棲む沼地が口を開けて待っている。
それは来年あたりかも知れないし今日かも知れない。
それでも歯をくいしばって木の根に掴りながら歩いたのは、命がけでも回春イワタケキノコを得んとする 「色即得欲 イズ マイ ライフ」 のおしぐれ流モチベーションのタマモノ。
おしぐれさんは般若心経を色事師のオマジナイだと思っているフシがあって、そーんなのをおしぐれ根性のタマモノと誉めていいものか、作者は大いに迷うところでございます。
でございますが、このご仁の色即ライフとゆーものは 定説の枠を越えた無茶苦茶ワークのタマモノなのでございますから こりゃーもう しゃーあんめえ 放っておくに限る、でございますよ。
地上を二本足で直立して歩くのは霊長類の悲願であった。得られる食糧の限られた樹上から万物豊穣の地上に降りた類人猿が最初に渇望したことは二足歩行に他ならない。
最初に足だけで立ったのは地殻変動で出来た岩山地帯を暮らしのベースに選んだ祖人類といわれる。
牙タイガーなどの捕食動物から逃れて岩山に身を隠しながらゴツゴツした岩の隘路をよじ登って食糧や外敵情報を得ているうちに、立ち姿勢を手に入れたという。
遠くの敵を見張るために立ち上がり、空いた両手で食物を摘んで運び、石斧の武器を構えたまま前進したりすることの出来る腰の能力をいつの間にか手に入れた人類は同時にコミニュケーション能力も発達させ、やがて地上の王者として君臨を許される唯一の霊長類となった。
人類と猿人類を区分ける最初の項目は直立して連続的に二足歩行が出来、かつ道具を使って仲間とコミニュケーションが交わせるかどうかだ。というハナシはうなずける。
脳と脊髄と脚とを垂直な関係位置に保てる極めて特殊な構造の骨盤と股関節は今も人類だけの特徴であり、類人猿が短時間なら二足で立っても前かがみなのは骨構造上当然そうなる。
彼らに無理やり 「きおつけ」 をさせると股関節は簡単に脱臼してしまう。
それが普通であり、人類の骨盤構造のほうが自然界では稀なつくりなのだ。
お猿や犬に二足歩行をさせるのは、曲芸というより餌で釣った拷問虐待に等しいのだから止めるべきだ。
余談だが皇帝ペンギンが氷山に直立で立っているように見えるのは、分厚い皮下脂肪で太っている体型と体毛の流れ上そう見えるだけである。
横方向からX線で見ると膝を曲げた相当なへっぴり腰で大きな水かき足の間にタマゴやヒナを乗せて立っているのが解かる。
寒さから守るべきタマゴやヒナがいなければ、あんな不自然な立ち方などしたくはないのがペンギンの本音。
だから歩くと超スローなヨチヨチ歩きだが、ひとたび水に入れば前肢のヒレと後肢のドルフィンキックでイルカほど速く泳ぐ。
直立進化した人類は、それ以来何百万年ものあいだ猿どもの羨望の的となる二足歩行を誇っているのだが、たかだか数百万年の歴史だからまだまだ脆弱性があって、猿に近い遺伝子のお父さんほど腰痛に悩むご仁は多い。
それと痔と便秘も人類だけの疾患である。四足歩行種にシモの病はない、この辺りを考えただけでも人類の二足歩行の進化はまだ未成熟なのだ。
ブッダを見てみなはれ、横に寝転んでひじ枕のスタイルでニッコリしている。あれが人類の理想形ではないのか。
旧来の人類のなかで、あのスタイルが違和感なく似合うご仁を作家は一人だけ知っている。天才バカボンのパパだ。
お父さんの腰痛の原因の多くは体重増加と逆比例に腰部筋力の低下によって起こる加齢性腰ヘルニアであろう。元々腰痛の無いお猿だって60年も生きないのだからしかたがない。
ぎっくり腰が完治しないまま癖になっている人の多くはお猿型骨盤を生まれながらに引き継いでいるのだ。
いずれの場合も運動不足が原因の筋力低下が引き金なのだから自己責任なのだが、中途半端な脚の長さがわざわいしてお猿のような四つん這いでは歩きにくいのが難点である。
おしぐれさんの脊柱管狭窄というのはお猿型と違って、発症には思い当たるふしがある。
40歳台の終わり頃、釣竿を持って鬼怒川の川岸のテトラポッドの上を移動中、テトラの穴と呼んでいるテトラとテトラのすき間に落下したことがある。
上空のトンビの舞い姿をめでながら歩いていて、ふいに落ちたのだった。
まったくふいを突かれて垂直に5メートルほど落ち、下層のテトラの底に 「ドンッ」 と足から着地した。
ナイキの靴を履いていたので踵を痛めることも外傷もなかったが、着地の衝撃は無防備な胃袋に凄い重力停止のGの衝撃となった。しばらく悪感と吐き気が続いたことを覚えている。
この着地のとき背骨を構成する骨間の隙間の軟骨がギュッと潰れていたのだが、当時は腸腰筋や後背筋など体幹の力がまだ強かったので骨の故障を筋力でカバー出来ていたらしい。
穴の底で落下のショックが薄くなったあとには自力で這い登ることができた。
還暦を過ぎてから穴に落ちたなら、テトラの底にうずくまったまま行旅不明者リストに載っていたことだろう。
釣りに行ったまま帰らないお父さんがいたら流れの中を捜索するよりも、テトラの穴を覗くか家に帰りたくないお父さんを置いてくれる親切な女性のいるお店を探すのがよろしい。
でもすでに遺言状を書き替えていて遺産の50パーセントはその女性に行くように仕組まれているから、むしろ探さないで法定失踪期間の過ぎるのを待って、急いで相続の手続き開始を実行したほうが良いのではなかろうか。
その辺りの事情は団塊屋のなーさんが専門家でおます。
あのお方も家に帰りたくない派のおひとりですからなあ、そりゃあー アドバイスはリアルでっせ。
テトラ穴事件から10年近く経過しておしぐれさんに間歇性跛行の症状が現われた。
縮んで変則配列となった背骨が悪さを始め、神経の通り道を圧迫刺激して痺れる痛みのため続けて歩けなくなった。腰かけて休むと元に戻って歩き出せるがすぐに痛みが出て歩けなくなる。
またこの神経圧迫は男性機能の低下をも引き起こしていた。当時第四次最終モテ期にあったはずのおしぐれさんだったが、随所の大事な局面で面目を失う。
跛行の歩行障害では病院に行かなかったおしぐれさんだったが、ED障害とあっては生涯の一大事である。
某有名赤ひげ病院の門をたたいたところ医師の見立ては非情にも根治不可。
身長で3cmも縮んでしまった背骨の潰れは脊柱全体で起きていて、手術で骨の一個二個を切開してもきりがない。
手術のリスクは電動車椅子との天秤(てんびん)だと脅された。
「それよりも自転車を漕いで、今の背筋力を維持する運動を可能な限り続けるべし。股間のポテンシャルはイメージで何とかなるべさー アレはそーゆーもんでねーけ。
性障害が理由の身障者登録申請書は若い人なら書いたことがあるけんど、オメさんなんぼになっただやー?
いずれ自転車に乗れなくなったときが寝たきり要介護レベル5になるとき、それまでは 知恵を絞って精々楽しんでおきなされ エロ爺さん」
医師は極めて職務的に言い放ったあとでニッと笑った。
「このやろー 涅槃の悟りをオラに説くかやーっ!」
今まで書いたことはなかったが、これが自転車出家の根本のこと。 涅槃への旅路の始まりだった。
以来釣竿には風を当てたことがない。
万象万物これ無なり なのでござる。 太陽も風もまた しかり。
そーいえば股間の竿にも久しく風を当てたことがないような … 。
石山の麓で腰と脚に痺れが走ってヘたれ込むおしぐれさん、ここ10数年の思いが一気によみがえって嘆息を漏らす。
出家にしては般若心経を妙な理解のしかたしておりますですなあ。
北限のニホンザルの一団が石山を降りて来て、整然と樹々を渡って行くのが見えた。
しんがりのボスザルが無言のまま鋭い視線をおしぐれさんに投げている。
「あー 猿だったらどんなに良かったことか。
やい ボス猿ルノー! オメ 例のキノコを食っているだっぺ? 艶福そうな顔の赤みや膨れたふぐりから察するに、適正摂取量を超えて食っているなあ。
そーゆーのを寡占と言ってなあ、自然界の第一法則 すなわち平等の法則に背くことなんだどー おらにも ちっくら分けてけろー 今度大間で出会ったならまぐろ食わせてやっからよー」
猿だったなら二足歩行者のように 「オオウラヒダイワタケ」 の回春効果など元々要らないだろう。ボス猿ルノーがボスの間はいつだって通年モテ期なのだ。
お猿だって犬だって、オスもメスも、繁殖行動が終了した翌シーズンには死んでいるから残雪をかき分けて会いに行っても会えたことがない。
色即是空 空即是色、それでも大地には四季がめぐって花が咲く。
おしぐれさん、岩登りのことか精力のことか意味不明なため息を漏らしながら目の前の巨大な石山を見上げる。
この石山の頂上付近、海からの霧が吹きかかる面にくだんの霊茸が岩のくぼみに張りつようにしてひっそりと何千年も生えているというのだ。
「ふえーっ でかっ! さーてと いっちょう いくかあ。待ってろよー カヨちゃん」
腰を擦りながら立ち上ったおしぐれさん、石山への取っ掛かりとなるテーブル状の岩の上に黒褐色のキクラゲみたいなビロビロの地衣類が何個も転がっているのが目に入った。
「びえーっ! こっ これは お宝じゃあないか?」
それは大間崎の漁師酒場で知り合った薬学志望のオートバイ青年からこっそり見せてもらったご禁制のキノコと姿かたちが同じだった。
ボス猿ルノーからのプレゼントなのか天然記念物の盗採発覚を恐れた前登者が捨てて行ったものか、下北の誇る回春サイクルの秘茸 「オオウラヒダイワタケ」 がそこに無造作に置いてあった。
「びえーっ どーするよ カヨちゃん、岩登りする前にお宝が手に入っちまった」
おしぐれさんは紳士だから盗採などしない、ここでたまたま拾っただけだ。
「すでに乾燥が進んでおる、今さら岩場に戻しても蘇生は望めんな。ならば出家のワシが 今ここで全部飲み下してやろう。それが供養だ 色即是空だ。あとには何も残らない 無量の空だけじゃあー」
尿のドーピング検査で陽性になったときの言い訳は用意してある。
「いやあー 登山前にチキータバナナの完熟を皮ごと食って、そのあとレッドブルを2本飲みましてなあ あっはっはあー」
episode 5 につづく
ご注意 : セサミン5錠とレッドブル2本の飲み合わせは体質に合わないお方もございます。
薬剤師にご相談ください。