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自転車オヤジ独白シリーズ (4)
2013/01/18

ポンプ

朝から良い天気です、お店の前を掃き掃除しようと箒を持って表に出ました。通りの向こうからえらい勢いで近づいてくる俊水ご坊の自転車が見えます。
「ご坊ー 行ってらっしゃいませー 気ばりやっしゃー」
手をふってエールを送ろうとしたのです、また寄り込まれて開宴とでもなろうものなら早晩いや今日にでもお店は倒産してしまいます。
寄り込まれては一大事。いまやサイクルショップみなもとは創業40年にして存亡の危機に瀕しておるのです。
それというのもみーんなあのイグ大僧正のせいですわ。
開店中の昼前から酒のみにくるわ お店のお客に難くせつけて追い返すわ うちのおっかーを扇動して特上寿司をとるわ 帰りの運転代行に自転車バージョンはないからって農協の軽トラをチャーターして山奥まで送らせ当店のツケにするわ…。
あのご仁は婆羅門教の呪いでも背中にくくりつけて走ってござっしゃるのだろうか…。くわばらくわばら。

「ほーい ご亭主、精がでるのう けっこうけっこう」
「あちゃー 止まっちゃったよこのひと。
くわばら呪文は婆羅門衆には効かんのかねー? 雷さまには有効なのに…」
「んー なにか言ったか? あのなご亭主、ポンプ貸せ」
「はっ? ポンプでございますか、あの空気入れのポンプ?」
「そうじゃ あの空気入れのポンプじゃ」
「ご坊、いつも言ってるでしょうに。タイヤのエアは出発前に必ず新規に入れ直すことって。
昨日なんでもなくたって今朝そのエア圧が保たれている保証はないんですよ。
とくにロード車の高圧クリンチャータイヤは僅かな減圧があっても峯打ちパンクを起こすって、忘れたんですかい?」
「いやいや パンクはワシではない、ワシは毎朝出走前にきっちりチェックしとるよ。それに携帯小型ポンプをフレームに取りつけて万一への備えもある。
戒律厳しき仏門道に生きるワシがロード界第一掟であるところの「エア恩讐の法則」を忘るるものか。
じつはの ご亭主、ちと耳をかせ」
「またまたー ご坊、しらふでは言えん なーんて言うんでしょう」
耳をかせと自転車を降りてきたご坊に耳を貸して得をしたことはない。耳もポンプもなるたけ貸したくない。

このご仁、どーゆー修羅の舞台に生きておられるのかお訊ねするのも憚れるほどの破衣破帽、手足は傷だらけで髭の伸びた頬には乾いた鼻血がこびりついている。
千日回峰の荒行を軽るーく一本やっつけて、沢の水を飲んだきり休憩もせず自転車に乗り換えて山を下りてきた。
このあと川に飛び込んで向こう岸まで泳いだら、ラン・バイク・スイムと競技種目は逆ながら、アイアンマンレースですわな。
ボロは纏ってもココロは錦の鉄人 いーや哲人、そーゆーオーラが後光のようにゆらめき立っています。
そのお方が今わが家の戸口に立っている。わたしとおっかーは思わず両手を合わせてしまいます。
そしていつも騙されます。

「僧とは自ら生産の活動はせぬ。せぬが山に籠りてひたすら衆生の来世の安寧を祈り、地上に平和の訪れの早きを願って犠牲となることを勤めとすると天道に宣したる者。
ゆえに日常の糧を托鉢に頼るのはもって当然。衆生は僧への喜捨をこぞっていたす義務を負う」
いつもこのようにおっしゃるのです。
なんだかとっても良いお話を聞かされたような気がして、我が家ではご坊を招じ入れてまず風呂をすすめます。
そしてその間にお膳を用意して日々のご苦労をねぎらわさせて頂いておりました。
近隣の家々でもそのようにされているものと思っておったのでございます。
ご町内には36(5)軒の世帯がございますから年一回のご接待でご坊の健康は保て、ご坊渾身の祈りによって地球および当町内の安泰来福は間違いなしの計算。

ところがご坊にも好みがございますのかご来臨の家に偏りがあるように見受けられます。
当サイクルショップみなもとに立ち寄られる回数が圧倒的に多おうございます。
そりゃー自転車に乗ってのご降臨でございますから、自転車屋により多くのお立ち寄りは不思議でない、むしろ光栄。と隣の饅頭屋さんに話したところ、
「あんた、ひとがよいのもほどほどにせんといけまへん」
と言われました。
さらに先回の真っ昼間からの「大僧正就任祝賀会」を便所の窓越しに観察していた饅頭屋さんは、
「あんた、ありゃーペテンでっせ良くゆーても方便ですがな。気ぃーつけなはれや、今どきご接待の喜捨などしとんのんはあんたトコだけでっせ」
と冷静に言うのです。
「ですが饅頭屋さん、お寺に饅頭はつきものでしょう。配達依頼などないのですか?」
「ないない、あのひとに寺なんかあるもんでっかいな。山奥の谷地に昔またぎの衆が立てたイノシシの捕獲小屋がありまんのや、そこを勝手に改造して住んどるテンプルレスでっせ。
ほんまの坊主かどうか、向かいの酒屋さんがよーけ知っとりますさかい聞いてみたらよろし」

そこでおっかーが向かいの酒屋の奥さんのところに情報収集に参りました。
「あーら政子の方様 いらっしゃいましー。いつもご贔屓ありがとうございましー、評判ですよお政所のお方様」
「お方様はやめてよ。それがねー、ご坊さまがいらっしゃると一升ぺろりなもんでお政所のやりくりは苦しいのよー おまけにお寿司は特上でしょう 一日分の売上では追いつかないのよー」
「ははーん、それでこのところ みなもとさんとこへの売上が多いのねー あの初しぼりは特に高いのよー。今度からは下町ナポレオンに初しぼりのラベルを貼って届けるわしー」
「そうねえ そうしてちょうだい、お寿司屋さんにも電話で特上といったら並の下のことだと言っておくわ」
「お方様、うちの酒屋だって苦しいのしー 山奥の草庵だか猪小屋だかに納めた酒代が回収できなくて困っているのよしー もう三年もよ。
でもとうちゃんは先様がお坊さんだから断れないって言うのしー。
最近は山への配達がなくて良かったしー と思っていたらお方様のところで飲んでいたのね、あのヘタレ坊主」
「ヘタレ坊主?」
「そうだしー あたしの生まれた信州の小布施というところでは、説教たれずに屁コたれるお布施ねらいをヘタレ坊主っていうのしー」

「あのヘタレさま、あ いやご坊さま、ポンプを何にお使いになるんで?」
「うむ 先程この先の那珂川サイクルロードを走っておってな、パンクで難儀しておるマウンテンバイクを助けた」
「おお それは良いことをなされました。で、どーやってお助けに? 念力で直されましたかな?」
「おぬし、仏門のワシをおちょくる気か、パンクは念力法力では直らん。科学じゃよ」
「へっ 科学? ご坊さまが科学でございますか」
「いかにも! 科学というより化学かのう、あの悪名高きフロン#22を地上に初めて創出したデュポン社 知っとるけ?」
「はいはい フッ素系ケミカルの帝王でございますなあ」
「うむ そこのフッ化ブチルゴムを入れたエアボンベがあるな。フッ素は弗素のことで弗素の弗は仏に通ずる文字、ワシは苦々しく思っておる」
「はいはい 携帯便利でポンプ要らず、いま人気のパンク修理用品でインスタント・インフレーターといいます。うちにも置いてます、ご坊 お買い上げですか?」
「いらん! いーかワシは仏門ぞ、保守王道を歩むワシが軽薄なる舶来ケミカルなどに頼んではお目付け役の仁王様にしかられる」
「ははー 恐れ入ります、してボンベをどうされました?」
「うむ なんとそれをマウンテンのご婦人は持っておってのー」
「へっ 助けたのはご婦人で?」
「うむ 妙齢のさらに途方もない美人なのじゃ…。おほん、ともかくじゃ エアボンベを持っておったのじゃ」

わたしはこの辺りからいやな予感がして参ったのでございます。
前著エピソード(0)「男の意地」に数行だけご登場願った高校の先生と後日の祝賀パーティで再会した折に言っておられました。
「妙齢とは何歳の層を指すのかは、発言者自身の年齢と思考階級の等級段数により異なる。概ね好意的意図により使われる曖昧かつ都合のよい形容をさす」
ですからご坊の年齢&好みを考慮するに、「途方もない美人の妙齢」は二十歳台三十歳台とは思えません、四十歳台とすると四十の婦人がマウンテン? 
ママチャリでなくマウンテンバイクに乗るオーバー40の美人! 
ひとりだけ心当たりがございます。予感と胸騒ぎがいたします。

「ほう ほう それでいかがなされました?」
「ところがじゃ、そのインフなんとかの口金はフレンチ式で婦人のマウンテンには合わんのじゃ。ワシの携帯ポンプでも合わん」
「はいはい マウンテンはアメリカンでございましょう、あるいはブリテッシュ法式かも知れませんな」
「なんじゃそら、そんなにあるのかいな。いーか 自転車の方式はイタリアンが最上至極なのじゃ。なぜタイヤ・チューブにイタリアンはないのじゃ?」
「それはー、空気入りタイヤを発明したのが19世紀フランスのミシュランでございまして、衝撃緩和のうえに転がりが良い。あっという間に欧米世界を席巻いたしました。
面白くないのがグレート・ブリテンと新興アメリカ。それぞれが自国の規格を作って自国の自転車に装着し、今日に至っております。
わが日本では当時お手本としたイギリスの規格を取り入れて英国式でございます。
一方自転車の祖国イタリアではこの争いを対岸の火事と余裕で見ておりまして、何の方式でもオッケイのケセラセラなのでございます。いかにもイタリアンでございますなあ」

「そこでじゃ ボンベを放り投げてワシが婦人のバイクを担いでの、婦人がワシの自転車を押しーのしての、仲良く婦人の家まで歩いたのさ」
「はいはい はいー、して どうされましたかな? うふ うふ」
「どうもいたさん! 婦人を家まで送り届け、取って返してここに来た」
「なーんだ つまんない」
「おぬし なーにを考えとるのじゃ。ほれ これがタイヤサイズじゃ、チューブを一本よこせ。それとそれ用のポンプを貸せ」

「へっ! ご坊、チューブを持ってまた行かれるので?」
「うむ 乗りかかった船じゃ、それに婦人ひとりでは直せんじゃろ」
「たしかあのひとには高校生の坊ちゃんがおられましたが…」
「なんだ 知っておるのか、さすがは町に一軒の自転車屋じゃの。その息子なら今は都会の学校に行って婦人はひとりなんじゃと」
「さいでございましたか 当店には昨年自動車に乗って親子で参られましてな、その折にインフレーターをお買い上げになって… まさかマウンテンとは思いませんでした。
憶えておりますとも、高校生のお子があるようには見えない若くて飛び切りの美人でしたからなあ」
「…」
「オンナはうちのおっかーと隣の饅頭屋のばばあと向かいの酒屋のかーちゃん、それと寿司屋のおかみさんくらいしか普段目にしていないので眼福でございました」

「おい うしろにスリッパを構えておっかーが立っとるぞ」
「ひえぇー ご坊、恐ろしい冗談を… やめてくださいませ」
「ご亭主 早くチューブを出せ、それと業務用のポンプだ。それを風呂敷に包んでワシの背中に結わえてくれ」
「今すぐに行かれるのですか? 残りのトレーニングはどうされるおつもりで?」
「そうじゃのー、婦人からは夕方来て欲しいと言われたんじゃ。お礼がしたいと言うてのう。
夕方にはまだまだ時間があるがトレーニングは終いじゃ。それになんじゃ この汚いなりではいかんの、相手は独身の婦人じゃからのう。
おー そうじゃご亭主、風呂じゃ。それとな、なんぞこざっぱりした衣類を貸せ。
あー それと そうじゃ 手土産も必要じゃな、隣の饅頭屋で名品「栗きんとん饅頭」などをな 一箱用意しておいてくれ」
「あーのー ご坊さま、費用のことでございますが、どのような決算書と相成りますんで?」
「んー 心配いたすな、チューブ代は婦人から貰って来る、その他は友人のしるしとして…なっ」
「チューブ代より饅頭のほうが高こうございますが…」
「おぬしっ! おぬしには仏法の悟りがないのかっ! 拙僧は先程来「友人のしるし」と申しておる。
これは拙僧と共におぬしは常に仏さまのお側にある ということじゃ。ありがたきこととおぼし召せ」
「ははあー 恐れ入りまするー」

ご坊は風呂に入った後わたしの洋服を着て床屋に行き、剃髪ひげ剃り&フェイスマッサージさらに爪切りまで受けて昼前にご機嫌で戻って参りました。
もちろん床屋賃は当店にツケたのでございましょう。
そしておっかーが用意した昼飯をうまそうに食べ、夕方まで昼寝をしてからチューブとフロアポンプそれに栗きんとん饅頭を包んだ唐草の風呂敷を背中に背負い、
「腹にいち物ゥー 背中ァーにやァー 荷物ッゥー ♪」 などと唄いながら超イタリアン&超スパルタンな自転車をゆっくり漕いで出かけていきました。

「あんた、そのご婦人って何処のひと?」
「数年前に亡くなった福島建設の会長(エピソード(0)参照)が使っていた隠居所がサイクルロードの傍の川っぺりにあるっぺ。、空家になっていたのを専務の知り合いという未亡人が借り受けて去年東京から引っ越してきた。
和歌とお花の教室を開くということだったがこんな田舎では生徒が集まったかねえ。高校生の息子がいたが今は東京の大学らしい。
置いて行ったマウンテンバイクを運動のために乗り出してパンクした、そこに折よくあの色気坊主が行き合わせたという作家の筋書らしいよ」
「あんた、なんでそんなに詳しいの?」
「なんでも昔は女優だったらしい、ある金持ちのコレになって引退してからはお茶とか三味線とか趣味三昧だったが富豪が死んで遺産の整理でナンボか貰って念願の田舎暮らしというわけさ。
引っ越してきた当座は町中のオヤジたちに話題だった、美人なんでなあ。
寿司屋で聞いた話ではホレ前の酒屋な、あいつが醤油を持ってよく行っていたらしいがアッサリ振られたんだと」
「まあーっ! 酒屋のとうちゃんやるわねー でも醤油じゃだめよダイヤモンドでなけりゃあ。それで遺産はどれほど?」
「そんなの知らないよ、まっ 億だろな。それよりおまえ ダイヤモンドって何だよ! ダイヤを持ってくればおまえは酒屋のデブでもいーてのかい!?」
「なーに言ってんのよ、あんただって本当は自分がパンク修理に行きたかったんじゃないのっ!」

このあと色気坊主いやイグ大僧正さまがどうなったのか、書くのもいやでございます。
いやではございますが、このままお帰りあそばされなければ当サイクルショップみなもとは万々歳でございますから次回エピソード(5)に書かせていただきとう存じます。
すこーし寂しゅうはございますが、祈ル不帰来貧乏神 なのでございます。

episode (4) おわり

自転車屋オヤジ独白シリーズ (3)
2013/01/12

バーテープ

お店の前に俊水ご坊の自転車が止まりました。
止まり方は極めて慎重でこういうときは極めて怪しい。
俗に腹に一物 手に荷物という、自転車は両手がふさがっているから腹にサンモツ分の量を抱えているに違いない。
「げっ また来たよ、こんな早くから何だろう! 昼飯にはまだ間があるのに? 朝飯食わせろとでも言うのかな」

入り口の左右にバイクラックがあります。スタンドのないスポーツ車で来店されたお客様はラックの鉄棒にサドルを引っかけて吊るしておくのです。
サドルのレールが支点になって前下がりに吊るされた車体は極めて安定します。
そのへんに立てかけておいて誰かの一台が倒れたら、将棋倒しになって大騒ぎになってしまいますからねえ。
皆さんご自分の一台には思い入れが強いのです。

このときの前下がり角は自転車の重心バランスでまちまちですが、速いひとの自転車はおおむね似た角度で吊り下がります。
そのことに気が付いた達人たちは隣の自転車とおのれの自転車を見比べて何やら思案顔。
うしろに廻って後輪をチョイと突つき、揺れ具合など確かめています。
ひとさまの自転車をチョイと突つくのですからこっそりやります。
やられたほうのお客様は店内で用品の品定め中ですが、外のこっそりには気づいても知らんぷりしています。
知らんぷりしながら、こっそり君の表情変化を観察しています。
そしてこっそり君が驚愕の表情を浮かべたりすると、「ニタリ」とするのです。
それらの様子をさらにインサイドから見ているわたしは可笑しいやら嬉しいやら、自転車屋冥利に尽きるとはこういうことかと思う一瞬でございます。

今朝はご坊の自転車だけが吊り下がりました。
なんだか様子が変なのはすぐ分りました、ハンドル廻りに違和感があります。
「どうしたんです? ワイヤーがむき出しじゃないですか、転んだんですか? 年甲斐もなく若いひとと競ったんでしょう」
「いやいや そうではない。乗車ポジションを変えようとしてな、ハンドル角とレバー位置をいじったのでバーテープを剥がした」
今朝はご坊、神妙である。
なるほどそれで慎重な運転をしてきたという訳か。

「ほうほう それは殊勝なことでございます」
「うむ ワシも年じゃからのう、スパルタンな前傾姿勢は辛いときがある」
「ほうほう それではスペーサーを噛ませてハンドル基部を上げますか?」
「いや それはならん、断じてならん。そんなことをしてみろ、流麗なフォルムが崩れてカッコ悪るバイクの典型みたいになってしまうではないか。
老いたりといえど拙僧はスタイリストじゃ、流麗にして華麗 ワシの出家名フライング・サンガ・ブッダタートは断じて外せん」
「なんですの? フライング ぅー 何とかって」
「サンガを知らんのか! サンスクリット語で僧伽と書く、タイ語でも発音は同じサンじゃ。隣国ミャンマーのアゥン・サン女史などは第一僧伽の意味じゃから途轍もなき高僧ぞ。
フライング・サンガ・ブッダタートとはな、天駆ける仏陀さまの法衣の端を自転車の前カゴに乗せて満月に向かい飛ぶ比丘のことじゃ。もちっと勉強いたせ。
なに! 比丘がわからんてか? こまった奴じゃ、男の僧を比丘、女の僧を比丘尼というのじゃ。たまにはワシの山に籠って修行いたせや。
いーか ワシはな、飛ぶが如く美しく遠くまで走ることを戒律により科せられた宿命のフライング坊主なのじゃ。かっこ悪るのバイクなんざ乗っていられるかべらぼうめー」
「はははー 恐れ入りまするー。 してご坊さま、本日のご用命は如何に?」
「うむ バーテープをな、一式所望じゃ。コルク入りの白はあるか?」

バーテープというのは、ドロップハンドルの握る部分に巻きつける包帯状のテープのこと。
革新し続ける自転車の外観や用品のなかで何十年も変わらないのがこのバーテープです。
ブレーキ&シフトレバーから延びるワイヤーを内包してハンドル全体を綺麗に巻き上げ、空気抵抗を低減させます。なおかつ滑り止めと手への衝撃緩和の役割を果たしながら視覚上の美醜をも決定付ける重要なパーツ。
事実、綺麗に巻かれたバーテープの乗り手は速いのです。
なぜ速いのか? 気合いです。
断言します、気合いはバーテープに表われます。

こだわりのお客様は自身の手で巻き替えます。これだけはショップに任せないという自意識は健気で崇高な気合いです。
テープの素材やブランドで滑り止め効果が変わりますが、合成コルク粉を散らして混入させた製品は軽さと美観・滑り止め効果・握ったときの清涼感に高い評価を得ています。
バーテープはチームで特注して差別化を楽しむ場合もありますが、個人の好みで色やロゴや手触り感を変えて気分を一新させる効果があり、比較的安価に自分でバイクの雰囲気が変えられる唯一のパーツともいえます。
手で握る部分なので汗による汚れや擦れのほか落車時には破れも起きます。シーズン毎に替えるのは常識です、春夏秋冬で替える・遠征のたび替える・レースごとに替える・転んだテープはゲンが悪いと即替える等々、理由は様々ながら売れ筋商品のひとつであります。
テープ断面はゆるやかな凸型、いわゆるかまぼこ型になっているので巻き重ねた部分が波を打つように仕上がります。
それが独特な美しさとハートに沁みる握り感を生むものですから、しょっちゅうバーテープを交換するテープ・フェチは意外と多いのです。
自転車乗りはマゾフィストのうえにテープ・フェチ、いやー独創的ですなぁ。

巻き方にも流儀がございます。
テープ幅の3分の1を重ねて引っ張りながら斜めに巻き進んで行くのは同じですが、その引っ張り具合で仕上がり太さが決まります。
終了まで息を止めて一気に巻き上げる技には年季が必要、巻いたひとの技量と気合いが判ります。
巻き始めをエンド部にするかハンドル中央部からにするか、巻きの進行方向とレバー部に掛かる部分の処理のしかたで内巻き・外巻き・プロ巻き・勝手巻き・戻り巻きなどあります。
いずれにしろ左右同じように波の流れを保ち、均等な間隔と適度な弾力を持たせてスッキリと仕上げるのが肝要。
良く巻けたバーテープはずれず指ざわり良く、握っただけでモチベーションが湧き上るものなのです。
病院の救急外来でベテランかつ美人看護師さんに巻いてもらった包帯、きっちり巻いてあるのになんと膝が動かせて自転車に乗って帰れた。
包帯巻きが美しく仕上げられていて最後の巻き止めがピタリと決まっていたら痛みなんか忘れ、落車を心配する仲間に見せに行きますわな。
翌日サインペンを持ってまた病院を訪ね、あの美人看護師さんから白い包帯にサインしてもらいたくなりますでしょう、アレですわな。
アホな仲間が巻いてもらいたくて病院の前でわざと転んだりしてね。

さて、自転車はもろある車両のなかで唯一人力ですからライダー出力のための乗車ポジションはとても大切です。
電力や内燃機関など外部動力を一切頼まぬ自転車は、ライダーのポジションと気合いだけで前に進むことができる地上唯一のマン・マシンなのです。
サドル位置が決まったらハンドルまでの距離やレバー類の位置は、お客様の自転車ライフの悲喜こもごもを圧倒的に支配します。
冒頭にご紹介した通り、腹に一物 手にハンドル だからです。
ですからわたしどもは真剣にお客様の体格を測定します。
そして使用目的に合わせ、体力・巡航速度を推察して角度を合わせ、民族骨格表の年齢補正に照らして補正係数をそれら測定値に掛け算します。
わたしどもは、お客様のより良いポジションつまり楽しく美しく長い距離を楽に走り続けられる乗車ポジションを導き出そうと努力します。
自転車は、セット部品で組み立てて 「ハイどーぞ」 「カラダは自転車に合わせてください」 という商品では絶対にないのです。
新規ご購入のお客様がご入店から5分で完成車を即決されても、乗って帰られるまでには最低1時間を要します。
防犯登録や保険手続きもありますが、当店では楽しく走れるポジション出しに1時間以上かけているのです。
10分でお渡ししているというお店を散聞しますが悲しいことです、ママチャリにだってポジション調整のポイントは十数箇所もあるんですよ。

ご坊の申されるハンドル角とレバー位置の変更とは、新車お渡し時に店内の測定器で出したおおよそのポジションから走っては変え、変えては走って確かめながら自分なりに見るけ出したベストポジションを今回ご自分の判断で再変更されたということで、これぞ正しい自転車乗り。
年齢と共に変化する骨格と筋力に合わせた最適合なポジションで体力の全てを前進力に変え、さらに年齢と共に高めた気合いで峠越えの自己ベストを1秒でも更新しようと模索する。
これぞ潔く正しくてさらに美しい自転車乗りの鑑と言わねばなりません。
その意味で「殊勝なこと」と申し上げたのでございます。
仏門異端のご仁ながら気合いのご坊、さすがでございます。わたしは胸が熱くなり思わず両手を合わせてしまいました。

「ご坊、コルク入りの白と申されましたか?」
「うむ 白じゃ」
これは異なこと、ご坊はいつも黒の艶消しテープを使っていました。
「黒はチャレンジャーの色、対して白は大老の色」
「拙僧は修行半ば、まだまだステルスの身じゃから艶なしにしてくれ」
「囲碁の戒律でもそうであろう、白碁を先方さまに勧めおのれは黒を手前に置く、先に白を取ったら物事を知らぬ田舎者とそしられよう」
「芝居見物の通は幕あいの黒子を見に行く。派手な拍手やかけ声などはせぬが、黒子の楽屋にそっとご祝儀を渡す。粋とはそういうものでござろう」
そのようにいつも言っておりました。

お店で品定めする若いお客が白色のテープを手に取ったりすると、
「おぬしの様な若年の輩が白を選ぶとは笑止千万。よいか 白はローマ法王さまの法衣の色じゃ。罰当たり者め 選び直さんかい!」
うろたえた若いお客がおずおずと次にレジに持って来たバーテープが紫色だったりしたらもう大変、
「馬鹿者めが! 紫は弘法大師さま以外は恐れ多し、滅多な者は触れてもならん。紫はのう 破戒と言われるこのワシでさえ三歩さがって平伏拝謁する高貴の色じゃ。
大師さまの御印を汚いその手で手掴みするなど以ての外の想定外。
たとえ日本国内法では許されようとも、仏法滅私奉公人のこのワシが命に懸けても断じて許さん、選び直さんかい!」
泣きそうなお客がよろめく足取りで柿渋色の落ち着いた色調のを持ってくると、
「ぬしゃーワシに喧嘩売っとるんかい! その色はダライ ラマ14世の袈裟衣やないけ。帰れーっ!」

「あの ご坊さま、ほんとに白でよろしいんで?」
「うむ 黒は卒羅じゃ、じつはの ワシ大僧正になったのじゃよ」
「ひえー ご坊さまが大僧正さまに? ひえーひえーひえー! これ おっかー お祝いの支度をいたせ。 ご出世じゃ、大僧正さまじゃぞー。
早くいたせ、ご酒をもて、なんでも構わん いやまて目出度い酒にしろ、鶴でも亀でも松でも桜でも なんでもいいから目出度いのにしろ。 あーまて 今日は店を閉めろ お祝いじゃ。
なに! 器は赤ですか?だと、 当たり前だ紅白のがあっただろう。
なに! あれは猫のお椀になりましたぁ? 構わん 洗って持ってこい。 あーそれとな 紅白ときたら右端に緑だ。そーしてそれをひっくり返せ! 緑白赤 自転車の故郷イタリアの国旗だ。
なに! 緑は何を使いますかぁ? アレがあったろ 菜っ葉の漬物が、信州のナガノさんが送ってくれた野沢菜があったろーや」
「あの もし 旦那さま 誠に申し上げ難きことなれど その菜なれば、京の鞍馬より牛若丸が出でまして その名を九郎判官」
「なんと 今日のことか、されば 義経にしておけ」

「あー オホン、ワシはイタリアの掛け合い落語でなくとも構わわんぞ、紅白のさえあれば…。それにしてもご亭主、奥方どのはなかなかの才でござるのー」
「いやー 恐れ入ります、ささ どうぞ ご酒を召し上がって 只今細(さい)が紅白のかまぼこを切って青ノリをかけております。青白赤、ツールの聖地 凱旋門のフランス国旗でございます」
「ほっほーっ! おっかーから細君にご出世か? いずれ仏蘭西のお万所、マリー・アントーワネットになられるであろう」
「いやー 恐れ入ります これ政子、大僧正さまにお祝いを申し上げろ」
「なんと! お万所さまは政子姫でござったか。しからば北条家から参ったか?
「はい よくご存知で」
「いやいやいや そうでござったか、それは目出度い。来るたび馳走になって相すまんなお万の方さま。
おお そうじゃ! 当家はサイクルショップみなもと じゃったのう、ご亭主は為朝どのか? いやー じつに目出度い」
「目出度いのはご坊さまでございますよ、大僧正ともなれば総本山へご栄転で?」
「本山? ワシには本山などござらぬよ。ぬしゃーワシを遠くへ飛ばしたいのか?」
「へっ? … ご出世でございましょう?」
「うむ 大僧正というのはな イグ大僧正なのじゃ」
「へっ? イグ大僧正 … なんですの?」
「うむ しらふでは話せん、まあ飲め お万所の方さまも飲め」

どうもこのあたりから話が変になって参ったのでございます。だいいちしらふであんな駄洒落が言えますかいな。
正月早々から店を閉めて行われた大僧正さまご祝賀の宴、その顛末はシリーズ(4)にて詳報いたしたく暫時休憩させていただきます。
休憩理由はシャックリが止まらないんですわ。

「やい! クソ坊主 おらの注ぐ酒が飲めなーい てぇーのかべらぼーめー ヒック」
「ワシはのー ヒック、初しぼりの柳影が飲みてぇーと申しておるのじゃ お万の方どの聞いとるかー」
「僧正さま わちきもヒック、 鞍馬より牛若丸が出でまして そなたのヒックを九郎判官 ヒック 義経にしておけー」

自転車屋オヤジ独白シリーズ (2)
2013/01/09

サイクルコンピュータ

平日の昼近く、店頭にご坊の自転車が止まりました。
目が合うとニコニコして手招きする。
「あちゃー また来たよ、なにか食わせろとでも言うのかな」
このご坊、どういうものか飯時になると現われる習性があって、この前などは正月三日の夕方に来ました。
店は正月休み中で女房は実家に行って留守。わたし一人おせちの残りで一杯始めたばかりで、それをどこかで見ていたに違いないタイミングで現れるのだから大した眼力です。
「いやー ご亭主すまんな、柳影ならワシも戴くぞ」
「ご坊、ヤナギカゲってなんです?」
「柳影を知らんのか、般若湯じゃよ」
「ハンニャ? ははー 酒ですか?」
「うむ ご酒じゃ、冷やでかまわん。ご亭主は熱燗か?」
「ちょうど惣誉の初しぼりという生酒がありましてな、これは冷やして飲む酒です」
「ほー 初しぼり それは本年初福でござる、ご亭主気が利くのう。ワシを待っておったか? はっはっはー。
ご亭主、このゆずきんとん 香りは秀逸じゃが甘すぎないか? ワシら酒飲みは糖分の摂取には気をつけんといかん。
僧坊でワシらはの、豆腐とオカラの油揚げしか食わん。醤油など塩分のモノも使わんぞ、豆腐にきざみネギを乗せて戴くだけじゃ。
なに 柳影か? アレは別格じゃ殺生にあたらん、仏様も戴いておる。
じゃが濃い味付けはいかん、贅沢はカラダを滅ぼす元じゃ。
おっかーによう言っておけ砂糖も塩もいかんとな。あーっ その味の浸みたしょっぱい昆布巻き! ワシ最後に食おうと取っておいたのにぃ」
万事この調子である、今日は真っ昼間から何しに来たものやら。

新しモノ好きの俊水ご坊が手招きして指さすハンドル部に、見慣れないコンピュータが鎮座していた。
いそいそとやって来た訳は新型コンピュータを見せびらかしたかったからだと分ったがそれにしても昼飯時である、コンピュータのお祝いをしろと言うのかも知れない。
「GPSですかい?」
「いやアレは高くて拙僧には買えん、それにデカくて重いぞ。携帯電話ほどのモノをハンドルに乗っけてなどおれるか、ワシはスタイリストじゃからのう はっはっはー」
「確かに普通のサイクルコンピュータとサイズ変わりませんなあ」
「じゃろう、自転車と一体化して美しいじゃろが」
ご坊、図に乗って続ける。
「コレはGPSではないが高度計測と斜度表示が出来る優れものなのじゃ。
ワシのようなアドベンチャーにはペダル回転数や心拍数より標高や登坂高度のわかるモノが必要なんじゃ。
心拍計ならポラールの腕時計タイプでよい、自転車を担いで岩を登るときなどには腕時計型がゼッタイじゃ」
「ほうほう、アドベンチャーですか? 本業のほうも山あり谷ありですな」
ご坊、わたしの皮肉を無視して続ける。
「ホレ見てみい ここに128mと出とるな、コレがこの地点の海抜高度じゃよ」
「ご坊、この辺り百メートルもありますかねぇ。もっと低いでしょうよ」
「なに! 百メートルもないとな、うーむそれはいかん。なんとしたことじゃ! まがい物を掴まされたか?」
「まあまあ ご坊、落ち着いてください。グーグル地図で見てみましょう」

標高・海抜 で検索するとマピオン無料地図という親切なサイトがあって、わたしのお店地点に?印を当てると98mと出ていました。
「ご坊、128mというのは出発地じゃないの? 取り付けて電源を入れた地点の高さが記憶されているのでは?」
「うーむ わからん、Amazonの商品説明には操作簡単と書いてあった。帰って取説をよく読む」
「はい、そうなさいませ。
そうそう ご坊、この前の初しぼり 少し残っていますから持って帰って飲みながら取説などご覧あそばして…」
「そーかぁ すまんのご亭主。じつはのー アレが気になっていてな、取説など読まずに取りつけを終えたら一直線に山を下りてきたのじゃよ」
唐草の風呂敷に酒瓶と塩バタピーナッツを包み、それを背中に斜めに背負って立ち漕ぎで去って行くご坊のスタイルは藍染作務衣に刺し子の地下足袋、カヤで編んだカスクを青大将の皮で補強したヘルメットだから確かに野生のアドベンチャーでございます。
破戒の僧ながらアタマだけは剃り上げているのでカブリモノがないと寒いのは分るが、青大将のヘルメットとは閻魔様の一番弟子かあー。
アタマを剃っているのは托鉢をする際の必需からだそうですが、わたしの印象では強奪に近い。
それでも憎めないのは、Amazonのネットショップで買ったサイクルコンピュータ(以下サイコンと略)を臆面もなく町の自転車店に見せに来る鷹揚さ、笑ってしまう程の無神経さでございましょう。

ご坊の自転車についていたサイコンをネットで調べてみました。
メーカー側のねらいもアドベンチャー仕様となっており、自分の現在地点の環境計測が主眼と謳っております。
走行速度や距離などサイコンの最低条件は保ちつつ、温度計と気圧計を持つことで現在標高を算出。距離に対する気圧変化から斜度を算出となっています。
ここで注目すべきは、標高・斜度を算出とあるところ。
直接計測とはどこにも書いていない。
温度と気圧で海抜高さは判るだろうが、それは判るだろうという程度のもので計測器とはとうてい言えない。
何度も補正を繰り返して道端の道標に書いてある標高に近い値をやっとこ表示させ、そうして安心する。そんなのないよね。
斜度・傾度に至っては、意を決して”そこ”を走り抜けた数秒後に算出されても遅いよね。
家に帰ってからサイクル日記に「今日ぼくは頑張った、△△峠〇〇度の登りを気合で制覇」と書き込むときの参考にしかならない。
購買者の感想コメントにある通り”おまけの機能”として考えるなら、これらの機能を上手に使って楽しむことはできるだろう。

俊水ご坊がアドベンチャーの現場で本気で命を託すとしたらこれでは駄目である。
少々高価でも少々重くてもGPSロガーを手に入れなければ俊水ご坊は嶮しい山中か月の砂漠で命を落とすことになるだろう。

そのころ山の草庵ではくだんの怪僧が酔眼に眼鏡をかけて苦悶していた。
ちゃぶ台に立てた酒瓶をどかして英語 仏語 伊語で書かれた取説を広げるのだが、高度補正のところがいまいち分らない。
そのページの裏側のスペイン語のとなりに日本語表記があるのだが、其処に行き着く前に初しぼりで酔眼になってしまっていた。
僧は那由多のことで苦悩するのが勤めだから放っておいてよいだろう。
そこには小さな文字でこう書いてある。

(一部抜粋)
本器の高度計測は内蔵された圧力センサーで気圧と気温の変化を検出し、国際民間航空機構(ICAO)が定める国際標準大気を元に作られた、ISO2533の高度と気圧の関係から高度に換算します。
そのため同じ場所でも天候による気圧の変化で計測値が変化します。また安定した天候でも早朝から夕方にかけて30m以上の変化があることを念頭においてください。
中略
本器は次の4つの高度関連計測と気温の計測が行えます。
(1).海抜高度…現在の海抜高度を表示。
         *計測開始前に補正が必要。
(2).傾斜 …  45°の傾斜を100%として現在の傾斜を±で表示。
         *数回分の高度変化と走行距離から演算し、約3秒毎に更新される。このため更新に遅れが生じます。
(3).登坂高度…リセット地点から現地点までの登った高さを表示。
(4).累積高度…登坂高度の累積を表示。
*高度計測は走行中3秒毎に更新され停止状態では更新されません。
以下略

続いて補正の仕方が書いてありこれが細かで煩雑な作業なので、酔眼ご坊には実行不可能でございましょうなあ。
次回おいでの際に果たしてこのサイコンが取りついているかどうか、楽しみでございます。
それまでにGPSロガーの見本品と成約プレゼントの初しぼりを用意しておこうっと。

男の意地
2013/01/02

二十数年前のことでございます、私の自転車店でスポーツ車をお買い上げになったある坊ちゃんのお話です。
坊ちゃんが高校二年生になって、もうじき夏休みというころでございました。
練習ロードの県道で左折の大型車に巻き込まれて怪我をした、という話を聞いてさっそく私はお見舞いに参りました。
夕刻ではありましたが、自転車で怪我と聞いてはお見舞いを申さねばと思ったのです。
坊ちゃんのお宅は、お父上が建設会社の社長をされていて大層な羽振りでございました。
当時は昭和と平成の境目のころで、まだまだバブルが膨らんでおりましてな。
田舎町ゆえ建設バブルの勢いは少々の非合法など飲みこんで膨らませて、それでまーるくおさまっていたのでございます。
豪勢なお屋敷の庭先に立派な車庫があって、ベンツの横に泥だらけの曲がった自転車が置いてあるのを見たとき私は背中に冷たい汗が流れたのを憶えております。
「この壊れようは大変な怪我なのかも知れない、もう自転車には乗れない? それよりも会社の二代目跡継ぎとしての坊ちゃんのおカラダは?」

恐る恐る案内を乞うと、専務様が出てこられ
「おう 自転車屋、いいところへ来た。いま若い衆を使いに出してあんたを呼ぼうとしていたところだ」
「ひえー 専務様、私どもの自転車に落ち度がございましたかーっ お許しくださいましー」
「そうではない、まあ上がれ」
私は、ひとり息子の怪我に激怒した社長から日本刀で首を刎ねられるかも知れないと膝が震えました。
私に逃げられないよう専務は穏やかに話しているが、使いを出して私を呼ぶとは並々のことではない。
こちらの専務様は社長の娘婿、つまり怪我をされた坊ちゃんとは年の離れたお姉さまの旦那様で若いころは無法松の良介と仇名された暴れん坊。
暴れん坊ぶりを気に入った社長が何処からか連れてきて、土建関連の仕事をさせているうちお嬢様と結婚して婿になった。
この専務、常々年の離れた義弟であり当家の二代目である俊太郎坊ちゃんを幼少期からかばい続け、いじめたりした者には容赦のない報復制裁を加えたとの噂を聞いておりました。
使いの衆とは背中に紋々を彫ったこわもて衆に違いない。

通されたのは応接間でなく居間のほうでした。
「ひえー 応接間を血で汚したくないので居間を選んだのだ。もうだめだ、遺書も回顧録も書く猶予はない」
居間続きのキッチンなら水で流してモップで拭いて、私の本体は山奥の砂防ダム工事の基礎にコンクリで塗り込むつもりだ。
貯水され砂の堆積したダム底部を破壊してまでの捜査は県警にも不可能、私は永遠にダムの上空で輝くイカロスの星になってしまう。
残されたカシラ部分はどうなるのだろう? 干乾しにして車庫の屋根の火除け瓦になってしまうのだろうか?
沖縄のシーサー像が頭に浮かんだのでございます。

居間には3人分の酒の用意がしてあって、すでに社長は飲んでいました。
背後の床の間に下がった掛け軸は、解説など一切不要の日の丸。いやー明快ですなあ。
鹿の角に掛けられた日本刀はなんと! 鞘袋が外され、柄にはたったいま水が打たれたらしく水滴が光っている。
「ひえー 社長は本気で私を斬ろうとしてなさる。
ならば大型車の運転手はどうなんだ、なにっ! とっくに簀巻きにされてダム湖に放り込まれた?」 

「自転車屋さん こんな時刻に呼び立ててすまんな」
青くなってかしこまる私に社長は声を掛けて続けた。
「せがれの乗っていた自転車が壊れてしまってな、それで来てもらった」
「ひえー 何とも申し訳ございません、してお坊ちゃまのお怪我のお加減は如何でありましょー」
私はかすれた声でやっと申しました。
「うむ あそこで元気に飯を食っておる」
社長の指差すキッチンの方を見ると、額に包帯を巻き右肩から三角巾で腕を吊った俊太郎坊ちゃまが左手を器用に使って猛烈な勢いでご飯を食べていた。
よかったー、あの食いっぷりならもう大丈夫、私の命も助かるかも知れない。大型車の運転手だけ簀巻きにすればよいのだ。

「わしは自転車などもうやめて受験の勉強に精を出せと言ったのじゃが、本人がなあ この夏まではやらせてくれと言うんじゃよ。
夏のあいだ自転車をやったら秋から猛勉強して、東大にでも京大にでもマサチューセッツにでも入ってみせる。だから今はこのまま自転車をやらせてくれと言うんじゃ。
父親のわしに面と向かってどうしたいと、せがれ俊太郎が言ったのは初めてなので驚いておる。
この後は専務が説明するから聞いてやってくれんか?
わしは ちいーとばかり飲み過ぎた、もう寝る。
なんだか今夜は嬉しくてなあ、年を取ってから出来たせがれだから甘やかしておったが、少しは芯が出てきたようだ。
おーい専務 頼んだぞ」
呆気にとられる私の前で社長はふらりと立ち上がり、あいさつをする間もなく奥に消えて行った。

「自転車屋さん 飲みながらオラの話を聞いてくれ、ささ遠慮はいらねえー 帰りは若い衆に送らせるでよー」
代って専務が酒をすすめ、肝心の話というのを切り出した。
酒を飲みながらの話というものは長くなるので、会話調をやめて要点を書くことにいたします。
そうでなくとも私の文章は長いといわれます、恐縮です。
刎ねられると思った首がつながったので、こころもちペンが軽くすらすら運ぶのですわ。
それにしても大型車のほうはどうなったのでしょうねえ。

山奥の砂防ダム工事現場から細い林道を降りてきた専務の自動車電話が、受信可能地帯に入ると同時にけたたましく鳴った。
途切れ途切れの会話ながら俊太郎ぼっちゃんが怪我をしたという知らせだった。
工事監督車にのみ許されている赤色回転灯を点けてサイレンを鳴らし、うろたえる工事車両を蹴散らして県道まで降りてくると、たまたま通りかかった県警のパトカーが赤色灯を見て止まった。
事情を話して先導させ急ぎ我が家へ飛び込んだ。
編み上げの長靴を脱ぐのももどかしく編み紐を熊よけナイフで切り開き、ヘルメットのまま居間に駆け込むと、
腕組みした社長の前でぼっちゃんが包帯姿も痛々しくうな垂れていた。
聞くと、前方の大型車が減速したので左側から抜こうとして前に出たところを左折の大型車のバンパーに押し飛ばされて田んぼに転落した。
田んぼには伸び始めた稲が植えてあって、ジャンプして頭から飛び込んだ坊ちゃんと自転車は折り重なって着地したのだが、水を張った柔らかい田んぼで助かった。
稲の葉で切った額の傷も空中で車体にぶつけた打撲も一週間もすればよくなるとのこと。

「社長 よかったすねえ この程度ですんで」
「よくない! こいつ自転車をやめないと言うんだ、しかも夏休みには毎日200キロ走るなどと呆けたことを言っておる。
専務、意見してやってくれ! あんな危険な県道を朝から晩まで自転車で走っていたら命がいくつあっても足らん。
だいいち学業はどうするんだ! 
おまえは土建屋を小馬鹿にしているフシがあるが、ダムのアーチと山容に合わせた基礎部の設計と強度計算にはマサチューセッツ工科大学を卒業した偉い技師でも難儀しておる。
いいかおまえはわしの跡継ぎなんだぞ、良介専務はなあ おまえに義理立てして社長はおまえにと言っている。
おまえが一人前になるまでわしは生きられそうもない、専務に頼んでおまえを仕込んでもらおうと、それも約束してくれた。
これからは専務を父親だと思え。
だが、そのおまえが自転車なんぞにうつつを抜かしていてどうするんだ!
だいたい何だってそう自転車にこだわる。わしの会社が作った公営プールで泳いでオリンピックに出たほうが安全じゃないか!」
自転車はな、日本ではまだメジャーではないからたとえオリンピックに出られたとしても競輪学校の予備校程度にしか世間のひとは思わない、やくざな商売だと思われているんだぞ。
そうでなくともわしの建設業はやくざな会社と誤解され、悔しい思いをしたものだ。
おまえが自転車で本物のやくざにでもなったら、わしは会津の曾い爺様に申し訳がたたん。
会津の曾い爺様はな、さむらいの真を一心に貫いて鶴ヶ城に殉した英雄として城内の石碑に祀られておるほどじゃ。分家したとはいえわしの家からやくざ者をだすわけにはいかぬ。

それまで使えるほうの左腕を畳についてうつむいていた俊太郎坊ちゃんの肩がぶるぶるっと震え、畳の上にボタリと何かが落ちた。
はっとした専務がぼっちゃんの顔を覗き込むと、目に涙をいっぱい溜めて絞り出すような声で言った。
「おっ 男の 意地だ!」

畳の上にガタリと何かが落ちた。
専務の手からヘルメットが滑り落ちて転がったのだ。
「聞いたかや 社長! 
男の意地とはただごとじゃーねえ、めったなことで出てくるせりふじゃーありません。
中味は何だか知らねーが、ガキだガキだと思っていた俊太が意地だと言っているんですぜ。
社長ーっ、こりゃー 会津の血にちげーねえ。嬉しいじゃーねえですかい!
ここは一丁おいらに任せてやっちゃーくれませんか。
おいらのでぇーじな弟だ、男の意地 張らせてやりやしょー!」

俊太郎ぼっちゃまの男の意地とはこうである。
高校二年生の夏休みを前にいよいよ進路の選択、志望学科の絞り込みなどで教師と面談がおこなわれ夏休みの過ごし方の指導があった。
計画を聞かれた俊太郎は教師に言った。
「ぼくはこの夏休みはカラダを鍛えることに専念します、勉強は二学期からということにしてください」
「してくださいってキミ、この時期はキミの将来がかかっていることなんだよ。
カラダを鍛えるのはもちろん悪いことではない。朝夕腕立て伏せとか懸垂とかやったって、休憩を入れても一時間あればいいだろう。
まさか10時間はやらんわな」
「いえ 10時間やります」
「なにーっ 10時間もナニをやるつもりだ」
「自転車です」
「ナニ! ジテンシャだとーっ キミは教師のわたしを愚弄する気か。ジテンシャで10時間 毎日100キロも走ると言うのかーっ」
「はい 毎日200キロ走ります」
「ナニーッ! いま、何と言った?!」
「毎日自転車で200キロ走ると」
「クゥーッ クククッ ややや やりなさい 毎日200キロ、40日で8000キロ、やれるもんならやりなさい。
達成したならみとめてやる、だが未達の場合キミの二学期は一年生の二学期へ降格だ。それでもよいか」
「はい 必ず」

私は仰天しました。
このひょろりとした体格の、高校生というより背の高い中学生のような坊ちゃん坊ちゃんした俊ぼっちゃまの、どこにそんな豪気の虫が隠れていたのだろう。
それにしても200キロを40日続けるのは無理だ。ツールを走るプロ選手は練習で山岳100キロ、平坦路なら200キロ以上は当たり前だが体調万全が前提のこと、機材と栄養補給、医師 トレーナー陣など経費の投入量が半端ではない。
ひとりの選手に毎月数百万円の費用を投じてトレーニングしている、しかも休息日には走らせない徹底して休ませる。
あの有名なツール・ド・フランスでさえ18ステージのレース期間に四五日の休養日を設け、3週間以上かけて3500キロのツールを完徹するほどだ。

良介専務が続ける。
そこでだ 自転車屋さん、あんたにも手伝ってもらいたい。
大急ぎでロードレース用の自転車を2台用意しろ、一番軽くて速いヤツだ。
金のことは心配するな、あんたの分の儲けはもちろん取ってよい。
車体は色違いにしろ、赤と白だ。どっちで走っているか判るようにな。
考えられる消耗品も2セットづつだ、夏休みに間に合うようすぐに掛かれ。
それとな、レーサー用のサイクルウエアとヘルメットもだ、フランスだろうがイタリアだろうが体にいいヤツを手配しろ。真夏用の対策がなされたものだ、高くてもかまわん。
「はい、アパレルはジャパンのパールイズミが最高かと」
よし それでいい、補給休憩のたびに着替えるから10着分だ。
いいか、1台目で100キロ走ったら2台目に乗り換える。あんたはすぐにメンテしてアクシデントに備えるんだ。
そして夜のあいだに2台ともていねいにメンテしてくれ。
2台のセッティングは同じにして乗り換えの違和感などないようにするんだぞ。
タイヤの傷など見つけたらウムを言わさず交換だ、いいな。
メンテミスで二代目に、いーや会津さむらいの十一代目に怪我なぞさせみろ、死ななきゃならないのはオラだけじゃないぞ。分ってるな!
「ひえー わかっとります です」
距離と時間の計測だが、オラの大学時代の友人で光学計測機器メーカーにいるヤツを呼ぶ。高校のなんとかいう教師にイチャモン付けられない公式データを取ってやる。
「あのー 専務さん コースはどーするんで? 公道で200キロは何かと障害が…」
そこだ、オラに考えがある。
コースはオラに任せろ、あんたは自転車の整備と走りのペース配分を考えてくれ。
オラはなあ、何としてでも二代目の男の意地 通させてやりてーんだよー。
わかるな 自転車屋ー! わかったら さー飲め、飲めねーってのかー!
「ひえー わかりましたでございますぅー」

熱くなった良介専務が「オラの考え」を一晩で書き上げた特設コースの図面を見せられたとき私は、
「ひょっとしたらいけるんじゃないのか、一日に200キロメートルを40日続けるハード面は完璧だ」
俊坊ちゃまのハートが折れないことと体力が最後までもつこと、台風など荒天のないことを祈る気持ちになりました。
特設コースは意外なところにありました。
私どもの田舎町の近くを那珂川という大きな川が流れています。上流からきて堆積した土砂を取り除く工事が何年も続けられていました。
工事業者のダンプカーが土砂を一か所に集め、巨大な機械にかけるとゴミが取り除かれ砂と土と砂利により分けられて建築資材や盛り土に再利用されるのです。
土砂を採って川の流盛をよみがえらせ、景観を回復させつつ資源も得るのですから国土保全上の大事な国の事業です。
工事は国と県の認可を得た業者により行われています。
土砂を運ぶダンプ道は広い河原のなかに幾本も造られており、砂塵を防止するため舗装されています。舗装することが認可の条件なのです。
最終的に国に返すときには舗装を撤去して元の河原に戻すのですが、数年先のことです。
土砂を掘る場所が変わってダンプカーの走行ルートも変わり、使われていない道がありました。
釣り人のクルマが土手を越えてここに駐車していても特にお構いなし、そんな扱いの道のなかに直線が長く舗装状態のよいものがありました。

良介専務は山のダム工事を手掛けておりましたから、採石業者とは知り合いです。
たちまち話がまとまって休眠中の道路を借り受けることができました。
河川に仮設の道路を敷く使用権を国は業者に期限付きで委譲しています、仮設とはいえ道路ですから自転車が走ってもしごく当たり前。誰も文句なしです。
道路を借りる契約を済ませてからの専務の働きは早かった。
そりゃー あなたにも見せたかった、鬼が憑いたかと思うほどの働きです。
本業のダム工事のほうは現地の代理監督にまかせて掛かりっきりになりましたが、誰も文句なしです。鬼の憑いた男に文句など言えましょうか。
若い衆を投入して河原の草刈り、取り付け路の整備、井戸掘り。
若い衆もよく働いた、みんな二代目の男の意地に惚れたのです。話を聞いて手伝いに来る人まで現われました。
あのへたれ御坊などは、元々本業などありませんから毎日自転車でやってきて邪魔にならない程度に石運びなどしておりました。
弁当がもらえて夜は飯場でタダ酒も飲めるから来ていると思っていたら、それが結構やるのです。自転車で足腰だけは鍛えてあったようで若い衆が見直して仲間に入れました。
終いには始業の安全唱和に先だって勝手に朝礼台に上がり、禅の気合を説教する始末です。

並行してロードサフェーサーという舗装の表層を削りながら新しい舗装面を造る凄い重機を入れて、元のダンプ道を一周2.5キロのわだちのないテラテラのサーキットに変えてしまったのです。
直線路の両端に半径20メートルの旋回エリアを新設し、ゆるやかなバンクをつけて減速することなく向きを変えられる工夫も付けました。
素晴らしいサーキットの走行路添いには延々とバリケードを置いてタヌキやウサギなどの動物や釣り人のクルマを遮断。
占有権を借り受けていますから文句なしです。
文句など言う釣り人はありません、気迫に圧倒されて近寄ることもできません。
サーキットの圧巻はシャワードームです。
コース南端近くの直線部に25メートルの農業用ビニールハウスをかぶせ、パイプに沿わせて数十個のスプリンクラーヘッドを取りつけ河原に掘った井戸から那珂川の伏流水をミスト状に噴き出す。
このミストはドーム内の気温をあっという間に引き下げます。外気温が高いほど効果的なのは伏流水温が13度で安定しているからで、専務渾身の大発明と言えましょう。
今でこそ夏のマラソンコースになくてはならないものですが、この下を通過した選手のモチベーションを確実に呼び覚ますこの装置、昭和と平成のはざまのころには誰も思いつかなかったのです。

さらに本部施設として仮設ハウスを何棟も運び込み、ガレージ ポンプ室 発電機室 医務室 仮眠休養室 監督室 トイレ 食堂 シャワー室、さらには鉄パイプを組み上げた見張り台にサーチライトと実況放送や応援BGMを流すスピーカーまで設営してしまったのです。
そして専務のご学友である光学機器の専門家が作った周回数のカウント機器は、現在速度と本日距離・累計距離を大型液晶モニタに常時映し出す本格派。
二十数年前にはこんなもの鈴鹿サーキットにだってありゃーしません。
この専門家は勤め先に掛け合ってこの機器を社業の研究試作として持ち込み、40日間ここに泊まり込むという入れ込みよう、なんとありがたいことでございましょう。
現在の、あの世界に冠たる総合計測機器メーカーに発展されたのはいうまでもありません。

本部対面の応援桟敷席は日除けで覆われ、清涼飲料商社提供のベンチが用意されました。仮設とは思えない出来です。
風が吹いても飛ばされないようしっかりと固縛も施されました。若い衆のなかには鳶も電気工も左官職もいるのです。
坊ちゃまの同級生が段ボールで手作りした日めくり式の残り日数と残り距離を表示する大きなカウントダウンボードは作りの幼さが涙ものです。
応援用の大太鼓が早々と運び込まれ、飲み物の自販機は無料です。
良介専務は完璧なプライベートサーキットを一週間で、夏休み2日前に間に合わせてしまったのです。本当に鬼が憑いた、私は胸が震えました。

開通式にはご両親、専務夫妻、若い衆や工事関係者、坊ちゃんの同級生 自転車仲間など50人ほど集まって祝いました。
あの宗派不詳のへたれ御坊が頼みもしないのに朝一番から自転車で駆け付けて、初めて見る凛々しい導師衣装に着替えて安全祈願 初志貫徹いや意地貫徹を祈ってくれました。
社長が差し出したお布施は無遠慮にもしっかり懐に入れたそうでございます。

走り初めは俊太郎坊っちゃまです。
赤と白のロードレーサーも間に合いました。
サイズピッタリの軽量ロードを駆る坊ちゃまのライディング姿はベルギーが生んだ自転車界の英雄 エディー・メルクスが1972年に一時間で49.431キロメートルという今も破られることのないアワーレコードを樹立したときの走りっぷりを彷彿とさせ、私は涙がいや目から汗が流れてしかたありません。
赤の号車でスタートし直線を端まで行って白号車に乗り換えてシューっと戻ってきた坊ちゃまは、紅白の祝い陣幕で飾られ太鼓が打ち鳴らされて大歓声の本部前を通過するとき両手を高々と挙げて手放しVゴールの練習。
私は監督メガホンをとって叫びました。
「俊太ァー! その練習は一回だけだァー、40日後に思いっきり見せてくれェー。
それまではハンドルから手を放してはならん、しっかり構えて前を見ろーっ!」

最初は専務に脅されて手伝うはめになった私ですがいまは本気のスタッフの一員なのです、なんと監督の腕章を良介専務より授かってしまったのです。
俊太郎坊ちゃまが男の意地で8000キロを走り切る決意なら、それを支えるスタッフも意地です。
意地なら戦後闇市の無頼派を見て育った私ら無頼見習い派は、本格派には少々負けるものの気合が一本違いますぞ。
私らの田舎町では水道水が年間13度の那珂川伏流水です、13といえばジーザス・クライストです、ロックンロールです。
私らは毎日飲んでいる水のせいか町中全員年寄りだってロッカーです、ロッカーは男も女も意地が大好きなんです。
直接尻を押したら反則ですが、うしろからウチワで風を送るのは違反にならない。
意地の大ウチワがばっさばっさと打ち振るわれて意地風となって坊ちゃまの背中を押し出し、ロックの大太鼓がアスリートの胸郭をリードして呼吸を肺に押し込み酸素を血液に溶かし込むのです。

最終章
かくして40日間にわたる俊太郎坊ちゃまのタイムトライアルはスタートしました。
読者のみなさまはもう分っちゃっているでしょうが、坊ちゃまは男の意地を貫き通し毎日10時間走り続け日当たり200km超を走りぬいて、40日を待たず8000キロを突破したのでございます。
男の意地をかけて走り続ける彼はなおも40日目に向かって走りました。
その実況はじつは書いても面白くないのです。
その訳は。

彼は走った、黙々と走った。
向かい風の日は歯を喰いしばって走った。
照りつける太陽が容赦なく彼の肌を焼いても、良介兄貴と若い衆が渾身でつくり上げたシャワードームを通過するたび那珂川の冷気を浴びて生気を取り戻し、けっしてペダルを止めなかった。
たったひとりのトライアラーは大観衆のなかの孤独に耐え、監督の指示通り前だけを見てペダル回転数を守る。
期待の重圧に押し潰されそうになるたび 「おっ 男の意地だー!」 あのとき嗚咽しながら畳に落とした涙を思い出して勇気を奮い立たせ、延々と続く陽炎のロード八千キロに立ち向かっていったのです。

明治の黎明期、坊ちゃまのお父上の故郷 会津の曾爺様のさらにお父上は居並ぶ官軍の砲術隊を前に抜刀一声、
「お上の軍にたてつき刃を抜くは不本意ながら、不条理にも先に発砲されしは越境軍のそちらでござろう。書状も持たず挨拶もなく大砲をもって開城を迫るとは不届き千万 不逞の極み。
われら会津藩士には絶対の心得がござる、ならぬものはならぬのじゃ。しからばよいかよっく聴け、もってもののふの意地をしめさん」
そして背後の同輩には、
「不逞の輩を成敗するはわしひとりで十分じゃ、諸氏は城を守られよ。願わくは妻子のこと お頼み申せたら幸い至極。会津一刀流 福島 俊一郎 水虎 いざ 参る!」
硝煙けぶる鶴ヶ城を仰ぎ見て一礼するや左手で脇差をも抜き払い、二刀両翼の見事な構えのまま賊軍に向け駆け出していったそうでございます。

どうです、感動的でしょうと言ったって、走っているときの状況は俊太郎坊ちゃんも水虎さんのことも映像には勝てません。
映像は、「感動しろ!」なんて言ったり書いたりしなくとも伝わるのだからズルいよ。
そろそろ疲れた作家は上の初めの五行を40回書くしかないのだから面白くない。
実況を書いても面白くないとはそのことなのです。けっして著者のちから不足ではないのです。

マシントラブルや体調の変化を創出すれば話は面白くなるけれど、そんなことは専属メカニックであり監督である私と管理栄養士さんが許しません。
栄養士さんは外気温と走路表面温度を参考にしながら無線で送られてくる心拍数の変化をモニタで見て、ドリンクの水分量とカリウム濃度を調節して手渡す。
このとき選手が栄養士さんの差し出すボトルを取るその一瞬の取り方で、今の彼のモチベーションが判るという。
それほどスーパーな栄養士さんなのだ。体調なんか崩してたまるかってんだ べらぼうめー。
なにーっ!選手のモチベーションなら監督の采配の領域、おれに任せろ べらぼーめー。
監督たる私は補給のたびに着替える選手の汗の滲みたレーサーパンツを裏返し、サドルと接するパッド部分の尿道から会陰部あたりをじっと見る。
擦れが起こっていないか?血尿の兆候はないか?
動物の母親は産まれてすぐの赤ん坊のお尻をなめて排便の気運を促すという、裏返した選手のパンツを鼻に押し当てている私を異常者という者はおるまい。
私は監督、選手のモチベーションはパンツの裏を見れば判る。判らいでかー べらぼうめー。
次の補給時に着用する洗い立てのパンツを持ってこさせ裏側をていねいに点検する、洗濯機のなかでパッドに毛髪が絡み付くことがあって、そのまま穿いたら大変なことになる。
しわを取ってシャーミークリームを塗り込む。
このクリームはヨーロッパ生まれの優れもの、アメリカ製は成分が危険だがヨーロッパのは信用してもよい。
リング上でボクサーのまぶたの上の切れやすいところにセコンドが何か塗っていますよね、アレと同じようなものですがドーピングテスト合格のシールが貼ってあります。

ところで坊ちゃまの10時間タイムトライアルは走行時間が一日10時間という極めて過酷なものです。
補給休憩やトイレタイム、まさかのマシン交換に要する時間には時計が止まる仕組みなのです。
対して何十台もの自転車が参加して行われる耐久レースはロスタイムにかかわらず時計は進み、3時間か4時間あるいは選手を交代しながら8時間という設定ですから選手は車上で補給食を食べながら飲みながら出来るだけトイレは我慢して走り続けます。パンクでタイムロスしても時間が来たら終了、そこまでの到達距離で順位が決まります。
これは終わる時間が分っているからいいんです。
へたれても速度を落として時間まで走ってさえいれば、花火が上がったときコース上に二輪で立ってさえいれば完走証を貰えます。

俊太坊ちゃまの10時間200キロの過酷さはロスタイムでは時計が止まると先に書きました。だからってゆっくり休憩しているとカラダが冷えて膝や筋の感覚が戻ってしまい、再スタートしてから調子がでるまで時間を要します、そしてその間の故障が一番心配なのです。
そこでトイレと食事後の仮眠休憩以外の水分とエネルギー補給は走りながらのボトルになります。
飲み終えたボトルはそのまま持って走ると空力上不利ですからコース脇に投げ捨てます。
ボトルが投げられると女子生徒が応援席を飛び出し、河原の石の上を走って取り合いです。坊ちゃまは男前のうえに前人未到に挑戦するアスリートですから人気ありますなあ。

そんなことより、休もうが休むまいが10時間ぶんはきっちり走ってもらいますよ、という約束は日にちが経つほど効いてきます。
夜はマッサージを受けて眠りますが、蓄積した疲労は筋量をそぎ落とし続けています。
くわえて200キロの宣言です。
ふたつ完徹しないと一日が終わらない、10時間たって180キロだったらまだまだ走らなければならないのです。
追い風に味方されて快調に200キロ刻んでも、8時間だったらまだ2時間走らなければならないのです。
風に押し倒されたのならいい、迷い込んだ犬に当たって倒れたのならいい、自転車を引き起こして再び走りだせばセーフです。
もしも速度ゼロになって足を着いたなら、辛くて押して歩いたなら、応援席から罵声と石が飛ぶ前にこのプロジェクトは終了です。
私はそのときはそれでいいと決めていました。16歳の坊ちゃまは背の高さは大人以上でも筋と骨格は少年です、内蔵や心臓、脳も少年です。
”もがき”で酸素不足のまま2分走らせ続けたらどういうことになるか! スーパーな管理栄養士に言われるまでもなく、監督たる私は十分にわかっています。
「石つぶては私に当ててください。選手はまた走るのです、お願いです選手に石を投げないでください。
今は走れなくとも再び立ち上がる勇敢なる選手は監督を替えて再生し、来年また挑戦を続けるでしょう」
私は辞職の挨拶をひそかに用意してここにいます。
替わりの監督がいるのなら今すぐ交代してもよい。万力で胃袋が締め付けられている思いのまま、坊ちゃまの走りを見つめているのです。

最終日の8月31日正午、ドンドンドン-ドンドンドンと呼気をリードする応援の大太鼓に合わせてスースーハッ-スースーハッ 鼻から吸って口に吐く。
見守る私たちもスースーハッがすっかり身についてすこぶる健康です。
過呼吸になるくらい酸素を取り込んでいます。
ドドンドーン 花火が打ち上げられ、計測器のモニターが止まりました。
距離8725.521km 415時間28分08秒 平均速度21.01km/h 瞬間速度47.22km/h。
輝かしい記録が表示されています、でもそんなのどうでもいいんです。
40日間走り続けた事実だけ表示してくれたらもういいんです。

白号車で最終ターンを回った坊ちゃまに私は約束のVゴールを指示しました、解禁です。
ところが彼はハンドルから手を放すことなく本部前に一直線に戻ってきたのです、そして残っていた赤号車を指差し私に乗れというのです。
2台でふたりでウイニングランをしました。
坊ちゃまの汗を吸い込んだバーテープは握る部分が擦れて指型がついていました。
私には大きすぎるフレームはペダルを最後まで踏み切れません、坊ちゃまが左に付いて右手で私の腰を押してくれます。
いつの間にか太い腕になっていて凄い力で押してくれます。
どんどん速度が上がります。
「監督、ぼくが押すからVゴールやってよ」

大応援団が大太鼓に合わせて ドンドン-わっしょい ドンドン-わっしょい 応援コールを繰り返しています。
こんな感動的なゴールシーンはランス・アームストロングだって経験したことがない。
応援席の最後列でひっそりと泣いているネクタイをした場違いなオヤジは何とかいう高校の教師だそうで、十日も前から毎日来ているのを監督である私は知っていました。
本部席でお母上が泣いています、社長も専務も奥様も若い衆も看護婦さんも計測技師もへたれ御坊も同級生のみなさんも大型車の運転手も町中のみなさんが泣きながら笑いながら手を振って、紙吹雪の用意をして待っています。
グイッと力強く右手が私を押し出し、Vゴールする私と並んで坊ちゃまはペダルを踏みながら堂々の手放しVでゴールラインを越えて行きました。
男の意地、会津一刀流 両翼の構えでございました。

おわり

自転車屋のオヤジが書いた男の意地
2013/01/02

私は田舎町の自転車屋のオヤジです。
細々と自転車商いをして30年になります。
通学車やママチャリの販売は大手量販店が出来て当店の売上はさっぱりになりました。
ブームのスポーツ車に期待するのですが、来店客のオーダーはネット通販で某国の怪工房から送られてきた得体の知れない車体を組み立ててくれという依頼ばかり。
お客は良いものを安く手に入れたとニコニコしています。
そりゃー 私だってお客のニコニコ顔は嬉しいものですよ、ワクワクしているのが分かりますからねえ。
でも、見慣れない漢字と変な英語が一緒に印刷された段ボール箱を開けてクッション材のなかから取り出したフレームを見て私の手は止まります。
お客の体格とフレームサイズが合っていないことが一目で見てとれたからです。
「このフレーム、付いてきた部品セットで組んでも乗って疲れるばかり。走って楽しくなれないですよ」
こんなこと言おうものなら、
「あんた、自分とこの商品が売れないものだからそんなこと言うのだろう、工賃は言い値で払うからさっさと組み立ててよ。ペダルくらいは買ってやるからさあ」

世界的な申し合わせで、箱入り自転車セットにはペダルは付いてこないのです。
ユーザーの手持ちの靴の規格に合わせて、それ用のペダルを別途自分で用意するのがきまりです。
開梱してペダルが入っていない! と出荷国に電話したりメールしたりするのは国辱ものですからやめてもらいたい、ですがこういうお客さんはやるんですわ。
怪しい英語で話しても、相手も変な英語だから解からない、PEDALという単語だけがKDDIの電波に乗って行ったり来たりするうちどちらも疲れて通話が切れる。
本来ならクランクも付いてこなくていいのです。
踏み込む力を直に伝えるペダルに繋がって、膝の上下を回転力に変換するクランクは長さが重要です、極めて重要なんです。
これを誤るとしっかり踏めない、一生懸命踏んでいるのに回転がギクシャクしてスピードが乗らない。
そのまま頑張りすぎると膝や腱を痛めることにもなります。
幼児用三輪車に大人が乗って漕いでも、見ている幼児が喜ぶだけで本人はちっとも面白くないですよね。強く漕ぐと太ももがいっぱいいっぱいになって2分も持たない。
でも三輪車好きの元気な幼児なら続けて1時間漕げる。
放っておくと8の字走行なんかやっちゃって、後輪内側が浮いたりするといつの間に憶えたのか二輪のままカウンターステアを当てたりする。きっと楽しいんだねえ。

なぜだと思います? 考えたことないでしょう? 
キモはね、サドル上に載せた骨盤の大腿関節からペダルまでの距離とその先のクランクの長さ、なんです。
これがピッタリはまれば4歳の子供車だってウィリーができる。人車一体というじゃありませんか。
クランク長は乗り手の骨格を計測し、膝のお皿中深部から足底の拇指球と呼ばれる親指の付け根にあるグリグリまでの長さに民族係数を掛けて決めます、医学的にも正しいといわれています。
長さが5ミリ違うと円運動の直径は1センチの差となり、円周距離は…んんん…一日乗ったら何万回転もさせるのですぞ…その長さは2.5ミリ飛びに設定されていて…あなたの場合は…
そんなことを言おうものなら、
「あんた、クランクまで売りつけるつもりか! もういい、よその店へ行く」
いやはや、情けないやら 腹立たしいやら。
私のこんなご高説はなかなか聞けないのだが女房に言わせるとね、
「あんた、そのご高説で自分の首を締めているのよ」

二年目には内蔵ワイヤーの折れ目が錆びてレバーが引けなくなったブレーキの不具合を、組み立てた私の腕が悪いと言ってくるお客がいる。
それは持ち込まれた製品自体に内包した性悪性に起因するものです。
つまりはっきり言って生まれが悪いのです、育ちでは矯正出来ないほどの、どうしようもない安物なのですと説いても埒があきません。
グレード感の元々低い粗悪車を乗りっぱなしで玄関先に立てかけておいて、休日に思い出してひょいと乗り出し10mも行けずに止まってしまう。
タイヤのエアが抜けている、ひび割れしていると言ってきてもソレ私の責任でしょうか?
今の時代でも”安かろう悪かろう”は残念ながら存在しています。
それを承知で輸入してネットで安売りするお店は自転車屋とはいえません、まがい品を扱う泡沫商社なのです。
また景品プレゼントとして提供される折りたたみ自転車は安易に子供たちに与えてはなりません。
折りたたみ部分に十分な強度と二重の緩み防止性を確保すると構造が複雑になりコストと重量が増します、当然です。
それを技術と新素材と斬新なアイデアで解決してこそ自転車屋なのです。
猟奇的といわれようと奇抜なアイデアこそ革新を生む、運動軌跡の解析と新素材がそれを可能にする。
私と考えを同じにする技術者は量産メーカーのなかにもたくさんいます。でも彼らの意見を取り入れたメーカーほど価格の安い海外製品に押されて倒産していきました。
日本車メーカーを倒産させたのは、価格だけを選択基準のトップに置いて快適な走行性や安全性といった本来の自転車らしさは低きに考えた日本人自身だったのです。
壊れたら飽きたならまた買えばいい。そんな風潮は正しくないと思っていながら、本物を大事に長く使うひとを変わり者扱いする日本になってしまったのです。

根底には法規制の不備、というより無関心があります。
免許制度や年齢制限には私ももちろん反対ですが、自転車の強度や構造には法の基準がありません。
生産物としてのメーカーモラルに任されているだけなのです。
昨年やっと幼児を乗せる座席に安全基準の指導がありました、幼児の足を巻き込む事故が相次いだからです。
自転車のような格好をしていてブレーキとベルとライトが付いて、自転車店で売っていれば自転車なのです。
自分で作ったってよいのです。フレームを樫材や竹で作って漆仕上げを楽しんだって、ナンバー制度がないのだから持ち込み車検なんかありません。
私はいつかパーシモン材で自分用のフレームを作ってみたいと思っています、柿渋色の自転車にブナ材のホイールを合わせたら粋でしょうなあ。
はい、サドル表皮は馬具職人に縫ってもらいます。
ただしすべては自己責任、自力で保険を掛けられない未成年にはおすすめしません。

自転車のブレーキはアスベスト材を使っていなければ効き具合のきまりはないのです。
ライトは光ればいいのです、何メートル先で何カンデラなんてきまりはないのですから。
ベルはチンと鳴ればよいのです。台所のレンジでさえチンと鳴りますがそのチンより安い、車輪の付いたチンが人の命を乗せて公道を走っているのです。
駐輪場に放置されたままの台数も含むわが国の保有台数は1億台といわれます、人口比1は世界一です。
言い過ぎを承知で書きます。
わが国は人の命を奪うかもしれない走る凶器を世界一持っているのです。
アメリカの銃の問題をはるかに超える凶器保有国なのですぞ。
「えー! そんなにあるの?」
と思われるのは、駐輪場や物置に何年も放置され不動化してしまった自転車がたくさんあるからです。
これを全部リサイクルしたら、巨大タンカーが数隻造れる量の鉄とアルミが再生できます。

競技に出ようという自転車は真剣勝負の舞台で淘汰されハイエンドに向かって確実に進化していますが、その何千倍もの数の自転車は(何度も書いて恐縮ですが)相変わらず得体の知れないヘナチョコ車なのです。
しかもメンテされずに玄関前に放置ですから劣化は刻々と進みます。
本格車は劣化しないなどとはけっして申しませんが、ヘナチョコ車の劣化速度は驚くほど早いのです。
金属内に含む希少元素量が少ないからです、劣化しにくい高希少元素金属は高価なうえに加工しにくいから使わないのです。
たまには子供の自転車の具合を点検してみてください。
転んだときに曲がったブレーキアーチがそのままになっていませんか?
あー ダメだ、日本のおとうさんは自分の自動車の点検すら出来ない。
始業点検は義務です、義務とは憲法により国民が果たすべきと定めた掟のことです。
今どき”おきて”なんて言うと笑われるけれど、笑う国は日本だけです。
徴兵制のある近隣国で掟に相当するшИやЮ⊇を口にすると、ただちに相手は口を真一文字に結び直立不動します。
毎日のように憲法違反を繰り返す日本のおとうさんにわが子を守る義務が果たせますか?

いやー つい熱くなってしまいました。
熱くなるほど、冷えたときの落胆が大きくなります。
もう店をたたんで引退しようかと、最近では年のせいもあってかすっかり弱気になりました。
意地とか根性は年を理由にひっこめてもわが日本国では許されるような気がして参ったのです。

そんなときに知り合いの へたれ坊主が、
いえいえ ごく稀にシマノ純正高級パーツをご注文いただく御坊が、と訂正させていただきます。
御坊久しぶりに御来店の折。
「やいオヤジ おめの汚いパソコン貸してみろ!」
僧籍のおひとに似つかわしくないゴツイ指で操作して、開いて見せてくれたのが「よろず相談 団塊屋」様のサイトでした。

むかしの賑わいを当店に呼び戻す妙案を団塊屋様にご相談させていただくにあたっては、
「なにより相談料の前払いが必定、あそこは何かにつけ コレじゃ」
ゴツイ指でマルをつくって見せる俊水御坊よりこっそり耳打ちされております。
先に何がしか支払って、差額は追々と… 何かと理由をつけて先延ばし。
はじめに強引に引っ張って背中を見せつけておいたら弱ったフリをして後ろに着けて風をよけ、最終コーナーで一気に踏んで前に出てる。
後は息を止めたまま しゃにむに踏んで逃げ切るロードレースの定石をあのへたれ御坊から教授されようとは、かつて ツール・ド・しまなみ海道 を走った私もナメられたものでございます。

でございますが、これはまさしく正論。
自転車をなりわいとして30年、お届けした自転車の数だけこの必勝法はユーザー様に申し上げて参った私でございます。
そこで、相談料は如何ほど?と御坊にお訊ね申しあげたところ、
即座 即答、
「物納! 投稿」
でございました。
そちら様も、よほど記事にはお困りのようでございますなあ。

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