| 戻る | 検索 | 管理 |
「俊水」の掲示板
※ご来店のお客さまへ 〜 ♪♪北関東の奇才、俊水の筆からどんどん生まれる抱腹絶倒の名調子をお楽しみあれ♪♪
□画像が登録されている場合、画像クリックすると拡大表示されます。
□投稿や削除をするときは、画面左上の「管理」をクリックし、パスワードを登録して編集画面に遷移してください。
 1画面で5文書登録できます。1文書に画像を3枚登録できます。
Page: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 |
お詫び広告
2015/06/10

団塊仲間ご愛読のみなさまへ。                             


先に上梓いたしました 『おしぐれ地蔵‥赤麻沼』 の画面異常について、取り急ぎお詫び申し上げます。

投稿作品がネット上に表現されるにあたっては、 「文化的清潔性と思想的中立を保証するものであること」 との確約を大家さまとの間で締結しております。
小品も当然ながらそれに沿った作品でありました。

「ありました で済むか、でれすけめー。 この期に及んで抗弁するとは以ての外である。 以後は出仕に及ばぬ、即刻あたまを丸めて出家となれーっ」

大殿さまより清潔・中立とは思えない罵声を浴びて足取り重くとぼとぼと ”バーバー蟹や” の前まで歩を進めたおしぐれさん。 「あちゃー 休業日だってさ、ああよかった。 おやじのハサミは痛てーでよー」

当作品は当方装置内での吟味フィルターの結果、清潔性・中立性・さらには正義までも確認されておりました。 自信をもって送り出したものでございます。
しかるに、送致途中の何れかの時空において ねじれワープ が介在したものか、団塊仲間に載った時点ではかかかる異常事象となって表示される事態と相成りました。

作者意図によるものではないとは申せ、圧縮表示された大変に醜い書式のままアップされてしまった不始末は、ひとえに作者の不徳の致すところでございます。
忸怩たる思いのまま読んでみましたが、読めませんでした。 自作でありながら読めません、目がパンクいたしました。

ご覧になられた皆さまがたにおかれまして、その苦痛は如何ばかりであったか察するに余りあるものでございます。 深くお詫びを申し上げます。

直後より読者の皆さまから次のようなお叱りのメッセージが寄せられております。
一部を引用させていただく理由は、 「少しは鬱憤が晴れるかなー」 でございます。

「うわーっ 北からの攻撃かー! 読んでみぐまでもなく ミグるしい。 オスプレを放てーっ! 垂直技でミグ39の身ぐるみを剥がし、Escキーの削除砲で撃墜しろーっ」

「おしぐれめ、紅海のほとりに潜むペテン仲間宛ての暗号文書を誤って公開しちまったな。 送ったM資金を$に更改して公海まで降海しろ だとよ。 ふん 後悔するぞ」
「あんた、なんで難解な暗号を解読できたのよ。 あんたも仲間け?」
「あほ抜かせ、ワシはインターポールの星 銭形さまじゃ。 暗号じゃろが信号じゃろが、満月に映るウサギ像のように明快よ。 がっはっはー」

「オメさん、冗談もほどほどにしなせーよ。 句読点を探して読むうちに3行でメガネのレンズが火を噴いたずら。 惨度レベル3をはるかに超えるでや」

「文中で早池峰山のたらちね狸と河童淵のカッパ巻さまを小馬鹿にしたっぺ。 ばちあたりめー、祟りがあらわれたんじゃー。 南無南無」

「ロングライドのあと、ア*ダーアーマー製のコンプレッション長袖Tシャツを着たまま混浴風呂に入ったときみたいです。 いったいどーやって胸と背中の汗を洗ったらいいのか分かりません」


非難轟々 叱責の嵐でございます。
ひえーっ ひたすら お許しくださりませー。 ア*ダーアーマーは脱ぐしかありませんですうー お嬢さまー。

画面いっぱいに広がる 改行・段差段落なし・漢字カナ混じり・駄洒落・伊語混じりの文字羅列、猛モンスター展開となってしまいました原因につきまして、
九電を定年した元原発社員も交えて鋭意解析の結果、おしぐれ小屋の給電装置である風力発電機に問題がございました。

あの 「ドッカーン事件」 のあと、修復されたおしぐれ小屋は危険小屋との風評が立って東電は給電再契約に応じてくれない。 見かねた元九電原発社員の友人が作ってくれた風力発電。
さすがは元原発の作品ですから調子よく風を受ける臨界のときはめっちゃん凄い発電量なんです。 ところがプロペラが回らないと、からきしダメなんです。
どの業界でも逆風のときはねえ。

そこで元九電が何処からか調達してきたのがEPSという定電圧安定供給装置。 つまり給電圧にバラつきなし。 さすが九電です。 十電(東電)より一位うえだ。
しかけは解からないけれど風が停まっても12時間PCに給電するという。 残り2時間になるとブザーが鳴る、そうしたらローラー台に乗せた自転車を漕ぐとEPSが復活するという。

東日本大震災のとき、福島県境の山中に倒れて切れた送電線にローラー台を繋ぎ、サドルの上でウィダーゼリーを飲みながら何日もペダルを踏み続けたおしぐれさんの美談は、
遠く離れた九州電力の彼のもとにも同窓会報で知らされていた。
そのとき彼は災害時にこそ、そこにある自転車で給電できるシステムに大きなヒントを得たという。

「美談の話題にすり替えて、画面乱れの本題を誤魔化そうとするなーっ!」

はい 大家さま、けっしてそのような意図ではございません。 ございませんがもう少しお時間をくだされ、九電さんが申されるには、

「水没して止まった病院の自家発盤に繋いで緊急手術中の1室に電気を送るには、おしぐれ小屋にあるような安価なローラー台でも十分可能。 
ただし、漕ぎ始めたからには手術終了の合図まで絶対に脚を止めない覚悟に加え、競輪選手のような漕ぎ出しの瞬発力とロングライダーの耐久力が必要。

したがって一人の力では無理。 自転車を二台並べて市民が交替しながら漕ぎ続ける。
自転車の後ろには次の漕ぎ手が列を作っている。 近くのコンビニから冷えたウィダーゼリーが届く。 そーゆー協力共働の考え方をシステムというのだ」 

どーだす、大家さま。 これでひと商売できまへんか? 復興庁の補助金が付くかも知れまへんでえー」

「このヤローっ! どさくさ紛れにペテンすなーっ」

あのときは折りからの夕まずめ、まずめ時は風が凪ぐのでございます。
夕餉の支度時刻と重なって 「缶ビールを生ビールに変えるスーパーなサーバー」 が能力一杯のフル稼働をしておるさ中、同じ電源に繋がる拙PCに苛酷な指令が下されました。

「よーし 飛んでけーっ!」

の ”ぽち” でございます。
九電渾身作の風力発電機はそのとき僅かな風を捕えて懸命の発電をしておりましたが、スーパーサーバーは高負荷でございます。 あっちの機器・こっちの機器でアッチッチーの危機。
こーゆーときにはブザーが鳴って、おしぐれさんが自転車を漕いでローラーを回す約束でした。

ですが、あの超長文を何日もかけて書き終えて ”ぽち” を押したばかりのおしぐれさんにブザーは聞こえません。 
缶ビールが生ビールに変容するというサーバーの前に付きっきりでございました。

それでも拙PCは迫るブラックアウトの危機に対し、内部バッテリーまで総動員し鬼気迫るがんばりで 「飛んでけー」 の使命を果たしたのでございます。
その後彼は 「疲れたー」 のメッセージを画面に薄く残してアウトしてゆきました。
 
薄くなって消えてゆくその表情が使命を果たした満足感に喜々としているように見えたのは 、スーパーなサーバー機器から出てきた生ビールのジョッキをふたつ持って来たおしぐれさんと乾杯する筆者の顔が映っていたからでございます。

さて、本文はお詫びの文書でございます。 乾杯などしていてはいけません。
原因は機器の不具合、電力不足、死にかけPCのプア、と決めつけてそれで責任逃れをしようとしている筆者の心象はすでに見透かされておる通り。 このままでは許していただけない。
この不始末をどう決着させるのか。 その決意を明らかにして、そして実行してこそお詫びというもの。 責任者というもの。 (総理、聞いているかー)

さあ そこで、
筆者は復活したプアPC共々励まし合って、苦難の道のりではございましょうがもう一度、あのクソ長くて忌々しい 『おしぐれ**』 を書き直す決意をいたしました。 
それを再上梓いたしますとき、あらためてお詫びを申し上げて本件の終結とするのが男のけじめ。 そのように存じおるところでございます。


以上でございます。
お詫びしたのは、めげないおしぐれさん と 他1名 (このめげなさは一体 どーゆーエネルギーなのだろうと 聞きたい作家) でございました。

<業務連絡>
現在 団塊仲間上に公開のままとなっております失敗作につきまして、以下のように取り扱わせていただきとう存じます。

近々には削除の予定でありますが、元々の文書がすでに失われておることを考慮すると今すぐの削除は見合わせております。、
自戒の意味と書き直しのとき 「何を書いたんだっけ?」 の参考とするため、もう少々載せておいてくださりませ。

<ひとりごと>
あー もう 記憶回路がいっぱいになりそう。 早く保存して電源を落とせー。
ったく J*ネットの格安PCはコレだもんなあー。 ワープロの台を側に置いてのんびりローラーを踏んどった時代が懐かしいわ。

<写真>
ローラー台です。 極めて安価なタイプ。
右側のスーパーカブのエンジンのようなのがマグネット負荷。 左側はトレーニング時の負荷の大小を変えるクラッチ。
高級品はマグネットがトルコンになり静かでスムーズだが発電機への転用は難しい。
写真のマグネット機なら簡単な改造で発電機に変身する。 というより元々の発想は発電機からの転用だった。

syn

口演翻筆 おしぐれ地蔵伝 初幕 赤麻沼
2015/06/05

1 話 マッドネス (madness) この日はどこまで行けるかわからなかったが巴波川に沿って走っているうち野州平野の南のはずれ 栃木県藤岡町 まで来た。 南を向いて左岸ロードを行くと土手下に広がる藤岡田んぼの眺めはじつに美しい。  美しい田んぼはタイやベトナムにももちろんあろう。 だが日本の田んぼの俯瞰がことのほか美しいのは、田を区画し水面の存在を管理する畦(あぜ)が描き出す図形美といわれる。 田も畦も、PC画面に表れる文字よく見れば平面を縦横真四角に切って よし(圭)としている。 一方畑は田に火を放つと書いている。 これらの文字を考え付いた人物がどこまで高度を上げて地面を俯瞰したものか。 宇宙船が帰ってしまった今となっては知る由もないが線の交点を1ドットとして見たとすれば、地表の凸凹によって偏る水の存在を利用した絵を描きたかったのではなかろうか。 宇宙から見るこの地上絵は兎を搗く杵(ウサギをつくキネ)に似ている。  満月の夜にだけ月に映るあのおぼろ絵は、母星地球の田の水の反射影が拡大されて写っているのだ。 もう少し詳しく書こう。 海は区画無しに広過ぎて点ドットを反映写できない、できても波にうねった映写光は焦点の合わないぼんやり感がオーロラのような効果光を演出しているに過ぎない。 月のウサギは、明らかに地球地表の田んぼと畑から発せられた水の反射像なのだ。 反射像ゆえにウサギが餅をつく構図に反転しているのが何より証拠。 地球 ‐ 月間の距離が最接近する満月のときだけ映写焦点が合う地球上の唯一奇跡の場所、それが野州平野だとおしぐれさんは仮説する。 ただし計算式が今だ構築できていないので、小保方博士の前例もあり公表には躊躇があった。 この機会に当欄読者にだけ公開し引用を許可する。 拙論を補完・補強する合理的理論の提供を待ちたい。 さて、目を足元に戻そう。 隣接する田と耕作者が異なれば稲の種も作付のタイミングも異なろうからから水の管理は微妙な戦いとなる。 畦から隣田へ漏水すると、土の持つ養分素や耐病の抵抗力など耕作者の思わく通りに行かないことも多いからだ。 近隣者とはよく話し合い、謙虚な姿勢でことに臨むことがなにより大切なこと。 日本の稲作文化がそれを教えている。 それとは文化を指す。 中*国による無法な南沙諸島埋め立てのハナシをしようとしているのか! と身構える読者には肩すかしで申し訳なし。  おしぐれさんの固定資産は郊外の小さな自転車小屋だけなので、そーゆーことにはトンと無頓着。 大きなハナシは団塊屋さんに言ってください。 「オラはオラのやり方で米を作るだ」 こだわりをわがままと言っては失礼かと思うが、わがままを通すのが日本農業の原点であり技術向上の原動力であることは昔も今も変わりがない。 そのうえでの話し合いだと申しておる。 聞いているかー 中*国。 ここでいう昔とは昭和とか大正・明治とかのレベルではなく、米の量産が管理化され租税対象となり始めた室町時代の初めの頃だと気付けば作家はことの重大さに驚くが、読者は今さら驚くまい。 そこで畦の止水のために用いられたのが古来技法 「クロ畦」 。  これが美しいから日本の田んぼは美しく月に映り、奈良の時代にSF 竹取物語 が生まれる基となった。 したがってそれより前の弥生時代の月にはウサギは映っていないことになる。 この時代の月は和歌などに残っていないからワカらない。 美しい田の畦はおしぐれさんの足元の土手の下も例外ではない。 直角平行に植えられた緑の苗が育って田底の泥が見えなくなった若稲色の田を、クロ畦の黒がくっきりと額縁っている。 「クロ畦」 とは泥をしっかり塗り込んで止水した畦のことだが、詳述する前に1行前の 額縁 に触れておきたい。  江戸時代まで歴史は進みます。 天才絵師との聞こえも高き葛飾長屋の住人、東葛南斎 がおのれの描いた錦絵の価値をさらに100倍もの両替レートに押し上げたのは女房お栄の額縁装丁の技だったと、はじめて知ったのは女房が死んで49日の法要の席だった。 呼びもしないのにお経をあげてくれた一休禅師の法衣の袂(たもと)にそっとお布施を入れたとき、それとなく教えてくれたのだがまったく余計なことをするものだ。 お栄はじつは南斎の娘だという説もある。 お栄のあの奔放な才能は南斎を父とするからだという説だが、わかるものか。 一休だって後白河天皇の落胤だということになっている。 この手の血族どろどろハナシは、団塊仲間の 北の山から さんが詳しい。 画面を替えて こんにちわ してみるのも一興かと ‥ 。 ともかくも、以来 南斎は色絵筆を折って出家の旅に出る。 水墨画のみを描いたという。 共も連れずに破衣破帽。 頼るは絵道具を納めた一脚のコルナゴ製手押し車。 このハナシの色絵筆とは無類女好き南斎先生のアレを象徴しているらしい。 ソレを折ったというのだからお栄さん、南斎の出家は嘘ではないでしょう。 もう許してるよね。 出家といえばここにもひとり、自転車を土手に止めた出家志願のでほらくかたりがクロ畦を眺めている。 額縁ひとつで何反(たん)、租税はクロ畝(うね)何歩(ぶ)という数え方は、かの石田三成が考案したと聞く。 もう少し早く生まれていたらこのオラだって ‥ 。 おしぐれさん、なんぼアンタが自転車で時空を行くスパイラルマンだといっても、そらーでほらくが過ぎましょうぞ。  サドルのつっかえ棒になっているアンタの法螺えんぴつ筆もそろそろ折りどきではござらぬか。 なぜなら、織田信長が連発ワルサー鉄砲をイタリア経由でドイツから直輸入できる時代になっても、コルナゴの自転車はまだ日本に入って来ていない。 当時からコルナゴだけはココム規制がかかっていて禁輸だったのだ。 当時欧州で最も信頼できる通貨はクローネだった。 信長がワルサー社に対し 「クロ畝(うね)立て支払」 を保証したことでクローネは確固たる地位を築き、現在もスエーデン国貨である。 よっておしぐれさんがいくらイタリア リラのスパイラルマンだといっても、コルナゴがなければ時代の寵児 三成と並んで高土手に立ち、眼下に広がる豊穣の田畑を俯瞰することはできんでしょうや。 できたのは後の太閤秀吉、当時 徒大将(かちがしら)の藤吉郎だけ。 現代でもライダーはモテ度でマラソンランナーに勝てません。 コルナゴがダメならバルーンでスパイラルという手がある。 熱気球なら秀吉の朝鮮派兵 琉球併合に際し、熊本城主だった加藤清正がズイキ繊維の和紙をコンニャク糊で張り合わせたバルーンに備長炭の燃料で乗って、何度も海峡を行き来したという話しが九州の一部にまことしやかに伝わるが、ひいき話しはアテにならん。 肥後ズイキで何度も往復というところが、色えんぴつ筆さんには気に入らないご様子。 昭和初期まで進めましょう。 田起こしのあと水を張って数日おいた田に牛を入れ、農具をぐいぐいと引かせると土と水がよくなじんで真っ黒な田泥になる。  ぐいぐい引くのは牛でなくとも馬でも耕耘機でもよい。 ここではタイ・ベトナムとの対比だから牛とした。 中東なら駱駝、豪州なら駝鳥ということになるが農具を引かせるには気性が荒くて調教が難しく、よって稲作は定着しなかった。 アンタ、そんなむちゃくちゃ よー言いまんなあ。 農夫はその泥をさらに手でこねて、なにかむにゃむにゃ唱えながら頭上高くに差し上げて力いっぱい畦に打ちつける。 そして間髪を入れず使い込まれてぴかぴか光る手鋤(てすき)の背を当てて、何度もくり返し畦に黒泥を塗り込んで行く。 その行為をクロ張りといい、その結果の黒い畦を 「クロ畦」 という。 余談だがクロ張りに使うこの手鋤、クロ畦専用というわけではない。  毎日普通に使う鋤なのだが名人鍛冶屋が作った 「安岐ハガネの割り付け百錬」 入魂の手打ち鋤。 農家何代にも伝えられる名品マルチ農具なのである。 数時間すると畦に打たれた泥の表面は春の陽光を浴びて乾燥が進み、ひび割れが走る。 名人鍛冶屋の手打ち鋤でクロったクロ畦に無慈悲にもひび割れが走る。 だがそれは計算済みのことなのだ、心配には及ばない。 ひび割れは地表を守る地球の知恵。  干上がった塩湖に塩の結晶の塩田ができると、ひび割れから生じた無数の不規則な六角形の割れ目から深部の水分が蒸発し、さらに真性の高い塩になる。 六角形の塩プレートは持ち運びがよくアンデスの民はこれを各国に輸出して生活の糧とし、この塩湖だけに塩が溜まり過ぎて地球の重量バランスが崩れるのを防止している。 このひび割れ模様の規則性を 「チューリング曲線」 という。  一般的には六角形で説明されることが多いが、キリンの身体にあらわれるあの不規則な五角模様を特に 「チューリングのペンタゴン曲線」 といっている。 直線とはいえない線が交差する点の広角側からさらに1本線が伸びて不思議な五角形が際限なく増殖して行く方程式ということになっている。 なっているのだから仕方がない。 畦の泥のひび割れはキリンの五角模様の他にも、浦島亀の亀甲・ゼブラの縞・乳牛のドット模様・マスクメロンの迷路・てんとう虫の星、等々 根本を同じくするものはナンボでもある。 ペンタゴンにもヘキサゴンにも矛盾なしに適応してしまうチューリング理論は地球の第六法則といわれている。 ちなみに第一法則はご存知 「エネルギー保存(不変)の法則」 であり、これは何億年経過しても不変である。  チューリング博士の方程式の極致が蜜蜂の六角巣であり、スパイダーマンの縦糸のアンカー角である。 自然はなんと素晴らしい造形美を見せるのであろうか。 蜂巣を搾った蝋がおしぐれさんのチェーンオイルの原料となった有名な化学の話しは、米国デュポン社を超える理論として前作おしぐれさんに 「小保方博士の**細胞」 として紹介されている。 あながちでほらくばかりではないことが窺い知れよう。 鬼怒川土手の練習ロードでスパイダーマンのジャージをまとったコルナゴが急接近してきたら、ヤワなロードマンは黙って道をあけるのがキマリであるように、法則というものは尊いものなのだ。 さて、素晴らしい造形の畦のひび割れだがそのすき間から漏水する現実は単純には喜べない。 しかしそこは老練な農夫、ぐるっとクロ張りを終えたら最初の位置に戻ってひび割れの始まった畦に向かい、こねた泥を頭上に差し上げ力いっぱい打ち込む。 そしてなにやらむにゃむにゃ唱えながらぴかぴか光る手鋤を振るってクロ畦を塗り重ねて行く。 これを何度か繰り返すと、チューの真上に新たなリングは形成されない、という地球草創からの原則が適用されて止水が完成する。 農夫のあくなき情熱と絶妙角度の手打ち手鋤が日本の田んぼにクロ畦の額縁を与え、その俯瞰を美しく際立たせている根本である。 ここで断言しておきたい。 たしかに手鋤のクロ畦は強靭だ、栄養素たっぷりの田んぼの泥なのに雑草が生えない。 きっと根の息を止めるところまで固く塗り込めてあるからなのだろう。 もしも自分が死んだ後にミイラになって石棺に納まるときは、この農夫の打つ泥漆喰で蓋を閉めて欲しくはないなあと願うほどである。 我田引水と止水匠技、それほど田起しの春の水は貴重なものだった。  足踏み水車で苦労して川から揚げた水、漏れて川に戻すくらいなら隣りの田に廻してやろう。 美田が何処までも続く日本は水を分ける思想の根本が美しい。 幼少期、左官屋になろうか鍛冶屋がいいか、迷い多きおしぐれさんが見た田んぼの畦は黒くてぴかぴかしていた。  農耕使役の馬も牛もどうして畦の大切さが分かるのか、けっして畦を踏むことはなかった。 動物使いは子供たちのヒーローだった。 ベトナムの水平歪角(わいかく)赤目牛は、元々は河馬と水場を争っていた水牛だから平気で畦を踏み潰して行く。 日本の牛と違って仕事嫌いの怠けもの、チューリング理論どころか鼻に真鍮リングすら通していない。 バナナの葉1枚で巧みに編んだ日除け笠の農婦が田植えする泥田のなかに平気で寝そべって、目と鼻を出している姿はとてもベゴ科の動物ではないね。   タイの象はエレー大きすぎてファントも田んぼには向かん、ありゃ製材所向きやね。 大相撲の土俵にもチューリングひび割れは発現する。 コンクリートほど硬くはないがコンクリートより強いとも言われる。 しかしひと場所で撤去される命じゃないか。  日本の田んぼのクロ畦の精神はなあ、15日を遥かに超えて秋まで続くんじゃー。 知ってたかあー。 2 話 ネバー リバー (never river)  土手の内側を計画水位通りの川がゆったりと流れている。 ときには荒音をたてる川も、ゆったりのときは無音。 今日は機嫌が良いのか、それとも悪いのか。 脇川が注ぎ込むたび橋がかかって、渡るたびに出発点の川の匂いが薄まるような気がしているが、水の行きたい方に行けば登りはあるまい。  「そりゃーたしかにそうだいね。 だけんど戻りは全部登りになるんでねーか? 帰りはどーするだい」 この辺り、群馬弁の影響がやや濃い。 右岸は特にそうだ。 西の先には赤城山。 「なーに 平野の川の勾配は 0.1パーセントだいね。 千メートルで壱メートル登るっくれーの脚力がオラにねーとでも言うだかや! 馬鹿にするんでねーぞ。 それになや、午後になって南風が背中に吹けばよ 0.2パーセントのアドバンテージだっぺ。 あに? 北風のまんまだったれば 0.3パーセントのレジスタンスだっぺ だとおー!  そーゆーことを言うもんでねーぞ 上州赤城の忠治やん。 オラには野州赤麻沼の おしぐれ地蔵 がついとるだ。 逆風 難風はぜーんぶ引き受けてくださる身代わり地蔵さまじゃー。 見てみろ、オラの背中に追い刀の傷なんざあっかあー。 あんめーよう。 切られ与三郎、男はなあ 顔は切られても背中は切られたことがねえーってことよ」 右岸土手の下にもさらに田んぼが続く田園地帯。 あと30分ほど行けば渡良瀬の高土手を越えて休憩予定の 地蔵さまエイド に着くだろう。  風は止ったらしい、遠くに上がった熱気球が垂直に昇って風を探そうと炎を吹かしている。 バーナー音が聞こえるまで近づけばその下が渡良瀬遊水地のバルーン広場だ。 遊水地に向かうこの川が上流の栃木市内に伝わる 「黄ぶな伝説」 で名高い巴波川(うずまがわ)。 本流渡良瀬への合流点まで8キロメートルの位置にいる。 バルーン角度から三角測量をしたわけではない、土手サイドに親切な立札があってそう書いてあった。  年間300日 × 100Kmの伝説ライダーをめざすおしぐれさん、軽量細身を宗とするのだから測量機器など持ってますかいな。 川にまつわる伝説といえば河童か大蛇か大鯰(なまず)と相場が決まっている。 その点 野州栃木では江戸のころから育んだ文化がお洒落でスマートだから 「黄ぶな」 。 黄色いふな とは黄金のふなのこと、ゴージャスですなあ。 おしぐれさんが乗ってきた黄金のコルナゴとジャストマッチングですわいねえ。 お地蔵さまのご加護を受けるにはよう、これっくれーのシチュエーションが必須なんじゃー。  大蛇だのナマズだのはもっと田舎のほうの、例えば修善寺の鐘楼に隠れた安珍坊が清姫さんの情念化身の白大蛇に焼き殺されたハナシみたいにオドロしい。 ナマズは大地震を起こすといわれ、 河童はひょうきんな顔つきのくせにもっと悪質だ。  昔 「巨べらのふる里」 というキャッチに誘われて釣りに行った岩手遠野の田瀬湖で河童にやられたことがある。 10月の初め、栃木出発時には半袖Tシャツだったのに夜半遠野に到着したら山は霙(みぞれ)の混じった寒風のなか。 山上湖畔の民宿村は先週末に今シーズンの営業を終えて山を降り、来るときコーヒーを買ったコンビニは40キロも後ろ。 しかも夜間は閉店する省エネ型。 これは困ったぞ、東北のお地蔵さんに知り合いはないでよ。 明かりの点いている建物があったので行ってみると、案の定閉まっていたが入り口の前に古ぼけた自動販売機があった。 明かりはこれだった。 『巨べらの田瀬湖入釣券発行機』 これより先 早池峰の流域に入釣するには当館発行の入釣券が必要です。 購入により大釣りとこの先の安全が保障されるものではありませんが、当自販機での購入をお勧めいたします。  かっぱ淵 民話伝承館 「おお これや、 早よう券を買って早池峰山みぞれ河童の気を鎮めねばならん」 大枚千円を投入してレバーをガチンコと引くと、帽子に結ぶヒモがなんとナメシ皮で出来ている大そう立派なキップが1枚ポロリと出てきた。 領収印のところにタヌキの絵がスタンプしてあって、ペロリと舌を出しているのが何とも愛らしく、霊験ありそうな入釣券であった。 野釣り派は緊急食糧やガス燃料やモチベ維持のための酒類をベースカーに塔載しているのは常識、車中泊と決めて飲んで食って寒さに耐えて寝た。 エンジンかけっ放しで寒さに震えながら朝を迎え、まわりを見たら自販機があったはずの場所に看板が立っていて、 『ご注意』 当館発行の入釣許可証をかたった自販機詐欺が横行しております。 正規品は河童のマークですが、無効品はタヌキの絵柄と報告されております。 購入に際しては当館窓口にて美人係員による対面販売でお求めください。 河童淵 民俗民話伝承館 昨夜買ったキップはサンバイザーに挟んでおいた。 出してみるとタヌキの玉袋を広げてヒモを作ったらしいシワシワ皮のついた柏の葉っぱだった。 中に萎びて小さくなった丸餅が二個包んであった。 これ、柏餅のつもりか それともタヌキの良心の玉々か。 9時になり、ラビットスクーターに乗って出勤してきた美人係員に事情を話したら、 「オメさん やられだなあ あっはっはー。 んだがら書いであっぺーよ。 対面販売ってーよー。 タヌキかどーか よーぐ確かめねばなんねーだよ。  ところでオメさん、腹っこ減ってんでねーが 柏餅買わねが? オラが今朝こしらえたんだあ、美味めーぞー。 キューリの漬物もセットになってんだがよ、オラほの河童淵のカッパは口が肥えてっから このキューリでねーど釣れねーんだわ。 千円だあ」 河童のバッジを胸につけたこの美人係員というのがまた、たらちねの年増たぬきのようなお方でしてな。 とても対面では買いたくないお方なんですわ。  「オメら ぜったいグルだっぺー」 郷に入ったら郷に従え というが、遠野の河童と狸は共闘して遠来の客を馬鹿すところが恐ろしい。 このワンダーランドについて 宮沢賢治 も 柳田国男 も河童のことは書いている。 しかし狸のことに言及していないのはどーしたことか。 グルが疑われる。 その点で 野州黄ぶな の正直さ 気高さは、さすが栃木の心意気。 そう思い知らされた北釣行であった。 黄ぶなのふる里 栃木藤岡、このあたりでは5月の空に泳ぐのも、こけ脅しのヒゲなど生やした 鯉のぼり ではない、可愛らしくてアイドル感たっふりの 黄ぶなのぼり なのである。 黄ぶなのはなしはあえて書かない、みなさんご存知のはずだからだ。 今や千葉代表みたいに威張っているが市予算規模では栃木に負ける船橋のふなっしーは、黄ぶなの無断パクリだと市役所の若い職員は憤慨する。 だがそこは大人の栃木市民、黄ぶな伝説の重厚な質感は新参者ふなっしーのぺらぺらさなど問題にしない。 他にもあります。 黄ぶな饅頭 黄ぶな最中に黄ぶな餅、今風には黄ぶなTシャツを着て黄ぶなソフトを舐めなめ 「蔵の街通り」 を歩いて極めつけ黄ぶなラーメン店へ。 ご覧になりたい方は栃木市役所HPへ、当欄は特定市町村の損益に関わるコトには関与しません 悪しからず。 さて今回は伝説めぐりの話ではない。 この地区の近代史実をもとにした久しぶりの本格ばなしなのである。 よって個人名・個別名・団体名がしばしば登場しますが、類似のものが県内外に実在してしまった場合は例によっての でほらく だと、そーゆーことにしてお許しを願っておきます。 巴波川は国土庁の仕分けに従えば中小河川ということになる。 ところがどうしてどうして、なかなかの川相を見せて堂々の流域。 川の左岸側は小山市、後方は栃木市、右岸が藤岡。 かつては 「蔵の街 栃木」 の米と味噌と絹を水運で江戸まで運んだ川である、なかなかどころか悠々の流れっぷり。 船水運は下流で渡良瀬川に合流し、さらに利根川・江戸川を経て江戸につながっていた。 今ではトラック輸送が主となって運船は衰退した。 わずかに釣り用の笹舟が支流にもやってあるのを見るが持ち主はいなくなったのか舟底に溜まった泥で傾いている。 下流で合流する渡良瀬川は茨城・群馬・埼玉とも境界する大河川。 栃木と別れる境界にある三国橋がその名の通り三国界いなのである。 その栃木側までが渡良瀬遊水地の圏内ということになるが鳥や魚・けものや植物に境界の認識はない、河川敷のヨシの水路に隠れてどこへでも出没する。 まるで土手の迷路を徘徊して行く自転車のようだ。 彼ら自転車乗りは腰のおにぎりを食べ尽くすか水ボトルの残量が少なくなったら帰り道を模索するが、鳥や魚やけものは其処に留まっても特に問題はなく、これはすごいアドバンテージになる。 植物に至っては漂着した場所を足掛かりに根を伸ばし、鳥やけものを巧妙に使って南進したり北進したり何処へでも行ける。 これはすごい羨ましさである。 土手ロードをこのあたりまで来ると、目ざす渡良瀬遊水地まではもう少しの距離だから川の流れは緩やかになり足に水かきのある鳥をそちこちに見る。 この水かきが曲者で、ポケットのようなつくりの中に小さなモノなら何でも入れて飛べる。 先年宇都宮の北端の小沼で小型クラゲが大量に発生して大騒ぎしたのも水鳥の仕業だった。 ポケットといえば自転車ライダーの背中にも伸び縮みする食糧ポケットがある。 この中に洗濯機でも死なない家ダニなど入れたまま、こともあろうに野鳥の自然保護指定区域である遊水地まで走って来るのだからこれはもう痛み分けというものであろう。 子供たちが短い竿を持ってなにか釣ろうとしている。 仲間割れしている様子から察するに何も釣れていないようだ。 ヤマベやフナっこはないか、いても日中は川鵜(カワウ)の集団が怖くて出てこないのだろう。 黄ぶなは伝説の神さまだからミミズなどではとうてい釣れないし、川鵜にも神さまは獲れない。 余談だが、サッカー日本代表チームのエンブレムに描かれる 八咫の烏(ヤタノカラス)は川鵜にとってもご先祖の神さまである。 だからして同じ神さまランクの 黄ぶな を獲って食うなどもっての外。 この習性を知っていれば放流稚アユが川鵜の食害にあっている鬼怒川漁協などでは対策できよう。 黄ぶなのぼり を栃木から取り寄せて川岸におっ立てておけばよいのだ。   鯉のぼりより太くて短いふなっしーによく似た黄色い風洞型は、風をはらんでよく泳いで目立つ。 川鵜はその上空を迂回して行ってしまう。 ちなみに長良川の鵜飼いの鵜は、海鵜を飼いならして家畜化した鳥で川の鵜とはまったく異なる鳥です。 どれ程異なるかといえば、虎とライオンほど違う。  平坦な土手上のサイクルロードは舗装も良くて、やや向かい風でもギヤが1段あがる。 正面遠くに富士山が見える。 気持ちの良い田園地帯のなかを遊水地に向かってサイクルロードと一緒に蛇行する巴波川は、野州の小京都といわれた古都 栃木市内の 「蔵造り旦那通り」 の脇を流れてここまで続いている。 江戸のころから夏の街中の川では旦那衆と芸妓を乗せた屋形船が柳の下を行き交い、提灯の明かりを追って餌をねだる錦鯉が盛んに跳ね、ご祝儀をねだる太鼓持ちや食えない三文作家が嬌声を上げていたろうに、ここまで来たらなんとなくあか抜けないのはどうしたことか。 川床に堆積した栄華の残り滓の土砂に黄色い花の外来アワダチソウなどが繁茂しているからだろうか。 こういう場所に咲いていてもよいのは月見草と決まっていたはずだ。 遠くても富士が見えるのだから。 灰色大サギが小魚を狙って木造橋脚の上にたたずんでいる。 子供たちと同じように簡単には獲れないようだ。 彼らは飛んでいないときは大きなカラダのエネルギー温存のためかピクリとも動かず、長いあいだじっと水面だけを見ている。 自転車の接近など意に介さない。 「ワシだって脚以外は動かしたくないわい、変に動かすから首が痛いんじゃ。 じゃけんど現代社会においては四方八方に目を配らんと生きて行けんのんじゃー。 信州の自称ネット トレーダーを見て見ろ、ちっと目を離した隙に何億も損しとるだねーかや」 そろそろ約束通りに史実に基づいた文芸ばなしをせねばならない。 自称ネット トレーダーのことなら自業自得という宇宙の法則に基づいて放っておくに限る。 3 話 リアル ストーリー (real story) 土手上のロードを走って来たおしぐれさんが自転車を止めた。  仔細ありげに降りてきたのは何のことはない、トイレを見つけたからだっった。 堤防上の広場に 「うずまがわ決壊口祈念公園」 という変わった名前の公園があった。 普通は記念であろう。 決壊口祈念というからには穏やかでない記憶があるに違いない。   寒いときにはヘルメットの下にデストロイヤーのマスクもかぶってしまうおしぐれさんは破壊・決壊と聞くと血が騒ぐ。 IT用語でないほうのドキュメント作家おしぐれさんのハートは、トイレを済ませた開放感と相和してにわかに どきゅめく のであった。 地元の人々が永らく 「口開け場」 と呼んで小さな祠を祀ってきたのは、巴波川(うずまがわ)が本流渡良瀬川に合流する地点から遡ること8キロの大きく湾曲したこの場所。 ここに住民長年の願いが叶って祈念公園が作られたのは近年のことだ。 川は長い期間をかけて土砂の浚渫と護岸整備が進められてきた。 ひとまずの完成をみたとき町長公約通りに小さな公園と祈念碑が建てられた。  祈念か記念か、どちらを揮毫するか町長には葛藤があったろう。 しかし選挙の公約はたがえられない男の約束だ。 堤防と同じ高さまで土を盛った広場の中央に石碑と水飲み場があって、電気は点かないが水洗トイレと休憩用ベンチを囲むあずま屋があるだけの質素な公園。 あずま屋の横の目立たない処に朽ちかけて小さくなった祠がそっと祀ってある。 公園の完成式典の後に誰かが運んで祀ったのだろう。 それは知らぬものが見たらぎょっとするほど粗末な祠だが掃除がなされ、野花が添えられ、訪れるものの存在をあかしている。 質素と貧乏とは明らかに違う。 貧は貪(どん)を誘うといわれるが、対して質素こそは躾(び)の極まりでないのか。 このような公園によく見かける桜の若木などは植えられていない。 春はまだしも夏ともなれば葉っぱの裏側が アメリカシロ毛虫 だらけになる桜などこの公園にはいらない。 県内そちこちに桜の名所を誇る栃木ならではの潔さであろう。 「だが まてよ」 水飲み場で顔を洗いながら正面の石碑に彫られた文字を読んだ作家おしぐれさんは考える。 作家は疑り深い。  なぜなら石碑には公園名と竣工日と当時の町長名しか彫られていない。 水で洗ったサングラスをかけ直し、裏側に回って小さな彫り文字を読んでみても探している碑文といえるものはない。 数名の発起人とおぼしき名前があるだけ。 しかしその名前はやや時代がかった次右衛門とか三之助、あるいは屋号と思われるものが刻まれているのみ。 「これは どういうことなのか?」 あずま屋の柱に自転車を立てかけ、ベンチにヘルメットと手袋を置いたドキュメント作家は どきゅめく。 昔、キャサリーン台風の大出水による濁流が渦を巻いた巴波川下流域のこのあたりでは、上流から押し寄せて来た流木の攻撃で木橋があっという間に流され、迫りくる大水害の予兆を前に危機回避の唯一の手段であろう 「堤防切り開け」 の決断をせまられていた。 ここの湾曲部で堤防を切り、水を赤麻沼に逃がさないと下流は水没する。 しかし堤防土手と赤麻の間には開田して間もない次右衛門と三之助たちの新田があった。 彼らの手持ちの田んぼはここだけなのだ。 苦渋のすえ、涙の ”口開け” を決断したこの場所には開田以前から大きく立派な八重の花を咲かす桜があって、その根は土手の踏ん張りになっていた。 その踏ん張りのおかげで川の湾曲は長いあいだ保たれていたのだった。 豪雨のなか桜の根元の土塁が切られ、怒涛のごとく噴流した濁流は赤麻沼の湿地帯に向って一直線に桜を押し流し、同時に新田をも飲み込んで行ったが口開け場の湾曲より下流側にあった80倍の面積の田畑と民家は水没をまぬがれた。 次右衛門や三之助は下流域の自作農家の二男三男に生まれた。  当時は新たに百姓をするには土地が不足し二男三男の独立は困難な時代だったが、それぞれの家の長男が手伝って山寄りの荒地だったこのあたりに開墾分家させてもらった。   恩義を忘れず百姓に精を出した次右衛門、三之助たち。 やがて米が取れるまでに田んぼを育てた。 田畑は狭くとも小作をせずに妻子を養って米を作れるのは本家のおかげ、恩を返すのは今しかない。 今しかないがそれはそれは大きな決断であったに違いない。 以来この地の人々は春のお花見シーズンになっても決して桜は見ない。 他所の桜の下を通るときには麦わら帽子のひさしを目深に直して行きすぎる。 子供たちにもそうさせてきた。 子供たちは荒れた田んぼに裸足で入り、流されて来た石拾いを手伝ってその石を決壊した口開け場まで運んで積んだ。 それは冬をまたいでも何か月も続いたという。 翌春、田んぼのかたちは復旧したが土が入れ替わってしまったので夏になっても田植えはできなかった。  秋になり他所の田んぼにたわわに実る稲を見て農民たちは肩を落とした。 冬になる前、下流の農家から荷車いっぱいの白米が届けられた。 米は軍に納めると県知事に明約して租税と兵役を免除された大事な米だったが、 「食うもよし 売るもよし」 との手紙が一匹だけで車を曳いてきた赤牛の首に添えられていた。 赤牛は田鋤(すき)農具も荷車に乗せていて、よく働くめんごい牛だった。 間もなく下流の若者が数名兵役に行ったという話しは何年も口開け場には伝わってこなかった。 往時の村おさは次右衛門の長兄だったが、新兵の父親でもあった。 数年後、再築された土手下にいつの間にか自生した ふぢ(藤=ふじ) の花が咲くまで彼らは黙々と農作業を続け、ふぢが咲いたらその元に親戚縁者が集まって花見の宴を開いた。 兵隊に行った若者も戻って宴に加わり、赤牛には仔牛も生まれた。 口開け場下の田んぼで獲った米を自分たちの食べるボタ餅に使ったのはその花見が初めてのことだった。 以来この地区の花見は ふぢ とボタ餅と決まっている。 確かに八重桜が満開となる4月末から5月初めの連休の頃というのは田植えの最盛期、それより遅れて咲くフジの花は田植えが終わって一息ついた農民を祝うタイミングを心得ている。 白いふぢの花房の元での花見は、遠望される富士の霊峰と共に不二(無事)に田植えを終えた開墾農民の誉れなのである。 稲の豊作を願うと同時に流してしまった桜のことを偲ぶ行事でもあったとうかがい知れるが、平成の今になっても桜の花見をしない訳は誰も言わないうちに忘れられてしまった。 口開け場100年の不文律はあの石碑と祠だけになった。 4 話 ハッピー エンド (happy end) 余談になるが藤岡から少し離れた県内の足利市には白フジ花房の下がるトンネルが100メートルも続く世界一の古フジ巨木があって、生育施設は一般に開放されている。  天井から地面に下がる房の長さがまたすごい、20メートルもあるのだ。 人々はその下を上を見上げて香りに酔い、よろけながら歩く。 白のほかにも薄紅・紫・黄ばな の下がりフジもあって、その中を彷徨して行くさまは隅田川の花火大会の夜空いっぱいに打ち上げられた大玉花火の中にいるが如し。  県の指定は甘受したが、条件のうるさい国の天然記念物指定を蹴って維持管理している花園の社長さんの手腕もすごい。  レストランもホテルもあって、ここは浦安にひけをとらない花の一大テーマパークなのだ。 ないのはカジノだけ。 白古フジの枝の総延長は地球を一周するほど。 重量を支える鉄骨総量は東京タワーを作ったときを凌駕するといわれているが、今ならスカイツリーと比較されるのだろう。 しかしこの古フジ、東京タワーのもっと前の昭和の初めにはすでに樹齢100年を越えていたといわれ、赤麻沼の畔に流れついて朽ち果てようとしていた桜の巨木を支えにしてしっかと立っていた。 現在の足利に移植するに際してはいったん地面を深く掘り下げ、赤麻の土2万トンと赤間のヨシを焼いた炭を5千トンも入れた養地を作って迎え入れた。 それが良かったのか今なお枝葉を伸ばし続けて毎年花房をつけている。   このフジはやがて 「縄文藤」 と尊称されるにちがいない。  名称の意匠登録はおしぐれさんがいち早く特許庁に取得申請している。  おしぐれさんの家紋は代々の下り藤である、 一門を破門される覚悟で取った。 ‥ これの使用権で食えるかどうかは作家のこの本が売れるかどうかにかかっている。 フジとバラ、ツツジやシャクナゲなど花木類を包括したフラワーガーデン 足利フラワーパーク はドーム型施設だから隣りの群馬赤城山から吹いてくる上州空っ風の冬でも開館している。 年間150万人ものひとが訪れている。 こんな大型エンターテイメントは関東には浦安にしかない。 入場料 : 大人1000円〜1700円 花の時期やライトアップ実施により変動します。 駐車場 : 大型バス100台可能。 余談が長くなってしまった。 なに? 余談のほうが面白い。 全篇これ 余談やないの?ってかいね ‥ あんたら入場料返すで 帰ってやー。 まったくもう 予断の許さぬお客じゃわいね。  何処から来なすった。 あに? 信州かいね。 トレーダーの研修旅行やて! 帰れえーっ。 冬は寒風にさらされる口開け場の白ふぢは訪れるもの少なし、此処から土手のサイクルロードを辿って渡良瀬川本流を遡って行けば、足利までは50キロメートルほどで行けるはず。  ただし途中の土手の乗り継ぎに不明と不安があって、おしぐれさんは今だチャレンジしたことはない。 したがって見て来たかのように足利の大フジのことを おお不二 に書いているが、あながち でほらく ばかりではないと念を押しておく。 公園の刈り込まれた芝生の境目には赤レンガが埋め込まれていて、その先にはレンガ草いや蓮華草がどこまでも咲き続いている。  こちらはやや伸び過ぎの感もあるが春先の田んぼに栽培されて田起しと同時に土に梳きこまれる運命のレンゲ草と違って、寿命の限り咲き誇ることを許された公園の蓮華草。 しつこいようだがここではレンゲ草ではなく蓮華草と書くのが正しいと作家おしぐれさんは確信するのであった。 大きく咲いて風に揺れる薄紅の花壺を必死に支える細い茎の首がなんとも可憐で可憐で、このところ首を痛めているおしぐれさんは思わず涙するのであった。 うずま川決壊口祈念公園、ひっそりと祀られる口開け場。 祈念碑に多くのことは語られていないが 桜・白ふぢ・蓮華草 なんと泣かせる処であろうか。 5 話 ネバーエンディングストーリー (never ending story) 翌週、日の出から30分待って気温の上昇開始を確認し公園の駐車場からスタートした。 六地蔵さまの立っておられる赤麻寺山門までの最初の8キロ区間、ここはウォームアップと決めてゆっくり走って行く。 自転車のその日の調子も確かめながらゆっくり行くことにしている。 陽が昇ってからの天候に変化があるかどうかをこのあいだに読み取ろうと空を見上げるとき首が痛い。 おしぐれさんの頸椎神経根症という厄介な病は完治することはないらしい、ウォームアップで少しでも和らぐようなら今日は調子がよいと判断して先のコースを取れる。 風はまだないが午後には必ず吹いてくるのが渡良瀬の常だから戻りルートでの強い向かい風は避けたい。 できれば背風になるようなコースを選びたいがまだ時間が早すぎて読み切れない。 これが読めるようになれば、渡良瀬平原 限定ライダーとしてはいっちょ前といえるのだろう。  その日によって調子が安定しないのは自転車よりおしぐれさんの首の調子とモチベのありよう。  平地なのに走行速度を一定に保てないのを向かい風のせいにしているが、本当は脚出力のP−V線図に乱高下が著しいということなのだ。  ところがいつものことだが、ご本人はそうは思いたくない。 自転車のどこかが具合悪いのだと思っている。 しょっちゅうギヤを取り替えたりハンドルを換えたりしてしているのは、ひとのせいにしたがり症候群なのだ。 「そのミナモトは幼少時から続くマザコンに根ざしている。 そーでしょう?、そしてそれは父親になってもいっこうに直らない」 20年前のある日曜日、どこから借りて来たのか軽トラを持って来て、 「お父さん、トラック結びって出来る?」 「あたぼうよー。 オラはどんなノット結びだって出来るでや、釣り名人だでなあ。 もやい結びだってタンカー結びだって出来るでよ」 「んじゃー 軽トラの荷物、落ちないように結んでね。 ついでに向きも変えておいて、あたし バックするの苦手なのよ」 娘ふたりと軽トラに箪笥やら勉強机やら炬燵やらを積んで出かけていった彼女たちはまだ帰らない。 ときどき電話がある。 「お父さん、何処にいるの? えっ 田舎のおかあさんの処? マザコン直らないのねえ。 それよりトイレの水が止まらなくなったのよ。 工具箱持って早く来て!」 「マザコン亭主」 かあ。 最近になって 「なるほどなあ」 と思う。 「今ごろ遅いわ」 ってかいね。 「ふん 悪かったねえ」 それは極めてわがままな自転車乗りの典型的思考と言わざるを得ない。 釣りとパチンコと自転車は、テニスやゴルフやバーベキューと違って一人でもできる自己完結型の典型。 つまり じこまん。 なかでも自転車は、行く手に坂が見えてきたり強そうなグループ走行の一団に出くわしたりするとヒョイとルートを変えてエスケープロードを行ける。 「この協調性クソ喰らえの平地大好き自転車特性が、典型的わがまま者を育てた元凶である。 いい加減にマザコンを捨てて坂を登らんかい! 軟弱者」 久しぶりに会った退職旧日教組系教師の友人爺いはそのように言うが、 「いまさらなんだ。 給食室の大釜の底に残った脱脂粉乳の最後のひと掬いをひとりで飲んだオメに言われたくねーよ」 ん! なんのハナシだ?   ひとりで自転車に乗っているといろんなコトを思い出す。 釣りとパチンコと自転車で家庭を失う者はテニス ゴルフ バーベキュー者より圧倒的に多いといわれるのはどーゆー事情なのか?  全国的統計調査とか そーゆーことは国費の無駄。 芒身の釣り とはへら鮒釣りを指す。 遠野の田瀬湖から帰った後はなぜか釣りから自転車に偏向しているおしぐれさんだが、自分の意思とは相違して相変わらずのひとり暮らしの小屋住まいというのがその証左であろう。 パチンコは、アレは飽くなき研究心と旺盛強固な射幸心に燃えていないと、知り合いもない閉ざされた建物のひとつ箇所にあれはど長くは座っていられない。 おしぐれさんがへら鮒の釣り座に何時間も座っていられたのは、アレは屋外のオープンエリアであったことと相手は冷徹な電脳マシーンではなく、気まぐれな魚だったからOKだった。  釣れなくても、 「今朝早く農薬散布のドローン機が飛んでいた。 水に薬剤が降りかかって魚の食い気が消えた魔の日なのだ」 と結論づければまあよかろ。 パチンコにこの手は使えない。 確率タイムの回ってくるまで辛抱できない者は常に敗者となるそうだが、おしぐれさんはそれまで閉所のひとつ箇所で待てないのだ。 マザコンだから。 湖の背後の山からぶっといマムシが水飲みに降りて来たとしても、あの閉所の恐怖よりはマシだ。  開封したサナギ粉は袋のチャックをしっかり締めてバッグに戻し、その辺に放置しておかなければマムシは山のおっかさんの処に帰って行く。 あの硬くて細い自転車のサドルによく座っていられるなって?  アレは瞬間ごとに左右に揺れそうになる股関節の支えとして存在しているものであって、座るものではない。 したがって硬くて軽いことが条件。 あればよいのだ。 シロートはママチャリみたいに肛門付近でドッカと座り、お尻を中心にしてペダリングするから10キロで皮が剥ける。 とは言ってもクロートでも気を抜けばお尻の皮が剥けるリスクはある。   おしぐれさんの自転車の朝はトイレでペーパーを使わない。 シャワーで洗ったら乾くまで待って、パッドにクリームを塗り込んでおいたサイクルパンツを穿く。 紙の繊維を皮膚に残さないためだ。 もちろんパンツ内側に洗濯の糸くずなどあってはならない。 もしも、渡良瀬着前にコンビニのトイレに駆け込んでやむなくペーパーを使用した場合には体調不良の信号だから、こ日の走行は中止してトランポのまま草原の中の新ルート開拓に行く。 2012年のラムサール条約湿地登録以来、とりあえず3,000ヘクタール分の整備予算が国から付いた渡良瀬一帯には新しいダンプ道がどんどん増えている。 そこには埃対策の舗装もなされるので自転車なら入れるのだ。 なお此処の地形や詳細な写真は google の誇るストリートビューで検索しても現れない。 一部は国家機密らしい。 脅威を感じた某国エージェントらしい少年が立ち入り可能エリアから4枚プロペラの小型偵察機を飛ばしているのを見かける。 しかし水門の機密ゾーン近くは強力な無線網のバリアがあってドローン機は次々墜落し水没している。 ここはブラックゾーン。 無線バリアがどれほど強いかというと、おしぐれさんの胸に装着した心拍計の2.4GHz帯に侵入して不整脈を起こすほど。 したがって医療系無線機器を埋め込んだひとは近づいてはならないし、ペットの犬に埋め込んだICチップも誤作動するから散歩に来てはならない。 首輪を外してもらった犬ほどライダーに迷惑なものはないのだ。 まったく。 工事が終わったら低地の舗装は剥がされて元の湿原に戻されるというが、おしぐれさんのサイクルライフの間はダンプ道は続くだろう。  工事が終結してしまわないよう湿地の堤工事事業はゆっくりやっているから未来永劫工事は続く。 高土手斜面の草刈り保全作業を請け負っている業者が言う。 「おらほの会社は絶対つぶれねーだよ。 草は年に3回伸びるでなや。 イタチが土手に穴をあけるだけんどトンビが追っ払ってくれるでよ。 社員食堂の婆さんが弁当届けのときに油揚げを持って来てやるんだわ。  大釜でしっかり湯出ししてな、余計な油は落とすんだ。 みりんと醤油で味付けなーんかしねえよ。 あったりめえだんべー、自然鳥獣保護区だぞ 酒で煮込むだけだあー」 「台風 洪水 氾濫 水没をくり返すことでその周りの市街地や河川や耕作地を守っている渡良瀬遊水地は、自壊してナンボの役目だから それでいーのだ。 こういう崇高な自己犠牲精神に基づいた広大な空地の土手を年間を通して草刈りの仕事で一生懸命お守りしているなんて、こーんな安定成長な仕事は他にありませんな」 首のうしろに手を当てて張り具合を確かめ、上体を起こしてゆっくり走るおしぐれさん。 脳裏をよぎるコトは色々ありますなあ。 「信州から帰った直後から草刈り機の会社を興せばよかったかもしんねーなあ。 2サイクルエンジンはオラほの専門だでよー」 向かい風で自転車が斜めにヨレるのはタイヤの銘柄とエア圧が路面状況に合っていないからだとか、前輪スポークの空力デザインが今日の風には合致していないとか、 そーゆー不都合なコトはすべてメカメカしたモノのせいにするようにしている。 おのれのメカニック性は万全だと信じているから不全はすべて機材素質のネガティブさゆえと結論することでおのれを保っている。 コレを彼女らはマザコンと言っているらしい、当っているかも知んない。 トランポから引き出した自転車に前輪をはめて装着ナットを締め付け、タイヤにポンプでエアを充填したら自転車の準備はOKというのが一般的な出走前準備。 一般人ならそれはそれでよかろう。 だが高級ロードタイヤは高級であるほどに回転の方向・取り付けの方向というものが指定されている。 直進性を高め水や砂粒などの異物を排出する機能と卓越したブレーキ性能をシンプルな溝模様に工夫してあるからだ。 高級タイヤといえども内部の精緻な工夫は覗けないから外観はどこのタイヤも似たようなものである。 回転方向の指定マークだけが高級規格準拠を物語る。 ところがタイヤをセットしたロード車の前ホイールは、構造的に逆向きでも取り付いてしまう。 世界統一規格のシンプルさだからだ。 逆付け防止機構などは重くなるだけ、高級バイクほどそーゆーことにはクソ喰らえの考え方がある。 自動ブレーキやタイヤエア圧を走行しながら変えられる機構を装備した自動車ほどシロート向けに高級とする自動車界とは一線を画す考え方なのだ。 「スパルタンであれ」 自転車はそーゆー ”魂” で統一されてきた。 それは間違っていない。 今後もそうであるべきだ。   そーゆー構造のロード車だからポン付けのご仁は天地が逆というか左右が逆というか、よーするに前後でタイヤのパターンが逆向きのままでも平気でいるのを見ることがある。 そのまま何キロも走って来たというのだから驚くが、ご本人はいたって脳天気に、 「時々向きを変えたほうがタイヤが長持ちするってショップで聞いた」 「そら あんた、前後のタイヤを剥がして入れ替えるって意味ですわ。 後のほうが先に減りますでなあ。 前だけ向きを変えてどないするねんちゃ」 乾いた平坦路ならタイヤの方向性を間違えていても、そこそこの走りには大丈夫らしい。 とは判ったがショップはきちんと説明してやって欲しい。 取り付けが終わったらブレーキレバーを引いて、ゴムとリムとの当り方を目で確かめて欲しい。 僅かでも取り付け状況が悪いと左右どちらかのゴムが強く当たるので押されたほうにリムがたわむ。 このたわみを認めたら取り付けを最初からやり直すか左右逆付けを疑ってみる。 ホイールにはこの面が右側・左側を示す刻印はない。 自転車誕生のときからそうだからそれでよいのだ。 だが中心部のハブ部をよく見るとメーカー名のロゴがさり気なく記載されていて、このロゴが前を向いた乗車状態で自然に読める向きなら左右が合っている。 首を捩じらないと読めない並びなら左右逆なのだ。 量販店のあんちゃんはそーゆーこと知らない。 店長も知らないのだからしかたがない。 ハブの内部はベアリングがあるだけなので左右が逆でも何の問題もないが、ひとたびタイヤがセットされるとタイヤの指定回転方向でホイール全体の左右が決定される。 この初期状態でアライメントやブレーキがセットアップされた後は、方向性を絶対変えてはならないのだ。 やっと判ったかドシロートめー! さらに言うなら後軸の取り付けだ。 メーカーで組み付けられたときにはキチンとセンターが出ていた自転車でも、パンクやギヤのメンテで後輪を取り外しその後の再組み付けの際にフレームに対して斜めに取り付く可能性はショップでも往々にしてある。 シロートなら尚更にである。 それは、右側をチェーンで引かれているので後ホイールは左向きに取り付きやすい、という性質を知っているかどうかで防げる。 前後二輪の自転車はそれぞれのタイヤがきっちりと一直線上に置かれていなくても、真っ直ぐになら走れてしまう。 後から見るとカニの横這い走りであるが走れてしまう。 これは1時間でおにぎり1個分ほどのエネルギーをロスするが、真っ直ぐの取り付けに気のいかないようなご仁におのれの ”カニの横這い” の走りっぷりなど気がつくはずがない。 おにぎり1個といえば約180キロカロリーである。 よーいドンでスタートして、4時間後のへたれた頃に10キロメートルの差をつけてウサギさんはゴールしているのに、カニさんはまだ残り10キロを峠も含めて走らなければならない。 しかも背ポケットに4っつも入れてきたおにぎりはもうない。 峠10キロは180キロカロリーに相当する。 こう考えれば、バイクのメンテナンスは少々料金は高くても、あの高名な 名人おしぐれ工房 に頼もう。 そーゆーハナシになりますわいな。 真っ直ぐ走っているのに昨日と比べハンドルバーが少し横向きと感じたら、それは風のせいなどではない。 ゆうべ一杯機嫌で行ったホイールメンテの後の取り付け失敗です。 すぐに止ってフレームと後輪との隙間をよーく観察してください。 上から後ろから覗いて左右差があっては、おにぎりは何個あってもウサギさんに追いつくことはできません。 なーに修正は簡単です。  クイックレバーでリヤハブを緩めたら後輪前側地面とタイヤ間に右足の靴を突っ込んでおいて、リヤブレーキを強く引くのです。 するとホイールはブレーキに挟まれて正規位置に戻ろうとします、その動きが目に見えたら右足靴のクサビを効かせておいてクイックを一気に閉める。 だいたいコレで直ります。 ゴール後は 名人おしぐれ工房 で精密なフレームの曲がり検査を受診することをお勧めします。 おしぐれさんの精密フレーム検査機というのは、錘をつけたタコ糸とノギスと床面に印を描くチョークだけです。 なあーにピタゴラス先生もコレでやっていた。 ですがフレーム曲がりは直しません。 「直しても乗りたい」 というほどの名機が持ち込まれたことがないからです。 フレーム修正機は高額で買えないうえ期待ほどの効果は出せない。 カーボン製ならなお手上げです。 それは元々の寸法違いで、つまり安物なんです。   「余計に悪くなっても文句は言いません」 との誓約書を書いてきた執拗なお客だけ特別に ”おしぐれキック の一発かまし” で矯正できたことはあります。 その日は年に1度くらいしかない 天使が降りてきた日 だったのかも知れませんね。 クロモリフレームは鉄の磁性体だから天使が付きやすいのです。 宇宙のさだめです。 そーゆーことを考えながら膝をクルクル回しているうち、心拍も上がってウォームアップが進んでゆく。 呉工業のルブを内部に含んだチェーン駒は 「チャー」 と良い音を響かせている。  巻き替えたばかりのハンドルバーテープはしっとりタイプの合皮に赤ステッチ模様が素敵で気持ちよい。 ステッチの赤糸が均等に見えるようにきっちり固く巻いてある。 この風情は対向車から見ても超ベテラン風たたずまい。 そのせいか向こうから先にアタマを下げて挨拶してゆく。  「おーっす、 オメさんも気張りなやー」 気分よしの横柄な態度なのは、渡良瀬限定 平地のチャンピオンだから。  そんなカテゴリーは何処にもないが、いーのだ。 皆さんそう思って精進している。 バーテープは基本的に黒。 コルク粒入り ”さっぱりタイプ” がおしぐれさんの好みだが、今回は快気祝いの初ライドに際してヌメっとした黒の光沢に赤の2本ステッチが縫い込まれた薄手の合皮テープを巻いてみた。 ほとんどのライダーが気分を変えて頑張ろうというときにはバーテープを一新する。 初デートに新品のパンツを穿いて臨むと同じ心意気である。 バーテープキットは高くても1,900円くらい、安いのは780円。 初デートなら高いほうを穿いて行くだろう。 大抵の場合パンツは陽の目を見ることはなく、そのまま穿かれて帰る。 じつは数日前に再起初ライド用にハンドルバーそのものを頸の楽そうな前傾姿勢の弱いものに換えている。 日本人の体形にジャストフィットとの触れ込みに惹かれて全体が小振りな 『Jフィット』 の商品群から選んだ。 となれば仕上げに巻くバーテープも細身でお洒落にと薄手をチョイス。 薄手だと握り感は硬めになるから手指がバーから落ちないように ”しっとり” & ”ヌメっ” 。 そのままでは陰気だから赤のステッチ糸で印象をシャープにしている。 この場合のヌメリ感とはヌルヌルではない。 庭先にいる紫トカゲの皮膚をイメージしていただきたい。 ヤマト紫トカゲは別名カナヘビ、でも蛇ではなく足がある。 日本在来種の小型トカゲでカツオ節を餌にペットにするひとは多い。  ただし籠などに入れて飼うものではない。 平べったい皿にカツオ節をのせて植木鉢の陰などに置き、そっと見ているとそのうちチョロリと出て来て目が合っても平気で食べて行く。 馴れると手からも食べる。 触ってみると水棲の蛙ではないからヌルヌルなどはしておらず、逆に冷感ヌメリの触覚と玉虫色の光沢が相和して高貴である。  春から晩秋までおしぐれ小屋に勝手に出入りしているペットなのだ。 冬場はどうしているかというと、水はけのよい花壇の陽当たりの土の下25センチ位のところで眠っている。  もしも誤って掘り起こしてしまった場合には同じ場所に戻すのが礼儀だが、もしも気温が下がってみずからは動かないほどの熟眠状態ならば土に戻しても無事の越冬は心もとない。 覚悟を決めて暖かい室内で越冬させてやるべきである。 大き目のダンボール箱に乾いた土とトカゲを入れて明け方気温が氷点下にならない場所、しかも光と振動のない静かな場所に置いておけば春先には起き出してきます。 起きてきたらカツオ節や魚肉ソーセージなど与えるのはよいが酒はやらないように、浦島の亀じゃないから酒はダメです。 昔おしぐれ少年はトカゲの恩返しを期待してカツオ節の酒びたしを作り、庭先に置いて翌朝かぶせておいたムシロをはいだらガマ蛙と大ムカデが餌を巡ってにらみ合いをしていたものです。 ガマは筑波山の守護、大ムカデは赤城山の神とされ、日光の中禅寺湖の所領を巡って合戦をくり広げたのが戦場ヶ原から尾瀬にかけてのあたり。 古来戦国の勇者はガマやムカデの生命力に強く憧憬した。 江戸幕府の開祖 徳川家康が没後三年の墓山は日光にと言い残し、遺言通りに東照大権現と祀られたたのはそんな由来から。 石川五右衛門は大ガマの背に乗って現われ、伊太利の伊達男 フィアットアバルト のマスコットマークはサソリと昔から決まっている。  黒のヌメリ皮に赤ステッチ、まるで大ムカデのようなハンドルバーを操作して夜明けから間のない渡良瀬草原を行くうち、最初の休憩地である赤麻寺山門に着いた。 赤麻というのはこの辺りの旧名で、遊水地ができてから一帯を渡良瀬と呼ぶようになったのだが、そもそも渡良瀬とは尾瀬・日光・足尾山地を水源にいただく渡良瀬川流域のこと。 明治の初め、足尾から渡良瀬川を流れてきた 古川鉱業 銅山製錬の鉱毒を、海を目前にしたここ赤麻沼で封じ込める国策として広大無尽(無人)の遊水地になった。   集団棄村から水没の運命をたどった谷中村の話しは日本公害史の原点として有名だがその話しは今回はしたくない、でほらくで書ける内容ではないからだ。 でほらくでも書たのは渡良瀬の旧称、赤麻沼 の話しであった。 だが実際の赤麻沼を見たことのない作者には荷が重かった。 赤麻とは赤い色をした麻、つまり大麻のこと。 これは素人にはご禁制の栽培植物だから十分に心して書かないとならない。 よって暫時休憩。 続きは自戒しながら次回のこころだあー。 初幕 緞帳。 楽屋にて。 やっと本題の端に漕ぎつくことができた、かつて赤麻沼での対岸への交通手段は木製の笹舟を漕いで行くことだった。  うーん いいねえ。 うまく漕ぎついたと洒落が完成した。 このくだりまでいったい何キロ走ったものやら。 ずいぶん時間がかかったぞ。 メーターを見るまでもなく、2話冒頭にもあるようにまだ8キロメートルである。 これでは消費30キロカロリーにも満たないが、作家はトライアスロンの海水バージョン並み 7,000キロカロリーを使った。 おーい 風呂したら焼肉屋だあー。 以後は 2幕 赤間寺 につづく。 写真説明 左 : 身代わり地蔵菩薩 の幟が南風にはためく赤麻寺南門。 六地蔵さまが迎えてくださる。    お地蔵さまは赤子の恰好をしておられますが、 じつは菩薩さま の法位なのです。 菩薩とは釈迦の入滅名。 すなわち最高位の仏さまなのです。    本堂にはあえて入らず、寒風に耐えてここで村の衆を見守っています。    柵の外はサイクルロード。 中 : 粗末な屋根があるだけの地蔵堂。 背景は渡良瀬遊水地、年に数回富士山が望める。 右 : 左端のおひとりだけ何故か赤いお帽子で目が隠れている。     おしぐれさんはお参りの度に帽子をたくし上げて目を出してさしあげるのだが、後日後に訪問すると決まってこちらだけ目が隠れている。    花を供えているひとがいるからそのひとが ‥ 。    この地蔵のお名は地獄地蔵、なにやらいわくがありそうな ‥ 。     お隣は宝珠地蔵。 次回 2幕 で地獄さまの沙汰に迫れるか。 おたのしみに。

おしぐれさんの 「オラだって病気自慢」
2015/05/08

「おーい いるかあー おしぐれ。 ワシじゃー 見舞いに来たぞー」

一番来て欲しくない人物があらわれた。 
一升瓶をさげて来たことは評価してやってもよい。 されどこのご仁、来たればばなにかと騒動を起こす。

「国外退去の処分を受けたと聞いて一安心していたのはオラだけじゃなかろ、なーんで日本にいるんだべ。
そーか インポル本部のフランスからの国外退去ということか、ならば生国の日本に帰るしかないわなあ。 銭形の あんたも不びんな男よのう」

そういうおしぐれさんだって相当に不びん者なのだが、彼ら不びん同志には敵同士でありながら奇妙なもたれ合い感がからまり合っている様子。

「だけど 言っておくぞー。 んなの 友情じゃあないからなあー、断固じゃー。 こっちへ来るなー」

「おー けっこう片付いているじゃーないの。 んで、 オメさん 首はどーかいね。 休耕しとるって聞いたでよー クワが持てねーだかや? 心配して来たんだあ。
オメさん休耕って、畑なんかやってたっけ? 怪しい回春草の栽培じゃあーあんめえな、職権によりタイホせねばなんねーでよ。 がっはっはー」

小屋が新しくなったとき余材で作ってもらった木の作業台に一升瓶を置いてぎょろりと周りを見渡す。 その眼は前回よりなんぼかは柔らかだ。
ワルサーを返納してきたので懐の重さのバランスが変で、すこーし気弱になっているのだろうか。
あの黒もみ皮の手袋はセーヌ川に捨ててきたのか。

「休耕じゃないよ親分、休稿だ。 オラは病人だでなあ、誰のせいだっけ? 作家のオラがペンを持てないとなれば死活問題だべさ。
フェードアウトしたと思っていた 北の山から さんも久しぶりの こんにちわ をしてきたし、オラも何か書かないと食えなくなるけんねえ。 休稿はそろそろ終わりにするよ。
冷や酒用アレヴァのビーカーは割れた後買えないでいるから大関の空きカップでいいかい」

「いやー すまねがったなあ。 ワシもなあ 停職&官舎謹慎 二ヶ月が解けたばかりでなや、フランスからの本給はまーだ停まっているんだわ。 おっかーに食わせてもらってるんだあ。 
つまみにガガリコ君でも買ってくればえがったけんど酒はいーのを奢ったぞ、どーだ ”獺祭” だ」

獺祭とはまた張り込んだものである、おっかー殿が持たせてくれたのだろう。 ダッサイを選んだご内儀の本心は亭主を放逐した碕玉県警への強烈な面当てに違いない。

「おやぶーん こーゆー洒落はボク好きよー」

前回の大ドッカーン事件で工房の大部分が吹き飛んだおしぐれさんの住居兼自転車小屋は、インターポールから送られてきた補償金で建て直しができた。
火つけ犯ともいうべき銭形親分師弟を逮捕した碕玉県警は、犯人がインポルへ出向中の身内の警部だったことに驚愕し恐縮の態度をあらわした。
そして事件はそもそもなかったということにしたうえでインポルに掛け合って補償金をぶんどってくれた。

ユーロでの入金は碕玉県警がどーやってマネーロンダリングしたものか日本円のピン札で さきたま新報 の古紙に包まれて届けられた。
おしぐれさんにとっては不労所得なのだがその資金で小屋を建て直しても、なぜか年金事務所も税務署も何も言ってこない。 貰っておいていいのだろう。

小屋はまあまあ修復されてしかも以前より綺麗になった。
しかし大爆風に吹き飛ばされて残雪の地面に落ちたとき 「ぐきっ!」 と音をたてたおしぐれさんの頸は重傷であった。
首がやや左を向いたまま動かせなくなり右腕が痺れて頭の中から音がしている。 その音とは競輪場の最終周回で打たれる大音響の打鐘ジャン音なのだ。

いよいよおしぐれさんの命運も最終ラップ突入か? 
脳ドックへ担ぎ込まれたおしぐれさんが検査のために入れられたMRIの洞窟内部では、磁気共鳴音と打鐘ジャン音が反響しあって大変な修羅場となった。

大騒ぎの割には脳内に特変はなく、若き煩悩の片りんが映っていただけだった。 困った担当医は転院の意見書にこー書き込んだ。

『脳内まくりの大混乱は前頭葉海馬の辺りが元来そーゆー作りであったと思える。
馬が競輪車に乗ってウイリーしているという訴えは一時的な妄想に過ぎず、患部を固定して安静のみが唯一の治療となろう。 他にあったら教えて欲しいもんだ』

当院には脳天気者用の余剰のベッドはないから他を当ってくれ。 ということで整形外科へ送られた。

整形外科院での診断では 「加齢性頸椎神経根症」 という健保適用の名前が付いた。 つまり首の寝違え症状。 
”加齢性” とひとこと多く、患者をを小馬鹿にした症名だが症状は相変わらず激甚。 垂れ流しの寝たきり、というのはたしかに老人性。 これには心細かったと今だからいえる。

これは大ドッカーン事件が引きがねとなって発症した職業病らしい。
業界用語でいうところの自転車首 (他業界ではパソコン首とも) が一気に噴き出したものだったのだが、頸椎の損傷というのは恐ろしいものである。

一方、アヤカシ いや アカシア蜜蝋の可燃ガスにジッポライターの火花で失火爆発させた火つけ犯の銭形師弟はさすがの強靭さであった。 不死身のインターポーラーたちは焦げた眉毛をきりりと吊り上げ、

「ワトソン ここはひとまんづおらだぢの本拠、パリのインターポールさに帰えーって捲土重来を期そうではないか」
「へい 親分、エールフランス・ コンコルド機の搭乗券は押さえてありまっせ」
「よーし 上出来である。 んで? エコノミークラスだろうな」
「あいやー 親分。 今度こそおしぐれ容疑者の護送になると思っていたので、晴れのビジネスクラスであります」
「そーか ワトソン、オメは有能な助手だなあー。 急いでエコクラスに変更しろ」
「とほほー 今度こそはビジネスクラスでパリのド・ゴール空港に錦の凱旋を果たせると思っていたのに ‥ 」

そこに藍紺の制服に金のラインを4本も入れた凱旋門広場のナポレオン皇帝のような大将があらわれて、

「そこな両名 神妙にいたせ。 ええーい 頭が高い。 ひかえおろう! 
これに所持せし シュワネッガー インポル事務総長の召喚命令書が目に入らぬか。 うりゃ うりゃー 目に入らぬくわぁーっ!」

制服の大将、日本国内では支障があるので詳しい官職名は書けない。
制服の下には桜吹雪の彫り物をプリントしたTシャツを下着がわりに着ているなんて、とても書けない。

趣味は変でもともかくも、碕玉県警のえらいひと。 
かねてよりひとの管轄領内で勝手に破壊行為を繰り返すインターポーラー師弟を苦々しく思っていた。

此度はとうとうやらかしてくれた。 北関東一の自転車名人といわれ、著名な作家でもあるおしぐれさんの小屋を爆破するという大罪である。
このふたりを成敗しても今なら世論が味方をしてくれる。 なんといってもおしぐれさんは北関東一の平地、渡良瀬遊水地内の限定チャンピオンなのだから。 山地でどうかは知らん ‥ 。

「両名ともそこに直ってよっく聞けー。 わが邦人を手にかけたとあっちゃー この東山桜、黙っちゃーいられねーってもんよ、 んだべー。 おとなしく縛に付かんかい。 ぼけー!」

ふたりに縛縄が打たれ、腰縄を引かれて去って行くときの一瞥以来 2か月ぶりの再会であった。
彼の国フランスではとうにギロチン極刑は廃止されたと聞いてはいたものの、例外もあろうかと少しだけ心配していた。

親分とワトソン助手には ”バッジ召し上げ ” の重処分が下されて生国に帰された。 ワトソンはスコットランドに、銭形親分は水戸に帰る途中でおしぐれ小屋に立ち寄ったというわけだ。

「親分、所沢に買うと言っていた墓所はどうしたかね?」

「ああ、あっちには女房の実家があるんだわ。 ワシは水戸がええと言ったんだが押し切られてしまってなや、ひと区画を借金でなあ。 日本に帰ったらそーゆーことになっていた。 がはは〜。 
水戸の親戚に顔を出して借金証文のお礼を言ったれば、その後は所沢に落ち着こうと思うとるだよ。 県警に嘱託の非常勤復職が叶ったれば自転車で通うだ。 がははあ〜」

「親分、所沢〜浦和間は直線距離でも30Km以上あるぞ。 オラと渡良瀬で練習してその出っ腹を引っ込めないとねー」

「そーだなあ、がはは〜。 それがよオメさん、特殊詐欺対策ラボ ってのが所沢署に新設されることになった。
ハイパー捜査は浦和や桜田門でなくたって空き回線が多いほどやりやすい。 本部長の東山ってのはよ、ポリスアカデミーで面倒みてやった後輩でなあ、ワシを呼んでくれたんだ。 お世話になろうと思う」

こわもて銭形親分がこーんなに素直な爺さんだったとは意外なことで、思わず顔をのぞき込んでしまった。

「オメさん、首 動くんでねえか。 えがったなあ。 んじゃクルマ椅子のカタログはいらねえやなー」

親分が懐から取り出したのはフランス プジョー社の仏文カタログだった。 瀟洒なクルマ椅子には ”立ち上りライオン” のマークが燦然と輝いて、とても速そう。
この懐からはもう ”妖銃ワルサー” が抜かれることはないのだと思うとなんだか涙がでた。

「クルマ椅子レーサーでなくとも大丈夫。 コルナ号のハンドルを換えて頸の高いポジションで練習も再開したよ。
渡良瀬遊水地の平坦路なら70Km耐えられるまでに回復した。 もうじき100Kmをサブフォーで走れるさ。
そうそうコルナ号はあの爆発でも無傷だった。 マリア様のご加護があったんだねえ」

「ほーけ、黄金のコルナゴは無事だったけ、えがったなあ。 さすがはマリア様の地元、イタル カンビアーゴの傑作だなやー。 んで オメさんにはなんでご加護がなかったの?」

「そーゆーこと言うかあ 親分、あんただってホトケ様からは相当に見放されてっぺー」

「がっはっはー そーだなや。 ほれ 飲むべ、獺祭だあ。 ダッサイことは忘れっぺやー、 大関の空きカップってこれか。
んで オメさんどーやって首を直した、気合いけ?」

「知りたい?」

「知りたい。 ワシの首もな、お墓の借金で回らんようになりそうだでなや。 がっはっは〜」

「六角脳枕を使ったんだ。 病院で千葉テレビを見てたらお笑い芸人のナイツという二人組がね、首こりに効く枕があると紹介していた。
森田健作知事の肝いりローカル千葉テレビの放送だし、オラはナイツなんて知らないからアヤシ物とは思ったがロッカクノウチンというハートにズキンと来るネーミングが気に入ってネットで注文したらすぐ届いた」

「ふんふん ロッカクノウチンねえ。 フランス語ではヘックスンド ブレーンナル ピロワッサン チンだな」

「草野球のファーストベースみたいな枕でね、見た目は変なんだけどアタマを乗せてみたらなーんだか気持ちが良くてよく眠れた。 
寝返りした位置にある冷却材の感触と顎に当る部分がカットされた六角の形状がよくてね、寝返りが楽しいんだわ。 
寝返りはボクらペテン業の本質ともいうべき大切な素養だ。 この枕はボクの体質に合致したものかみるみる良くなってね」

「するってーと あれかあ、ペテン師にしか効果がないのけ?」

「さーねえ。 親分にも合うんでないの? 素質は十分だ」

「見せろ それ。 おっかーに買ってやりてえ。 この40年苦労をさせたでなあ、肩こりなんだわ。 もうじき母の日だ」

「おやぶーん、あんた いいひとだったんだねえ。 インターポールから貰った見舞金がまだ少し残っている。 元はといえばあんたのドッカーンで貰った金だ、Amazonから所沢へ送ってもらおう」

「おしぐれ〜 オメもいい奴だなあ。 ささ 飲むべし  飲むべし。
ところでその チン だがよ オメ、新手のペテンじゃあねえべ? 職務上の規範にのっとりタイホせねばならん」


オラだって病気自慢 おわり。 お見舞い感謝。

写真はくだんの 「六角脳枕」
くわしくはネットでご覧ください。 ご註文の際に 「おしぐれさんで見た」 と書き込むと予備の枕カバーと冷却材がプレゼントされる可能性があります。
これからの時期、冷蔵庫で冷やした冷却材はひんやりして安眠まちがいなし、長生きしまっせ。

即日便指定で母の日に間に合わせましょう。

おっかー に苦労をかけたと自省するすべての夫たちに本章を捧ぐ。 

おしぐれさん 春のスペシャル編 「銭形親分の ホンボシを追え」
2015/03/04

「おう、 いるかあー 邪魔するでー」

ぶっきらぼうにドアを開けたのはやっぱり、そしてまた あの虎魚うつぼの銭形親分さんだった。 

逆光の戸口に立ったまま、薄手の黒もみ皮の手袋をつけた右手をゆっくり開いたり閉じたりするウォームアップのポーズは、名作 「荒野の七人」 ユーリー・ブランナーを彷彿とさせる。
ご仁と旧知のおしぐれさんなれば驚かないが、知らないひとならユーリーが生き返って地中海虎うつぼの仮面をつけて銃を抜くかと腰をぬかす ‥ 逆光でよかった。

もしも (あくまでも仮想のハナシだが) 現われたのがロシアの強面(こわもて)ウラジミール・プーチン氏であったなら、逆光の来客用に冷や酒専用アレヴァのビーカーを2つ取ろうと回転椅子を回して背後の工具棚に伸ばしたおしぐれさんの手は、薬指の下の甲をビーカーごと9ミリ弾で撃ち抜かれていただろう。

ここが一番失血しにくいとインターポールのマニュアルに書いてあるそうだが、親分お得意の6ミリ弾2連速射でなくてよかった。
ご仁だってそろそろ手が震える年齢だっぺやー。

プーチン氏とユーリー氏とは実は同一人物ではないのか? もしかしたら親子。 そーゆーテーマの映画がハリウッド近くにあるソニーの子会社 スタジオ・ジブラルタルで近く完成するそうだ。
どうぞパロディ物であって欲しい。
 
最初からパロですよと言っているのに本気でサイバー侵妨してきた国もありましたからねえ。
そーゆー民主権侵害の行為こそをパロってしまおうという度胸は今の〇本興行にはないだろうから、ここはひとつNipponエレ〇テル連合にぜひお願いしたい。

逆光の男、左手に高倉健さん風のさげかたで ‥ 一升瓶をさげて ‥ いない! 寅さん風にも ‥ さげて いない。 
つまりこれは彼の幼児期における母親のしつけの問題ではあろうが、不作法にも彼は手ぶらで来たということになる。 よってビーカーはいらないということか。 撃ってこないはずである。

これらから察するにこの男、本日は御用の筋のお訪ねらしい。 仕事中のフランス男は手ぶらでアポなしにやって来る。 格好いいねえ。
(訂正 : フランス男 ⇒ フランスから来た男)

軽く開いた右手の手袋の内側にはワルサーのグリップで擦れた痕、これがまたじつに渋い。 戦いの歴史を経た男の持ちものとゆーものはじつにカッコいい。
 
こーゆーのを日本語では何というのだろうか。 
「設え=しつらえ」 あるいは 「拵え=こしらえ」 で良いのだろうか。 それとも 「嗜み=たしなみ 」 あるいは 「佇まい=たたずまい」、もしかしたら 「縁しい= ゆかしい」 なのだろうか。

作家ではあるが文学者の少し手前にあるおしぐれさんは苦悩するのであった。
がんばれ おしぐれさん、太宰も三島も通った道だ。


【 場面暗転 】
 
駆け出しの頃の銭形がパリのパン屋の前の石畳の上に買ったばかりの皮手袋をわざと落とし、配達に出る黄色いルノーのデリバリーバンのタイヤに何度も轢かせているところをおしぐれさんは見たことがある。 翌日はカーブ路に置き直しているところも見た。 
パン屋のバンに装着されているミシュランの石畳用タイヤは伝統の杉目(すぎめ)パターンである。 ワルサーのグリップに施された滑り止めドット模様と同じなのだ。 それはそれは美しい。

ずいぶん昔のことだ、そーゆープライベートな葛藤のことは、胸にしまっておくのが渡世の仁義であろう。
ここで吐露してしまったおのれの軽はずみなペテンの性(さが)をおしぐれさんは激しく責めるのであった。

がんばれ おしぐれさん、んなことは太宰も三島もフツーに通った道だっぺー。


【 場面少転 】

外では虫めがねを持ったワトソン助手がおしぐれさんのトランスポーター・セレナ号の内部を警戒しながら覗いている。 どうやら御用は本気モードと思わなければならない。
と ゆーことは、銭形師弟が新幹線で追って行ったホンボシ 「ナ*タ」 はうまく逃げ延びた。 そーゆーことになろう。 まんづ よかった。

今ごろは何処だろう、裏塩杖(ウラジオストーク)辺りだろうか。 それとも奴売(ドバイ)近くまで行ったか。
ナ*タさん その道はかつて源義経やチンギス・ハーン、さらに遠くは玄奘三蔵も辿ったルートだ。 それでよい、すべての道はローマに続いているから心配などいらない。 ただし、 
ご承知ではあろうが行く手の大陸のずっと先からは黒海桃色熊の異名をとるクルゾー警部が来るぞー。 彼は爆破大好きで、温情派のゼニガタアザラシよりはちびっと手強いというウワサだ。

ナ*タさん。 お連れの女性は修行を重ねた戸隠の女忍者、しかもスーパー豊満美女と聞きおよぶ。 こころ強いですなあ。 セサミンは忘れず持った? 
退路極まったそのとき、

「あたくしを楯に逃げてくださりませ。 あなたは生きてご本懐を遂げなければなりません。 旦那さま、おフジはここにておさらばいたします。 幸せでございました。 いざ!」   

「ドッカーン!!」

煙幕のなかに次のようなテロップ流れる。

「おフジという女忍がはたして峰不二子であったのか、薄幸の享年は何歳だったかとか、そーゆーことは忍界では明らかとしない掟である。
身を挺して下西の道を走らせた旦那さまの本懐とはパリのバスティーユ獄に繋がれるという 「 同志ナ〇〇ワ」 の絶対奪還にあるとしたら ‥ 失った代償との相対価値は ‥ どーなんだかなあ」

こーんな長いコメントが一瞬の煙幕の中に納まっかー ばかやろー。 「おフジぃーっ」 ‥ ナ*タ 絶叫。


【 場面暗転 少戻り 】

この日のおしぐれさんは近づく春の気配にこころうきうきした気分だった。 朝から決戦用コルナ号のメンテをしていたのだった。
鼻歌でキャンディーズの 「もうすぐ春〜るですねぇ」 を歌いながらチェーンの結索を切り、冬の間に硬化した潤滑ワックスをコールマンのキャンプ用ホワイトガソリンで溶かし洗って、
天井から下がったワイヤーに引っかけてガス分を乾燥させている間に空き缶に入れた新ワックスの塊りをストーブの熱で温めて、脱脂したチェーンをそれで煮る。 という古典的メンテ技法の最中であった。

金属構造体の内部にまで潤滑粒子を含浸させるこの古典技法は、スプレータイプのルブが一般化した現代では一子相伝と言われるほどの伝統秘法となってしまった。
手間はかかるが油性の浸透保持効果においては今もなお他流を凌駕して寄せ付けもしない。 最高至峰と信じて命を預けるに足る超技なのである。 

なによりその精緻かつ情熱の作業行程を見るとき、最新ハイテク工業製品であるシマノ プロダクツの金属チェーンをコロナの旧式丸型ストーブに乗せた空き缶で 「煮る」 という不可解 理不尽の神秘性がスパルタンでございましょう。

スパルタカスこそおしぐれさんのモチベーションの源泉といってよい。 それを証明するのが作家のつとめである。
この際 標題とは筋がズレて申し訳ないが、銭形の親分には脇に回っていただく。 そもそもあの人は そーゆー天命なのよねえ。 

「火入れ」 は大昔の暴走族が新女王を迎えるセレモニーで行ったとされる神聖な儀式だが、やる者がいなくなった今だからこそ こーゆーことに真剣に向き合うのがおしぐれ工房のアイデンティティなのでございます。
ただし引火性ガスによるストーブ火災寸前のギリギリの、ディンジャラスでサスペンデッドで孤独な儀式です。 

昔は荒涼とした岩舟山山中の廃坑となって久しい空地で行う 火祭り でした。 岩舟さまは乗り物の神さまです。
ところがこの空地、 「仮面ライダー」 でショッカー軍団との戦闘シーン撮影に使われたのが きっかけですっかり観光地になってしまった。
休日になると不整地走行愛好家、つまりオフローダーの一味がやってきて、下品なアメリカ製凸凹タイヤで走り回っている。

旧石切り場に通じる林道入り口には料金所が建てられ鉄のゲートもできたので、おしぐれさんが行う天の岩戸の前での火祭りはできなくなってしまった。
しかたなく閉めきったおしぐれ小屋の中でその祭事を行っているが、換気扇と泡消火器の設置は必須であります。

昔を懐かしんでいる場合ではない。 ストーブにかけた業務用マッシュルームの空き缶内ではいままさに秘伝のワックスオイルがその含浸温度42℃に達しようというときの銭形親分の来訪であった。
迷惑でないはずがない。
でも相手がお上とあってはしかたがない。 いったんストーブの火を絞って親分を迎え入れた。

「おめ なんだってストーブを消すんだ。 おらだぢは寒い外から来たんだぞ。 早えぐ帰れってえーことかあ。 そらーねーべや」

警部が手袋をしたままストーブのつまみを右にねじる。 
慌てておしぐれさんが空き缶をストーブから降して小屋の隅に避難させる。 油温は42℃でも空き缶はもっと熱くなっている。 裏口から飛び出して溶け残った雪の中に両手をつっ込む。

「あっちっちっちー。 親分 勝手にここのマシンをいじるな! 命にかかわることもあるんだぞー」

小屋内の異変に気がついたワトソンが駆け寄り、入り口ドアの後ろ側にピッタリ背中を付けて首だけ回し、シルバーのベレッタを目の高さで両手に構える。
そのスタイルはブラッド・ビット風である。 なかなか決まっている。

だが彼の手袋はトナカイの絵柄を編み込んだノルウエー毛糸だ。 極寒の北極海に乗り出す船乗りが使う脂抜きをしない羊毛原糸のままだからきっと滑る。 滑れば弾道はどこに走るかわからない。 
ベレッタは軽いタッチで発射されるというではないか。

「おーい 頼むで。 秘伝のワックスオイルの入ったボトルを撃つでねーぞ、核爆発が連鎖するかも知れん。 だから言ったろ 命にかかわるって。 
ここはオメらEUもんがかつて統治したインドシナやアンコールワットじゃねーんだぞー。 ばかやろー。 オメら ワシんとこに 何しに来たんじゃー。 ここはワシのスパルタカスじゃぞー」

「待て! ワトソン 撃つな。 やつを仕留めるのはおらのワルサーだ。 40年前にパリのパン屋の前でそう決めている」

「おいーっ! おやびん。 なんだいそれは、 あんたら フランスから来たピストル魔かいーっ。 もうちっと穏健派のクルゾー警部と交替しろーっ!」


【 場面暗転 】

チェーンを 「煮る」 ”油” についてだが、鉱物油ではなく動植物由来の蝋(ろう)であるところがいかにもヴィンテージでスパルタンである。

ベースろうは蜜蜂の巣、養蜂業者がハチミツを搾り取ったあとは捨てる巣滓をもらってきて、これを厚手の鉄なべでゆっくり温めると蜂の唾液の油脂分が融けたものが取れる。
この時点ではハチミツ臭がまだ残っている。 木綿の布で動物滓を濾し取って、さらに烏山和紙で漉すと蝋が残る。
 
巣滓は蜂が作った油脂の繊維だから酒粕と同じように人間が食べても胃腸で消化できる。 過去にあった深海魚アブラソコムツ中毒事件のような不飽和脂肪酸ではない。
ただし岩ツバメの巣ほど美味しいものではないので蜂の巣滓を使った中華宮中料理は聞いたことがない。

信州の珍味 ”はちのこ” はツチバチの蛹(さなぎ)をそのまま食う蛮習 (信州のかたには失礼をおわびしますが、文芸上の必要性とご理解ください) だから蝋食とは別のはなしである。
蝋食したのは当時貧乏だった梅花藻カンテン詐欺団の一味だけである。 すでにペテン師の素養は備わっていた訳だから蝋食がペテン力を具えた元凶とは思えない。

烏山和紙で漉し採った油脂分は、丸めて放置しておくと固化して黄色がかった蝋となって半永久的に保存ができ、ハチミツ臭はすでに抜けて蝋の匂いである。
これを油紙に包んで大事に神棚に置き、使うときだけひとかけら溶かしてスペシャルワックスを作るのである。
いってみれば秋田マタギに伝わる家宝の 「熊の胆」 のようなものだ。 一子相伝なのもうなずける。

一方蜜ろうに添加する植物系のほうは、ハゼノキやウルシノキの実が熟れる時期に山に入って採取し、蒸篭(せいろ)で蒸してから圧搾するとオリーブオイルのように油脂分が滴り落ちる。
こちらは常温でも液体である。 つまり大島の椿油のウルシ版と思ってよい。
圧搾するといっても小豆島のオリーブ農家のような専門圧搾機はないから彼らはアルミの弁当箱の本体を逆さまにフタに合わせ、間に蒸した実を挟んで卓上万力で絞る。 という手法を編み出した。

ところが相手はハゼ・ウルシである。 一般人はたちまち ”かぶれ” のショック症状を起こして全身が腫れ上がり、ミシュランタイヤの宣伝キャラクターのようになってしまう。
この危険植物を素手で平然と扱えたのはナ〇〇ワひとりだけだった。 
彼には魔人のDNAが流れていた。 よって卓上万力は彼の実家の屋根裏部屋にひそかにセットされた。

当時ナ〇〇タ家には、よっつくらい年下の可愛い妹がいたはずだった。 彼女にウルシショックが起きなかったか今も気にはなっている。
魔女のDNAを受け継いでいてくれたならよいのだが。 ‥ でもそーだったら稀代の女ペテン師になっているだろう。

なぜハゼとウルシなのか。 椿油ではだめなのか。 大和時代にはすでに完成されていた漆の永遠性、これがスパルタンなのであります。
椿油やオリーブ油ではさらさらしていて金属への密着性がない。 櫨(はぜ)油で磨かれた菩薩の木像や漆で金箔をコーティングされた大仏さまを見れば、これにまさる説明は無用でありましょう。

他に添加するものは何だって良いのです。 ヤマトイナゴやバッタを煎ってすり潰して抽出したイナゴールは、よく跳ねるイメージをライダーに提供しますからマウンテンバイク向きです。 
英語でバッタはロック ホッパーです。 緑色のトノサマバッタだけはグラス ホッパーといいますが、ヤマトイナゴは日本古来の単独種ですからイナゴールでよいのです。

かつお節のダシも加えるとひときわ円やかな伝達効率を実感して、ロングライド向きの潤滑剤になります。 
また長距離をひとりで行くときは小瓶に詰めて携行すれば、チェーンにはもちろん、万一のライダーのハンガーノックの際には飲んで強力な疲労回復効果を発揮します。 全ての素材は化学に頼っていないからこそです。 米国デュポンにこんなこと出来っかあー。

トニー・ザイラー主演の青春スキー映画。 山小屋の薪ストーブに乗せた大鍋で彼が作っていたものはオリンピックを勝ち抜いた秘策のスキーワックス。
映画では匂いが分らなかったのでベースろうはどんな種類かは不明、さりながら彼が 「白銀は招くよ」 に合わせて陽気に踊りながら鍋に放り込んでいたモノをボクらはしっかり記憶している。
マッコウクジラの腹脂、ヘラ鹿の角、ベルギーチョコレート1パック、コニー・フランシスのジャケット写真を貼ったままのレコード盤1枚! これらをよーくかき混ぜて ‥ 。

おおーっと これ以上は企業秘密ですから製法の実態は映画でも明かしませんでしたね。 
ボクらならスッポンの甲羅とトチノミも10粒ほど、さらにセサミン錠をひとつかみ砕いて入れて天の岩戸前での火祭りおどり ‥ 。


【 場面暗転 】

ところで固ろうをメルトする空き缶はブリキの洗面器では不可である。 
受熱底面に比べて液面の解放面積が広いので秘伝が蒸散してしまい、失敗すると蒸散ガスを吸って夢遊病の 「ペテンかたり もどき」 みたいな症状を呈する。

おしぐれさんは過去に2度ほど失敗している。
1度目は諏訪湖に近い田んぼの中の寒天干場近くに置いた廃車バスの中でメルトしたときだった。 

理由は忘れたがたまたま一緒にいたナ〇〇ワもナ*タも したたかに蜂蜜ろうのハニーガスを吸って昏倒し、辛うじて這い出た廃車バスの近くの田んぼの土手に朝まで転がっていた。
ハニーな夢を見ていたのだろうか、股間が八ヶ岳第二峰のようにそびえ立っていた。
朝になり諏訪湖の東の八ヶ岳主峰から昇った朝日を浴びたらケロリとしてそれぞれの仕事に行った。 (その頃はみな正業に就いていたのです)

それはその後の彼らの人格形成には少なからず役に立ったと思っている。
なんてったって吸い込んだのは潤滑剤なのだから、軋轢多き人の世で彼らの人生に役に立たなかったはずがない。

彼らが世間で 「本物のペテンかたり」 とされるようになったのはもっと後だ。 
そのころの彼らは梅花藻寒天詐欺を思いつく前年のことだったからまだペテン師にはなりきっていない若輩者だった。 労せず儲けることばかり考えていた時期である。

吸引した群馬赤城産の蜂蜜搾りカスの蒸散ガスとペテン力とは関係が薄く、多分に彼ら諏訪もんには梅花藻DNAによるペテンの素地があったものと推察いや確信している。。
ガスを吸って昏倒したのは梅花藻と蜂滓のアレルギー反応だった。 それは朝日の陽光で清浄に分解され正常に戻った。 (戻りきっていないとされる部分は彼らの個性です)
その証拠に梅花藻DNAを持たないおしぐれさんはガスを吸っても何ともなかったのだ。
 
そのときそこにいた全員がその後ペテン師になったというのであれば、これは医学的には 「後発性口すべり症」 という研究途上の集団中毒に深く関連するものかも知れない。 よく滑るのだ。
中毒の元は何だったのか今となっては証明がむずかしい、酒盛りのたびに彼らは押入れの奥に自生したサルマタケを鍋にしてよく食っていた事実はある。

2度目は首の細い容器に入れてメルトを確実にしようと改良したのだった。 
チェーンがキリキリ通る首のサイズを持つガラス容器を探して学校実験用品の内田洋行で見つけたそれは、なんとおフランス製のおフラスコであった。 さすがは洋行である。

高価ではあったが急加熱・急冷に強いというアルヴァ社のうたい文句に惹かれ、ナ〇〇ワの勤務先に併設されていたアナログな研究所にあったソレを持って来てもらった。 どーやって持って来たのかは当然のことながら不問であろう、そーゆーのは彼の力量というのである。

アルヴァのフラスコは素晴らしかった。 61℃で赤城の蜜ろう+エックスの溶液は一子相伝の秘伝ワックスに変容し、チェーンを含浸しても口許が狭いから催狂ガスが拡散することはなくコーティングは完了した。
そのまま廃車バスの外に置いておけば冷却されて完成品が取りだせる。 61℃はその後の改良で42℃まで引き下げに成功している。

ところが、「取りだせる」 というところで大変な問題が発生した。
逆さまにして振ってもチェーンがフラスコから出てこないのである。 入れるときには端からスルスル入ったそれは、中でとぐろを巻いたから出てこないのである。

悩んだ末におしぐれさん達はフラスコを布で包んで石で割った。 苦渋の決断ではあったがチェーンを自転車に取り付けないことには有賀峠のヒルクライムは明日である。

スペシャルワックスの効いたチェーンを装着したおしぐれさんが有賀峠で自己ベストを叩き出したのは言うまでもない。 順位は問うまい。
表彰式の間、桜の木に立てかけていたおしぐれさんの自転車に有賀峠じゅうの蟻がいっぱいたかっていたのは赤城蜜ろうのせいだった。 現在はブラジル産トウモロコシろうに変えている。

さすがのナ〇〇ワでも毎週アレヴァのフラスコを あればあるだけ 研究所から持ち出してくることはできない。 係員の買収費もかかってコスト面でフラスコ作戦は失敗したのであった。
アレヴァとは4年前のフクシマ・メルトダウンのとき技術支援をしてくれたフランス・アルバ社の前身である。 この場を借りてお礼を申し上げたい。

それから何年経っただろうか、失敗しないメルト容器はもはやアレしかない。 
面倒でも深夜にイタリアンレストランの裏口まで行って、シンプルでストレートな2リットル容器入りマッシュルームの空き缶を拾ってくる手間を惜しんではならない。 という結論に達したのだ。

フレンチや中華のレストランではダメである。 彼らは妙なところで倹約派だから空き缶を捨てずに回収業者に売って本国に送金している。 親孝行と言えばそうであるから文句は言えない。
そこで問題を起こさず拾って来られるのは何と言ってもイタリアン。 イタリアに 「もったいない」 なんてコトバはない。 空き缶は裏口にポイと捨てる。
もしも隣りの質屋の犬に吠えられて捕まったなら、

「イタリアンバイクのベストメンテにはどうしてもシチリア産マッシュルームの空き缶が必要なのだ。 イタリアンスピリッツのナショナリズムの発露なのだ。 ここでしか手に入らないのだ」

そのように目に涙をためて訴えれば彼らは感激して、

「 オーレ トレビアーノ カンビアーゴ ビチクレッソ ラッタッター 」 と言ってフタを開けていない缶も持たせてくれる。
 
マッシュルームの水煮はそのまま食っても美味くないからカップラーメンを作るときに少し加えて鍋に移し、ストーブでコトコト加熱して麺が溶けるまで煮れば地中海風ヌードルのリゾットになる。 
熱いから木製のスプーンでフーフーしながら食べるのが作法である。 ボリビア産岩塩をすこーしだけ加えると絶品であるが、塩分は1日4グラム以下のラインを死守していただきたい。


【 場面暗転戻り 】

それほど気合いを入れて拾ってきた空き缶での伝統秘法の作業中であった。 ご両名の来訪はいささか迷惑である。
だが相手が悪い。 活動国域に制限を受けないというインターポール特権を振りかざすワルサー使いの鬼虎うつぼ警部と、彼の腰巻でありながら とぐろ巻きの猛毒インドコブラを一喝退散させたヘビ使い&ベレッタ使いのワトソン氏である。

「天下御免」 なーんてそんな特権が法治国家のわが日本で通用するのかどうか極めて疑わしいのだが、水戸のご老公の例もあるからそうなのかも知れない。
なにしろ銭形の親分の生国は茨城水戸だっていうし、へたに逆らってバスティーユ牢獄のあるパリにしょっぴかれるのは御免である。

フランスが嫌いなわけではない。 単におしぐれさんのコルナ号がイタリア生まれだというでけである。 収監されるならローマのサンレオ城獄のほうが天守からの見晴しが良くていいなあ。

「やい おしぐれ! おめ ホンボシに内通してるんでねーがあー。 
二重スパイっちゅーのはな、この業界では下衆のゲスがやることだ。 終身刑だ。 おめえ まさか 「そうで げす」 なあーんて言わねえよなあ」

「 ‥ 先にいうなよ ‥ 」

「おめの情報とは違うホームからナ*タ何某は各駅停車のやまびこ4号に乗って行ったぞ。 
おらだぢのプレミアムはやぶさ2号はヤツをあっという間に追い越して、どこさにも停まらず先に仙台さ着いでしまったんだあ。 おかげで牛タンラーメンの大盛りをゆっくり食えたがなあ。
できれば宇都宮にも停まってよ 名物餃子弁当を買いたかったんだあ。 なあ ワトソン」

「おやおや親分さん、大宮構内で確保する計画だったのでは?」

「それが おめ 埼玉県警ではよ、50人もの機動隊は出せねえ。 でーいち 梅花藻カンテン事件ってなんですかあ? だとよー。 あの有名な国際詐欺事件を知らねーとはなや」

「あのー 親分さん、あの事件は国際事件に発展してたの?」

「なんだ おめ 詐欺団一味のくせして EU諸国で深刻な問題になっていることを知らねーだか。 
各国の科学者が日本の IP 細胞の検証実験をするだが どーもうまぐいがねえ。 諏訪湖産の寒天でねーと培養地の条件がどーやら揃わねーらしい。 

そもそも諏訪湖の寒天ってなーに? ってーところから調べてみだらよ、おめの仲間の ナ〇〇ワ何某 が諏訪湖に注ぐ有賀峠の沢っこからこっそり&ごっそり採ってきた梅花藻を伊豆諸島産の純正アマクサに混ぜて増量して作った贋物寒天だった。 
地中海産のアマクサEU寒天とはどこか違う不純物がナ〇〇ワの梅花藻だったちゅーワケよ。

ナ〇〇ワ何某は数年前に潜伏していたマカオのカジノで派手に金を使い果たしマカオ島警に真顔で自首した。 偽のドル札を作った容疑もあった。 やつは若けーころ今のプエソンなんとかいう3Dコピー機にも関係していたっちゅうでねーが。 
今はパリのバスティーユに収監され刑期の終わりを待っている。 

だが事件のホンボシであるナ*タ何某は今だ闇の中だ。 
本件の時効はナ*タ何某の名前が国際手配された20年前から停止されておるが、インターポール掲示板でも最近は隅のほうに載っているだけになった。

今回の訪日はピンクパンサーを追うミッションではあったけんど個人的にはな、ホントのことを言うとな、ナ*タを生きたまま挙げておらの男を上げることにあったんじゃよー。
そろそろ手柄を立てんと出向元の埼玉県警に戻れんでなや。 
おっかーがな、そろそろお墓を所沢のあたりに買いたいとうるさいんだわ。 おらは水戸がええだがよー。

あとからの読者にも此処までの経緯が解かるように一気に説明してやったぞい。 喉が渇いた、何か飲ませろ」

「親分さん! 駄目だ。 それを飲んではいけねえ。 そのビーカーはアカシア蜜ろうの秘伝ワックスだ。 研究中だ 飲み物ではない」

「あに! アヤカシの蜜だあ。 壇蜜の秘伝だあ。 おめー 今度は回春のクスリを作って一儲けを企んでおるな。 アヤカシが証拠だ。 インターポール本部のあるパリ市内にはな、一歩裏通りに入るとそーゆー 妖かしい 店がよーけあるんじゃ。

おらはのー 捜査の必要性から行けば必ずひと回りしてな、特権御用プレートをかざしてひと口なめてみることが多いんだあ、舌は肥えておるぞ。 アヤカシかどうかはすぐに判る。 がははー」

「 ‥ アカシア なんですけど ‥ 」

「んでよ おめ ホンボシの ナ*タ何某だがな。 おめの情報では丸腰だってことだったがよー。 アレはとーんでもねぐ くせものやろーだぞ。
設計図面を入れるぶっとい筒っこがあっぺーよ。 あの中にテフロンの雨樋を入れてよ、さらにその中にランボータイプの小型ロケット砲を隠していやがった。 あーんな テロリストは見たことがねえ」

「雨樋? ロケット砲? テロリスト? ナ*タがですかい?
雨樋なら復興住宅の外国人は雨樋になじみがないけれど、フクシマ以来雨樋の有効性が見直されて需要が伸びているとは言っていましたねえ。 ロシアに売りに行ったんでねえですか?」

「ロシアに行くのになんで仙台で降りるだ! おらだって日本の地理は知っとるだよ。 ロシア行は新潟だっぺー、 万景号で北鮮さ行ぐにしても仙台ってのは先代未聞だがや」

「 ‥ 前代未聞では ‥ 」

「んでな、あのやろー おらだぢを意識してか仙台駅から乗ったタクシーを脅して赤信号を何度も突っ込みやがった。 三度目には案の定 ドッカーンだ。 仏鬼の顔も三度というからなあ。 がははー」
おらだぢもタクシーを叱咤激励しての急追中だった。 御用の赤ランプは持ってこねかったんよう。 じゃけん交差点のまん中でゴミの運搬車とぶつかった。 ドッカーンてなー」

「げげ ‥ 」

「そしたら あのやろー 訓練されたテロリストみてーに おらだぢの前に平然と降りて来てよ、連れの女を先に逃がしてから開いたゴミ車のゲート内に火の着いたジッポのライターを投げ込みやがった。
おらはロックしたシートベルトが邪魔してワルサーを抜くヒマもながったんだあ」

「げげげ ‥ 」

「んだら どーなったと思うがや。 ゴミの発酵した可燃性ガスってーのはよー ‥ はははぁ〜 ドッカーンってなや。 めっちゃーおっかねーなあ。 がははは〜」

「げげげ〜 ‥ 」

「ところで おめ この秘伝の回春アヤカシ壇蜜ドリンクって、なんだが 発酵臭ぐねーがあー。 ‥ ! こらーっ ワトソン 煙草に火を点けるんでねーっ ジッポを捨てろーっ」


【 場面暗転 アカシア色の煙幕に La Fin の文字が映る 】


春のスペシャル編おわり。 End マークは敬意をこめておフランス式を採用してみました ‥ けっこう似合うじゃあありませんか。

アカシアが咲くのはこれからの時期、イタリアでは3月8日をミモザ (和名:銀葉アカシア) の日と定め春の到来を国民こぞって祝うキマリです。 
こーゆーことは法制化しなくとも彼の国ではキマリですからそちこちに酔っぱらいが転がっていても取締り対象外です。

日本では啓蟄といいますね。 ロードの土手でオケラを見かけたというメールが届くころです。

虫を捕まえた野ネズミを狙ってヨシの新芽の陰からイタチが走り出すと、頭上を旋回しながらゆっくりついて来ていたサシバが羽根をたたんで急降下、おしぐれさんを軽く追い越して土手の斜面をタッチ&ゴー。
ロードの春はめっちゃー スパルタンですなあ。

終盤の仙台駅近く 日の出町交差点内の ドッカーン 3連発スパルタ バナシは実話からの転用であります。
ナ*タ逃亡者からの著作同意を得る努力はしておりますが、なにぶんにも所在が掴めません。 当欄をいづこかの地で読んだなら OKをください。 ご無事で。

おしぐれさんの バレンタイン
2015/02/15

「おう 邪魔するでえー。 いたか おしぐれ、水戸からうまく逃げ切れたみてーだなあ。 若けーころのオメの単独100キロ逃げは今でも語り草だかんなあー。 がっはっはー」

入ってきたのは銭形の親分だった。 
左手に一升瓶をさげているが右手はコートのポケットに入れたままだ。 ワルサーPPKの引き金に指を掛けているのだろうか、小屋の内部をぐるーり見渡してストーブで乾かしていた雪かき用のスコップを隅のほうに足で押しやった。

さすがはインターポールの鬼うつぼ警部である。 さりげなく得物となりそうなものを排除する動きに無駄がない。
このあたりの所作はデンゼル・ワシントンの刑事もの映画で勉強したに違いないが左手の一升瓶は高倉健さん風だ。 こちらもそうとう練習したのだろう。

「これは親分さん よー来なすった。 んで? 助手のワトソンの旦那は一緒でねーんでがすか」

「うむ 彼はトーキョーホリデイだ。 雷門で日本文化の神髄を吸収しておる。 
朝いちで浅草まで送ってな、ワシは東武特急の日光行きロマンスカー・スペーシア号で栃木に来たんじゃ。 エアラインはエコノミー指定のワシらだが、地上トレインなら本部にゃわからん。 
電車の切符は英文でねえからなあ。 がっはっはー。

 
おととし インドから乗ったオリエント特急インディラ号は凄かったぞ。 1両に2室のスイートルームでな、天蓋付きのベッドは紫檀製 床は本物のペルシャ絨毯の上にベンガル虎の敷物が敷いてあった。 
象の群れが線路を横断するときは手前で止まって待つんだ。
そのせいでワシらがイースタンブルーに到着したころパンサー一味はウエストミンスターでひと仕事終えた後じゃったがのう。 がっはっはー」

「あのー 親分さん。 その紫檀の天蓋付きでワトソン氏と一緒に寝たの?」

「あほ抜かせ、ヤツはメイド用の簡易ベッドで通路のデッキじゃ。 マラリア蚊よけのスプレーはかけてやったから上司の務めは果たしたぞ。 じゃが朝になったら足元にでっけーインドコブラがいたそうだ」

「ははぁーん 分ったでー 親分。 そこでワトソン氏はこう叫んだ。 

『やい でかコブラぁー 聞いて驚けよー。 オラのボスはなあ、地中海の 鬼うつぼ と異名をとる本物のデカだぞー。 
毒の強さとネチッコさでインターポール最強デカと言われているんだ。 おまけにワルサー撃ちの名手でもあらせられる。 鬼のうつぼ様が起きて来ねーうちに あっちさ行げー』 

「おい おしぐれ。 オメがただの でほらく かたりだけでねぐ、真のドキュメント作家だとゆーことがよーぐわがったぞ。 てーした洞察力でねーが。 その通りコブラは蜷局 (とぐろ) をほどいて逃げて行ったそうだ。
ワトソンの代りに助手に雇いたいくらいの有能さだがオメのペテン歴はインターポール・ネットに広く流れてっから無理だなあ」

「おやびーん 勘弁してーな。 諏訪湖の梅花藻で寒天を作ったナ〇〇ワ事件はもう時効でしょうー。 それにあの寒天培養地のチカラでIP細胞だって出来たんでっせ、社会に貢献しとるんやー」

「そーはいかん。 あの事件で実刑に服したナ〇〇ワ某は替え玉だ、ホンボシのナ*タ何某を挙げるまではファイルを閉じることはない。 これは事務総長シュワネッガー氏の鉄の方針だ。
なんだ 暗い顔すんな。 オメはナ*タ何某による教唆を受けての従犯ということになっとる、犯意は極めて薄いとワシが記入しておいた。 ポールの本部で事情を聞かれても5分で釈放だ。
その後は地中海さ行ってビキニ美女とムール貝三昧だっぺやー。 公費で欧州さ行けるんだぞ、しかも公務護送だからビジネスクラスだ。 パリまでの片道だけ手錠は我慢しろ。 

ワシな、オメがインターポールまでつき合ってくれれば初めてビジネスに乗れるんだあ。 その相談に来たんだよー。
日本まで追って来たパンサー一味の峰アヤコには水戸で逃げられちまったでな、手ぶらで帰れめーよう。 わかっぺー。 

ほれ みやげの酒っこど水戸の涸沼で獲った貽貝だあ。
鍋かフライパン貸せ、ストーブで貽貝の酒蒸しを作って一杯やっぺー」

銭形の親分がコートの右ポケットから取り出したのはワルサーPPKではなく、意外にもコンビニの袋いっぱいの貽貝 (イガイ) だった。 
公務出張中ということではあるが本日は日曜日だからまあいいか。

「あれーっ おしぐれ そごにいっぺー積んであるピンク色の袋はなんだあ。 まさかおめえ、ピンクパンサーの側に寝返ったんじゃーあんめーなあ。 なかは何だ? 金塊か!」

親分 右手をコートのふところに入れる。 今度こそワルサーを出そうという仕草であるが練習が足りないとみえゴソゴソとカッコ悪い。

「違うよ 銭形の、はやまるな。 こりゃー チョコレートだ。 昨日はバレンタインデイだったっぺよ。 町内をひと回りしただけで こーんなに貰ったんだ。
貽貝の酒蒸しが出来るまでコレで一杯始めましょーや。 つまみになりそうなモノも貰ったでよー」

「おお そうか それは済まんなあ。 んで つまみってドレ?」

「コレ、タイランドで買ったという 「KUNNA」 。 何と読むのか解からない」

黄色いパッケージは全部タイ語のようだが、一部に小さく 変な中国語と日本語で 「芒果干」 (特軟) ドライマンゴー (柔らかい式) と書いてある。
柔らかい式 という日本語教室では赤点を貰いそうな記述が泣かせる。 しかし表現としては合格点だ。

少年僧のおしぐれさんがこの地域を通りかかった50年以上前のタイ国境付近は、隣国でカンボジア内戦のころだったから可搬式ロケット砲を担いだポル・ポト軍が横暴を極めていてバナナの樹もマンゴーの畑も燃えて無くなっていた。 
燃え残っていたのは泥川に接したマングローブの林だけ、少年僧はそのタコの足に似た根っこの間に胸まで泥に浸かって隠れながらガンダーラへの道を急いだのだった。

もはやマンゴーはあの県知事の宮崎県産しかないと思っていたが、平和の戻ったタイランドでは見事に復活をとげたようで喜ばしい。
さっそくその 「干しマンゴー」 と銭形警部のさげてきた日本酒で酒盛りを始めた。 まだ朝の10時である。

このふたりは自称ワールドワイドだから時差など どーってことない体質なのだ。 10時だろうが9時だろうが、こと酒盛りに関しては問題ないのである。

「干しマンゴーってよう、秋田の 「いぶりがっこ」 に見た目はよーけ似ておるが、塩味でねぐ 思いのほか甘いんだなあ。 バレンタインだからまあいいか。
んで、 どーんな年増の姐さんから貰ったんだあ?」 

「なんで年増だとわかったの?」

「そりゃ オメー、 干しマンゴー だでよう」

「そーなのよねー ご亭主が定年までタイ駐在らしいんだ。 まだ数年帰ってこない」

「おい おしぐれ、オメ お返しは考えてあるんだろうな」

「お返しって?」

「ホワイトディだあ、 3月だあ。 お返しは決まってっぺやー。 干しシイタケ だっぺよ。 元手なしで用意できるべー。 がっはっはー」

「親分! お言葉ですがねえ。 干しマツタケ と言って欲しーなあー。 ぷんぷん」

「それ 黒トリュフとどっちが偉いんだあ? がっはっはー」

洋の東西を問わず酒のみは、こーゆーハナシで文化交流をするのである。

「ところで銭形の親分、例の事件のホンボシですがね。 来週末に仙台へ行くって情報がありまっせ。 上越新幹線から大宮で東北新幹線に乗り換えるから埼玉県内で確保できる可能性があります。
出向元の埼玉県警に錦を掲げて帰れますねえ」

「なぬ! オメ その情報 いくらだ? 何時のはやぶさに乗る。 やつは何人のゴリラを連れている?
もっと飲め、貽貝も食え。 貽貝をマンゴー巻きにして食え。 意外に美味いぞ。

そーだ、やつを逮捕したらインターポールまでの送致は檻に入れてワトソンの護衛で輸送機で送るが、オメの護送は手錠無しでエールフランスのファーストクラスにしてやってもええど、 どうだ」

「親分さん、ボクは酔うとひとり言をいう癖がありましてねえ。 
彼はお忍びの女連れだからふたりだけです。 ところがその女というのがくせもので、戸隠の女忍者の手裏剣使いなんだなあ」

「ぬぬ ホームでの捕り物は旅行客に迷惑がかかるっちゅーわけか。 座席に座ったところを大人数でのしかかって押し潰す作戦がええな。 やつ以外の指定席は始発から全部押さえてしまおう。
おーい ワトソン、 しまった あいつは雷門に置いてきた。

「大宮の東北新幹線ホーム東京寄りトイレからは階段を上がってくる人物が全部見えるけれど階段からは見えない。 ホンボシはすでに老眼だから警官の制服と駅員の制服の見分けはいい加減です。 でも火薬の匂いや手錠の音には敏感だから50人の機動隊はトイレの大のほうで水を流しながら音と匂いをカムフラージュするといい。

「ふん ふん そーか、オメ頭いいなあ。 やつはそんなに大物になっていたか。 埼玉県警総力戦で掛からんといかんな。 爆発物処理班も出動させよう。 何時のはやぶさの何号車だ? はやく言え」

「ボクはフランスの地中海よりイタリア海のほうがいいなあ」

「おお どこでもええど。 シチリア島にも行こけ。 じゃから何時の何号だあー? このやろー 吐けー、いや飲めー」

まだ朝の10時ですよ。 まったく困ったものです。
ホンボシさん、 仙台行きは新幹線をやめて新品スノータイヤを付けたベンツの6輪駆動車に変更したほうがよさそうですなあ。
埼玉県をかすめるときは速度を落としてはなりません。 跨道橋の下を通過するときはサングラスをかけて顔を隠し、福島に入るまではサービスエリアに寄ってもいけませんよ。
だから前夜はビールをやめ、当日も朝のお茶など飲んではなりません。

おもらしパンツは穿いていたほうがよいでしょうね。
ええ いつものより大容量のをね。


写真が問題の 「干しマンゴー」 です。 いぶりがっこ みたいなシワシワのがソレ。
当たり前といえばそーかも知れませんが 干しマツタケ の画像はありません。 水にひたして戻してもシイタケのままでした。

Page: | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 |

- Topics Board -