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「俊水」の掲示板
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でほらく庵 しぐれ異聞 4幕 「自己融着テープ考」
2015/07/13

                                                                     ↑ この上あたり

矢印の先にある4ケタ数字の処にカーソルを当てるとここ数日間の当欄への訪問数が示されるようになっておると大家さまより教えていただきました。 どれ程の確度なのかは判りませんがこのところ低迷の一途であります。
冷徹の大家さまから 「稼ぎのないものは出て行け」 と無言の圧力を与えられておるようで、冷たい汗が首筋を伝います。

この時期、汗が流れるのは代謝が健康な証拠とはいえ、冷たい汗はいけません。 飲み物は熱いお茶、サプリは亜鉛、来たるべき夏に備えましょう。

この FC2 モニター、なんだか作為の匂いがしなくもない。 言ってはならんことだが大家さま同様に胡散臭い。
それでも数値で示されると反論に窮するデジタル不得手のおじさん作家は読者の皆さまに救いの手を求めるしかありません。 「いいね」 をクリックすると自動的に難民支援団体の口座に募金されるようなシステムはございませんので (そんなテクはもとよりございません、「いいね」 のボタンがないんだもの) 安心してお寛ぎくださいませ。

その前にいったんシャットダウンしてトイレ退席をお薦めします。 その後再入場していただくと2票獲得出来るんと違います? 
おーい 帰って来てくれるんだろうなあ、ログアウトのまんまじゃいかんよー。

4幕より標題を少し変えてみました。 
目先を変えて訪問者数を増やそうと、作家だってこれでなかなか涙ぐましい工夫をしているのでございますよ、大家さま。
                                                                       
                                                                     それでは4幕の開幕です。 ごゆるりとお寛ぎくださいませ。 
                                                                                                           黒子 敬白
                                                                                       
                                                                                         こらーっ! 黒子が表に出てはなんねーべえーっ。


    4幕 自己融着テープ考


「なあご坊、なんとかなんねーかや。 べたべたしてしゃーねーだよ」

梅雨の合間のわずかな晴れ間。 
おしぐれ住職めずらしくご本尊さまをぬか袋で磨き掃除などしていると、勝手に入ってきた峠の鬼が大声をかける。

しぐれ僧とはいえ仏僧がご本尊さまに奉仕している後ろ姿はそれはそれは神々しい。 ここは神社でなく寺だからもしかしたら仏々しいと書くのであろうか?
玄関から本堂の間まではチョイの間でありながら大声でないとたすき姿でブツブツ言っている住職には聞こえない、そう思わせる端正なるたたずまいなのでございます。

「おお これは、誰かと思ったら峠の鬼こと半魚人の鬼村どのではござらぬか。 それとも鬼村こと半魚人の鬼どのか。 
どちらにしても半魚人に変わりはないがそんなに大声で怒鳴らんでもワシはまだ呆けておらんぞ。

はて、その薄汚れた格好から察するに、本日の峠攻めは一敗谷に落ちての敗走の途中でござるか。

ちょうど良い、本尊磨きに飽きておったところじゃ。 敗走の将をかくまうのも寺のつとめ、背中に刺さった矢を折ったなら血糊のわらじを脱いで早よう入りなされ。
心配はいらん、うちのご本尊は超絶クロモリ鋼にフェラーリと同じ工房の13コート塗装じゃ。 血糊の匂いごときではカビたりいたさん。

なに? 13回も塗るのかって? あたり前じゃ。 コルナ仏もフェラーリ神もミシュランの13聖人に列しておられる」

「 ・・・ 」

「如何された? せっかくのご来訪じゃ、わらじと矢羽を隠したら外の蹲踞(つくばい)にて薄汚れの俗界塵を清めなされ。 そののちに臓腑内の俗界垢も清めましょうぞ。 
本日は檀家さまより戴いた柳陰がござる。 まもなく下の沢から山女魚も届こう。

  (作家注)
  柳陰 : (やなぎかげ) みりんと焼酎を混ぜた大衆酒のことだが禅寺では高級清酒をあえて柳陰と呼ぶ。 般若湯というのは燗にていただく際の符牒。
 
先ほど沢に柳陰を冷やそうと降りたらカワウソの又吉がいての、翡翠の石でよく砥いだ爪で山女魚を三枚におろしてくれるというんだ。 
帰りに採ったワサビもあるぞ。

それにしても鬼どの、ご来臨は妙にピッタリのタイミングでござるな。 刀折れ矢尽きても嗅覚だけは達者なら、なーに かすり傷じゃ。 まだまだ死なん。
お前さまのペテン傷に本生ワサビは沁みようて、蠅もコロリの天狗月夜茸のすり下ろしがよろしいか? 鮫皮おろしはあるんじゃが鬼おろしは何処に置いたかなあ」

「ご坊、その回りくどい言い方はやめれ! オラは峠の鬼と呼ばれてはいるが、あんたの言うようなおどろ魔界のホントの鬼ではねえだよ。
ひとを打ち負かされた追いはぎみたいに言いやがって。 ぷんぷん」

「そんなことは言わんよ、追いはぎはそれなりの恰好をしているものだ。 熊皮の山羽織に火縄銃だ。 ハンドルの曲がった自転車など携えてはおらん」

「薄汚れた格好で悪かったね、オラの勝負服だ。 落ち武者をイメージしたパールイズミのオーダー品だぞ。 
谷に落ちてハンドルが曲がりジャージも少し破れたが、落ち武者の風格が増したとこれでけっこう気に入っているんだ。
それによ、誰かと思ったってよー、こーんなボロ寺にご来訪するのはオラ意外にあっかやー」

「おや、 ご機嫌がいささかな風でござるな。 人間これ万事塞翁が馬という、平常心であられよ。 いやいや これは失礼した、おぬしは鬼であったな」
 
「 ・・・ あに? 檀家の塞爺が馬に乗って柳陰を届けて来たってかいね。
そりゃー住職、気をつけねばなんねーぞ。 村役の選挙に巻き込まれてはなんねー。 政教分離は民主国家の基本だ。 ローマ法王の右も左もないあの姿勢を見習え」

「鬼どの、ご高説はありがたいがの、吠えていないで顔を洗ったらどうじゃ。 
山ヒルが2匹額に吸い付いておるぞ。 膨れあがって真っ赤なヒルはまるで鬼の角のようだが、もしかしてそれは自前の鬼角か?」

「びえー ヒル〜っ! 早く言ってよー」

一刻後、でほらく庵に梅雨の合間の西日が差し込むころ、僧坊の万能作業台には早々と柳陰の土瓶と山女魚の刺身を盛った熊笹の皿が並び、清新の合掌修行が始まった。
街中ならこれから店を開けるため盛り塩をしてのれんを出すころであろうが山内は夕刻の訪れが早い。
なによりこれは禅修行の一環だから早く始めてすみやかに禅宴に移行するのだ。 合掌は一回。

梅雨明けを待ちきれない夕蝉が盛んに鳴いて、蝉しぐれの中の冷えた柳影は絶品であった。 酒も臓腑に落ち着けば色がないから政教分離などこの寺には関係ない。
だいいちおしぐれ住職は住民登録が済んでいないので村の役場に選挙権がない。 前住地を 「月」 と書いたら転出証明が取れないとの理由で保留になっている。
こーゆー行政の遅滞はいかんと檀家の塞爺も言っていた。

「又吉どの、おぬしが造る刺身の技は見事じゃのう、小さな身を綺麗に開いて小骨を残さぬ。 爪だけでこれほどの凄味を出せるとは身震いする思いじゃ。 おぬしの爪は関の孫六か?
なに、越後は燕三条の普及品とな? さすれはこの見事な太刀筋はご貴殿の技量の冴え。 あっぱれ又吉どの。
 
ささ ササを召されよ。 山女魚のワタしか摘まんが遠慮はいらんよ、そもそもご貴殿が獲った魚だ。
ほう、魚はここが一番旨い。 水棲昆虫や川のミネラルが詰まっておるとな。 
聞いたか鬼どの、又吉どのは美食の通じゃのう。 カワウソになる前世は 「美味しんぼ」 のプロデューサーだったのかも知れんぞ」

又吉どの、ワサビはおぬしにはキツかろう。 ネコ科なら狂喜乱舞するマタタビの実を干したものがある、鬼どのに鬼おろしでおろしてもらおう。 虎をも黙らせる樹上最強のサプリじゃが又吉どのはラッコ科か?」

「ねえ ご坊、あんたはなんで動物語が話せるの? ラッコ語もそうだが犬猿キジのほか寒風山の熊とだって話せたみてーだなあ。 
足柄山の金太郎熊ならわかるような気もするが、もしかしたら安達太良山の山姥とも話せるけ?」

「安達太良山に山姥はおらん、それをいうなら奥州街道 安達ヶ原の鬼婆だ。 お前さまの叔母さんではないのか。 
まだわからんか拙僧は心語というマルチリンガルじゃ、異界のおぬしとも普通に会話しておるではないか、鬼の半魚人どの」

「 ・・・ ああ 人間になりたい」

「おぬしはベムか。 先ほどは 「なんとかならんか」 とか 「べたべたする」 とか言っておったようじゃが、なんのことじゃ? 温帯アジアの梅雨ならなんともならんぞ」

「おお それよ。 梅雨空続きで湿気のせいかハンドルに巻いたバーテープが弛んで困るんだわ。 
巻き終わりを締めているはずのビニールテープが伸びて糊がはみ出し、ずるずる べたべたなんだ。 

今日はよ、剥がれかけて指に絡むテープを手の腹で押さえながらコーナーに入って落車した。
いつも落車するコーナーだから谷から這い上がる大岩には足掛かりが出来ていてすぐにコースに復帰できたが、そもそも落車してはいけねーだんべよ、オラだぢ峠ローディーはよー」

鬼め、ずいぶんと苛立っている。 そうかも知れんがハンドルのテープすら征克できぬおのれの未熟を棚にあげ、主因を外に求めるそーゆー心理を未練という。 
未練とはすなわち修練の至らず、落車はおのれの未練未熟が陰礎因基。 そう自覚するまでは半信半疑だから半魚半鬼なのじゃ。

「ほうほう ジャージの破れは引っかかったモミの木の痕か」

「ああ あのモミの木にはいつも助けられている。 
オラは名前をつけて感謝してるんだあ、クリスマスにはお星さまのチョコレートを、母の日には赤いカーネーションを根方に供えているよ。

「モミちゃーん落ちるよー」 って叫びながらガードレールを突き破って滑って行くと、モミの枝がまるでおふくろが腕を差し伸べるように揺れているのが見えるんだ。
でもあの枝がいつまでももつとは思えねえ。 
モミちゃんだって年をとるべや。 枝が細ってオラを抱きとめる微妙な角度が変わったらよ、オラは枝をすり抜けて谷底まで落ちてしまうかも知んねえ」

「おぬし、そんなに何度も落車しておるのか。 あきれた鬼め。 じゃがおぬしは半魚人、谷底まで落ちたとて是非もなかろう」
ベネズエラ ギアナ高地にかかる大瀑布、エンジェルフォールのてっぺんから飛び下りる者がいる。
チャーターしたヘリコプターでダイバーを追って急降下してきたセレブ観光客から小銭を稼いでいるというのはおぬしの従兄弟ではないのか」

「和尚ぉ〜 なにを言うだね、オラはそんなに親戚多くねーだよー。 
従兄弟は超人ハルクとスパイダーマンだけだって前回号で言ったべー。 安達ヶ原の鬼婆だってオラとは別系統だあ、アレは仙台のアダチの叔母さんだっぺ」

「仙台のアダチ? 配役表にない名前を急に出すな。 フォローに困る。 大家さまに叱られる。
それよりおぬし、除雪車をも跳ね返す堅固なガードレールを突き破るってどーゆーことかね? あの峠でガードレールの修理などしているのは見たことがないぞ」

「ああ それね、おらだぢは落車すると背中で滑って行って止るまで運を天に任すしかねえべよ。 路面を滑って行くとガードレールの下をくぐり抜けて路外に飛び出してしまうんだ。
だからガードレールを壊すことはないんだが、それってガードになんねーべよ。 旧建設省時代に作られた 「国道ガードレール設置基準」 が自転車を解かっていない」

「なるほど、半魚人の背びれが小賀坂スキーのようにエッジを効かせて際限なく滑るんだな。 しかしそれが幸いしてガードレールに激突することなくモミちゃんの枝にダイビングできるワケね」

「うん、だけんどオラだって転びたくはないんだよ、ジャージも破れるしなあ。 
だから巻いてあるバーテープが弛んでべたべた ぬるぬるするのは大いにイカンと、こー言っておるワケさね」

「なるほど、理路整然としてよーくわかった。 
巻物なら拙僧にまかせよ。 当院の宝箱に 「でほらく禅寺 おしぐれ奇譚」 という超ど級の絵巻物がある。 
べたべたぬるぬるの色絵巻じゃから永井荷風先生のものではなかろう。 永井作品なら奇譚の奇という字が綺でなければならん。 見るか? 長いぞ」

「うん 見る 見る。 ダイジェスト版はないの?」

この二人、どこが理路整然なのか分らなくなったカワウソが 「沢のパトロールの時間だから」 と帰ったあとも離路酔膳の修行禅が続く。

翌朝、鬼さんが曲がったハンドルを膝万力で直しているところへ住職が何やら差し出す。

「ほれ、これじゃ。 このテープで仕上げればよいのじゃ」

「和尚、昨日も言ったべ。 ビニールテープでは駄目だって。
ビニテは上から握っていると体温で伸びたり縮んだりするうち粘着剤が脇に出てべたべたする。 そしていちど剥がれたら糊が汗でヌルヌルしてヒラヒラしてライダーの精神を逆撫でする。
伸びた部分を千切ろうとしても走りながらだと上手に切れない。 気になってイライラするうちにハンドル操作を誤まって落車する元凶だってよー」

「よく見ろ、これは自己融着テープ。 ビニールテープではない」

「自己融着? べたべたしない?」

「しない。 そもそも粘着剤がない」

「なんでくっつくの? カチカチに硬くならない?」

「いちどくっついたらカミナリが鳴っても離れない、濡れてもチェーン油が付いてもビクともしない。 
通常のビニテのように巻いて使えるが加工後は弾性のあるゴムの輪になり、ほつれず動かないから握ったときに気持ちがよい。 分離はカッターナイフで切断する」

「ほえー ゴムの輪になるのけ? ほつれない。 いいねえ。 詳しく教えてよ師匠」

「よかろう、そこへ座れ。 おぬし1982年に起きたスペースシャトル・チャレンジャー号の不孝な事故を憶えておるか」

「来たな禅坊主。 そこまでがずいぶん長かったがよ。
チャレンジャーのことは忘れてなるものか。 あの2号機にはエリソン・オニヅカが乗り組んでいた。 オラの親戚ってーワケじゃねーが、日系の鬼塚姓はブラジルに多い。
彼らの無念を思うとなあー 泣けるんだ。 
オラは機会があったれば仇を討ちてーと、それには自前のロケットをNASAの目の前で打ち上げてやっぺーと、V2ロケットの父といわれるウェルナー・フォン・ブラウン博士の墓前に誓ったんだ」

「 ・・・ 」

「V2ロケットはナチが最終的には核弾頭の搭載を目論んだものだ。 ブラウン博士は自分のロケット技術が軍事利用にエスカレートして行くナチの妄想の現実化を嫌って米国に逃れ、戦後は月探査のアポロ計画を推し進めたお人だ。
ナチに強制されていた時代のロケット燃料はブラジル産のイモを醗酵させて得たバイオアルコールと液体酸素だった。
アマゾンのイモ畑でオラはブラウン博士にサインを貰った。 ほれココだ、背中のひれに付けた国際海洋調査タグにフォン・ブラウンと書いてあっぺさ」

「 ・・・ おまんもでほらく鬼になったのう。 くり返す落車でタグは千切れ、背びれそのものが小さくなっておるわ。
おぬし、背びれを捨てて人間的体形を手に入れようとしておらんか? そのための捨て身の落車ならスゴイと褒めよう」

「 ・・・ ハナシを進めようじゃないの。 ロケット打ち上げには膨大な資金と純度の高い金属が必要だ、つまり金だべ。 そこでオラは日本で徳川の埋蔵金探しを始めたっちゅーワケさね」

「あのねー そーゆー おぬしの金塊探しのナレソメ話しは聞いてもあまり信用性がないのよね。 日本でなくともアマゾンのエルドラ川上流域なら金粒が採れるであろう」

「あそこはダメだ、ピューマの毛皮のブラジャーにアナコンダの腰巻を着けた妖艶のアマゾネスがいる。 精気を吸い尽くされるくれーなら日本の山ヒルに血を吸われるほうがマシだ」

「おぬし、真面目にハナシを聞かんと破門するぞ」

「 ・・・ 」

「チャレンジャーの事故は、速度ゼロの全G状態から重力脱出に向けて全力上昇する最初の120秒間を強引にアシストするためのブーストエンジンに、フューエルを供給するため外付けされた燃料タンクからの漏れが原因とされている。
外付けする理由についても色々言われるが、ぎりぎり最低限の水を持って出発したライダーが飲み終えたそのボトルを捨てる決死の自転車と同じだ。 泣かずに聞けーっ!

VTRにもタンク継ぎ目から霧状に燃料が吹き出ているのが映っている。 
発射から73秒後の最大ブースト時に炎上爆発したことから、この漏れは発射前から判っていたのではないか? との疑惑が持たれた。

MASAはもとより FBI も CIA も 米大法院 も調査に乗り出し、シャトル運航は3年間凍結された。 その間宇宙開発競争では当時のソ連に遅れを取ることになる。
それでもアメリカとアメリカ大統領は原因究明とその後の対策に最大の重きをおいてこの辛い時期を乗り越えた。 正しい判断だ」

「そうだよね、国民に対する安全保障は国家の証しだ、大統領の第一責務だ。 タカタのエアバッグもそーゆー観点から調査されている」

「お前さん、いちいちウルサイねえ。 少し黙っておれ」

「 ・・・ 」

「燃料漏れはタンク体の継ぎ目をシールするゴム製のOリングが、シャトルゆえのくり返し使用ストレスと低温の環境下で劣化し、柔軟性が損なわれて破断したと結論された。 
この事件で設計製造の関係会社と個人に対して起訴は行われなかったが、多くの部門トップは図面の隠蔽破棄をすることなく若き後継者に後を委ねて自らは身を引いて去って行った。
そのなかの何名かは僧侶となって禅門に入ったと聞く」

「ひえー オメさま ・・・ 」

「黙って聞けと言ったではないか。
Oリングとは生ゴムにカーボンを添加して改質した人造ゴムの輪っかじゃ、宇宙機材が高高度で受ける振動と温度変化の激しさは想像を絶する。 溶接やリベット止めでは駄目なんじゃ。
筒状タンクの接合部はOリングを2本間に挟み、テンションスプリングで最適な負荷をかけて気密する方法が単純ながら一番良い。
おぬし若い頃は水上オートバイに乗っておったな、エンジン排気ポートとマフラーパイプの接合部はボルトを使わず精密に嵌合(かんごう)させてバネで引っ張ってあったろう。 あれじゃよ」

「あのぉー そろそろ自己融着のおハナシなど伺いたく ・・・ 」

「Oリングのゴムを研究するうちにな、平べったいゴムを引っ張り伸ばして2枚重ね合わせると手を離してもピッタリくっ付いて離れない、時間が経過すると融着して一塊のゴムになることが分かった。
じつはこの現象はNASAが発見したものではなく、旧陸軍野中学校では1930年代にすでに緊急補修包帯として使われていた」

「えーっ! スパイの包帯?」

「包帯というのはな、敵性言語である 「テープ」 が使えないので包帯と呼んだ。 包む帯だから国語的にまったく適正である。
パイプからの水漏れ油漏れをあっという間に補修できることから野中学校ではベストセラー備品だった。

当時、半国営の帝国人絹という会社があった。 人造絹布つまりナイロン布に黒鉛を添加したゴム(ブチルゴム)を塗り込めて加圧釜で加硫加熱し、シート状の防弾繊維を開発していた。
この布繊維でゼロ戦ハヤブサの燃料タンクを包み、操縦席の周りにも防御壁を構築しようとしたんだ。 
なにしろ鋼板の20分の1の重量だ、短い離陸距離は艦載からの発艦に適し航続距離、旋回戦闘力が敵機ムスタングの4倍になる」

「ひょえー ゼロ戦ハヤブサにまで歴史はさかのぼるのけ、紫電改のタカも出るけ?」

「黙っとらんかい! 戦後生まれめ。
この会社は戦後解体され、今のテイジンや東レになって行ったのかと思うが、その辺りは知らん。 ワシは給料の代りに貰った軍票をまだ持っているが日本銀行なら換金できるだろうか」

「 ・・・ 給料の軍票ってあんた ・・・ 」

「防弾性の研究をしているときに失敗作のゴムシートをいじくっていて偶然発見したのが 「自己融着テープ」 だった。
金属の溶接でも言えることだが、溶けて分子間の距離が広がったもの同士を近づけると、それだけで一体になってしまうだろう。
だから溶着というんだ。
溶かさなくても金属表面を極限まで磨き込んだ2面は、合わせるとくっ付いて離れなくなる。 これを分子結合=融着という。

冷蔵庫の製氷皿に触れた指がくっ付いて離れなくのも同じ原理だ、触れた指の温度でわずかに溶けた水が指紋の凸凹に入り込んでまっ平らになると製氷皿と融着するのだ。
炭素黒鉛、つまりおぬしの好きなカーボンだな、この粉末を添加した薄いブチルゴムを引き延ばすと分子間がぎゅーんと展ばされて、顕微鏡的にはあたかも金属の溶けた溶池(ようち)のようになる。
溶池と溶池を合わせたらどうなる? 疑う余地はなかろう」

「オメさん こーゆーときに洒落いうかあ」
 
「水中でも使えることから爆破装置を殊潜航艇のスクリューシャフトに巻きつけることができる、ボルトもナットも無しに硬く固定でき、硬化後は刃物で切断することもできる。
音をたてないうえに磁力に反応しない、ゴムだから電気絶縁性が高い、ポケットに入れて成田空港の保安検査を通過できる。 見た目はただのビニールテープだ。
しかもビニテと違って表裏がない。 これは暗闇のなかでの工作にアドバンテージである。

「びえー オメさんは陸軍野中学校が消滅したあとは国境なきランボー団の破壊工作員になっていたのかぁー。 破戒僧めー。
インターポールの銭形と知り合いなのはそーゆー因縁なんだな」 

「馬鹿を申せ、拙僧は太平洋戦争やその後のGHQ諜報、ましてやベトナム戦や米ソ冷戦などに加担したことはないぞ。

東ドイツの壁の向こうに向けて何本か投げ込んだ水戸弁の男がいたとは聞くが、それがベルリンの壁に穴を開けるきっかけになったなんて知らん。 
壊した壁を朝までにカモフラージュするにはよいテープだったようだがねえ。 ワシはそーゆーテープの開発に関与したことがあるというだけだ。 テープとして完成したことすら知らん」

あれから何年も経過したが先日町のホームセンターを覗いたら何と、自己融着テープが水道管の補修用として2メートル巻きパック入りで売っていた。
ワシが弄っておった頃と同じでなあ、やや艶消しの風合いがビニールテープより旅情をそそる」

「旅情ですかい。 キャサリーン・ヘップバーンでなにか気の利いたことを言いたいが、気がビッグバーンしてなにも言えず」

「言わんでいい、ヘップバーンならオードリーじゃろ。 キャサリーンは渡良瀬を飲み込んだ台風だがオードリーは大通りに通じる。 
宇都宮の大通りを閉鎖して行う自転車クリテリウムはええのう。 お前さま出んのけ?」

「いやー あははー オラは山派だでよー、街中には出たくねーなあ」

「そうじゃないよ、選手でなく客寄せのカミナリ鬼のキャラクターのことだ。
虎のシマシマパンツを穿いてさ、宇都宮はカミナリの雷都じゃからのう。 ブリッツエンとは稲妻のことだ」

「 ・・・ テープ、どーやって使うの?」

「ほんに不器用な水かきの手じゃのう、やってやるから自転車をもってこい」

「よっ 出ました、007のゴールドフィンガー。 合掌姿も美しいがテープ巻きはもっと美しいねえ。 
おお おお 慣れてるねえ、熟練の寿司職人のように巻くねえ。 今夜はカッパ巻きで一杯やりますかい?」



4幕おわり  5幕は 「車載装置について考える」 を予定。


写真
左 : ホームセンターで見つけたニトムズの自己融着テープ。 懐かしくて思わず買った。 
    厚み = 0.5mm 幅 = 19mm 長さ= 2m 素材色 = 黒   実勢価格 = 375円

    いつから手軽に買えるようになっていたのか知らなかった。 ビニールテープよりじつは歴史が古い。
    売り場のフックには2だけ下がっていた。 需要は少ないのか、知らないひとが多いのか。 ともかく2個買い占めた。

    使用前のパッケージ内では剥離紙など無しで巻いてあるがくっついていない。 
    引っぱるとなぜくっつくのか理解できるひと専用というべきマニアックな商品。¥375でたっぷり遊べます。 
    

中 : 2cmの長さに切ったテープを軽く引っ張って11cmまで伸ばしてみました。 中央部での幅が9mmほどに狭まっている。 この辺りから自己融着の世界が始まる。
   伸ばす前に半分の幅にカットして使うことも出来る。 写真 右 がその使用例。 3回巻きなのに重厚な厚み感が際立ちますなあ。

   使用には必ず引き伸ばしてゴムの分子間を拡げることが肝要、知らないひとは無駄に失敗する例を聞く。 いちど練習してから本番に挑むこと。
   巻き直しは効きません。 くどいようですがビニテの貼り直しの感覚は通用しません、剥がす前に融着が始まっています。

   巻き終わりは強く引いて引き千切るように切って合わせ、1秒間押さえる。 合体面がきれいに仕上って凸凹にならない。
   完全融着まで7時間、その後はゴムの塊りになって巻いたものとは思えない一体感が生まれる。 弾性感あり。

右 : 赤いステッチのがバーテープ、合皮製。 そのエンド部を自己融着テープで固めてみました。 
   バーテープセットを買ったときに同梱されているフィニッシュテープは電工用ビニテより伸びにくい素材ですが所詮はビニテです。 粘着剤がはみ出てベタベタするし、1回分しか付いてこない。
   
   ブレーキワイヤとシフトのワイヤが此処から出てきます、ゴム化したテープはこれらをがっちり押さえこんで動かさないのでレバー操作の節度感がアップ。

   自己融着テープの内側に見えるシリコンゴムのチューブは、リラックス走行時にここを握ってもアルミバーの冷感をなくし握りのソフト感を高めるおしぐれ工房オリジナル。
   取り付ける際には、いちどバーを単体にまで裸にしないと不可能なため模倣するひとは少ないようです。

   見たひとからはいつも 「いいね」 と言われますが、このセット 「売ってください」 と言われないのはなぜだろう。
   シリコンチューブも1個 150円 程度、常に手に触れ目に見えるものゆえに総額 675円 の贅沢は数十万円分のアドバンテージだというのに。

おしぐれ庵 でほらく奇譚 3幕 「ボトル考」
2015/07/07

「和尚は4時間でどれ程飲んでいるかね?」

「平地の4時間か、100km到達時点で1本の4分の1程度が残っている。 というのが好調のときのペースかな。
一方で休めない上りが延々続く山では2本必要になる。 4時間通して登りっ放しなんていう業の山は日本では白馬か下北の恐山しか知らんが ・・・ 」

「げっ! ほしたらオメさんあれけ、昔オラが故郷でガキだったころ富山毎朝新聞の白馬版に載った 『夏の大雪渓に自転車で挑む阿闍梨ライダー』 って和尚のことだったのけ。
アジャー たまげたなあ」

「 ・・・ 」
 
「あの特集は白馬五龍の民宿をスタートする前夜の壮行会から始まって登頂・帰還までの魂の記録を続き物形式で掲載するちゅーんで、中学生も読むようにと富山五龍村の教育長から校長にお達しが回った。
今ならそーゆー 「特定の記事を読め」 なーんて発言は問題になってしまうが、昔の教育長はエラかったでなや。 オラの伯父さんだあ。
毎朝新聞で人気の美人記者が同行して署名記事にするちゅー触れ込みでよ、オラは毎朝早起きして特集囲み記事のところを隅々まで探しただよ。

「 ・・・ 」

「二回目以降の消息が途絶えてそのまま終わってしまったようにオラは記憶しているだが、どーなんだね?

何が? じゃねーよ。 帰還して祝賀会のあと清算する約束の民宿の宿泊料と出発前の盛大な飲み食い代は誰が払ったと思うがや、オラの伯父さんだあ。
それより同行した美人記者はどーなったのかいね。 まさか 「月に帰った」 などとお得意のでほらくを言うつもりではあるまいね」
 
「 ・・・ おぬし、フィフスドラゴンの生まれと聞いていたからマヌアス五龍滝の半魚人と思っていたが、富山五龍だったのか。 
さすれば翡翠峡の大岩に産み付けられた鰍(かじか)の卵が翡翠石の溶けた Ag3C2H2SO4‐pH5 の水で磨かれて立派な半魚人の鬼村どのになられたのじゃな。

五龍半魚人の肺活量をもってすれば乗鞍ヒルクライムであろうと富士スバルラインであろうとヒョイヒョイと登ってしまうんだろうねえ。 羨望でござるよ。
母者は大アマゾンの主流、エルドラ川のプリンセスと尊敬を集めた黄金の電気カジカ王女でござろう?
どーやって日本海の富山湾から翡翠川の河口を見つけて遡ったの? ブラジルから見たら日本海の富山は裏側じゃろ。 ご厳父 山椒大夫さまが放ったGPSけ?」

「オメさん、意図的に話題を変えようとしてオラの出自にまつわるでほらく話しでおべんちゃら言っていない? 
そんなに白馬の話しはしたくないのね。 んじゃー恐山は?」

「昔な。  宇曽利山湖の三途川に架かる太鼓橋は硫黄臭と靈氣がきつくてな、クロモリのフレームもアルミのリムもあっという間に紫色に変色してきたから急いで降りた。
でも下りはカラダが冷えて楽しくなかったな。 
ブレーキのゴムが燃え尽きそうなので上体を起して空気ブレーキを使った。 
ワシの股間の前面投影面積は狸に次いで大きいほうだからよく効いたぞ。 そのかわり冷えた下腹がゴロゴロ鳴っていた。 かみなり雲と同じ高度だったから目の高さに雹(ひょう)が漂っていた」

「 ・・・ 」

「路端のスリップ止め砂袋を見つけたのでポリ袋に穴をあけ、それを頭からかぶってウインドブレーカーにしたんだ」

「オメさん、下りの話しは聞いてねーよ。 本編は登りの話しだっぺーな。 しゃーねーなあ。 なん月のことかいね?」

「8月の初旬さ、下北は夏しか攻められまいよ。 ポリ袋で寒さは防げたが風でゴーゴー不快な音を立ててな、とてもダウンヒルの気分ではなかった。 
そこでまた止まって裸になって、ジャージの内側に直接ポリ袋を着たんだ」

「いいアイデアだねえ。 捨てた砂中の高濃度砂金には申し訳ねえがよ」

「うむ、砂金にはすまなかった。 じゃがワシが死んだらこの話しは永遠に語られないことになる。
砂金はな、雨に流れて川から海に出て、比重のうねりによって千年後にはまた浜に還れるのじゃ。 

ワシが月に帰ったらどうなる、おぬしの半魚性は単なる怪奇話しで喧伝され日本には居場所がなくなるであろう。 母の故郷のアマゾンに帰ろうにもおぬしはポルトガル語が出来んからサドル難民となってカリブ海をあてもなく漂うことになる。
よいか、ワシの庇護を失くしたらおぬしの悲願、徳川埋蔵金探しの旅は終わってしまうのだぞ。 
そうだろう、ワシは死んではならんのじゃ。 砂金のポリ袋はおぬしの命を守ったことになる。 違うか」

「ひえーっ 大阿闍梨さまあ その通りでございますう〜」

「ところがな、そのポリ袋に山ヒルが取りついておってなあ」

「ひえーっ ヒルーっ!」

「おどろくな半魚人、ヒルは釣りの餌じゃろ。 おぬし半魚人のくせにヒルが怖いのか。 
アマゾンにはピューマを丸呑みにしたアナコンダを倒すほどのヒルもおるというが、森の女族アマゾネスはそれらをも捕えて喰らうというぞ。
そのアマゾネスが唯一恐れる半魚族のDNAがおぬしにも連鎖しているのだ。 しっかりいたせ」

「 ・・・ 」
 
「へっぽこ半魚人よ安心しろ、日本のヒルはワシに吸い付く前に風圧で飛んで行ったさ、ダウンヒルーってな」

「オメさん、あんたホントに説法問答において生涯不破といわれる伝説の禅師さまかいな? 前回号の凛々しさは ありゃー演技かね」

「おほん、おぬしが何本飲むかと聞くから答えたまでよ。 恐山から駆け降って陸奥大湊の旧斗南藩鎮守杜でヘルメットを脱いだら真夏日だった。 ボトルの水の最後の一滴を飲んだ」

「500ミリが2本、いいペースだと思うよ。 ベースは何ですかい?」

「グリコのCCDだ、きっちり計量カップで濃度を守って作っている。 体質にもよろうが、汗が目に沁みるときの痛さはポカリ スエットより弱いみたいだ。
その点、半魚人のお前さまは眼に半透膜があるからええなあ。
目に落ちる汗を長ぁーいベロでペロリと舐めて、そのなかから貴重な水分だけを再吸収している。 ボトルは要るまい」

「 ・・・ ご坊 ひとを少雨沙漠のカメレオンみたいに言うな!」

「違うのけ?」

「カメレオンはヤモリの仲間だっぺー。 オラは由緒あるアースマンの系譜だ、コパ アマゾンの血統ぞ。 超人ハルクとスパイダーマンは従兄弟だ。 
オラだぢは地球由来なんだ。 オメさまのように外惑星から来た外様のアストロ系じゃあーねえ」

「ふおっ ふおーっ。 ついに正体を認めたな半魚人。 米MARVEL社のコミック本キャラクターめ。 
日本で正統の半魚人はカッパだけじゃ。 平安時代にはすでに史実に登場しておる。 おぬしらMARVEL社コミックやハリウッドの千年も前からのう。
ワシはそんなおぬしたちでもこの日本で認知され、定住できるようこころを砕いてきたのだ」

「ひえ〜 お上人さまぁ〜」

「話しを戻そうじゃないか。 
当時すでにイオンサプライとかハイポトニック飲料とか胃壁での吸収速度の早い飲料水が簡単に買える時代ではあった。 しかしワシは山中で水中毒を起したことがある。

このときは秋田の寒風山だった。
背の低い灌木と熊笹で覆われた山なので麓から全容が見える。 海岸のコイン式展望鏡から山の頂上にレストハウスが建っているのが見えた。 
「名物 さくらソフト」 と染め抜いた桜色の幟が風にはためいているのまで見えた。

それを見て低い山だと小馬鹿にしたことは、拙僧終生の不覚だった。 頂上まで行って 「さくらソフト」 を食べればいいや、とエネルギー補食をせずに海岸のトイレで水道水だけボトルに詰めて出発したが、行っても行っても頂上が近づいてこない。 
カンカン照りの熊笹の丘がどこまでも続いている。 あれは魔の山だ。

恐山なら名の示す通りの異界だからそれなりの準備をしようが、なだらかなおっぱい型の寒風山はナメた者を憑り殺す垂れパイ山姥の山だ。 
くり返すが山容は若い婦人のおっぱい型だ、そこが危急の盲点なのだ。 おぬしもおっぱいにはいっぱい失敗したことであろう、こころされよ」

「 ・・・ 」

「汗がすごくてボトルの水を飲み続けて走っているうち、いつの間にか目の中がホワイトアウトしていったんだよ。
ペダリングのたび胃袋が水でチャッポンチャッポンしてなあ。 立ち漕ぎが出来ない。 脳まで水ぶくれしているみたいだった。 それでも水が飲みたい」

水中毒というのは医学用語かどうか定かではないが、創刊当初からの 「Tarzan」 誌が注意喚起している。
スポーツトレーニングにおける水分補給は大切な要素であるが、少しづつ何度にも分けて飲めと言っている。

水を飲んだ当初の胃と腸からの吸収率はじつは遅い。 
浸透圧による吸収遅れなのだがこの間にも体液の濃縮状況は続いているのでカラダは水を欲しており、脳は水を飲んだ満足感をまだ得ていない。

そこであせってガブガブ飲むことになるが、胃腸からの吸収が始まって体液の水分量が満たされ始めた後に胃のなかには余分な水量が取り残されてチャプチャプしている。 
これではパフォーマンス出来ない。
胃液は薄められてバランスを崩し、胆汁やら胃酸やらが吐き出された胃は過活動から機能を一時停止してしまう。 つまり胃もたれじゃな。
水もたれの胃は膨満感から気分が悪く、その後の糖質分解まで拒否して脳のエネルギー不足に陥り、気分どころか命の危機に瀕する状況を 「水中毒」 と Tarzan は言っている。

かつて少年野球やサッカーの監督が 「試合中は水を飲むな」 と子供たちからヤカンを取り上げて鬼の監督といわれたものだが、一応の一理はあるのである。
そこで、かつて少年選手だった最近の監督はこうである。

打ち込まれて肩を落として引き上げてきたエースにヤカンの水を渡し、
「ひと口づつゆっくり3回飲め、そしたら新しい水が吸い込まれて新鮮な汗が額から出てくるまで日陰に入っていろ」 という。

「新しい汗は匂いがなくてサラサラ流れるからすぐわかる、目に入ったときに沁みない。 キャッチャーミットがよく見える。 そうしたらグラウンドへ戻って思いっきり暴れて来い」 と送りだす。
応援席のママさん連から割れんばかりの拍手が起こる。

「オメさんの不破伝説はもしかしたら本当かもしんねーなあ。 
一度交代した選手は同一試合で再びグラウンドに出てはならないルールを審判に気取らせないテクはママさん席の拍手かあー。 バレなければペテンは正義だ。 実力だ」

「やっと褒めたか」

「ほんで寒風山の水中毒はどーしたかいね」

「そうこうするうちブラインドコーナーで熊と出くわした」

「びえーっ!」

「でも危機感など感じなくなっていて、このまま倒れたほうが気持ちいーのかなあーと思えてな、フワーっと熊公の鼻先をコースアウトして行った。 気がついたら熊笹の中に寝ていたんだ。
チリン チリンいう登山者の熊除けの鈴が起してくれなかったら、そのままになっていたかも知れない。
熊か? 熊はワシが死んでいると思って通り過ぎて行ったみたいだなあ」

これ、居酒屋のカウンターでよく聞かれる酒飲み同士によるハイキング中に飲んだ缶ビールの話しではない。
ピュアな自転車乗りが命の水をどう飲むかの話しである。

命の水とは大げさな、アスリートなら誰だって腰に水ボトルを持って走っているやないかい。 自転車乗りだけが特別なステータスの処にいる訳ではあるまい。
と叱られそうである。

確かに公園のロードで可愛いボトルケースを腰に巻いて走っている綺麗なおねえさんの、キュッとした腰にカラフルなボトルはええですなあ。 近所の公園にはおらんけど。
あれは飲料メーカーもしくはスポーツアパレルメーカーによる宣伝用映像のイメージが残像となっているからで、走っているご本人たちに責任はない。

ところで自転車では腰や腹にボトルケースを巻きつけることは出来ない。 高速回転体である腰に絞った濡れ雑巾のように重く押さえつけるものがあってはならないからである。
そこで自転車乗りは腰をフリーにするためフレームにボトルを収めるケージ装置を発案した。 自転車創世記からボトルケージのネジ穴はあったのだから初号機自転車はすでにレーサーだったのだ。

フレーム前三角内に2個のボトルを持つことができる。 最低でも4時間まで命を保障する量である。 
それ以上の時間と距離を行く場合には補給処かサポーターによる手渡しがルールとして確立し、実際には45分以内にエイドステーションを設定している。
45分といえばサッカーの1エンドである。 その間止まらず走り続けるライダーがサッカー選手より高人気 高収入なのは当然なのだ。

おしぐれさんたちプライベートライダーのソロ行ではサポーターの配置がないので、4時間を超えないうちに補給処を見つけなければならないセルフデスカバリー。
日本のシステムはよくできていて、自転車の通れる道なら4時間内に必ず自販機がある。 

分岐道ではどうかすると100mおきに自販機が立っていて、左横腹に必ず貼ってある赤いステッカー 「がんばれ 宇都宮ブリッツェン」 や黄色いステッカーの 「行け行け 那須ブラーゼン」 を追って走って行けばけっしてミスコースすることがない。
しかも飲料の単価は頑固に100円のまま。
こーゆーシステムを完築させた栃木は、商店主もエライが市長も知事もエライ。 これだけ褒めておけば自転車乗りには個人住民税が免租となる日も近い。

よって栃木の自転車乗りはボトルを持たず、持っても1本あればどこまで行っても大丈夫。 不安があるとすれば遠くまで行き過ぎて、帰りの足が家まで回るかどうかだけなのだ。
残った2本目用ボトルケージにはスペアチューブやポンプ、それにエナジーフーズと携帯電話を入れたツール缶を収めることが可能となった。

隣県の茨城や群馬のライダーが2本ボトルで背中にリュックを背負った暑苦しいスタイルなのに対し、栃木ライダーが身軽な丸腰スタイルでとてもカッコ良いのはツール缶を使用しているからである。
近年中には栃木スタイルが全国を席巻することは間違いなく、今のうちに独自デザインのツール缶とケージ生産販売の業界への参入をお奨めする。

内容物による最適サイズと国際的寸法の取り決めなどは前回号同様に鬼村商会へご相談ください。 


4幕 「自己融着テープ考」 につづく


写真
左 : グリコのCCDドリンク、500ccの水に1袋溶かす、170Kcal。 
   10袋入りを2箱買うと700ccのデカボトルがオマケに付いてくる。 口元までたっぷり入れないのが重量バランスのコツ。
   紫外線の環境下で使うので20回使ったら交換する。 
   去年からのを使っている鬼村さんのボトルの底には苔が生えている。 あの人は半魚人だから毒苔など平気だが、一般人は熱湯消毒して使いましょう。

中 : 汎用品のSKS(独)のキャップ部に手を加えたツール缶と内容品。
   底部に押し込めたチューブ2本の上に16cmのミニポンプを入れても余裕の有効全長23cmは業界にない長さ。 かさ上げにはOGK(日)のボトルに犠牲になってもらった。 合掌。

   中味紹介 : ボンベは高圧CO2、粉末消火器の加圧ボンベである。 交換チューブの初期シワをミニポンプでとったらボンベ圧で一気に膨らます。 8barまで確認済。
           青はタイヤレバー、こう見えて2本が1枚に合体しているシュワルベ(独)のすぐれもの。 
           おしぐれさんの握力はレバーを必要せずにタイヤをひっぺがすことが出来る。 コレはロード脇で困っいるひとがいたら黙って差し出すために持っているのだ。
           薬用鎮痛消炎剤(つまりバンテリン)も使ったことはない。
           その下、プラ箱内にチェーン結索ツールと6角ミニレンチセットを忍ばせるが一度も使ったことがない、普段のメンテが光っている。
           携帯電話とチューブの間のてんとう虫みたいなのは、トランポのリモコン。 転倒なしのシャレなんですけど。
           写真にはないが自転車保険証書・クレジットカード・コンビニのプリペイドカードも入る。 緊急連絡の迷子札は誕生月に書き替えています。

右 : 長いツール缶をシートチューブにセットするとペダリング時に膝の内側がフタと干渉する。 パフォーマンス重視のおしぐれさんはアダプタを作ってこの位置まで下げた。
   缶を下げるとダウンチューブのドリンクボトルを上げねばならず、重心位置の変化を何度も確かめながら最終的にこのような配置となった。

   位置によるその変化は、シートチューブ側よりダウンチューブ側で回頭性に顕著に影響することが解かった。 満タン500gでは切れ込みが強くなるので走り始めは要注意。
   ならばボトルはシートチューブに付ければ? との声もあろうが、ペダリングしながら股下のボトルを取る恰好は美しくない。 ビジュアルも重視するならこーゆー落着きになろう。 

   写真は作業場内なので背景がごちゃごちゃしていてお恥ずかしい。 晴天なら屋外で撮影したのだが雨つづきで ・・・ 。

おしぐれ庵 でほらく奇譚 2幕 「サドル考」
2015/06/30

「和尚いるかい、サドル難民って知ってるかー?」

来るなり 「知ってるかー?」 はないだろう。 無礼者め。
問答をしに来たのなら 「そ申う参ん」 と山門にて音声し、寺男に案内を乞うのが手続きである。 
その間に庵主が身なりを整え、返答を考える時間を稼ぐのが寺男の役目、できるだけゆっくり動作して門札破りの牢人を苛立たせるのである。

たいていは五作とかいう名前のとぼけたジジイなのだが、そーゆー高級テクニシャンは元インターポーラーの銭形親分がぴったりなのだ。 
いまの処は嘱託の碕玉県警特殊サギ対策本部に勤務して、毎日でほらくこいているらしい。 契約切れにはまだ間があるからしばらくは来ない。
しかたがない、庵主みずから玄関先に出る。

「なんだい、いるなら返事しろよ。 もったいぶったってひと間しかねーんだから居るのは見えてるがよ」

およそこの世の森羅万象において、知らぬコト意外は何でも知っている博識の僧。 このおしぐれ禅師に問答を挑む了見の来訪とはこしゃくなヤツめ。 完膚なきまでに説破してくれるわ。
じゃがその前に、牢人の背中の包みが目に入った。 気になる形状である。

「おお これは峠の鬼の鬼村どの、よー参られた。 ささ 荷物を下ろしてずずっと奥に入られよ。

背中に斜め背負いの風呂敷包みは箱入りの上物と見た。 
大吟醸など久しく飲んだことがない。 今宵は月も出よう、梅雨空にまほろな満月とは問答対決にあつらえ向きの晩である。
おしぐれご坊、来客をひと間しかない庵内にうやうやしく案内して、杉の切り株の椅子に座布団を当てるようすすめる。

庵の下を流れる潤沢(うるさわ)の水車で回す新明和の発電機から潤沢な電気が供給されている僧坊の冷蔵庫から、前回作 「ブレーキ考」 の残りの 「うつぼの酢漬け」 とよく冷えた欠け茶碗をふたつ持ってくる。
いちど座って思いだし、コンビニで余分にもらった割り箸も持って来て作業台に置く。 
僧坊とはいえ自転車小屋だからお膳などはない、万能作業台は最高のおもてなしステージである。

「ところで、先ほどはなんと申されたかな? 「知ってるかー」 と申されたか。
ご貴殿、ご認識ではござろうが拙僧は俗界で不破禅師と呼ばれる問答不敗の男ぞ。 その箱入り、ワシひとりで飲ませてもらうよってに覚悟をいたせ。 がっはっはー。

「あちゃー 和尚 すまねーなあ。 これは酒の箱じゃあ ねーんだ」

鬼が無骨の指で風呂敷をほどくと長方形の黒い紙箱が出てきた。 
720mlの瓶が二本入るサイズの箱だが fi’zi:k と書いてある。 摩訶不思議なスペリングは何語だ?
確かに酒が入っている雰囲気ではない。 日本のモノではない禍々しい雰囲気の箱である。

軽々と背負ってきたのは中に何も入っていないのだろうか。

「おぬし、アルジェ海の難民救済を騙る詐欺の募金箱を作ったのか! なさけないヤツめ。 
なんと読むのか解からん摩訶不思議な文字でアフリカ難民支援の雰囲気を醸そうといたす気だな」

「 ・・・ ?」

「よいか 鬼というのはな、劣邪を挫く神気のことだ。 声なき庶民を守り、正義を行う気合いの発露を鬼というのだ。
おぬし 峠の鬼などと言われて慢心し、ペテンの本性を現わしたか。 喝ぁーっ!」

「違うよ〜 和尚、サドルだよー。 おっかねーなあ〜」

「じゃからアルジェリアの難民船サドル号のことじゃろ。
いま地中海を漕ぎ渡ってスペインからフランス沿岸まで近づいている。 じゃが元の宗主国フランスはイタリアへ行けと言って上陸を認めん。
粗末な木造船に大勢の女子供や年寄りも乗って今にも沈没しそうだ。 水、食料が尽きて病人もいる。
果たしてイタリアまで行きつけるかどうか。 フランスはなぜ手を差し伸べんのじゃ」

「 ・・・ 」

「ワシがヴァチカンを主席で卒業して日本に帰るためノルマンディー海岸あたりを放浪しておった1940年代のフランスは、ナチスに蹂躙されておって大変な時代だったが民衆は神の正義を信じていた。
70年前、英米蘭連合軍の舟艇が初めてフランスに上陸したあのノルマンディだ。
その前年、海岸沿いのロマンチック街道を自転車で通りかかったワシを追いかけて来て、ワインとパンを手渡してくれた婦人は、

『あんたの胸にかけてあるのは何か?』 と聞いた。 
ワシは生母が持たせてくれた月のお数珠を見せて 『日本のママンだ』 と言った。

婦人は 『あんたはきっと日本に帰ってママンに会えるよ』 そっとお数珠に手を触れ、道中の安寧を祈ってくれた。 

『ぼくのママンはかぐやという名前です、フランス語では月のマリアのことです』 
『まあ ステキだこと、あんたはイエスね』

婦人はにっこりしてワシが再び走り出すサドルを押し出してくれた。 ふくよかな体形のフランス婦人はびっくりするほどの力でワシの自転車を日本に向けて押し出してくれた。
ツールの坂道で失速した選手の尻を押して走っているオバチャンがいるだろう。 フランス婦人は力持ちなんだ。 
あのころのフランスの正義はどこへ行った」
  
「和尚ぉー ええ話しやなあ。
オメさまはヴァチカンの出身だったんかい。 おまけにご母堂さまは月のマリアさまけ? んじゃー 和洋折衷でも神仏混交でも、地中海うつぼの酢漬けでも、なんでもイエスだなあ」

「ええ話しじゃろ。 感心したらサドル難民詐欺は止めたか?」

「あのね、そーゆーサドルでねぐ。 こーゆーサドルなんですけど」

鬼が箱を開けた、開け口のない募金箱と思ったのは欧州式に中箱をスライドする箱だったからだ。
中から出てきたのは羽のように軽い自転車サドルだった。 座面にも fi’zi:k の文字がデザインされている。

「何と読むだねコレ、こんなのイタリアにもフランスにもないぞ。 ロシアか?
それに中央の溝が深くて長いねえ。 単なるキワモノなんじゃないのか」

「まあ乗ってみろや、多くのサドル難民が助けられている。
オラもなや、長い距離を乗ったときのケツの痛みが緩和された実感がある。
ランス・アームストロングのツール10連覇時代にコレがあったれば、彼はドーピングに頼ることはなかったかも知れない」

「もらっていいのけ?」

「2個いっぺんに買えば10パーセント安くするというのでなあ、15,999円だあ」

「2個でかね?」

「いんや、1個の値段だ。 おそらく汎用品としては世界一高価なサドルだろう。 色々な製品をさすらった末に辿り着く最後のサドルといわれている。
濡れた冷たい石畳路で恐れられているツール・ド・フィヨルドを制したチームスカイの公式サドルだ。 fi’zi:k はフィジークと読む。 オメさんの好きなイタリア製だ」

「だから呉れるのかと聞いておる。 
拙僧もな、サドルには悩んでおるがモノがモノだけにお試し期間が過ぎたら返品するという訳には参らんで、なかなか買い替えることが出来ん。
呉れるというなら貰ってもいいぞ」

「いんや、敵に塩は送らねーのが山の掟だ」

「なんだよー、ブレーキの次はサドルかね。 おぬし自転車用品のペテン商会でも興したか、拙僧相手に商売いたすな」

「はははー 金は出来たときでえーだよ。 ただし一筆書いてもらう」

「 ・・・ 」
 
「来るとき渡った沢でカワウソに会ったでよ、山女魚を頼んでおいた。 前回号の残りの酒っこがあっぺー 早ぐ月見を始めっぺーよ、ご母堂さまにもご挨拶したい。
ところでご坊、どうしても解かんねーことがあるだ。 聞いてもえーだか?」

「ん なにかね? そーゆー態度で聞くなれば答えてやるぞ」

「オメさんがさすらったという解放前のヨーロッパってよ、フランダースの犬とかアルプスのハイジ娘の時代だっぺや。 
その頃でもツール・ド・フランスはあったが、当時10代としてもノルマンディから70年以上経ってあんた、今いくつけ?」

「40歳じゃよ。 孔子いわく 四十にして惑わず」

「 ・・・ と惑う計算やなー」

「鬼どの、おぬしも不死身のアマゾン半魚人のながれであること、拙僧は看破しておるぞ。
されば解かるであろう、拙僧の生母は月に帰ったかぐやよ。 よってせがれのワシも地球環境から受けるエイジングの影響は二分の一以下なんじゃ」

「あのー 父方はどちらのお方さまで ‥ 」

「うむ よくは知らんが源氏の光宮と幼時に乳母の式部から聞いたことがある。
母はみやこに単身赴任の父のことを 「薫ちゃん」 と呼んでいた記憶があるなあ」

「ひえーっ! お公家さまでございますかあー それもあの 光源氏 薫の宮さま ‥ 」

昔な、一休禅師からみやこに出して公家デビューさせないかという話しが母にあったそうじゃが、当時のワシはダライ・ラマ師に師事するためチベット渡航の準備中でな、大陸に渡る泳力を琵琶湖で鍛錬しておったんじゃ。
母は大津から若狭の日本海まで送ってくれた。 鰐鮫の曳くお椀の船に乗る別れぎわ、キビ団子を腰に結び、首に掛けてくれたお数珠がコレじゃ」

「びえーっ! ご坊は一寸法師と桃太郎のモデルでございましたかあーっ。
道理で犬猿キジの他にカワウソにも知り合いが多いのは泳力鍛錬パートナーでございますな」

「このころ鍛えたトライアスロンの体力は、その後チベットからゴビの月砂漠を歩き、カルピス色の塩湖、カスピ海を泳いでローマを経、ヴァチカンまで行くのに役に立った」

「びえーっ! それではまるで玄奘三蔵法師さまの延西スペシャル版ではございませぬか。 
サドルは献上いたしまする。 よしなにお使いくださりませーっ。
世界ウルトラ・ライドでサドルのことを聞かれたら 「日本の潤沢(うるさわ)の鬼村商会で各種潤沢に取り扱っておる」 とお話しいただきたく」

結局その晩の月見の宴は僧坊の隅にあった安酒で更けていったが沢のカワウソがご注文の山女魚を届けに来たころには、1名は一升瓶を枕に、もう1名はサドルを枕に眠りこけていた。
カワウソは仕方なく山女魚を笹の葉に包んで冷蔵庫に納め、ついでに皿に残っていたうつぼの骨を食べて綺麗に片付け、欠け茶碗の底の酒を舐めて帰って行った。
満月が明るくて山女魚の出が悪かったのが漁の遅れた理由だそうだが、カワウソさんも大変な鬼どもに見込まれたものである。

カワウソが今回ご登場願った哺乳類中一番の律義者であったワケは、前回号でおしぐれさんから貰うキノコの石突きを食べて亜鉛を補充しているから。
義理を果たすには亜鉛と摩訶。 2号続けて恐縮だが亜鉛とマカはええよー。 ご注文は潤沢のうるせー鬼村商会へ。


3幕 「ボトル考」 につづく


写真
右: フィジーク サドル、座面にある fi’zi:k の文字はどういう処理なのかレーパンのお尻で擦れても消えない。 休憩スポットで目立つこと。
   このモデルには体重 年齢 男女 使用フィールド 嗜好などで様々なヴァージョンがある。 
   写真のアンタレス VS 仕様はおしぐれさんのような骨盤の柔軟性が低下してきたおじさんライダー向きにパッドを増量して後方の張り出しを大きくしているそうだ。
   実測重量 : 216.9g  公称重量は 209g  7.9gの誤差は許そう。  中央の大きな溝が会陰部の血流を確保して快適性を生むという。

中 : これまで試行錯誤してきたサドルたち。 ひとにあげた物も含めるとずいぶん買った。
   サドルは自分に合わなくてもそれはサドルのせいでなく、自分のお尻のせいだとオーナーに思わせる自転車唯一の特殊な性格をもつ部品。
   それゆえサドルメーカーの思う壺 ‥ 。 サドル難民の流浪はフィジークで終わるだろうか。

   右からコルナゴ純正サドル、使い込んだ跡が白いラインの擦れに見える。 もう使うことはないだろうが捨てられない。
   中 勢いで買った有名なサンマルコ(伊)のレースサドル、後部が左右別々に撓むという触れこみながら超硬い。 穴あきサドルに分類される。
   左 最近まで使っていたタイオガ、コルナゴに似た形状なので買ってみた。 安価な割によかった印象。 サドルは値段じゃない、お尻との相性 ‥ なのだが。
     タイオガ社は米国企業の商社、自家工場は持たず台湾をはじめアジア諸国に図面を送って生産させ、そこから世界に輸出している。 日本は近いから欧米より安い。
     米国内で作ったらこんなにいいものは出来ない、台湾の生産管理能力は高い。

左: 鬼さんが背負ってきたフィジークの箱、とくにコメントはない。
   箱の一部が崩れているのは、背負ったまま落車して付いた傷に違いない。 中味が酒でなくてよかったが、酒なら落車しねーよってかい。 

おしぐれ庵 でほらく奇譚 1幕 「ブレーキ 考」 
2015/06/25

「引きが軽くてよく止まるっちゅう噂のブレーキはどうなんけ鬼さん。 評価は固まったのけ?」

峠から下りて来て蹲踞(つくばい)の水で顔を洗っている峠の鬼に声をかけた。
落ち葉を掃く箒の手を止めての大サービスなのにヤツめ、蹲踞に顔を突っ込んだまま5分も動かない。 オメは谷川のカワウソかあー。

新型ブレーキの自慢をしに来たのはわかっている。 
こちらから聞いてやるまで言い出さないひねくれ鬼には手が焼ける。 カワウソなら水中を潜って来て目の前にヒョイと顔を出す愛嬌があるちゅーに。

「濡れたときにはどーかいね? ワシは雨の日は乗らんだが、これから本格的梅雨じゃーいうて只でさえ鬱陶しいに、死びとがぎょーさん出よったらワシ忙しゅーてかなわん。
それによ、村の檀家の若い衆も冷たい雨ん中での谷さらいはえらかろーがよ」

やっと聞こえたか盛大に水を跳ね散らかして峠の鬼がふり向いた。 水を飲みに来た四十雀(シジュウカラ)の小群れがなにかに驚いて一斉に飛び立つときのようだ。
彼は林野測量事務所の所長で鬼村という男だが正体は半魚人、耳の後ろに鰓(えら)がある。 
雨でも水でも濡れ気のものに平気なのは呼吸に困らないからだ。
常人から見れば異形の人物に違いないがここは境内だから文字通り結界のなか、半魚人だろうが鬼だろうが四十雀でも来るものは拒まず。 お布施はさらに拒まず。

「おー 和尚か、おめさん 仕事嫌いなくせして檀家受けするようなペテンゼリフは相変わらず上手いなあー。 
そろそろボロ小屋の屋根をあか(銅)で葺き替える寄進状を村内に回すかや?
檀寺の本堂がボロな自転車小屋ってーのはよ、オラはかまわねーよ。 オラはかまわねーが かかあがな、このままボロ寺の檀家でいてはせがれの縁談に障りがあるとゆーんだわ」

鬼め、この先の峠と山で鬼しておられるのも当寺のあらたかなる霊験ご加護のおかげだっちゅー、大事なことを忘れて悪態をつく。
だいたいに於いておっかーだのせがれだのと係累を持つ男は煩悩が多くていかん。 潔く出家いたせ。

そもそも彼がここの山に入って風雪害のあった国有林の樹木量と面積を測量する仕事をしている本当の訳というのがいかん。
かつて徳川幕府が隠匿した莫大な埋蔵金が山の地崩れの際にひょっこり露頭するのを秘かに探しているのだ。

その点では麓の廃寺にいつの間にか住み着いた怪しいご坊もご同様。
両者はライバル同志と言うべきペテンのやま師、お互いそーゆーことはおくびにも出さず正業をまっとうしているフリをしている。

どんな生業であろうと師がつくほどの精進を修行という。 おしぐれご坊は過去帳など持たない流れ坊主だが埋蔵金ノートの第1ページにそう書いてある。
このノートを頼りに諸国流浪の旅を続けている。 埋蔵金を掘り当てたことはまだないがノートは脳徒の希望の星、バイブルなのだ。

一方の測量屋、激甚調査困難度加算と称して林野庁に架空の臨時人件費など請求しているらしく、悠々のてい。 
最近ではせがれが複数のドローン機を飛ばしてレーザー光の仮三角点を設定しながら測量するので、昔のように半魚人の所長が泥水の沢に突き刺さった樹木の下を潜って前進するような危険な測量はなくなった。
することがなくなったので自転車で山をパトロールしている。 気楽な鬼であるが新しい崖崩れを見る眼つきは鋭い。
ガードレールの裏側に崖の様子がマジックペンで描かれた図形をそちこちのカーブでおしぐれさんは見ている。 徳川埋蔵金に先に辿り着くのはどちらだろうか。

おしぐれさん、村の廃寺で勝手に住職になったが檀家といっても年寄りの農家10家しかなく、若い者は町に住んで山へは休日に自転車でやってくるだけだから赤貧洗うが如し。
谷川のカワウソが獲った岩魚や山女魚を分けてもらって食をつないでいる。 ニッポンカワウソが生息している川の名は明かせないのでどこの地方を流転した話しなのかは曖昧にしておきたい。

町に出た村の若者が山に帰って来るのは山岳コースのヒルクライムを楽しむためだけではない。
都会から来て遭難したヒルクライマーを捜しに行く私設有料捜索隊のアルバイトのためなのだ。 隊長は鬼の鬼村である。

住職は信心など少しもない捜索隊のライダーどもにタイヤの空気入れを有料で貸して酒代にし、カワウソ山女魚と山のキノコで月見の宴をしている。 
カワウソにキノコは採れないから和尚が投げる石突き部分を食べて魚食だけでは不足する大地ミネラルのバランスを摂っている。 哺乳類の牡には必須ミネラルの亜鉛だ。 

鬼も和尚もそーゆー暮らしで平気なのはペテンの大志があるからであろうか。

「鬼どの ボロ寺との仰せは許そうが、ボロ自転車小屋とはなんという言い草か。 
奥ノ院に鎮座ましますコルナ仏をなんと心得る。 1980年代から2000年初頭にかけて20年以上も世界五大陸チャンプだった栄光のクロモリフレームぞ。
英国最古つまり世界最古の株式会社、コロンバス製鋼所謹製の極薄チューブを敬虔なイタリア鍛冶屋のアーネストとパオロ兄弟が渾身のローラー掛けで星型にひねった神憑り伝説のフレームじゃ。

かかる不滅の鍛冶屋マインドは、冷戦時代のチタン製V3ロケットを経て惑星探査機はやぶさの雲母コーティングの時代となっても超えるものはない。 後にも先にも無い。 
自転車がカーボンの時代となってからチャンプは1年しかもたずに交代じゃ。 ドーピング剤と同じだ、新作と駆逐機との追っかけ合いなんじゃ。 喝ーっ ! じゃー。

よいか寺院の尊厳というものはの、 ご本尊の仏像が雲慶大師の作だとか、本堂のあか屋根の反り具合が雅だとか、そーゆーNHKのオンデマンドテレビに映るような派手なものではないのんじゃ。
おぬしがかかあに内緒でローンを組んで、3年待たされてやっと手に入れたイタリアの名車 デ・ローザ のヘッドマークは何だ? 赤い真っ赤なハートじゃろ。 
乗るたびにおぬしのマインドはふつふつと沸き立つのではないか? んだべ。 信仰とはそーゆーもんでねーか、梵鐘や卒塔婆の数ではなかろ」

「また始まったな。 精神論だけでオメさんも寺も食えたなら皆んーな心配しねーよ。
奥ノ院つったってよ、膠(にかわ)のかわりにアロンアルファで繋いだバイクスタンドでねーか。 ありゃー 元は村の神社の鳥居だったんでねーのか、最近見ねーと思っていた。
和洋折衷・神仏混交もえーがよ、こだわりの統一性こそが寺院の美でねーのか。 オラは測量士の他に設計士でもあるからこーゆーのはなあ」

このやろ、サムライマークの士だとよ。 ペテン士という国家資格はない、ペテンは師だ。 

「鬼さん、今日はポンポン言うねえ。 自己新が出たのけ。 あに? 上りで汗が目に沁みて、前がよぐ見えねーがら降りて来ただとーっ。 
鬼さん、そりゃー 半魚族の半透膜の内側に侵入した浸透圧の岩塩だ。 ここの峠は昔 深い海の底じゃったのがソルトパワーで隆起した山脈の一部なんじゃよ。
おぬし信心が足らんから塩の靈氣に当ったドライアイの始まりだ。 じゃが安心しろ。 当院のありがたーい蹲踞の水で両眼をよっく清めれば晴眼いたす。 清めたらご喜捨を忘れるんでねーぞ」

「 ・・・ 」

「その蹲踞は立派だべ、ワシが作った。 流浪の修行時代に炭鉱が廃山になる磐城の鎮山祭に行き合わせてな、祈祷のお礼にもらった石炭の塊りから削り出したんじゃ。 
使わなくなった切端の空圧振動ドリルでなあ。 あのドリルは重てーがった」

「和尚、オメさん住職やめて石のアーチストになれ。 
坊主は似合わねえと前から思っていたんだ。 石ならオラが山からロープウェイで降ろしてやる、モヒカン刈りの尖鋭芸術家になって石の鳥居を神社に返せ」

「おほん 峠の鬼どの、なにを申されるか。 拙僧は得度を迂回省略した勝手僧とはいうものの檀家10余名を預かる名跡、おしぐれ寺の管主ぞ。 僧籍にモヒカン刈りは如何なものか」

「何いってやがるエセ坊主。 
あの変な風穴のキャットライク ヘルメットよりモヒカンヘッドのほうがずーっと似合うわい」

なんと無礼な峠の鬼であろう。 鬼のくせにカスクのヘルメットで角を隠している。
このような林野測量事務所の鬼村所長に本堂の図面を描かせたら、ザクラダファミリア寺院のような尖塔だらけの戦闘的屋根になってしまう。
話題を変えて彼の図面癖を抑えねばならん。 図面はガードレールの裏側だけにいたせ。

「それよりブレーキの話しさね。 拙僧の練習用は引きが重くてな、がさがさ動いて途中から突然効く。 
強く引くとガックンと前転ロールしそうになって生きた心地がしない。 長い距離では手指の疲れと気疲れで集中が切れる、そらんじていたはずの長い寿限無の戒名が全部思い出せない」

「はいはい、今度のシマノブレーキはええよ。 
引きが軽くてよく止る今度のデュアル・ピボット機構は安全上のアドバンテージであるから街中でとてもええ。 
オメさん自動車のマルチリンクサスペンションて知ってっか?」

「30年ほど前に出た日産プリメーラのサスだな。 当時BMWを越えたと絶賛されたサスだ。
車体の傾きにかかわらずタイヤは常に地面と直交するちゅーしかけは出来そうで出来んだった。 今では新幹線のパンタグラフだってマルチリンクだ」

「うん、マルチリンクは複数の不等長アームで平行四辺形を作り出すんだが部品点数が増えて自転車には不向きだ。 シンプルで軽量が自転車の命題だからねえ。
シマノのデュアルピボットというのはこれまでのブレーキキャリパにアームと支点を1個ずつ増やしただけだが、リムに対する動作の平行性が格段に増した」

「ふーん でもリムブレーキは自動車のディスクブレーキとは違うだろう」

「あのね、リムブレーキを巨大なディスクブレーキと考えればいいんだ。 半径が3倍もある自転車リムの外周部に左右から小さなゴムを押しつけて得られるストッピングパワーはスポーツカーを凌駕すると思わないかい。 半径が大きいからこそ小指ほどの小さいゴムで止められる

「思う。 しかもタイヤのリムを利用するから重いディスクが要らない」

「そう。 軽いから油圧など要らない、指1本のワイヤーレバーで止まる。 
しかしこれまでのキャリパーリンクでは片側のゴムがリムに当ったところから、さらにレバーが引かれて反対側のゴムがリムに接するまで実際のブレーキングは実効されていなかった。
その実効遅れはライダーの操作遅れと言われていた。
だがそうじゃない、あれはメーカーの手抜きなんだ。 これまで真摯にブレーキを作ってこなかった。 マルチリンクの図面は30年も前に世に出ていたんだからなあ」

「おぬし、大変なことを言っているのだぞ。 正気か?」

「ああ、オラは何度も死人を谷から揚げた。 
無念の表情に手を合わせた後にホトケの両手も見るが、しっかとレバーを握った形で冷え固まっている。 あと1メートル手前でブレーキングを開始していればなあ。
山の下りカーブはタイムを縮めるチャンスなのは分かるが一生を縮めてしまってはなあ。 南無南無」

「 ・・・ おぬし、拙僧の仕事の領域を冒すでねーよ。
それで、今度のブレーキは山の下りカーブでどーなのよ」

「軽い引きでよく効くよ」

「何だよー それだけかよー」

「それだけならサード物のメーカーからメチャ効きのセットが出ている。 備長炭の粉をチョイ混ぜしたゴムを柔らか目に作ってよ、レバー比をチョイ大き目にイジればいいんだからよ。
じゃけんど引き量が大きくなってネバこっちいだけのブレーキはいかん。
 
ブレーキってのはよ、効き始めのリニア感を感じたらその後はなんぼ効いても体勢はできているから振られることはない。 そーだっぺー。 
ネバこいブレーキで開放から復活までの時間が百分の何秒か余計にかかれば、重力に逆らって殺した速度からの生き返りがその分だけ遅れる。 カーブは終わっているのにまだブレーキが残っているのはジレンマだっぺ」

「 ・・・ 」

「オメさんオラの言っていることがわかるのけ? もっと聞きたい?」

「うん 聞きたい。 いやお師匠、傾聴いたしましょうぞ」

翌日、論客の鬼さんが一升瓶を包んだ風呂敷を背中に斜め背負いして自転車で再訪した。
軒先の客用バイクラックに引っかけたイタリアン、デ・ローザ号にくだんのブレーキが付いている。 アイスグレイとかいう形容し難い金属光を放っている。 これはNATO軍の殺戮機の色だ。

エヴァンゲリオンの発展機か?
いつもコルナ号の上品なブレーキを見なれているおしぐれさんの目に、エヴァンゲリオンは異形に映る。

エヴァンゲリオンというのは某社の商標なので、以下本編では北欧スカンジ半島読みでイアングリフォノフと表現したい。 しかしイアン・・・では迫力に欠けるなあ。

こけ脅しだけではないことを主張するアイスグレイのメカメカしくて攻撃的なキャリパを細身のイタリアンに組み合わせるのはどーなのよ。 
似合っているとは思えないのだが減G性能は凄いと評判である。
フルブレーキングのテストで、寝不足気味だったプロライダーは簡単にヘドを吐いたと聞く。

小屋にひとつしかない僧坊に鬼を招じ入れ、秘蔵していたイタリア雲丹の瓶詰めを出した。 マルタ産のオリーブオイルが効いて鬼め、よーけしゃべる。

「せっかく稼いだ高度と速度だ、無駄にブレークしたのでは峠の道祖神さまに申し訳がねえべ。 そーだっぺー。
だからって、やみくもに坂に突っ込んで行ったのでは谷に落ちる。
落ちれば村の衆による自治捜索隊費と自治ロープウェイの使用料がかかる。 頼みもしねーのに麓の寺の道楽坊主がきて、長げえーお経なんか唱えるから高けーお布施がかかる。 そーだっぺー。

「 ・・・ 道祖神でもよいが鬼どの、こーゆー自転車シーンには本場ツールの最大難所、マドン峠の麓にあるマリア・ローザ教会のマリアさまのほうが似合うぞ。
それにな鬼さん、おぬしだって自治ロープウェイ組合の理事じゃないか。 管理費に窮しとると聞いとるでよ」

「あのロープウェイの本来は林産材の搬出だ。 遭難者の移送は警察依頼の緊急サービスだったが今は副業のほうが有名になった。 オラはこれは間違っとると思うだよ。
街の葬儀社がな、御社と手を組みたいと言ってきた。 オラは少し違うと追い返しただが、和尚の紹介だとか抜かす。 そーんなことはねえよなあ 和尚」

「 ・・・ 」

「オラはな、この峠は自転車ブレーキの技術改良とライダーの技能向上で死人を減らせると思っている」

「 ・・・ 寺はどーなるだんべ」

「知るか! 因業坊主。
速度コントロールってーのはよ、次の加速に繋がるものでなければならん。 つまり再生可能でエコノミーなものであるべきだ。
こーゆー経済の真っ当な損得勘定は、長年の道楽坊主が身についた因業者、さらには異教であるべきローザ教会にも内通している破戒の二股坊主にはわからんだろう」

鬼め、どさくさ紛れに麓の寺の住職であるおしぐれさんを道楽の因業坊主と抜かす、そればかりか破戒の二股坊主とは言葉の暴力であろう。 合っているだけに恐ろしい。

「おい 鬼、雲丹は少しずつ食え。 このあとは地中海ウツボの酢漬けしかないぞ」

「ウツボの酢漬け? カワウソが獲ってきたのかい?」

「谷川にウツボがいるか、インターポールの銭形親分が送ってきた。 
あのご仁、定年したらここで寺男になりてーとサルコジッチ元大統領の紹介状を添えてなや」
 
「真面目に聞け!
下りカーブで速度が出すぎているときって誰でもビビるやないかい、それはそれでいい。 恥ずかしいことではない。 
命の危機を感覚器がセンシティブに感じ取ると瞬時に脳をアクティブに短絡させてブレーキを握る動作が先だ。 ビビった感じと背中の汗は後から来るもんだ。

あの汗はな、落車して背中で滑ってゆくときに皮膚を守る。 
木の根で止まって立ち上がったら手の汗でサドルの土をサッと拭いて跨る、ケツに砂粒付けたままペダルは漕げんでなあ。 がっはっはー」

鬼さん、あんた もしかしてインターポールの知り合いか?

「そこでだ、この新型ブレーキはそーゆービビったときの効かせのコントロールが絶妙でなあー。
チョンと当てると瞬時に左右からゴムが出てジュッと効くからサングラスの横を流れる景色の変化が遅くなるまでが早いんだ」

「遅くなるまでが早いってどーゆーシチュエーションなワケ?」
 
「路面の模様が見えるまで減速されるとビビったマインドも落ち着くから指はレバーからやや戻し、ハンドルに掛った手の平を強く握ってまた加速する。 ペダルを踏むんだ。
そーだよ、踏むんだ。 そーゆーブレーキがあれば下りだってカーブの途中だって、渾身のペダルを踏めるってーもんだっぺー。

よってブレーキにかかる時間は短ければ短いほど、自己タイムの更新が可能となる。 
それをして攻めるというのだ。 正義を行うというのだ。 結果 死人は減る。 そーだっぺー」

峠の鬼 を自称する鬼さんが口角泡するのはシマノのデュアルピボット型リンク採用の新型ブレーキのこと。
シマノブレーキ歴代最強と言われる。

先日、日本の道交法が改正されてピスト車と呼ばれるブレーキとフリーハブのない自転車の公道走行が禁止され、今月からは運転に免許制のない自転車にも追加罰則が強化された。
新型ブレーキはそれらを見越して市場に投入してきた抜け目ない経営的戦略に違いないと見るが、開発が出来た時点で一日でも早く発売すべきでなかったのか。
というのが鬼さんの論旨である。

それ以上のことは巨大企業にケンカを売ることになるから鬼さんにはせっせと酒をすすめて酔いつぶれてもらった。
奥ノ院にコルナ仏と並んでいびきを掻いている鬼は、寺院の結界のなかで本物の赤鬼に見える。

新型ブレーキ、上から二番目のグレードで前後の単体セットがネットショップの実勢価格 11,194円は高いか安いか。
今のところ3グレード発売されているがブレーキの効きにグレード差はない。 違いは単体重量の軽さと見てくれのキラキラ度というかイアングリフォノフ度だけ。

軽い材質で作られ、剛性がさらに高いというプロレース機材の第1グレードは28,481円、公称重量298g。 
鬼の紹介でおしぐれさんが買った第2グレードは、タニタの電子天秤による実測重量341.6g。だった。
第1グレードとの差額17,289円は43.6g重いこと、1グラム当たり396.5円の軽量費ということになる。 そーゆー世界なのだ。
第3グレードのことは書かない、第2グレードを買った男のやさしさじゃ。

取り付けるには前後のワイヤー類と場合によってはレバーの交換にも発展するので第2グレードとはいえ11,194円だけでは済まない。 自分で作業できる鬼さんやおしぐれさんはよいが ‥ 。

鬼め、ギラギラ意匠の第1グレードを躊躇なく選んだ。 43.6グラム軽ければ制動距離が15センチ短くなると抜かしやがる。
なるほど、15センチ手前で止まれれば助かる命もあろう。
彼にはあの異形がイアングリフォノフ排邪の剣かアーサー王石割の剣に映るらしい。 Web検索は 「SHIMANO BR−9000」 で。 「15センチ手前」 では検索できませんでした。

この村のひとびとのマインドは形容し難い。
10家の檀家のせがれはすべて峠大好きライダーで、つまり檀家とはライダーの集まりなのだが不信心極まりない。 なのに新型ブレーキへの信仰は厚い。
副業となってしまった 「死人運びロープウェイ運航」 に忸怩たる思いを重ねているのだろう。 合掌。


2幕 「サドル考」 につづく。

写真
左 : 交換前コルナ号のフロントブレーキ、極めてノーブルな装いである。
中 : ネットショップで買ったイアングリフォノフBR‐6800前後セット。 ハイエンドモデルのBR‐9000よりは大人しい外観。 
   左が前輪用のイアン、右が後輪用のグリフォノフ、 どこで見分けるのか、わかるひとにはわかるのです。
右 : イアン仕様に変容した作業後。 手前アームの奥下に第2のピボットが、アームに隠れて第3ピボットが見える。 交換前のBR‐6600にはそれがないセンターピボットと呼ばれる型式。
   ひとだま型の不思議なモノはホイール着脱時にアームを開くためのリリースレバー、ピボットとは別の役目ですが迫力あるひとだまですなあ。

元の上品な雰囲気に戻すべきか迷いながらカメラのシャッターを切る。

お詫び広告
2015/06/10

団塊仲間ご愛読のみなさまへ。                             


先に上梓いたしました 『おしぐれ地蔵‥赤麻沼』 の画面異常について、取り急ぎお詫び申し上げます。

投稿作品がネット上に表現されるにあたっては、 「文化的清潔性と思想的中立を保証するものであること」 との確約を大家さまとの間で締結しております。
小品も当然ながらそれに沿った作品でありました。

「ありました で済むか、でれすけめー。 この期に及んで抗弁するとは以ての外である。 以後は出仕に及ばぬ、即刻あたまを丸めて出家となれーっ」

大殿さまより清潔・中立とは思えない罵声を浴びて足取り重くとぼとぼと ”バーバー蟹や” の前まで歩を進めたおしぐれさん。 「あちゃー 休業日だってさ、ああよかった。 おやじのハサミは痛てーでよー」

当作品は当方装置内での吟味フィルターの結果、清潔性・中立性・さらには正義までも確認されておりました。 自信をもって送り出したものでございます。
しかるに、送致途中の何れかの時空において ねじれワープ が介在したものか、団塊仲間に載った時点ではかかかる異常事象となって表示される事態と相成りました。

作者意図によるものではないとは申せ、圧縮表示された大変に醜い書式のままアップされてしまった不始末は、ひとえに作者の不徳の致すところでございます。
忸怩たる思いのまま読んでみましたが、読めませんでした。 自作でありながら読めません、目がパンクいたしました。

ご覧になられた皆さまがたにおかれまして、その苦痛は如何ばかりであったか察するに余りあるものでございます。 深くお詫びを申し上げます。

直後より読者の皆さまから次のようなお叱りのメッセージが寄せられております。
一部を引用させていただく理由は、 「少しは鬱憤が晴れるかなー」 でございます。

「うわーっ 北からの攻撃かー! 読んでみぐまでもなく ミグるしい。 オスプレを放てーっ! 垂直技でミグ39の身ぐるみを剥がし、Escキーの削除砲で撃墜しろーっ」

「おしぐれめ、紅海のほとりに潜むペテン仲間宛ての暗号文書を誤って公開しちまったな。 送ったM資金を$に更改して公海まで降海しろ だとよ。 ふん 後悔するぞ」
「あんた、なんで難解な暗号を解読できたのよ。 あんたも仲間け?」
「あほ抜かせ、ワシはインターポールの星 銭形さまじゃ。 暗号じゃろが信号じゃろが、満月に映るウサギ像のように明快よ。 がっはっはー」

「オメさん、冗談もほどほどにしなせーよ。 句読点を探して読むうちに3行でメガネのレンズが火を噴いたずら。 惨度レベル3をはるかに超えるでや」

「文中で早池峰山のたらちね狸と河童淵のカッパ巻さまを小馬鹿にしたっぺ。 ばちあたりめー、祟りがあらわれたんじゃー。 南無南無」

「ロングライドのあと、ア*ダーアーマー製のコンプレッション長袖Tシャツを着たまま混浴風呂に入ったときみたいです。 いったいどーやって胸と背中の汗を洗ったらいいのか分かりません」


非難轟々 叱責の嵐でございます。
ひえーっ ひたすら お許しくださりませー。 ア*ダーアーマーは脱ぐしかありませんですうー お嬢さまー。

画面いっぱいに広がる 改行・段差段落なし・漢字カナ混じり・駄洒落・伊語混じりの文字羅列、猛モンスター展開となってしまいました原因につきまして、
九電を定年した元原発社員も交えて鋭意解析の結果、おしぐれ小屋の給電装置である風力発電機に問題がございました。

あの 「ドッカーン事件」 のあと、修復されたおしぐれ小屋は危険小屋との風評が立って東電は給電再契約に応じてくれない。 見かねた元九電原発社員の友人が作ってくれた風力発電。
さすがは元原発の作品ですから調子よく風を受ける臨界のときはめっちゃん凄い発電量なんです。 ところがプロペラが回らないと、からきしダメなんです。
どの業界でも逆風のときはねえ。

そこで元九電が何処からか調達してきたのがEPSという定電圧安定供給装置。 つまり給電圧にバラつきなし。 さすが九電です。 十電(東電)より一位うえだ。
しかけは解からないけれど風が停まっても12時間PCに給電するという。 残り2時間になるとブザーが鳴る、そうしたらローラー台に乗せた自転車を漕ぐとEPSが復活するという。

東日本大震災のとき、福島県境の山中に倒れて切れた送電線にローラー台を繋ぎ、サドルの上でウィダーゼリーを飲みながら何日もペダルを踏み続けたおしぐれさんの美談は、
遠く離れた九州電力の彼のもとにも同窓会報で知らされていた。
そのとき彼は災害時にこそ、そこにある自転車で給電できるシステムに大きなヒントを得たという。

「美談の話題にすり替えて、画面乱れの本題を誤魔化そうとするなーっ!」

はい 大家さま、けっしてそのような意図ではございません。 ございませんがもう少しお時間をくだされ、九電さんが申されるには、

「水没して止まった病院の自家発盤に繋いで緊急手術中の1室に電気を送るには、おしぐれ小屋にあるような安価なローラー台でも十分可能。 
ただし、漕ぎ始めたからには手術終了の合図まで絶対に脚を止めない覚悟に加え、競輪選手のような漕ぎ出しの瞬発力とロングライダーの耐久力が必要。

したがって一人の力では無理。 自転車を二台並べて市民が交替しながら漕ぎ続ける。
自転車の後ろには次の漕ぎ手が列を作っている。 近くのコンビニから冷えたウィダーゼリーが届く。 そーゆー協力共働の考え方をシステムというのだ」 

どーだす、大家さま。 これでひと商売できまへんか? 復興庁の補助金が付くかも知れまへんでえー」

「このヤローっ! どさくさ紛れにペテンすなーっ」

あのときは折りからの夕まずめ、まずめ時は風が凪ぐのでございます。
夕餉の支度時刻と重なって 「缶ビールを生ビールに変えるスーパーなサーバー」 が能力一杯のフル稼働をしておるさ中、同じ電源に繋がる拙PCに苛酷な指令が下されました。

「よーし 飛んでけーっ!」

の ”ぽち” でございます。
九電渾身作の風力発電機はそのとき僅かな風を捕えて懸命の発電をしておりましたが、スーパーサーバーは高負荷でございます。 あっちの機器・こっちの機器でアッチッチーの危機。
こーゆーときにはブザーが鳴って、おしぐれさんが自転車を漕いでローラーを回す約束でした。

ですが、あの超長文を何日もかけて書き終えて ”ぽち” を押したばかりのおしぐれさんにブザーは聞こえません。 
缶ビールが生ビールに変容するというサーバーの前に付きっきりでございました。

それでも拙PCは迫るブラックアウトの危機に対し、内部バッテリーまで総動員し鬼気迫るがんばりで 「飛んでけー」 の使命を果たしたのでございます。
その後彼は 「疲れたー」 のメッセージを画面に薄く残してアウトしてゆきました。
 
薄くなって消えてゆくその表情が使命を果たした満足感に喜々としているように見えたのは 、スーパーなサーバー機器から出てきた生ビールのジョッキをふたつ持って来たおしぐれさんと乾杯する筆者の顔が映っていたからでございます。

さて、本文はお詫びの文書でございます。 乾杯などしていてはいけません。
原因は機器の不具合、電力不足、死にかけPCのプア、と決めつけてそれで責任逃れをしようとしている筆者の心象はすでに見透かされておる通り。 このままでは許していただけない。
この不始末をどう決着させるのか。 その決意を明らかにして、そして実行してこそお詫びというもの。 責任者というもの。 (総理、聞いているかー)

さあ そこで、
筆者は復活したプアPC共々励まし合って、苦難の道のりではございましょうがもう一度、あのクソ長くて忌々しい 『おしぐれ**』 を書き直す決意をいたしました。 
それを再上梓いたしますとき、あらためてお詫びを申し上げて本件の終結とするのが男のけじめ。 そのように存じおるところでございます。


以上でございます。
お詫びしたのは、めげないおしぐれさん と 他1名 (このめげなさは一体 どーゆーエネルギーなのだろうと 聞きたい作家) でございました。

<業務連絡>
現在 団塊仲間上に公開のままとなっております失敗作につきまして、以下のように取り扱わせていただきとう存じます。

近々には削除の予定でありますが、元々の文書がすでに失われておることを考慮すると今すぐの削除は見合わせております。、
自戒の意味と書き直しのとき 「何を書いたんだっけ?」 の参考とするため、もう少々載せておいてくださりませ。

<ひとりごと>
あー もう 記憶回路がいっぱいになりそう。 早く保存して電源を落とせー。
ったく J*ネットの格安PCはコレだもんなあー。 ワープロの台を側に置いてのんびりローラーを踏んどった時代が懐かしいわ。

<写真>
ローラー台です。 極めて安価なタイプ。
右側のスーパーカブのエンジンのようなのがマグネット負荷。 左側はトレーニング時の負荷の大小を変えるクラッチ。
高級品はマグネットがトルコンになり静かでスムーズだが発電機への転用は難しい。
写真のマグネット機なら簡単な改造で発電機に変身する。 というより元々の発想は発電機からの転用だった。

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