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「俊水」の掲示板
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おしぐれ俊ちゃんの つんのめりライド(6)勝負服
2013/06/04

前号(5)にて
「BE-PAL誌に掲載されたり福島テレビで放映されたとき、一番かっこよいのがオラだからすぐにわかる」
と豪語したのには訳がありましてな。

届いたのですよ、頼んでおいた2013宇都宮ブリッツェンのチームジャージーが。
週末の 東北サイクルエイドJapan に間に合ってしまった。
レプリカだけどしっかりスポンサー名が入ってオラもプロライダーみてえだんべ。

道ばたでヘタレてタバコなんか吸っていたら石投げられるなあこりゃー。
完走の重責をオノレに科すのもまたモチベーションUPに有効なんですわ。

背面の 緑のくまもん は熊本の黒いくまもんがメジャーに昇格するもっと以前から当地宇都宮で地域貢献度の高い(株)熊本商店のロゴ。
その下の 「走れば愉快だ宇都宮」 の文字はJAZZと餃子と自転車の街 宇都宮のサイクル標語であります。

したらば、コレ着て練習にでかけます。
昨日サイクルロードのトイレで、掃除のおばさんに声を掛けられた。
「あんた よく見かけるけど、競輪のひとなの?」
「いやー ただのリタイヤじじい ですよ」
「あらー 40代だと思ったわ 筋肉もりもりだものー、あんた奥さんいるの? あたし独身よ」

はぁ ♪ 走れば愉快だ宇都宮。
syn

おしぐれ俊ちゃんの つんのめりライド(5)雨降り
2013/05/30

あの変な洒落をいう予報士が気の毒そうな作り顔で、しかも自信たっぷりに、
「関東甲信越 梅雨入りしました」
宣告などするもんだから翌日は朝から雨。それも本格的な降雨。
おかげで4月中頃で止まっていた本欄に書きこむ余裕ができました。

雨で練習に出られない日には部屋を片付けて 掃除をして 風呂を洗って 庭の雑草を抜いて メールに返事を書いて…
色々あった一日の段取りも、結局は小屋で自転車を磨き終わったらもう昼で、「おしぐれ…」 を書いたら栄養補給のための独り宴会で終わりそう。
どちら様も文句はあるまい、オラの人生じゃ。

5月になってすぐに交換したミシュランのタイヤは評判通りの高性能で、練習走での巡航速が1km毎時高まった。
追い風のときには3km毎時速くなったと体感している。
これはどーゆーことかと推測するに、路面に粘りついて走行抵抗となる 「ころがり抵抗」 が小さい特性の恩恵なのだろう。かといってコーナーで滑るとか制動時の距離が伸びたとかの負の感触はさらさらないから、要するに良いタイヤにめぐり会ったということか。
オラにしては珍しい、おフランス製を褒めてしまった。

懸念のエンデュランス(耐久)性だが、商品名エンデュラの通り千?`走ってパンクは一度も無し。
接地面の傷はダンプ道を横切ったときに砕石の傷を少々受けたが、問題になるレベルのものは無し。
さて摩耗度だが、従前のヴィットリアとの比較で千?`では早いと思われる。
ちなみにヴィットリアはオラの敬愛するイッタリンなのだ、決まってっぺえー。

このタイヤ、6月初旬の 「サイクルエイドJapan2013」 までに踏面の有効高さが半分を下回ってしまうのではないかと心配。
現在の減り具合がタイヤとしての働き盛り、盛りを過ぎるとタイヤも男も急速に枯れ葉モードに突入なのよね。心配だあー。
かといって練習走を止めてタイヤを温存するなんて、そーゆー姑息なことは自転車サムライマンの取るべき道ではねーべ。
ここで練習を中断したら筋肉痛の上に筋肉痛を上書きコーティングして構築したオラの自慢の脚が、安達太良山を踏み越える黄金の太ももが減衰してしまうっぺ。

それよりも もーっと心配はこの雨だあ、東北地方の梅雨入りはまだのようだが平年より10日早いとすると丁度イベント当日の頃。
梅雨入り発表の直後に大雨になり、その後いったん小康するのが日本型梅雨の特徴。
小康の日でも何でもいいから晴れて欲しい、出来れば湿度も下げて欲しいもんだなや。

やい、予報士! オメ 風疹かO157に罹って会社を休め! 替わりのヤツには天気図の読めない脳天気なヤツを出せえーっ。

みなちゃん、 最終日福島の四季の里 ゴールは6月9日(日)午後3時頃です。
感動のゴールシーンとグランドフィナーレ 小学館のBE-PAL見てね。
ちなみにオラのゼッケンナンバーは S 9018 いちばんカッコいいのがオラだですぐわかるだ。
syn

おしぐれ俊ちゃんの つんのめりライド (4)雨の日のオタッキー
2013/04/22

4月の初旬は雨の日が多くて気温が上がらず寒かった。出かけるのはやめにして自転車小屋でマシンのメンテに精を出していたんです。
チェーンを洗浄してホワイトガソリンで脱脂し、よく乾かしてからセラミックスのワックスルブを塗り込んだり、変速機のギヤを外して一枚一枚磨いたりしていた。
タイヤホイールは振れ取り台に載せてスポークの張りで左右の回転振れを取る。
±0mmの脳もしびれるシビリアンコントロールなんですじゃ。

「オタクと言うまいなー それ言われんのがいちばん嫌や、雨ではなーんもすることがあんめー」
(この行、雨 と あんめー とが掛け言葉になっていることを説明まで気がつかんとは、とほほ)

”振れ取り”という行程を知らん御仁には台に載せて回せば自動で出来ると思うかもしれん。
だが台が勝手にそんなハイテクなことをするくらいなら、その台を商品化して団塊屋商店の【なーさん】とこに販売を任せてワシは左うちわで暮らすわい。

振れを取るのはワシの手ぇや。スポークレンチという小さなネジ回しを持ったワシのゴッドハンドの手ぇ仕事なんじゃ。
直径が700ミリもある輪っかが振れもせんと「シューッ」と回っているのを不思議に思ったことないのんけ?
あれは中央から何本も突っ張っているスポークっちゅうステンレスの棒が、押されたら往なし(いなし)引かれたら突き戻しして、ウマいことバランスを取っておるからなんや。
そのスポークのテンションを目ぇーと手ぇーで微〜妙〜に案配するのが”振れ取り”っちゅう下町職人の技やないけ、憶えときー。

この世で地球以外のモノが回るっちゅうことは大変なことなんや、宇宙の摂理に逆らって回るんやからな。
回るモノはいつかは止まるやろ、アレが神様のご意思なんや。
なんで地球は止まらんか?
それはなあ、広ーい地表をワシら自転車乗りがぐるぐるグルグル回しとるからなんやが、それを証明できんから自転車乗りは貧乏なんや。

回転体はバランスが崩れると長く回っていられない、北のアホを何とかせんと今に地球も止まるでー。
自転車のホイールを出来るだけ長あ〜く回しとこうと工夫して苦悩する。そーゆーひとは大勢いるが、たまたまひとより少こーし抜きんでいると勝手に宣言した者が名人と呼ばれるんじゃ。
だから本当の名人は普通のひとのなかにいる。
ワシの場合は現代の名工100選のテレビカーがいつ来るのか待っておるんじゃから山師と呼ばれてもしゃーないなあ。

振れ取り台はホイールを卓上に固定する台に過ぎん、その台にトースカンという回転のセンターを見る針を取りつけてワシが作ったオリジナル・ホイールアライナーなんじゃ。
なにーっ! トースカンを知らんてか? ソースカン(総好かん)の語源じゃー。 Google事典に載っとるでー。
死んだばあちゃんの使っていたお針子台を改造して作った世界にオンリーワンの名品なんじゃ。 
なにー! お針子台を知らんてか? 嗚呼あ… 世も末じゃわ。

お針子台はなあ、ばあちゃんの出は會津武家屋敷の隣りというかご町内の外れのほうじゃったが、そこはさすが會津じゃ。會津朱漆(あいづあかうるし)仕上げの見事な出来じゃ。
おまんら見たこともあるまい、国宝級の逸品なんじゃ。
それをワシが持ち出しての、振れ取り台に改造しちまった。
文化財保護法違反なのは知っちょるが、孫のワシの手に掛かって世界オンリーワンのスーパーツールに昇華したんや、死んだばあちゃんも本望だべ。

今、そのホイールに装着されているヴィットリア社(伊)製のタイヤは寿命近くまで使ったので交換時期を迎えている。
雨がやんで晴れて路面が乾いたら、桜吹雪のなかをラストランに行く。
帰ったら感謝をこめてリムから取り外す予定で、振れを確認した後はお湯で絞った温かいタオルで拭いたり、小さな傷のひとつひとつの思い出に別れを告げていたんじゃ。
(オタクもここまでくると〇〇バカといって賛美の対象になりますな)

虫めがねで見ないと無視してしまうほどの小さな傷は尖った小石やガラス片を踏んで付いたものだが、初心者のころはこれが原因でしょっちゅうパンクしたものだ。
初心を脱したと自覚できたのは3年ほど経ってパンクが極端に減ったときだった。減ったというよりパンクしなくなった。
なぜパンクがなくなったかというと、種々試した耐パンク性が高いといわれるタイヤのなかでヴィットリアのルビーノ・プロ3という銘柄が自分に合っていた。

このヴィットリア・ルビーノ、見た目はママチャリ用のような冴えない外観なのだ、センター接地部だけスリックでその周りに細かなイボイボが配置されている。
シリーズ名の意匠もロゴも地味だから店頭では見向きもされない。
だがこのイボイボこそが荒れたロードで小石を跳ね飛ばし、石畳路では目地に喰い付きしてセンター部を破壊から守るらしい。
その分重たくなってレーシーな走りには向かないと世間では言われているが、どーしてどーしてなかなかの性能を発揮。
加速・制動・操安・悪路での乗り心地・静粛性・さらに下りカーブでの絶対の信頼感、そしてそれらに見合った価格、どれにも致命的なところがない。
つまりコストパフォーマンスに優れているとワシは評価している。

輸入車販売店ではイタリア車にはこぞってヴィットリア製を装着しているが、なぜこのルビーノ・プロ3でないのか不思議に思っている。
見た目の地味さに理由があるのだろう、なにしろ車体がキラキラのイタリアンですからなあ。
一方フランス車にはミシュラン、と祖国愛が出ている。
欧州では自転車産業が自国の威信を引っ張っている。小学生の男の子に将来なりたい職業を聞くと、自転車レーサーが第一位。サッカー選手を大きく引き離しているのだ。

ワシの自転車はイタリアで溶接された。
発注から二年後、ミラノ港でフレームを積んだ貨物船が大阪港に入って税関で検査中との知らせを受けたワシはタイヤをパナソニックに指名した。ワシ、一部では国粋主義者なのだ。
パナソニックにはパナレーサーというタイヤ部門があって、国内価格は伊・仏のものより安価。
そのうえ世界に冠たる日本パナソニックの一角であるから内緒で舶来バイクを買った国粋主義者のうしろめたさをカバーするに十分なアイテムであった。

国粋主義ではあるがフレームだけはイタリアでなければならん。断じてならんのじゃ。
自転車はのう、レロナード・ド・ヴァンチが発明したんだぞ、彼を生んだ国の自転車以外は自転車でねえだ。
フランスには LOOK とか TIME とかツールのアルプス登りに特化したカーボンの軽量モデルがあるが、重たくったってユルたくったって、カッコいいのはイタリアンだんべ。

ワシは十年ほど前にミラノ近郊のカンビアーノという田舎町に行った。イタリアンフレームの寸法採りに行ったんだ。
「コルナゴが欲しくばここまで来てオメの筋肉を見せろ、見合ったフレームを作って進ぜよう」
って社長のエルネスト・コルナゴが偉そうに言うもんだでよう。
「ばかやろ おらはエコノミ大国日本のカスタマーぞ。円はリラより強いんだぞ。スケール持ってそっちから来い」
って返メールしたんだ。
そしたら、
「気候風土の異なる御地での計測値は当地での溶接作業にデータの混乱を生じます、なお お支払はユーロでお願いします」
って、およそイタ公らしからぬアカデミックなメールやないかい。
ワシは行ったんだあ、アカデミーノなエルネストに会いによう。

英語が通じるローマあたりまでは良かったが、イッタリアーノばっかしのミラーノエリアに行ったればダメだったなや、
「ほおお ここが映画「シバの女王」のユーロロケ現場け、てーしたもんだなし」
なーんて駅前の噴水に見とれておったれば、退職金前借で換金したユーロ金を大事に入れたバッグを悪ガキに置き引きされてなも。
ワシ、たったひとりで言葉もわからん異国の路上でパスポートもクレジットカードも日本健康保険証もなくなって、途方にくれておったんじゃ。

ほしたらオメ、なーんと ジーナ・ロロブリジータみてえな美人が近づいてきてなも、
「もし あんさん どないしゅつっつがると?」
って分らんドイツ語で話しかけるでないの。
「ははーん これは美人局に違いない」
ってワシは思たんよ。

なに! 美人局ってなんですか? やて?! … はあ 困ったなもし。
ワシ、地球の裏側まで来て美人局の解説などしとれまっかいな。

ともかくも、ワシがfareast極東のJapanの日本からはるばるoverseaして、鍛冶屋のcolnagoコルナゴを訪ねてvisitして来たと分ったら大変だった。
イッタリアーノで鍛冶屋のコルナゴ言うたら、今の安部総理の親戚みたいな歓待を受ける。
当時は3番サード長嶋の親戚みたいな大歓待。
この国ではコルナゴの顧客はプラネットプラチナム色のクレジットカード保有者と同じ扱い。
つまりローマ法王に次ぐVIPだから、ナッポリアーノ大統領が警察庁を機動してあっという間にワシのバッグは戻って来た。マフィアの親分さんが見つけてくれたんだそうだ。
そして小麦畑の真ん中にあるコルナゴの工場までフェラーリのパトカーで送ってくれた。
ロバが荷馬車を引いてトコトコ歩む沿道にイタリー三色旗と日の丸がはためいていたのは言うまでもない。

カラダの寸法はローマで紳士服ジョルジオ アルマーニの職人をしていたというマイスターが担当して、その図面を3Dの自転車画面に転換し、さらに等身大に拡大してからワシの跨るトロイという名前の木馬に被せて決められた。
フレーム強度は木馬のペダルを必死に踏んで巻き上げた石の重さと紐の長さでワシの筋力を判断し、必要最低限の強度にとどめて重量を抑え”しなやかさ”を保つんだそうだ。
そのためパイプ厚と継手の長さ、溶接に使う銀蝋(ぎんろう:ハンダのこと)の量が正確に指定されたオーダー書が作られて鍛冶工房に送られた。
強度レンジはユーロ中年女性の太っていないタイプ(W50S)という仕分けなんだと。
ウーマン50才スリム、分りやすいがそれって非力ってことかいな?
この会社、社長と弟パウロそして子供たちだけで分業しながらやっている町工場。寸法採りのあとはホームパーティに呼ばれて美味しい料理とワインをいただいた。

帰りはフィアットのスポーツカー・アバルトで空港まで送ってもらったが車中、
「そういえば納期とカラーを決めていなかったね」
とパウロに問うと
「んなもなー おまかせなのさ、イタリアンデザインを信じて待っていなせえ。おらのサインも書き入れておくでよ」
タイトなコーナーをドリフトで抜けて行くパウロの返事は自信に満ちていた。

ヴァチカンにもトレビの泉にも立ち寄らず出国ゲートに立ったら、
「荷物はないのか?」
と聞かれた。
バッグごとコルナゴに渡し、チケット類だけポケットに入れてきた軽装の外国人はワシひとり。
テロリストかスパイと思われたようだ、金属探知機とX線でしっかり調べられた。
「ワシの名はデューク東郷、ユーロではゴルゴ13と呼ばれておる。空港に銃など持って来るものか フッフッフ」

成田のショップからワインのお礼に”會津誉れ”の日本酒を送った。ワシのフレームがオナシス海運の船に乗って大阪港に着いたのはそれから二年後だった。
二年間も注文を放っておいたのではない。他の仕事が混んでいたのも確かだが火を入れてから数か月放置して、熱歪みを安定させてから治具に載せて”ひずみ”を取るのだ。
へら鮒釣りの竹竿だって、作者の許に再火入れに出したら二年から三年は戻って来ない。そーゆースパンの世界なのだ。
日本の質屋の三か月は短いのだ。

ところでパナソニックのタイヤではよくパンクした。
小石を踏んではパンク、ガラス片を刺してパンク、おまけに擦り減るのも早かった。
ワシらのタイヤは軽くするために薄く作る、軽さを追及すると貫通防止の補強部材を少なくしていくから縁石に擦りついただけでもサイドが裂ける。
擦り減るのはグリップ性の証しで、減らないタイヤでは氷の上を新幹線の鉄輪で走るようなもの。
相反する軽さと耐久性の要素をどのように融合させて個性の異なるユーザーに満足を得てもらうか、世界中のタイヤメーカーの苦悩は今も続いている。

二面性の葛藤をジレンマという、日本古語では「アチラ立てればコチラが立たず はて ヨイヨイ」という。
ジレンマを自錬磨と訳せば、エンジニアリング立国日本のモチベーションは高まろう。がんばれニッポン。

ジレンマの異母兄妹語にトラウマというのがある。
死んだ會津のばあちゃんが、
「ええが俊坊 よっくと憶えておけよ、もしもおめーが都会さ行って、新宿あだりに 「長州屋」 という屋号のラーメンそば屋があったれば、ぜーってぇに 入ってはなんねえ。
銀座のとんかつ屋だって蒲田の質屋だって 「長州屋」と名が付いでいだら なーんでも 近づいてはなんねえ。
プロレスだって長州力の応援団さ混じってはなんねえ、グレート東郷の側さに廻れ、デューク東郷の従兄弟だあ。
長州はなあ おらほの會津さ合図もなしに大砲ば打ち込んだ仇敵だあ。
おらの爺いさまはなあ 鶴ヶ城を背ぇーにかばって両刀抜刀、賊敵の大砲さ一番先に突っ込んで行ったんだあ。 
おらは決心してるぞお、死ぬまでにいっぺんでええがら 腕に覚えの薙刀で長州さ仇を討ちてえ。長州屋の看板さに爺いさま形見の一太刀をくらわしてやりてえ。
おめは外孫だから形見の太刀を渡すわげにはいがねーが、おらが嫁っこに来るときに、かか様に持たしてもらったこのお針子台をやる。
ええが、これには秘密の仕掛けがあってなあ 心棒を外すと鉄砲になっておる。ええが、撃つときが来たなれば よーくと狙って 一撃で討つべし」

ワシは今でも長州ラーメンは食わない。
ばあちゃんとの約束だからだがラーメンは、
深く碧き猪苗代湖の畔に端座し、潔く高し磐梯山を望み見ながら食べる喜多方ラーメン。その美味しさは正に本邦において他にこれなし、だからだ。
ちなみにばあちゃんの名前はおトラといって、少年期のワシとはなぜかウマが合った。

ヴィットリアのタイヤに出会うまでに履き潰したタイヤは練習用フラットバーバイクの分も含めると相当数になる。
タイヤ数もさることながらチューブとなると三倍数になろう。
パンクしたチューブは廃棄してパッチで貼ることはしないからだ、タイヤを新しくするときにはチューブも新品にするので随分と資源を浪費したことになる。

近年廃チューブのゴムを再利用してハンドバッグや財布などに加工した商品が話題となっている。
ヨットの帆布で作るのと同じ発想だなや。
丈夫だし摩擦に強くて表面に残ったサイズの印字などがエキゾチックでオリジナリティなんだと。
大型バッグはダンプカーのものだろうが、自転車の薄くて細いレース用ブチルゴムならどんな繊細な製品になるんだっぺ?
ワシはサバイバルナイフのグリップの滑り止めに使っているが、テカらない光沢はスパイムード十分で気に入っている。
【かしのき】の浜さん、自動車用なら【里見タイヤ】さんのところにあるでしょうが、自転車用ならワシとこにありまっせー。

ヴィットリアのルビーノにしたらパンクが激減したのはタイヤの適正化も効果あったのでしょうが、手前味噌的に言わせてもらうならライディングテクニックが向上したからなんです。
路面の段差や小石や事故現場の跡を通過するときのガラス片など、それら異物を上手にいなして接地時の前後荷重をスッと移動させるテクを覚えたからに他ならないと自負しているのです。
だがそれだけではない、休憩の度にエイド食を口に運びながら目は立てかけた自転車のタイヤ表面の付着物を追っているんです。
その眼はもうオタクの権化。

自転車は道路の左端を走るから雨で流れて来て溜まった色々な魔物を踏んでしまう。
気をつけてはいるが右後ろに自動車が迫っていれば他に通るところが無く、泣く泣く踏んで行くしかない。いわば社会の矛盾性の上を自転車は行くのだ。

グローブの腹でひとコキしてやれば大抵の魔物は払い除けられるが、ときにはタイヤ表面から内部に向かって進む気配の鉄片を見つけることがある。
そんなときは背中のポケットから小さなビニール製の財布を取って、小さくたたんだ千円札やコンビニのカード・住所氏名を書いた迷子札の底のほうに沈んでいる竹製のピックを取り出し、それでていねいにタイヤの異物をほじくり出す。
竹のピックは焼き鳥の串を削って作る。
これでなければダメだ! 金属製では千枚通しみたいなことになってしまうっぺ。
それに、千枚通しを持っていたらワシより速い長州野郎のタイヤを刺したい魔力に駆られるべえ。
(やっぱりテロリストの血脈なんだわなあ)

異物の多くはスクラップを積んだトラックからこぼれた金属の切粉とか錆びて剥がれ落ちたワイヤーロープの芯線の一部。
これらはどういうものか幹線道路の長い橋を通過するとき、しかも渡り始めにタイヤが踏んでしまうことが多い。
道路から橋への最初の継ぎ目の多くは段差になっていて、トラックが撥ねたとき荷台で揺すられたワイヤーからヨレて落ちた小さな芯線のカケラは砂粒ほどだが、砂より比重が大きいから雨や風に当たっても流れ出ずに頑固にそこに留まっている。
しかも、たまにしか来ない道路清掃車は橋にかかると手前で回転ブラシを跳ね上げて速度を上げて通過してしまう。
橋の上は雨風が吹き抜けるから清掃は要らないと判断しているのか、後続の渋滞を招かないよう気を配ってのことなのか知らないが、自動車の車線に戻ってそそくさと行ってしまう。
だから橋は渡り始めの最初の欄干の下、左端にサタン(Satan:魔物)がいっぱい待っているのだ。

自転車初心のころワシは幹線道路の橋にかかると緊張したものだ。
橋にある自転車レーンはおおむね狭い。車道も狭いのだから自転車用はなお狭く、白線一本分だけの橋がけっこう多い。
主要国道の橋には立派な側道があるが、メイン車線を行くクルマの速度が高いから負圧が生じて吸い込まれそうになる。
特にバスはいかん、あれは側面の面積が広いので広範囲を負圧にして追い越した自転車をまるごと吸い込もうとする。
ワシはアレが怖かった。

あとで分かったことだが、吸い込まれたらそのまま吸われてついて行けばどうということはない。
バスのストップランプが光ったら徐々にブレーキを掛けると、一定の距離50センチを保ったままペダルを踏まずに楽に走れる。そーゆー高等技術は知らなかった。
脱出するには下ハンドルを取って1速落として待ち、バスの速度が落ちた瞬間に左から一気に加速してバスの前に出てしまう。
そのまま走り続ければ驚嘆畏怖したバスの運転手は以後車線の広くなる橋の終点まで自転車の後に付いて静かに走る。
その間は後続の大型車両をバスが完全ブロックしてけっして追い抜こうとはしない。
そういう超美技的高等技術は知らなかったから緊張し続けたまま橋の端の白線の上を走り続けたものだった。

また、吸われたくないときは右ペダルを引き上げて止め、バスが追い越して行ってしまうまで惰性で走りながらハンドリングに集中すれば進路を乱すことはない。
逆に右脚を伸ばした状態でバスの通過を待つと、吸われる確率がてきめんに高くなることを体験で知ったのはずっと後年であった。
右脚を引き上げてフレームの前三角部分の下に空間をつくり、ここに自転車の左側から空気を流して負圧を逃がすとバスに吸われることがないのだ。

ダボダボのズボンなど穿いていたらこの法則は成り立たない。
ワシらのいでたちがピッチぴちの派手ハデ衣装なのは競輪選手への対抗心などではない。空力の作用を生かすか殺すか、最後はおのれを生かすか殺すかの選択の結果なのである。
ダボダボのズボンでバスと張りあったら確実に死ぬのだ。
自転車は熱気球と同じく、ひとさまには何の役にもならないお遊びなのに命がけ。このシニックさったらないね、だから面白い。

県内の新4号国道は上限車速が80km毎時と高速道路並みのうえ白バイはたまにしかない信号機のそばで信号無視を見張っているだけなので、大型車もバスもえらい速度で走っている。
こんなところは自転車レーンがいくら広く用意してあったって、大型車のタイヤ音と風切り音に怯えて自転車はちっとも楽しくない。
よって自転車は旧国道の狭い橋を行くことになる。
そして橋のたもとに待ち構えていたガラス片や金属異物の魔物の上を踏んでしまうのである。

緊張を強いられる橋の上でライダーは、一秒でも早くここを通過しきってしまおうと考えている。だから懸命に踏む。けな気にと思えるほど懸命に踏む。
懸命とは命を懸けると書くんだ。そう安々には使えない崇高な日本語なんだ。
踏めば踏むほど魔物はタイヤ内部へ侵攻して遂にはチューブに達し、エア漏れ すなわちパンクに至る。それも橋の中ほどで…。

ワシは普段の練習に一般道路は走らないよう心掛けておる。
仕事で走っている自動車の皆さんの邪魔をしたくないことと、まだ数年はコルナゴが使えそうだからその間は生きていたいからだ。
そこで自転車専用道路であるサイクリングロードを走っているが、行って帰ってくるだけのロードでは如何にも色気がないから管理者の異なるサイクリングロードを”はしご”することで同じ道を戻らないように工夫しながらコースを選んでいる。
”はしご”にあたる部分が一般道、命の危険ははらんでいる。

サイクルロードは大きな川の護岸上に設けられていることが多い。
この護岸道は国交省の河川管理用車両以外には犬と散歩人と自転車だけが立ち入りを許されていているが、あくまでも護岸である。
したがって道路に係わる法規制の外にあるが、犬も散歩人も自転車も通常道路での約束事を堅持して走ったり歩いたり吠えたりしている。まことに法治国家の国民である。
護岸土手の下にある田畑に行くための軽トラやトラクターの類はお目こぼしされていて、遠慮がちに大きなタイヤから泥をロード上に落としながら走って行く。これもまた法治国家のゆえんである。

ときどき脱法な輩(やから)がいて、走ってくるはずのない四駆のレジャー車がこの護岸土手上を疾走してくる。
3ナンバーでは車止めのポールを実力でずらさないと通れないはずだから、この時点で河川法違反。
輩のクルマは減速の気配すらなし。後席に釣り道具を積んで川の流れの方を見ながらの脇見運転だから危ないことこの上なし。
犬は逃げ去り、散歩人は土手の芝斜面に避難し、自転車は止まって足を着いてやり過ごす。
輩は、「ごめんなんしょ」 も言わないですり抜けて行く。

なんとも無法の輩と振り返ってみると、後方で輩同士のすれ違いに失敗して土手から転落しているではないか。犬に吠えられいるのは自業自得というものである。
それでも心優しき散歩人と自転車マンは泥に浸かって使えなくなった輩の携帯電話に替わって自分のを使えと差し出す。
さらに現在地を伝えられない輩に代って救援車の正規の進入路を指示してやるなんて、さすがは法治国家の国民である。

さらにロードを行くと桜の花びらが頭上から降りかかり、タイヤが巻き上げた路上の花びらが膝をかすめて後ろへ飛んで行く。薄いピンクの雲の中を走って行くようだ。
ヴィットリアのラストランにふさわしい走りができてよかった。
花見会場の小公園から聞こえてくる「さくら花見音頭」に代って、もしも葬送の曲など流れたらワシ、素直に涙が出てしまう。
標準エア圧で来たので荒れた路面になっても乗り心地がよい、それでも7.1BARと大型トラック並の空圧だ。
早目に帰ってエアを抜いて緊張から解放させてやろう。もう少しだ、頼むぞルビーノ。

替わりのタイヤは用意してある。
今度のは、おフランス製ミシュラン。
イタリアンフレームにミシュランの組み合わせ、こんなミスマッチは国際法で許されないのだがワシ法ではありなのだ。グリップ性がよりレーシーで雨中でも行けるという評判なので決めた。
東北三県を縦断して福島にゴールする震災地支援サイクルエイドのイベント参加用に、これまで使ったことのないミシュランをあえて選んでみた。
ミシュランタイヤが主催する「格付けサーベィランス本」のミシュランが東日本大震災に支援を寄せていると聞いている。これで大義名分が立とう。
大義の前には小意を捨てるのが會津の掟なのじゃ。
(ここでは小異に代えて小意と表現している。小意=私の意見との使い方で用いたが日本文法では誤っているかもしれない)

知らない土地を知らないひとたちと走るのは不安より楽しみが先に立って、すでに申込みを済ませてある。
参加費もクレジット決済で払い込んである。
参加証とゼッケンがまだ届かないがJTB旅行社が募集代理店だから持ち逃げはなかろう。

6月初旬の開催ははしり梅雨の雨を予想すると、寒さ対策とタイヤの雨中性能を確認しておかねばならない。
イベントは参加者の走行距離1キロごとに10円がチャリティされる仕組みで、2,500名が平均200キロ走破すれば500万円が通過した市町村に還元される。
しかも自分が走って稼いだ金額をどの町村に寄付するか指定できるシステムなので、沿道民の応援サポートは金目当ても手伝ってもの凄い。
貧乏村ほど役場の職員が事情を知らない爺さん婆さんを駆り出して小旗を振らせる。
応援って、あれはやってるうちに脳内アドレナリンが湧くんだね。やっこら歩いてきた爺さんが小一時間もしないうちに小旗もって走り回るんだから。

この役場職員が来期の異動で老人厚生係長に抜擢されるのは間違いなく、このイベントは限界集落をつなぐ道路だけは立派に舗装された寒村で高く支持されている。
ワシらも走りやすい。
主催者はうまいところに目を付けたものだ。
水・バナナのサービスはもちろん鐘や太鼓に婆さん連の花笠踊りで勇気を鼓舞されて、ワシらはがんばるマンになる。
途中棄権はサイクルマンの名折れ、ジャージの背中にプリントされたスパイダーマンに叱咤されながらでも時間内完走は果たさねばならない。

そこで大事なファクターとなるタイヤ。
ヴィットリア・ルビーノなら何本も履き替えて馴染んでいるから心配ないのだが、交換時期がきて考えた。
「いつものヴィットリアでは当たり前すぎて少し飽きたよね、たまには浮気したっていいよね、どーせ結局は古女房のところに帰ってくるのだから一度だけフレンチ娘とムフフ」
こーゆー考えは浮気男の一方的な論理であって、笑って見逃してくれていたと思っていた古女房から手痛いしっぺ返し受けるのは身を持って知っているのに… 性懲りもなく…。

Amazon経由で届いたおフランス娘は小さく折りたたまれて窮屈なパッケージに入っていた。
急いで箱から出して丸く広げてみたら、案の定折り癖がついて二本のうち一本は一か所に強くペコッとした処が残った。
ワシらのタイヤは折りたたんで補給されるのが一般的だからその点では異論はない、リムに装着して内側からチューブの内圧で押し広げると癖は取れるものなのだ。
だが、ワシとこに届いた一本にはいささか手強い、強く畳んだ折り癖が一か所残りそうな気配を感じたのだ。

アルミリムの振れ取り名人を自認するワシでも、ゴムの折り癖には手を焼く。
「うーむ じゃじゃ馬フレンチ娘め、如何にしてねじ伏せてやろうか」
ソッチの体力は陰をひそめたくせに口だけは強気なんだから爺いはヤダねー。

タイヤの癖の部分をお湯で絞ったタオルで温めて引っ張って、内側にチューブを入れて軽く膨らませ、以前に娘が使っていた無人の部屋の床に安置して一週間熟成させた。
ときどき様子を見に行って、その度にタオルで温めて引っ張る。
同じ側でばかり寝かせておいては”いびつ”になろうと上下をひっくり返して枕を当てたりと、まるで遠い昔の娘が生まれたばかりの頃のようだ。
夜泣きしないだけコッチのほうが楽だが、はたして変形が取れるかはリムにはめてみるまで分からない。
販売者に戻して交換させようかとも思ったがこの手のことで大人気ないと、そのまま熟成を待っていた。

タイヤは生ゴムに黒鉛を加えて強度を増し、さらに芯材に流し込んで加硫・加熱・加圧されて成形される。
イースト菌や納豆菌が棲みついているわけではないから熟成でまーるくなるとは思わないが、もしかしたらなるかも知れん。この部屋で娘も大きくなったんだから。
ここまで手を掛けたのだ、たとえエア充填で少々ペコが残っても、許してやっぺと思うようになったのだからワシもまーるくなったもんだ。

これだものなや【なーさん】が大事にしているボケの植木鉢に、それより大事な孫が三輪車で突進して割ったって、そりゃーしゃーねーわなあ。

ヴィットリアのラストランを終えた翌日、朝から晴れて湿度が下がった。タイヤをはめるに好日である。
すでに昨日のタイヤは剥がしてタイヤ供養塚に丁重に納めた。
したがってミシュランを付けなければ走りに行けない。それが狙いでラストランのあとに剥がしておいた。
そうしないと晴れたら走りに行ってしまうからいつまで経ってもラストランが終わらないのだ。

取りつけたミシュランホイールを振れ取り台で回してみると、一か所ヒョコッとくねる。エアを上限いっぱいまで入れてもクネッとする。
常人の目では気にならない0.4ミリだが、後続車から見える後輪にはめてクネッていては振れ取り名人の恥だから前輪にはめた。
試運転に出かけたらハンドルの前でフレンチ娘が色っぽくクネリやがるんだ、くっそー。
「伊太利亜では斜塔が100年前よりさらに傾いていたって全然OKなんだけど、仏蘭西の音速コンコルド機も首根っこがクネッとしていたなあ」

すっかり葉桜になったロード脇の公園に止めてタイヤのマークを眺める、大きな白文字でMichelin pro 4 ENDURANCE と書かれている、エンデュランスとは耐久・我慢・がんばっぺーの意味。
はあ おらもがんばっぺー。
おなじみのタイヤのお化けみたいなキャラクターも白で大きく描いてあって、ふくよかなフレンチ娘と思っていたがコイツよく見たら男なんだ。
なるほどジダンの一派では反骨のクネッなんだわな。
帰ってからGoogleで調べたらコイツbibendum ビバンダム君というんだそうな。
「腕白小僧みたいな名前だなや、おめ 雨の日でもでーじょーぶだかや」

syn

おしぐれ俊ちゃんの つんのめりライド(3)バルーン編
2013/04/20

今週も峠でなく平場です。
渡良瀬の新芽情報と野鳥の回帰数動向をお知らせせねばとの使命感から草原通いが続いています。
「コノヤロ 高い峠が辛いものだからヨシの新芽にことよせて、最大勾配たった7%の高さ20mもない土手登りの安易なコースを選んだな」
見透かされているようで面目ないが… まあいいじゃないですか。いくつも土手を上り下りしていればトータルの生涯獲得高度はチョモランマをはるかに超える。

前回つんのめり(2)でお知らせをした「4月初旬の渡良瀬バルーンレース 観戦ツアー有料ガイド」については、
「有料」の二文字がわざわいしたのか、それとも団塊屋一派の山師と敬遠されたのか、初日までに応募者なし。
「まったく 遊び心のない爺じいばっかりやなー そんなことでは長生きできへんでー」
遊び心ばっかりで他に甲斐性らしきものは持ち合わせないポリシーなき風来爺いは、ぶつくさ言いながらひとりで出かけました。

バルーンの朝は早い。
地表外気温とバルーン内部の熱空気との温度差が大きいほど上昇力を得られるから夜明け直後が一番よい。
つまり一番寒い時間帯がバルーンのスタート時間になる。
そして風向きの変わる昼前には競技を終えて撤収するのだ。
立春を過ぎ、穀雨が過ぎてもコタツぬくぬく爺いなど心筋梗塞を起こすから来なくていいわい。ザマミロ。

6時半、自転車を積んだトランスポーターから渡良瀬の高い土手が見えてきたときには、すでに土手の上の空に十数機のバルーンが浮かんでいた。
ヨシ焼きで一度丸裸になった大地に新芽が萌え始め、土手の斜面には菜の花とタンポポが咲いていて、そこに朝日に輝く熱気球が「グワッ」と膨らんで浮かび上がって行く。
その上昇速度は意外なほど速い。
「こらいかんわ もう始まっとる。大会開催地点まで行っとったら間に合わんでワシも此処からスタートしよう」
渡良瀬に来たとき何時も駐車場にしている生井の桜堤(なまいのさくらづつみ)で自転車を降ろし、急いで着替えて乗り出した。

バルーンが立ち昇っていく方向に向かうのだが、遊水地内の土手上の道は一直線ではないから会場の渡良瀬運動公園の方角が右になったり左になったりする。
高い位置に色とりどりのバルーンが浮いているから見失うことはない、でもうんと高くまで昇った機は北風に押されて早くも南に移動を開始している。
バーナーを吹かす「ゴーゴー」という音がまだ聞こえてこない。
それはまだまだ自分が距離を詰めていないということだから一旦止まって考えた。

「こりゃー長距離の追っかけになるなあ、重装備でないと帰りにエネルギー切れになる。水食糧の他に現金、通信機器、パンクの用意も必要だ」
急いで乗り出したからそれらを装備しない云わば「丸腰」で走ってきた。
しかもタイヤエア圧を推奨圧上限の高速レンジに合わせて来たので路面からの突き上げがハンドルから手に伝わって痛い。
「こりゃーいかんわ、エアを落としてエンデュランス(ENDURANCE : 耐久とか頑張るとかの意らしい)のレンジにあわせにゃならん」
寒かったから長袖ジャージの上にウインドストッパーを重ね着しているが、長距離となると日中は邪魔になる。
そこで一旦ベースキャンプのトランスポーターのところまで戻り、種々対策を講じて出直すことにした。

上空のバルーン群に背を向けて先ほどのスタート地点に戻ると、驚いたことにワシのトランポの周りにバルーン見物のクルマがたくさん止まって皆カメラや双眼鏡を手にしている。
「わー」とか「きゃー」とか「すごーい」とか「初めて見たー」
とか言いながらサイクルロードに出て来て、道幅の南端ギリギリに一列に並んで空を見上げている。
それ以上前に出ると土手に落ちるのだ。
上空のバルーンを見上げるのに何もそこまで前進しなくともよい。車の中で見ればよかろうと思いのだが、それが見物人の心理なのだろう。

これらの人々はすべての注意力が空を向いて、近づいてくる自転車は目に入らない。
危険は空の冒険者で自分自身には危険は及ばないと判断すると、見物人というものは大胆なことをする。
つまり不測のアクションを取るのだ。
ふり向きざまに車道(この際は自転車道に相当)を横切る。カメラを構えたまま後ずさりして車道中央に立つ。
火事場の「野次馬」、落語の「たが屋」、皆さんそれぞれいい人なのだが、浮かれてしまったその時が事故のもと。
「たが屋」では丸く巻いた竹の「たが」が混雑する大川の橋の上で通行人の肩に当たって緩み、シュシュシューっと撥ね伸びた。
折悪しくも 「寄れーい 寄れーい」 と威張って通りかかった行列の、馬上凛々しきお殿様の陣笠をシュポーンと撥ね飛ばしてしまったではないか。

だいたいねえ、花火見物で浮かれる庶民の雑踏のなかに馬で乗りつけて来るお殿様ご一行の了見がいけねーやね。
ということになって、「たが」という高反発の機械エネルギーを内包した危険物を梱包もせず安易に担いで持ち込んだ「たが屋」の過失については触れられていない。
落語は弱い者の味方だから、切られて「シューッ」と打ち上がるお殿様の首に向かって、「あがった あがった あがったーい たーが屋ー」
と歓声があがる。

これは理不尽である。であるが理不尽こそ落語の真髄なのであって、お殿様といえど政府と家臣との板挟みの狭間で苦慮する弱い者側の立場なのだという真実は隠され、きらびやかな衣装を着せられて強い者側の象徴として取り扱われている。
ワシのイタリアン・バイクもきらびやかなカラーリングだから、庶民どもの目には「鉄の馬に乗ったバカ殿」に見えていることをしっかり自覚せねばならない。

蛇足ながらワシらの自転車やウェアがキラキラの派手ハデなのは「おらはキケンだぞー」と周りの庶民に知らしめているのだ、毒蛇だってそうでしょう。
ワシらは親切心でこっぱ恥ずかしい毒蛇ウェアを着ているのだ。けっしてお殿様のご威光を後ろ盾に威張っているワケではない。
ちなみにワシのジャージは「スパイダーマン」ですだ。
「ねずみ男」のプリントのが売っていなかっただけなのだがどちらも正義の味方でござろう。
Amazon通販で見たら「鬼太郎」のは二種類売っていた。
紺の格子の半纏(はんてん)に目玉おやじがしがみついているデザインは秀逸で、孫が自転車に乗るようになったらジュニアサイズを買ってもいいかなと思うがその気配はない。

渡良瀬土手上の庶民は上空で格闘する一人乗り競技用バルーン勇者の孤高の冒険にココロがすっかり奪われて、地上の背後に迫りくる今すぐの危機を忘れている。車上の自転車マンにとっては極めて危険。
こういう時には逆らわないのが一番である、手前で降りて押して歩く。お殿様だって歩くべきだったんだ。
ほーら やっぱり、不相応な大型一眼カメラを持った爺いがモニタを覗き込みながらヨロヨロと中央を横断する。
止まってやり過ごそうと待っていると、爺いも止まる。
ワシが進むと爺いも動く、まだ気づいていない。

「やいジジイ! ワシは忙しいんじゃー。のかんかい よろけ爺いはこんな処に来んなー、家で猫でも撫でておれー」
こーゆーことは言わない。ワシもよろけ自転車のひとりやと自覚しとります。

なんとかトランポにたどり着いて長距離追っかけ仕様を整え、再スタートした頃には数十のバルーンが空に浮かんで南に流れて行く。
今日は予選だからこんな数だが、本選となったら数百の風船が空を埋め尽くすのだ。
地上の自転車コースはその陰になって陽光がさえぎられ、薄暗くなるほど。

開催側が設置した地上のマーカーに向かって上空から砂袋を落とし、その正確度を競う今回のバルーンレース。
できるだけ接近して砂袋を投下したほうが確度が上がるからパイロットは危険と引き換えに急降下してくる。バーナーを絞って浮力を捨てるのだ。
大げさに言えば地球の引力に導かれ落下の法則に抗いながら落ちてくる、そして砂袋をシュートしたら火力を最大にして浮力を回復させ地表との激突から回避する。
まるで爆撃機編隊スーパーボンバーズの一人乗りバージョンなのだ。

このとき風で種火が失火して再点火に手間取れば地表に墜ちる。
胸と背中にエアバッグを義務付けだが、上空でひとりで忙しいときに邪魔なので外したままだ。
自己責任の意味がこれほど試されるスポーツは他にあるまい。
他のバルーンも同じことを考えているからマーカー地点が最大の見せ場。命がけの修羅場なのだ。
遊びなのに命がけ、いーですなあ。 adventure アドベンチャーとはventureをadする者。
その修羅場まで地上から接近できるのは自転車だけ。

マーカー地点はバルーンの離陸直前まで明かされていない。その朝の天候や風向で決められるから離陸した仲間のバルーンを追って地上サポーターの乗った四駆のバンが国道に向かって走り出す。
ナビゲータが近道・抜け道をドライバーに指示し、後席の女子が立ってサンルーフから顔を出しチームのバルーンから目を離さない。
手にはしっかり無線機を握りしめている。
さらに勇敢なモトクロスライダーが2サイクルの音を響かせて草原を一直線に追いかけて行く。
土山を跳び泥地を跳ね除けて進むがやがて川に阻まれてエンジン音は低くなり、ゆっくりワシのいるサイクルロードに上がってくると申し訳なさそうに舗装の上に泥のタイヤ痕を曳いて橋を渡って消えて行った。
リヤフェンダーから伸びた細いポールにオレンジ色の三角フラッグが揺れていた。
「許してやるから頑張れ、見失うなよー」

言うまでもなく遊水地内では草原もサイクルロードも湖水面でもエンジン付き車両・舟艇は禁止。
草刈りなど管理用車両が通行できるクルマみちには出入りに鍵が必要。
唯一オールマイティの国交省のマーシャルカー、黄色のランドクルーザーだけがサイクルロードに上がってこられる。
だがこのどデカいランクルは遠くに自転車を見るとハザードを点滅させ左端いっぱいに寄せて止まる、自転車が行ってしまうまで息を止めて待つ。
いーですなあ。Marshall マーシャルとは 息を止めてもこの世界はおらが絶対に守る、という決意のことだ。

そうこうするうち遊水地の南端、メインゲートの近くまで来た。
歩いている人がいっぱいいて、空を見上げながら歩いている。
この辺の人は歩きのマナーを分っていて、自転車の行く手をふさいだりしない。さすがである。
だが今日は危ない、みなさん空を見上げながら歩いていると進行方向が少しづつ右にそれる。右利きの人に多い傾向だからしかたがない。
よって自転車の通行帯に(白線で示されているわけではないが)はみ出て来るからワシが気をつけるしかない。
ゆっくり進んでベルは鳴らさない。

最近ベルを買って取りつけた、公道イベントの際の車検でライト・ベルが無いと失格になるからだ。
一番小さくて軽くて目立たないのを買った。音質なんてどうでもいいんです、付いていて「チン」と鳴れば合格ですから。
以前は熊よけの笛(オレンジ色のレスキューホイッスル)をジャージの襟近くにクリップしていて、
「これを警笛と呼ぶのは日本語の王道じゃ、文句などあろうべくもなし」
と車検を通っていたのだが、近年の加齢と共に 「クリップを取って口に運んで吹く」 までのアクション動作に時間的な遅延傾向を自覚してベルにした。
ベルは付けたが人には鳴らさない、自転車マンの哲学やないけ。

身障者用の広々としたトイレから出ると頭上を後発のバルーンが追い越して行く。バーナーを焚く音が「ゴーッ ゴーッ」と断続的に聞こえる。
どうやらバルーンのマーカーは遊水地内にあるのではなく、さらに南下した利根川河原に設定されたらしい。
ゲートを出てバルーンを追って一般道を進むと、この辺りはすでに埼玉県。信号でやたら止められる。
ワシは栃木県内なら治外法権を持っているが、埼玉・茨城・群馬となると少々勝手が悪い。
「昨年度Jプロツアー国内王者・宇都宮ブリッツェンのチームステッカーを貼ったシニアフェローのおしぐれ俊ちゃんを知らんのかー」 と言ったって、誰も知らんわなあ。

「三国橋」(みくにばし)というところで国道をそれ渡良瀬川の右岸堤防上を走って行くと、いつの間にか利根川との合流地点を過ぎ大利根本流を走っていた。
広場に石のベンチとテーブルがあって、ここで休むことにした。
不思議なことに、ここは誰もいなくてバルーン見物の人は何処に行ったのだろう。
ここまで45km、もっと近いはずだが一度トランポに戻っているので距離がかさんだのだろう。
北風に押され続けて来たから疲れはない、昼前には南風に変わるのがここら辺の決まりだから帰りも楽々の算段なのである。
ワシほどのベテランともなると常に風を味方につける戦略を考えている。戦う前にすでに勝つ、 これ孫子の兵法なり。
ソフトバンクの社長は孫子の末裔だって知ってた?

自転車を立てかけた石に歌が刻まれ、
「利根の堤に咲きにほふ すみれたんぽぽれんげ草 花いろいろの春の朝 吹く朝風もそよそよと」
田山花袋の小説田舎教師のモデルとされる小林秀三の歌が立派な揮毫で彫られていた。
とういうことは、ここは羽生(はにゅう)か?
どうやら大利根を上流に、北西に向かっているようだ、バルーンを見失ったのはなんとワシのほうだった。
川の流れは緩やかでどちらに流れているのか気が付かなかった。孫子よ許し給え。
風はすでに南風に変わっていたのだ。このまま押されて行ったなら群馬まで行ってしまう。

「すみれたんぽぽれんげ草」
声に出して歌ってみると、なんだか力が抜けていい気持ちになってきた。
バルーンを追っかけて夢中で走っていたら迷子になった。ここいらでやめてもいいかなと思うようになった。
なにしろ肝心のバルーンがグルッと首を回しても一機も浮かんでいないのだから始末が悪い。
いつの間にか時空を間違えたルートを走ってしまったのだ。
風の吹き方が強くなってきた。明らかに南風だ。

眼下遥かの対岸の河原というより草原だが、そこを先ほどのとは異なる四駆のバンとモトクロッサーが川下に向けて駆け抜けて行く、すでに着地した仲間機の撤収に向かうらしい。
今日は金曜日で決勝は日曜日、予選なのか練習飛行なのか大勢が係わって大層なことですなあ。
その点自転車はひとりでも完結できるからワシには合っているよね。
仲間と走っても楽しいが、ひとりでもけっこう楽しい。勝手にルートを変えても(知らぬ間に変わってしまっても)怒られないし、いつでも勝手にやめられる。
たとえ時空を超え過ぎて、ご先祖様の野山に不意に不時着しても、
「おー しゅん公 おめえも来たか、でえりゃー派手な乗り物で来たもんだなあー 普通はよー 木の箱に入って来るもんだでやー」

「よっこらしょ」
サングラスの汗を拭き、立ち上って自転車を起こした。
「さーて どっちへ行こうか」
水と食糧と時間はまだたっぷりと残っている。体力ならまだ45%残っている、たぶん。

あとで分ったことだが、土曜日・日曜日は強い台風並みの低気圧の影響で南風が吹き荒れたため、飛行は危険と判断されてキャンセルとなり、金曜日に飛んだ機だけで渡良瀬大会は決勝としたそうだ。
ツアー戦だからそのようなことはままあるんだとか。
バルーンのチームも経費と労務費がかかって大変だ、金曜に休暇ってそうしょっちゅうは取れんでしょうに。
ワシ自転車にしておいて良かったが、向かい風の強い日には四駆のバンで探しに来てくれるフェロー(できれば女性の)が欲しいなあ。
GPSの迷子用子機をフレームに埋め込んだりしてね。

syn

おしぐれ俊ちゃんのつんのめりライド(2)
2013/04/01

渡良瀬遊水地でヨシ焼きが実施されてから2週間近く経過した。
ヨシ焼きというのは野焼きのこと。目的は枯れ残った古いヨシを焼き払って新しい強い発芽をうながすことと、草原に棲息する有害虫(代表的にはツツガムシ)の駆除。
毎年春先の3月半ば、枯れ野に火を放ち一斉に焼き尽くす。
野焼きの規模では阿蘇の野焼きと双璧。
阿蘇のが場所を区切って数日かけてチョロチョロと燃やすのに対し、渡良瀬では市街地隣接の遊水地だから一日しか許可が下りない。
そこで県内中の消防車を土手の周りに配置して火を外に漏らさない鉄壁の布陣のもと、山の手線内側分の二分の一と言われる広大な面積を一気に焼き尽くす。

この日は県内で普通の住宅火災などあっても、近くに消防車はいないのだから県民こぞって火の用心に心がける。
そのせいか統計上ヨシ焼きの日の栃木県内火災発生は年間最少日なんだそうだ。
隣接県の茨城・群馬・埼玉での統計は知らないが、炎と煙りが見える隣県の各消防署でも当然気合が入っているに違いない。
火祭りというものは男のココロを揺さぶるのものだ。火事が大好きで志願した消防団員は自宅が燃えていたって消防車の向きを変えたりしない。

その炎は天地を焦がす勢いで、地球から遠く離れた宇宙ステーションの軌道上からでも日本上空に近付くと燃え盛るアースのレッドが肉眼で見えるという。
アース製薬のダニ退治燻蒸剤にこの名前が用いられているが壮大な商品名ではある。

ワシの遠縁にあたる宇宙飛行士の向井千秋(旧姓:内藤千秋)が帰省の折に言っていた。
「あの炎は? 群馬のあたり! 実家のある高崎市が燃えている。日本では内乱が起きたに違いない。ああ私にはもう日本に帰る家がない。
父は母は無事であろうか? 子供のころ自転車を教えてくれたおしぐれ俊ちゃんも今頃は銃を取って戦っているのであろうか? 逃げて あなただけでも逃げて。
逃げれー! まくれー! 踏めー 踏むんじゃー」

彼女は算数は得意だったが渡良瀬のヨシ焼きや利根川の鮎の簗漁など、日本古来の風物詩にかかわるような和風の勉強はとんと嫌いな娘だった。
それが災いしてロケット女になってしまったのだがそれにしても、飛び去る宇宙船の窓から母星の日本エリアに向かって 「逃げれー まくれー」 と競輪用語を叫んでいたとは…。

ヨシ焼きが終わって二週間近く経過した。
この間に二度雨が降り、燃えカスの黒い葉っぱは土に帰って白くなった。
土手に降り積もった灰も強い南風で荒野に吹き戻され草原の源になる。
前回ヨシ焼きの直後に訪れたとき土手上のサイクルロードは火事場の跡のようになっていて、デリケートなスリックタイヤで踏み込むことはできなかった。
その経験から雨の降ったあと数日して晴天の日に行ってみた。

想像通りロード上は綺麗に洗い流されていて、昨秋見かけた捨てられたアルミ缶などは強い熱で溶けて蒸発したのか人工物はキレイさっぱり無くなっていた。
焼けてはまずいロードの小施設や治水管理用の通信函などは、事前に周りの下草を刈って野火が回らないように準備してあったから大過なく草原の一大イベントは終了したようである。
地元紙によると人間の遺体が一体発見されたとのことである、それはヨシ焼きをする以前からそこにあったもので死因や身元はわからないとし落着している。
ヨシ焼きの通知や告知を解せない動物たちの運命については気がかりだが、春になっていよいよ草木が勢いづくと羽のある者たちから戻ってくる。
夏にはイタチやタヌキなど四足哺乳類が駆け回るのだから爬虫類両生類同様に彼らも炎から逃れるすべを心得ているらしい。

この日、ロードで一番見かけたのはカラス。
なにを食べているのか土手の斜面に降りたり飛んだりをくり返し、自転車に並走しては横目でこちらをチラリと見て目が合うと翼を反転させて土手下に逃げて行く。
懐かしがっているのだろうか、人間と付かず離れずしていれば食べ物に困らないカラスはヨシ焼きをどう考えているのだろう。
地面の虫を見つけ易くなって喜んでいる? それとも虫の総量が一時的に減ったことを恨んでいる?

ヒバリやヨシキリなど小型の鳥類はまったく見かけなかった、鳴き声も耳にしなかった。
鳥類で見かけたのはカラスの他には少数のトビとカモの類だけ、湖と水路の魚は無事だったから大型鳥類はすでに戻って来ていた。
白鳥は北に帰ったのだろう、もういなかった。
もうじきミミズが出てカエルが出てくる、そうすればヘビの類も出てくるから地上の食物連鎖が回り始めるだろう。

土手の菜の花は背丈は短いがすでに咲いていた。
塊り合うように咲いている傍を通過するとき、良い香りが漂ってタイヤ接地部が花粉で黄色くなるのが認められた。
こういう場所では小さな虫も飛んでいて、腿に当たって潰れた虫を払いのけたらサイクルパンツに黄色い粉が残った。
タンポポの花粉なのかも知れない。

初夏には前傾姿勢のロードバイクを隠すほどの高さまで伸びる菜の花も今はまるで菜っ葉、柔らかそうで美味そうだ。それでももう花を咲かせている。
春に咲く花は黄色から始まり夏に向かってピンク、赤と変遷するのは文献上ではファーブル先生が発見したことになっている。
春一番に飛ぶハルキ蝶はじつは酷い色弱で、黄色しか識別できないと実験で証明したからだ。
後を追って出てくるモンキ蝶は、強さを増す太陽光線に順応を高めて黄色よりピンクを識別するようになっている。
そしてモンシロ蝶は猛牛のごとく赤に突進する。
だから子孫を残したい植物どもは夏には競って赤い花を咲かせる。
だがそんなことは書物を読まんでもワシらはガキの頃から草原を自転車でカッ飛んでそれを知っていた。
年頃の女子がそうだよね、赤でよい。秋を迎えた女子は白い菊の花にしておきなさいってば。

ヨシの新芽は成長が早い、一面焼け野原と思っていても湿原近くでは2センチほど伸びていた。
このあとは雨が降るたびに30センチづつ伸びて、小型鳥類の隠れ処になるからたちまちヨシ原は賑やかさを取り戻し、美しい草原になるだろう。
ヨシ焼きはどうしても3月半ばまでに済ませなければならない理由が説明できるのである。

ところがあの大震災とフフシマ事故のあと2年間ヨシ焼きは中止された。
初年は大震災、津波被災への配慮から大掛かりな火祭りを遠慮した。フクシマの件は誰も口にしなかったが誰もがそれぞれに危惧していた。
草原にある湖、谷中湖で初夏に釣れるワカサギは検査の結果例年と変わらない放射線量だったが上流山地の榛名湖で途方もない検査値が測定されると、猫にやると言って持ち帰ってはこっそり晩酌のつまみに食べていた釣り人が全数再放流して帰るようになり、そのうちに釣りをするひとがいなくなった。
ちなみに谷中湖は利根水系だが榛名山には直接つながってはいない、栃木の渡良瀬川の水が谷中湖を満たしたのち1キロ下流で利根川に注ぐのだ。

だから水に入っても安全だとかそうでないとか、そんなことを言うつもりはない。
だが近県のトライアスロン競技団体がスイムを中止してラン・バイク・ランのデアスロンでお茶を濁したのは、子供たちに責任を持たねばならない父母の意図を汲んでのことなのだと思うようにした。
ワシも父母の列の背後から子供たちの力走を応援した、パンクした子がいたら手伝ってやろうと工具一式を背中のポケットに入れてあった。
「ねえ、あれ見て! 足に指のない鳩がいる。放射能のせいかしら?」

母親たちが指さす橋を見ると、欄干に止まれない鳩がコース脇をヒョコヒョコ歩いている。
それも一羽だけではない。指がなかったり曲がったり、欄干の鉄パイプに掴まれない鳩が路上に何羽もいる。
よく見ると鳩に混じってスズメにも足のないものがいる。
「うわー! ここってそんなに酷いところなの? 子供たちを連れて帰りましょうよー」
若い母親が路上をヨチヨチ歩く幼児を急いで抱きあげ、脱がせた靴を投げ捨てた。

見かねてワシは母親たちに近づき、靴を拾ってこう言った。
「フクシマとは無関係です。渡良瀬の上流、足尾の鉱毒事件とも無関係です。
あれは釣り人の無神経さのせいです。
マナー違反と言うべきでしょう、捨てられた釣り糸が長い間足に絡まって切断されたのです。かわいそうに。
鳩もスズメも人間のそばでしか生きられない、散歩ついでに餌を撒くひとがいるからねえ。
餌を撒かなくても人間の残した弁当や釣りの餌のそばにしか生活圏を持たない彼らは、足を失くしてもここから離れられないのです。
いや、足を失くしたからここに居るしかないのです」

「じゃあ 白鳥やカモも足に糸が絡まっているの?」
「可能性はあるけれど、鳩ほど顕著ではない。水かきのある足には絡まりにくいのと、彼らは鳩より力が強いからブチ切ってしまう。
それよりもっとアタマがいいから釣り糸を足に絡めたりそんなドジはしない。カラスなどはまったく無被害ですよ」

若い母親は幼児を地面に降ろし、ワシの差し出した靴を礼を言って受け取ってわが子に履かせた。
カモよりカラダの小さなムグッチョなどでは小さな水かきに釣り針などを刺しているのかも知れない。こころが痛む。

* ムグッチョ  :  夏に湖沼や中小河川で見かける小型の水鳥、長時間潜水して鮎を捕る名人。水から顔を出してムチュッ ムチュッ と鳴く。
            正式名は知らない。土手から見ているとカワウのように群れで小魚を浅瀬に追い詰める頭脳テクを披露してくれる、しぐさのかわいい鳥。
            飛翔力はないようで、上空を川下から飛んでくるカワウの大群が来ると潜って草の繁った処に隠れる。
            カワウが行ってしまうと出てきて潜水するが、あらかた獲られた後では収穫少なし。
            ワシらは少年の頃からそんなムグッチョに肩入れして、カワウには石を投げる。
            カワウは鋭いクチバシを持った大型の鳥で、カラスの倍ほどの大きさ。首が長く顔も怖い、しかも真っ黒で無愛想。
            長良川の鵜飼いに使うウはウミウを幼鳥のとき捕獲して飼い馴らしたもの、カワウは人に馴れない。
            ムグッチョはその辺を知ってか知らずか人を恐れないが、近付き過ぎれば潜ったまま何処かに行ってしまう。
            野生は放っておくのが一番なのだ。

震災から二年目はヨシの持つ水質浄化能力の高さが逆に災いして、吸着した大量のフクシマ由来のアレが燃やすことで再び大気に放散されるのではとの懸念からヨシ焼きは連続中止された。
これは根拠のない懸念なのだが、県内ではシイタケの栽培が事実上の禁止となっていたりしてフクシマから近い県としてはヨシ焼き断行に踏み切れなかった。

この間にもヨシ原の荒廃は進み、倒れて越年した葦草同士が絡まり合ってジャングル化していった。
名前も知らないような虫が棲みつきヨシの根を噛んで妙な形状の卵を産み付けるが、密林化した根元まで小鳥たちは入って行けなくなってそれを食べられないから虫が異常に増えた。
不心得者が捨てた電気ナマズが繁殖して、これまた外来の噛みつき亀の一派と争ううちに放電したスパークが魚の死骸から発生した硫化水素ガスに引火して小規模水雷のような火災まで起きる。
ヨシの根は弱り湿原地帯で魚類の腐敗臭が強まり、水質浄化機能が危ぶまれた。
この機に乗じて進出してきたセイタカアワダチソウの不気味に黄色い花が咲くと、それまでなかったブタクサ花粉症に釣り人やサイクリストは悩まされた。
春のスギ花粉症と違って秋のブタクサ花粉症は風情に欠ける。
残暑の汗にまとわりつく外来種花粉は単一民族国家を形成する日本人種には耐性がなく、ゲンナリするようなアレルゲンになったのだ。

そして今年、放射性物質に対する国民の考え方に落ち着きがみられるようになって、それまで黙って休業状態に耐えていた小山市と茨城の古河市周辺に点在する葦簀(よしず)生産者が県議を動かしてヨシ焼き再開を働きかけた。
素性のよいヨシが採れなくては、生業を廃するしかないギリギリまで生産を止めて耐えていた伝統工芸品の葦簀である。
単に斜陽業者の救済だけではない。日本の伝統技術産業の荒廃の危機である。
夏の日本家屋の縁側には葦簀が一番似合う。
花火・あさがお・葦簀は日本人のこころであろう。
花火・あさがおはビール・スイカでも可とするが、日除けは渡良瀬のヨシで作った葦簀でなければならん。
これは日本国民の合意である、総意をもって一歩も引けん。

安い大陸産のヨシズはヨシの種が異なるのかひと夏でグズグズになる。たまに硬い茎のものもあるが特殊な薬剤で硬化させた材ヨシでは放射性物質より身近な危険を含む。
ヨシが葦(あし)では悪しかろう。
粗いしゅろの糸で編んだ結び目は、もやい結びの出来ない不器用人種の作品か傾けただけで解けてしまう。
やっとローンの目途がついた愛しきわが家に、かようなる贋物ヨシズを掛けさせてそれで治法国家と言えるのか。

総理! あなたのご実家を思い出してごらんなれ。家宝のひと張りがござろう。
「友あり遠方より碁敵となって現る、葦簀に流る(ながる)涼風を受けつつ一勝一敗、いざもう一局参らせん、じゃがその前に土佐のカツオで会津誉れなど」
ご貴殿の曽祖父君が著された 「日本のよしず文化」 に登場する御家の家宝葦簀は渡良瀬の産でござるぞ。

これら殺し文句ともいうべき正論を投げるにタイミングどんぴしゃりで政権交代があった。
そしてついに本年3月17日、渡良瀬の空が紅蓮に燃え盛ったのであった。
じつは今日は3月末だから書けるのだが、今回の燃焼面積は提出計画をはるかに上回る広範囲なものであった。
計画書では例年の四分の三程度とする遠慮気味のものであったのだ。

実際に火を放つと味方風が三方から吹いて、あっという間に全土に燃え広がった。
官と名のつく関係者は慌てたことだろうが、現地の要所を固める消防団員は火を消すどころか煙りに乗じて身を隠し土手に火を点けて回った。
団員たちはわかっていたのだ。
三年分みっちり燃やしてやらないと渡良瀬の息が戻らないことを。
この粋な団員たちの意気は30分後には官たちにも伝わり、官も感涙したという。
煙りで涙が出て、何も見えなかったということになっている。
地元紙もわかっているから何も書かない。
書いたのはワシだけだが、「あいつはでほらく語りのおしぐれ野郎だからなあ」 で済むはずである。
最後にワシは確信をもって書くぞ、
あの日、渡良瀬にいたのは全員が田中正造だったのだ。

かくして渡良瀬はキレイさっぱりの原野に戻り、4月にはヨシの新芽で一面の緑色になるのである。
その中を縦横に走る水路の渠(みぞ)は真っ黒の線、サイクルロードの舗装の灰色を両脇の菜の花とタンポポの真っ黄色の縁取りがきりりと締める。
カラスが上空から
「あの自転車速いなあ」
「知らないのか、おしぐれなんとかいう火の玉野郎よ。だがな、あの先の田中正造翁の石碑のところまでなんだ」
「なんで?」
「手を合わせているような振りをしているが、へたれて座り込んでいるのさ」

syn

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