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「止まっている軽自動車のドアは突然開くものだ」
ワシら自転車乗りにとっては30年も前から定説となっていることですが、
元JR鉄道マンの彼の脳ミソには、「プッシュー」 と鳴ってから平行に動いて車体の内側に収まるドアの動きしか擦り込まれていなかったようです。
サイクルロードまであと少しという環状線で前方に止まった軽のドアが急に開き、避ける間もなく見事に突っ込んだ彼は病院へ運ばれる救急車の車内で 「ドアが ドアって ドーアっても ドアに ドアーっと」
訳の解からん5段階活用を口走っておったそうです。どーやらアタマを打ったようですなあ。
だからヘルメットを被れって、ワシのお古を渡しておいたのに‥。
病院に一晩泊って家に帰れた彼を見舞いに行ったのです、「四季桜の上撰」 を一本持ってね。
「おまん 嫌みか! なにも 「四季桜」 を見舞いにせんでもよかろうに、「黄桜」 と替えてこい」
額に田んぼの稲の切り株で付いた剣山型の傷があるだけで、骨折などしていないそうでよかったが、主因はワシにあると言わんばかりの不機嫌さなのだ。
自転車で行こうと言ったのはたしかにワシだが、そもそも四季桜を見に行こうと言い出したのはレールマン、あんたやないけ。
自転車行の約束は来週のことだ。この日彼は細君のママチャリに乗ってひとりで出かけ、ドアに ドアーっと ドアったのだ。
今日のところは怪我人に同情しているふりをしてやろう。それが一番の薬だ。
「そらー 痛でがったなあー」
それにしても切り株で目を突かないでよかった、鼻の付け根の傷はメガネのノーズパッドの痕だろう。
事情を知らない奥方が一升瓶とワシと旦那の顔を三角形に何度も見廻して、「お燗しますか?」
それを制してワシは大急ぎで酒屋へ取って返し、「天翔」 を二本買って汗をふきふき戻った。
見舞いに行けば酒になることは行く前から分っていたから、ワシは歩いて行ったのです。
病人にしろ怪我人にしろ、こーゆーときには我儘な理不尽男になるものである。
桜にまつわる酒にして機嫌を損ねたから、今度はお目出度い「天翔」 にしたんです。
ビールの用意がしてあるちゃぶ台を前に座った彼は、星一徹 を爺いにしたようなむつかしい顔をして床の間に置いた 「天翔」 をジロリ見て、
「おまん! おれが軽のドアにぶつかった後に、宙を飛んで田んぼに落ちたのを見ていたのか? 天を翔ぶ酒とは出来過ぎたハナシだ。
しかも二本も、もう一度ぶるかる という謎か!」
どーも稲の切り株にぶつけたアタマが復旧しきっていないようです。子供のような因縁をつけるのはJR北海道が叩かれている意趣返しのつもりなんでしょうか。
ぶつけた切り株には、具合よくサッポロ ビールの空き缶が挟まっていたのでしょうかねえ。
「なぜまた急に自転車なんか乗り出したんでしょう? 後続車に轢かれてわたしのママチャリはペッチャンコです」
「いやー奥さん、申し訳ない。近々に二人で自転車で 四季桜 の工場見学に行こうと話してましてね、それで自転車の練習をしていたのでしょうなあ。
私は安全なサイクルロードまでクルマで運んで、そこから出発するつもりでいましたが練習に環状線を走るとはねえ」
彼は憮然とビールを手酌で飲んでいる。メガネを田んぼで失くしたのか注ぐビールはコップに届かず手前にこぼれる。
コップを取ってビールを受けてやりながら、
「当面出かけるのはやめよう、四季桜は家で飲むに限る」
入院中の昨夜はもちろん禁酒だったから二日分を飲む勢いで彼はビールを空にして、
「そーはいかん。四度咲きの桜の謎を突きとめ、しかる後に蔵元で振る舞われる蔵出し新酒をいただくのが酒飲みの本懐。そう言ったのはおまんじゃないか。
今日明日は無理でもあさってには行っみないと桜は散ってしまうかも知れんぞ。ここは這ってでも行って、おれの永年の仮説を証明し、しかる後に鎮魂の新酒を飲まん」
レールマン、だんだん調子が戻ってきたようだ。
「あんた、そげな 大げさなもんかね」
「そーともよ。二度咲き桜は時々見るが、四度の桜は伝承話でしかなかった。おれはその真贋を見極めたいと願い続け、単身赴任の山里時代から定年するのを待っていたんだ。
家に帰っておまんに連絡したら、「四季桜」 という銘酒があるというじゃないか、おれには神の声に聞こえたぞ。
わくら葉と開花の因果関係を結ぶ一本の糸、山繭毛虫の存在の仮説を実説として証明するのがおれのライフワークだ。
おしぐれさん 今しかないんだ。花が散ってしまう前におれを其処に連れて行ってくれ、頼む」
元ローカル鉄道マン、はやくも酔ったか痛むはずの膝を擦りよせてワシの手を取ってくる。
「何ですの、毛虫の仮説って?」
単身赴任でおかしな癖がついたかと訝る奥様は呆れたようにワシらを見る。
「ははは いやー 狂い咲きですわ。どーもね 私ら定年一年生に多い一過性の病気らしいんです。
仕事を終えた後のココロの孤無感を満たすというか、乾きを埋めるというか、何かこう 根を詰めるモノが欲しいんですよ。でも定年してから探しても遅い。
焦って もがいて、それでもそれに相当するモノが見つからなかった者は深い定年性虚脱症になる。
真面目に働いてきたひとほど鬱になる。そして三年後の調査での生存率はガクッと落ちるんだそうです」
「まあーっ おとうさん 鬱なの? 移さないでよっ!」
「おっ 奥さん! ここは洒落てるところやないー‥」
「おしぐれさん! あなた どーして鬱にならなかったんですの? 真面目に働いてこなかったから?」
「おっ 奥さん! そのお言葉でワタクシは鬱になるうー」
この奥様にかかってはレールの左右幅の誤差がますます進みそうな案配なので、ワシもビールをがぶ飲みして元レールマンの運行ダイヤに追いついた。
彼は鬱どころかスーパーオタクな桜マンになって帰ってきた。
「おーし おぬしの本願 叶えてやろうじゃないか! 計画を早めて明日出発じゃあー!」
「そーと決まったら さっそく自転車とメガネを買いに行こうじゃないか! おまん 付き合え」
「おとうさん! お弁当と肴を詰めた重箱が入る大型バスケットも忘れず買うんですよっ」
「おっ 奥さん ロードバイクにはバスケット用のネジ穴など無い」
「あらー そうなんですの? じゃあ バスケットに自転車の付いたロードバイクを買いなさい」
なんだか 「重箱爺いシリーズ」 とオーバーラップしてまいりましたなあ。
ともにもかくにも、気持ちよい秋空の広がる好日にワシとレールマンは連れ立ってロードを走って行きました。
背中の荷物が重いのとレールマンの足に合わせて超スローペースで走る二台のロードレーサーは次々とママチャリに抜かれます。
造り酒屋の酒蔵見学と称し、お弁当と酒の肴の詰まった重箱を背中に背負って爺いがふたり、アポ無しで行ったのですからスゴイもんです。
庭の桜の下か井戸の脇に空き樽を置いて、もちろんゴザでも構わんが 「そこで銘酒の味見をさせろ」 と言うのですから相手は驚くだろう。
なあに 口上は考えてある。
「ワシら定年組二名、御社 四季桜 の名声を従前より聞き及ぶに至り、命果つる前 いつかは訪問したいと切望していた処なり。
深秋大安の本日 土手を自転車にて走行中はからずも御社工場を見及んで、止むにやまれず罷り越したる次第。 なあに ご心配には及ばんぞ、ワシら肴は持って来た」
ってんですから断れないでしょうや。
味見酒もさることながら、その庭の桜にこそワシらの目的があったのです。
ロード歳時記(3)につづく。
syn
北関東屈指の清流 鬼怒川、江戸時代から昭和の初期までは米俵を船に乗せて都に運ぶ水運が盛んだった。
当時の船には動力はなく、青竹の棹で岩礁を避けながら川の流れの速度で下って行った。
江戸はいわば京だから、そこへ向かうのは上り。だが川の流れで降るのだから下りなのだ。
ややこしいがそれでいいか? 知り合いの元JR北海道職員に聞いてみたら電話を切られた。
奴め 相当ナーバスになっている。
レール幅測定車に乗っていたのだろうか、明日にでも居酒屋に誘ってやらねばならん。
鬼怒川の当時の水量は現在の3倍はあったろうから、米船は相当な速度で下って行ったに違いない。
北海道の減速ディーゼル特急なみの速度か‥ あっ ごめん ごめん、もう言わないから機嫌直してよ。
明け方に宇都宮を船出して利根川と江戸川を乗り継ぎ、荒川や隅田川の運河に乗り入れれば江戸には昼過ぎに到着できた。
荷下ろしの済んだ船頭たちは夕方には歓楽街に繰り出す。
新宿はまだ畑のなかの宿場で盛り場にはほど遠く、銀座は元々両替商の街だから夕方には閉まってしまうので浅草か上野で騒ぐのだ。
このとき群馬すなわち上野国(こうずけ)から利根川本流に乗って米を運んで来た船頭たちと鉢合わせして喧嘩となる。
「オメらはワシらの上野に来るんじゃねえー 大利根川に乗り入れるなんてもってのほかじゃー コノ だんべえ野郎ー」
「なんだとー 徳川様の華厳の滝をみなもとに戴く神の川・鬼怒川を漕いで来たオラだぢには天下御免の御札があるだんべよ、邪魔ぁするたぁ てえした度胸だ。 コノ あこぎ(赤城)のだっぺ野郎ー」
上野国・下野国(しもつけ)間のだんべえ・だっぺ戦争がそちこちの店頭で勃発する。
そこへ常陸国(ひたち)だの下総国(しもふさ)だのの船頭が加勢して言語不詳の大騒ぎ。番頭さんは銭箱を抱えてニュートラルゾーンの寛永寺へ逃げる。
今でも週末には東武鉄道の東上線と日光線ホームが隣り合わせのスカイツリー駅で、雨傘を振り回す国定忠治に日光湯葉を投げつける酔っ払いの立ち回りが見られる。
早慶戦のあった晩の神宮球場界隈みたいなもんですな。
彼らは翌日には綱に結んだ船を引いて河原や水のなかを歩き、四日がかりで上流の宇都宮や前橋まで命がけで帰るのだから、歓楽街で少々羽目を外してもよい。
吉原に出かけて行った一部の者は外れた羽目が戻らず、そのまま半年も帰ってこなかったというのだから米水運の利益率ノミクスは相当高かったようだ。
ワシは生まれるのが遅すぎた。
ワシなら杉の丸太に板張りした双胴船に米を積み、アメリカズ カップで仕込んだヨットのナイロンセールに秋風を万帆に膨らませ、先行船を次々に追い越して堀米町の船着き場に断トツの一着。
しもつけ米の新米を江戸で一番早く売り出して大儲けした大黒屋さんの大旦那からたっぷりご祝儀を頂いて、それを元手に大井町の賭馬場で大儲け。
板張り双胴の新造船はバラせば木材になる。水を吸って曲がった船の木材でも、急流に揉まれ適度にアクが抜けて綺麗な木肌になっている。
海水ではないので陰干しすれば長屋の柱くらいにはなるから黒門町の材木問屋の腹黒旦那に売り払い、それを元手にワシは新橋の芸者を連れてお伊勢参りの旅に出る。
今では鬼怒川の水量もずいぶんと減って、鮭でさえ腹が擦れて遡上するのに苦労するほどの深さになってしまい船水運は衰退した。
かわって土手上にサイクルロードが出来て江戸川河口のディズニーランドまで5時間で行ける。
自動車で行ってもそれくらいはかかる、しかも高速代金がかかるが自転車ならタダだ。
ただし帰りのロードでは、少しづつの登りこう配にへたれ始めた頃の埼玉・杉戸を過ぎると決まって吹いてくる向かい風に押し戻されて、たっぷり8時間かかる。
ディズニーランドに着いたらシンデレラ城のお姫様など見とれていないで、さっさと帰らないと命がけの北帰行となる。これは本当だ。
江戸期の船頭の墓が川辺にひっそりと立って周りのススキが風になびいているのを見る度に、へたれの効いてきたソロライダーは後悔するのです。
日帰りなら自動車か電車の利用を強くお勧めしますだ。
ワシの膝が回るうちに関西まで一本に繋がったサイクルロードが出来たならワシは自宅と自動車を売り払い、それを元手にお鶴(ペットの亀)を連れてお遍路巡りの旅に出る。
帰ってくるつもりなどないのだから自宅はいらん。
もしも満願成就のアカツキにもまだ膝が元気にクルクル回るそのときには、お鶴の実家があるという竜宮城まで漕いで行こう。
小学校のころの同級生に鍛冶屋の孫と船大工の娘がいた。
注文した鮎釣り用の笹舟を作っているところを父親に連れられて見に行ったことがある。
船大工の親方が 「シューツ」 と削った杉板を弟子が木型で支えて力一杯 「ニューッ」 と曲げると、娘の花ちゃんが差し出す 「犬釘」 と呼ばれる特殊形状の釘を親方が 「タッタ タン」 と打ち込む。
最後に鏨(たがね)で締められた犬釘の頭は、板の中に入り込んでほんの一部しか見えなくなり二度と抜けない。
江戸時代からのノウハウで作られた犬釘だけを親方は使う。
廃船から回収した古釘を鍛冶屋が火入れをして、叩いて直してまた使う。
だから新造船の行程で打つ位置を間違えたりした船は、進水させることなく破壊して犬釘を取り出すのだそうだ。
湿潤と乾燥をくり返す木造船には、硬すぎず柔らかすぎずの鉄と炭素の微妙なさじ加減で打たれた犬釘無しには作れない。その貴重な犬釘を江戸時代から作っているのが老鍛冶屋。
孫の鼻垂れよっちゃんが出来上がった釘を大事に抱えて届けに来る。
鍛冶屋だから鍬(クワ)や鉈(ナタ)も打つが、船用の犬釘を新たに打つときだけは三日前から酒を断つ。
神棚に長いこと手を合わせて取り出したのは、先代から譲られた日の丸の鉢巻き。襷(たすき)は母親の形見の帯紐。
家伝の金床(かなとこ)の前に座り、爺さんの代から伝わる犀(さい)の皮の鞴(ふいご)で蒙古産のコークスの下に敷いた備長炭に風を送り始めると、火床からは真っ赤な仁王様が立ち上る。
この時分のワシは船大工になろうか鍛冶屋になろうかと真剣に思い悩んでおった。まさか軟弱な三文文士になろうとは‥。
おまけにテーマが今だ定まらんから、拾った子亀を乗せた自転車で近郷を徘徊していようとは‥。
今日はノーベル文学賞の発表日だというのに‥。
鬼怒川は今も清流である。
宇都宮など中流域は鮎漁とカヌーの名所となって久しい。
夏の間にぎわった川だが朝夕の秋風が涼しさより寒さを感じさせる10月ともなると、川に入っている人の数はめっきり少なくなる。
根性の釣り師は厳寒期にも流れのなかに入って竹の脚立を立て、その上に乗って寒バヤを釣る 「脚立釣り」 という寒修行のような釣りをする。
これは鬼怒川伝統の風物詩で、近年真似をして県北の那珂川などでもアルミの脚立でやっているひとがいるようだが、川底の砂利の具合と水勢・水性の違いで足元をすくわれ、転倒して流される事故が多発と聞いている。
風物詩はその土地で百年かかって詠まれた歌だ、真似をしても景観にそぐわないうえに水系が違うから事故となり結局は根付かない。
鬼怒川の脚立師たちは今は体力トレーニング中だ、土手のロードでスローランニングをしているがその眼は常に川を見ている。
川底の地形や瀬と流れの特徴を眼に焼き付けているのだ。
万一の際に泳ぎ着く岩場の場所には防水シートに包んだマッチと燃料の薪も準備している。
この時点で那珂川の脚立釣りはすでに負けた、と言わせていただこう。
那珂川では、音を殺して歩きながら石と石の間を川虫を付けた小竿で釣るカヂカ釣りがよく似合う。
那須の山から転がり出た大石がそのまま残っているダイナミックな川容には、人間が景観に溶け込むカヂカ釣りが最高です。
流れの石裏に産み付けられた卵は炭火で焼くととても美味しいが、20年ほど前に県の条例で採取が禁止された。
ならば成魚との騙し合い、川虫を水中で踊らせるテクで魚と勝負する。苦労の末のご褒美のカヂカ骨酒を飲めるのは老練の証し、さぞかし美酒でしょう。
ここまで那珂川のカヂカ漁を称えるのは、鬼怒川の寒バヤ釣りに遠征してきて不案内な鬼怒ロードに軽四駆で無遠慮に上がってきて欲しくないサイクルマンの本音なのです。
けっしてあこぎ(赤城)のだっぺ野郎のホーム根性ではないのです、事故防止の観点からワタクシは穏やかに申し上げておるのでございます。
ロードで出会う鬼怒川の釣り師は冬に向かって栄養補給の時期なのだろう、皆さんマッチョなプロレス体形である。でなければ寒風の川面に突き立てた脚立に何時間も乗ってバランスを保てない。
かつての船頭さんの心意気の伝承であろう。それとも釣り対象魚の端境期である今は単に閑なだけなのだろうか。
脚立師の精進振りには頭が下がるが、より 細身の自転車マンもえらいぞ。季節お構いなしに川に来て走っている。
いや正確には川まで走って来てさらに川っぺりを走っている。
毎日4,000キロカロリーも食う自転車マンは、止まったらたちまち太ってしまうからだ。
太った自転車マンは醜い、醜いと言われるくらいなら脚立師になったほうがマシだ。
ごめん ごめん 石を投げないで下さい 脚立師さま。そーんなデカイ石、自転車に当たったらかないまへんでー。
いったい奴ら自転車マンは寒さだの暑さだのを感じないのだろうか?
そんなことはない、あの半分裸のような格好だ寒くないはずがない。寒いから必死にペダルを漕いで発熱を促進しているし、夏は必死にペダルを漕いで風を切って涼を得ようとしている。
自転車バカは寒バヤ脚立バカと一緒で苦行が身上なのだ、マゾヒストなのだから放っておくに限る。
川沿いの土手にあるサイクリングロードを行くと、おおむね10kmおきに川の一里塚という休憩所がある。
屋根はないが石のベンチの頭上を桜の木が広く覆って、快適な木陰を演出している。
10月とはいえ晴天の日中は汗を吹き飛ばしながら走っているから一里塚の日陰はありがたい。
中央には土手には不釣り合いな程に立派な石碑が デンッ と建って、「川の一里塚」 と彫られている。その地区の市長さんや町長さんが揮毫したものだ。
なるほど自分の現在地の市町村がわかるのもありがたい。
揮毫の達筆さや建立時期などは目に入らない。
自転車ライダーは其処が何処だって、地獄の一丁目であろうと、乗ったロードをずーっと行くしかないのだから現在地なんかどこだって構わないのだ。
構わないのだが、まんいちロード上でパンクなどなさってお困りの妙齢のご婦人などに出っくわした際には、其処が何処だったかその後の展開において重要なことになるやも知れん。
そのようなご婦人に出っくわしたことは今だに一度もないが、今後もないとは言い切れまいて。
休憩所の最重要要件であるトイレと水道が設置され、木造のベンチと張り出した屋根のある東屋風の体裁を有する休憩所は、屋根なし一里塚4っつに1つの割合で出現する。
つまり遠くても40km先までには次のトイレがある。
若いライダーには解からんだろうがこれは重要なことなのだ、ワシら還暦ライダーにとっては寒くなってくるこれからは特に重要だ。
ワシとてスピードライダーの端くれ、鋭い加速と高い速度をキープするにはより軽量でなければならん。
体内に比重1を超える汚染水を溜め持ったままではキレのある走りが出来んというもの。
でもこれがねー、すぐに要排出基準水位に達してしまうのよ。
実際にトイレに寄っても左程大量には放水はされん。要はセンサー過敏と脳の脅迫観念なんじゃが、脅迫されながら走り続けても面白くはなかろう。
トイレがある度に止まって排水して安心し、ベンチで一服点けるのは、おじさんライダーの心臓と腎臓とモチベーションに大変よいことなんじゃ。
解かったら 「あのへたれ爺い まーた 一服してらあー 根性なしめー」 みたいな目でワシを見ながら通り過ぎるのは止めれー。 おぬしだってもうじきションベン爺いじゃー。
その一里塚の桜が咲いた。
枝全体に花がつく春の咲き方と比べたら、ずいぶんと控えめながら確かに桜の花が咲いている。
三日前に南下コースを行ったとき、下館市の手前で見ました。
10月初旬にです。
「狂い咲きという言葉は嫌いです。桜には二度咲き種という樹種はありませんが、年に二回以上開花する現象は珍しいことではありません。
夏に枝の葉が毛虫等に食われて早目に丸裸になった樹は、葉がない故に紅葉の時期にはすでに冬を擬似体験するので、いったん寒くなった後に小春日和があると開花スイッチが入る可能性がある。
冬に向かって葉を落とし樹本体の生命を守ろうとするエネルギーが、使われることなく満ち満ちているのでそれが開花力となって花をつけるのでしょう。
狂い咲きと言えばそうですかねえ。若いころのボクらの鼻血といっしょですよ」
元JR職員がそう言うのです。
彼は電化に取り残されたローカル線のディーゼル線区が専門なので、各地の山里の駅に赴任して野桜を見た辺地オタクです。信頼性あるハナシではないですか。
宇都宮には 「四季桜」 という銘柄の酒造会社が江戸時代から続いているそうです。
春秋のほかにさらに二回花をつける四季桜とはどんなものか、酒蔵の庭で開花したあとは結実してさくらんぼになるのだろうか?
そのさくらんぼをついばんだ小鳥は酔うだろうか?
小鳥の糞中に含まれた種を庭に埋めたら、はたして真っ直ぐに育つだろうか? それともよろけて生えてしだれ桜になるのだろうか?
鬼怒川ロードを上流に向かった柳田地区というところに工場倉庫があるので行って見てこようと、辺地オタクの彼と二人で出かけることにしました。
ロードを降りてからちょっとの距離らしいのもいいですねえ。
一里塚の桜が咲いたのだから四季桜も咲いているに違いない、だが年に4回も毛虫に葉っぱを食われる間抜けな桜なんてあるのだろうか?
だいいちそんな毛虫はどんな蝶々になるんだ?
それよりも、もしかしたら 「見学歓迎 開花御礼 お試し飲み会」 なんてのがあるかも知れん。
あるに違いない、造り酒屋なんだからお試し飲みは必須だろう、行こうぜオタクさん。
やっと歳時記らしくなりましたなあ。 どこがやー
このあとは ロード歳時記(2) に続く のこころだー。
写真は隣家の爺いが育てた小菊の鉢植え。
薄紅色の菊花のなかに一輪だけ黄色い花が咲いている。パステルカラーのクレイジーイエローである。
爺いは 「原因不明ながら大したもんじゃろ」 と自慢する。
この界隈には PM2.5 の襲来以来、狂い咲きの症状を呈する動植物男女多し、要注意なり。
魔除けの呪文は 「クワバラ クワバラ」 。
syn
「汚染水を溜めたタンクは漏れるものだ!」
これは今朝6時台のNHKニュース番組内で放送された原発問題に詳しいというNHK解説委員の発言。
漏れて当たり前と言っているから、これだけでは視聴者は ギョッ としてしまう。
もう少し前後の発言を加えてみたい。
「有効な処理の手法が確立されていない現段階では、放射能に汚染されながら増え続ける冷却水・地下水・雨水のすべてを汲み上げてタンクに溜め、兎も角も時間稼ぎをするしか方法がない。
時間稼ぎだからそのタンクというのは、仮設・仮設置が前提の鉄板に補強材をボルト組みした 「いわゆる仮設タンク」、これを何百個も何千個も不整地に並べて運用している。
鉄板の継ぎ目を塞いでいるゴム系のシール材が内部の汚染物質や外部に降り注ぐ太陽光・紫外線の影響で劣化し、漏れ出た水がタンク下部のコンクリート堰内に雨水と一緒に溜まっているところを発見された。
というのがこれまでの実態でした。
その水は高濃度汚染水であり、絶対に海に流したり地表に浸み込ませたりしてはならないレベルです。ですからさらに別の仮設タンクにポンプで移送して貯蔵されてきたのです。
ところが、その移送先のタンクでも傾斜地にあったタンクから汚染水が漏れ出ました。
今回の漏洩では湾の外海に流失した可能性が極めて高い深刻な状況です」
ワシはフクシマ第一原発の不幸な事故の起きるずっと以前、この辺りの沿岸を走る国道6号線やいわきの舞子浜海岸から続くビーチロード、いわゆる 「J ビレッジ街道」 を何度も走っている。
その時にそびえ立つ幾つもの原子炉建屋を目近に見たが、四角で巨大な白い外壁にブルーの線で描かれた涼しげな模様が3.11震災に続くあの水素爆発で吹き飛んだ映像にはビックリした。
ワシは原発や放射能問題にはいっこう詳しくない。
その方面は詳しくないが、水は高きより低きに向かって落つる程度の物理学と、この辺りの地形や風向きや川の様子とサイクルロードの事情にはことのほか詳しいぞ。
フクシマ第一原発のある双葉町より40km南、いわき市と北茨城市の境を流れる鮫川という大きな川のサイクルロードを河口に向かって行くと常磐火力発電所の巨大な施設があって、
立ち入り禁止なのだろうが、川の高さから歩いて接近できる護岸に乗って数人が竿を振っているのが見えた。
海に向かってではなく川に向かって竿を出しているのだ。
聞くと海の魚と川の魚と両方が釣れるという、ハゼと鮎が同時に釣れるというのだ。
運と根性さえあれば秋には鮭も釣れるという。
見ていると釣れるのはほとんどがボラ、この地方ではイナと呼ばれる超不人気魚でポイと捨てられる。
なるほど否(イナ)である。
「捨てちゃうの?」
「べらぼうめー イナなんざ臭くて食えるかってんだ。栃木や埼玉の釣り師は有り難がって持って帰るがよー オメ 何処のもんだあー 栃木じゃあんめーなあー」
この日はすごすごと引き返したが、翌週へらぶな釣り用品一式をビシッとそろえて護岸に乗った。
護岸の段々に釣り台の足を合わせ、水面近くに釣り座を設けて気分よく釣り始めた。水をすくって舐めてみても塩辛さは左程なくて、汽水域というのかボラがよく釣れる。
河口が近くて川幅があり流れはあってもトロンとしているので、孔雀のへら浮子はしっかりと立つ。
そのうちボラの群れがいなくなって、浮子が静かになったと思っていたら突然へらが釣れだした。
もとは釣り堀に放流されたものが大雨のときに逃げ出して川に棲みつき、海のミネラルで傷を癒して怪物化した大物が次々と釣れる。
大河を泳いで運動量豊富だから強烈な引きで、竿先が左右に振られ穂先が水中に引き込まれる。
ピュー ピュー と糸鳴りの音が護岸にこだまして、立ち上った周りの釣り人は唖然として見守るばかり。
ワシは竿尻を持った両手をさらに頭上に構えての 拝み釣り。
やっとの思いで玉網に納めて計測すると、自己記録オーバーの50cm超。
べらぼーめー のおじさんがびっくりして様子を見に来て、
「オメさん ただもんじゃーねえなあー 仕掛けと餌はなんだか 教えてくれねえーだべか。 アニ? 餌をくれるってか!
アニ? 仕掛けも分けてくれるってか! 兄さん オメ ええやつだなあ、どっから来ただね? 栃木かあ! オラのおっかーも 栃木だあ。 今夜一緒に飲まねえかや?」
このおじさんゴカイやイソメを餌にしたハゼ釣りが専門、たまに間違ってスズキが釣れると馴染みの寿司屋に持って行って、塩焼きにしてもらって 「会津誉れ」 を飲むんだそうな。
へらぶなという釣りは知ってはいたが、河口近くのこの辺りで釣れるとは思っていなかったそうだ。実際へらを釣っている釣り師はワシひとりだった。
おじさんの竿に仕掛けを付けてやり、潮の干満に合わせて丁寧な底立ちと浮子を一か所に安定させるテクを伝授したらやがて彼の竿にも当たりが出て、満月に引き絞られたその竿は 「メキッ!」
という音と共に二つに折れた。
悔しがるおじさんにワシの竿を貸して夕方まで二人で釣った。
最初の自己新サイズを超える大型はその後は出なかったが、釣果はまずまずでおじさんも大喜び。
どうしてもと酒席に誘うので、ならばお礼にと懇切なレクチャーを授けたからおじさんにも大型が出た。
そのうち潮が満ちて来て釣り座を濡らし始め、最後の一投と大きめの餌を付けて沖目に投げたらなんと! 縞模様のあるへらぶなが釣れた。
「なんだー コレはー?」
「兄さん そりゃー イシダイさね、てーしたもんだでよー 鯛まで釣っちまったよーこの兄さんは。 今夜は石鯛の刺身と秋刀魚の刺身の食べくらべだにやー」
ワシ、歯のある魚は初めて釣ったがサザエの殻を噛み割るという鯛のアゴにヒットしたへら用の針と糸で、よくもまあ石鯛を釣り上げたものだ。
うまくいっている時というものは、そーゆーものなのだろう。ちなみにサイズは小振りな40cm、へらぶなの引きのほうが強烈だと思った。
あのおじさんはどうしただろうか。あの日も鮫川河口の火力発電所の護岸にいて、ワシがプレゼントしたへら竿を振っていたのだろうか。
あのご仁のことだ、サイレンが鳴って潮位が上がっても石鯛の潮時と思って立ち上らなかったのかも知れない。
合掌のあとは汚染水のことだ。
仮設タンクが増えて、傾斜地にまで設置せざるを得ない状況に追い込まれているという解説委員の話しだ。
事故直後にアイデアのあったメガタンカーに汚染水を入れて湾内に係留するという案は立ち消えになったようだが、にわか造りの組み立てタンクよりはタンカーなら漏れの心配は無かったように今更ながら思う。
日本中の個人資産や銀行預金を凍結してでも、世界中のタンカーを買ってあの湾に向かわせるべきだった。
始めに解説委員が言っているように、現段階では大量の汚染水を安全に完全に処理する技術は確率されていない。
ならば汚染水の保管は仮設・仮置きではなかろう。処理技術の完成まで、つまり未来永劫 那由多のときまでタンクに閉じ込めておくと考えるのが普通ではないのか。
そのためのタンクは現行の鉄板に溶接された補強材をボルトで組んで、ゴムのシールド剤を挿んだだけの構造ではダメだ。
傾斜地に置いたからうんぬんではないのだ。
あのタンク、タンカーの造船所で作られたものではない。
こう言っては失礼かもしれないが、そこいら辺の鈑金屋・鉄工所で大急ぎでこしらえてフクシマに運んでいる。汚染水特需が起きているのだ。
近県のハローワークの求人に大型容器製造会社から溶接や塩ビ接着の職人を求める引き合いが増えているのがその証拠だ。
いい加減に書いてはいない。「ハローワークインターネット求人」 で検索してごらんなさい、どの企業が今急ピッチで新工場を増やしているかが覗い知れる。
分業でパーツを作って行けば溶接やケミカルなど経験のないひとでも参加できるだろう、まさかフクシマの汚染水を貯蔵するタンクの一部を作ると知らされないままでね。
あのタンクは継ぎ目を極力少なくした超密閉タイプでなければ、同じ漏洩事故は今後も続く。
漏洩の度にそれをすくって別のタンクに移すイタチごっこを未来永劫続ける訳にはいかないだろうや。
まして対象は放射性汚染物質を内包した液体、大気解放状態ではそこにあるだけで外気を汚染し生命を脅かすのだ。
東電よ 政府よ 謝ったり愚痴っていてばかりでは発展性がない、ワシの意見を聞け!
タンカーを造れる造船企業の溶接技術と、東京大田区の継ぎ目を出さない金属へら絞り職人のワザを合体して円筒形のタンクを造るのだ。
縦置き横置きなんでもよい、溶接面の少ない宇宙ロケットのようなカタチでもよい、どうせ廃棄物を閉じ込めるだけなんだから。
そうだ、生命体の存在が否定されたと確認された火星に運んで置いてくるには宇宙ロケット型がいいなあ。
(ここ、冗談ですからね。念を押しておきますよ)
内部はホウロウ引きにする。熱で蒸着させる石灰ガラス質は接する汚染水が放射性物質とはいえ、低温ならば滅法安定なうえ凸凹に入り込んで溶接部分を守るからだ。
汚染水を入れたあとの栓だが、現行のフタの発想ではダメだ。
栓はネジに限る。
聞くところによると、フクシマではフタを閉めたと言うより乗っけただけのようで、おっかなびっくり作業している現場の心情はわかるが本気でやれ! と言いたい。
素手で触れるようなシロモノではないのだから人間が防護服を着てへっぴり腰でやっていたら失敗が起こる、すでに起きている。
最後の栓はネジコックだ。汚染水を通すホースの直径でよい、テーパーネジをロボットで閉めるのだ。
自動車エンジンのオイルパンのドレーンコックから漏れた事例は、締め忘れによるもの以外100年間ない。
ネジ締めロボットならそこいら辺の工場で普通に稼働しているではないか。
新技術も良かろうが、汎用技術の登用こそが未曾有の事態には意外に役に立つものなのだ。
大田区の町工場のへら絞りを見ろ、戦艦大和の波切り板・スペースシャトルの風切り板、さらにはスミソニアン天文台の反射望遠鏡のパラボーラに使われているではないか。
ワシの家のWOWOW用アンテナのベースは南部鉄器の大鍋ぞ。
最初に戻ろう。
「汚染水を溜めたタンクは漏れるものだ!」
この発言が数時間たってネットでどう扱われているか見てみたが、炎上も水柱も上がっていないのでがっかりした。
「傾いた地形の上にやむなく設置したタンクは5基を一組で運用。
底部がパイプで連結されており、山側の5番タンクから注ぎ入れた汚染水が谷側の1番タンクから順次満杯にさせるも5番にはまだ入るので注ぎ続けた。
やがて1番タンクのフタ部分からあふれ出た汚染水はこぼれ落ち、このとき置台とも言うべきコンクリート堰の外側(つまり地表上)に落ちて地面を流れ、海に入ったと思われます」
「なぜコンクリート堰の内側に落ちなかったのかと言えば、タンクが傾いていた分溢れ口の位置が堰の外側にまで競り出していたからです」
じつに解かりやすい、笑ってしまうほど解かりやすい。
ワシは笑いながら涙が出た。
コンクリート堰とはいえ、そーゆーモノは基礎工事をして型枠を組んで、生コンを流して造るものだろう。
素人だって水平は出すわなあ。
コンクリート工事をするなら5基のレベルを合わす土木作業などは基礎のキだろうよ、基礎工事なんだから。
こーゆーのをワシらは 仲乗りさん という、そのココロは‥木曽だっぺーっ!
地盤の制約がきつくて5基すべてを同一水平面に置けないと解かったなら、その5基をパイプで繋ぐかあ。
地形の傾斜に合わせてコンクリート堰の底を傾斜させて造るなんて、よっぽど情熱を傾けないと難しいと思うのですがねえ。
だからこの部分の東電の説明は明確に嘘だと解かる。
基礎工事などやっていないのです。届けられた汚染水用容器を山の斜面にただ置いて、転がり落ちないよう小石かなんかを下に当てがっただけなのです。
汚染水拡大防御のコンクリート堰なんて初めから無いのです。
コンクリブロックを置いて、隙間に砂を置いて写真を撮っただけなんです。もしかしたら別の容器の写真がニュースでは流されたのかも知れません。
正規工事をする、そんな余裕は彼らにはもう無いのです。防護服無しで出歩けるエリアはフクシマにはもう無くなってきています。
つまり日本国民にも、もはや猶予はないのです。
少し落ち着きましょう。
日本国の宰相が、事態はコントロールされている。日本政府は責任をもって終息に向け努力する、だから五輪大会は東京で。 と宣言しています。
アベさんはブレーンにも恵まれ、近年の宰相のなかでは特に秀出た力量を発揮なさるお方やから、ワシらが荷物をまとめて難民船に乗るのはもう少し待ちましょうや。
五輪に来る外国船を乗っ取れば、タダで南半球へ脱出できるかも知れまへんで。
ワシな、ニュージーランドに古い知り合いがおますのや。麻薬探知犬の John いいます、カニかまぼこが大好きなんや。
それにしてもやで、
最悪なのは乗っけただけのフタだ。
容器と呼ばれるモノのフタは乗っけただけではタダの日除けだがや。
日除けの隙間から汚染水は毎日蒸発して嵩が減る。それを狙って乗っけただけにして置いたとは思いたくはないが、汚染水に含まれているのは高濃度の放射性物質。
海以外にも大気中にも放散されてしまった。
そしてその量と環境への影響は 「ある」 という以外よく解からないままなのだ。
ニュージーランドに逃れたとしても、いずれ追っかけてくるわなあ。
かつて彼の地で夜半に南十字星を探していたら、ピカッと光って消えたのがスペースシャトル チャレンジャーの爆発事故だった。
原因は気密ドアの酸素漏れだったと機密文書にあったような気がする。
フタは閉めねばならん、そして締めねばならんのだよ。
昔からいうでないの 「臭いものと目に沁みるものにはフタ」 ってね。
「あまちゃん」 が終わって、新しく始まった朝ドラの め以子ちゃん だって大切にしている苺ジャムの瓶のフタを閉めまっせ、そしてちっちゃな手でちから一杯締めますやんか。
syn
ワシな ここ数か月のあいだ世間を避けるように こそーっと生きとるやろ、こーゆー暮らしもなかなかいいもんじゃ。
工房に籠ってチマチマと工作などして、つつましやかに暮らしておる。
かっこつけて言えば隠遁の暮らしやな。
買い物には行かん。
スーパーマーケットには不特定多数の目があるうえに、広すぎる売り場面積に対し出入り口が少なくて、しかも一度入ってしまうと出口までが遠い。
レジという関門もある。
その距離は自転車ならひと踏みじゃが、走って逃げるのはしんどい。
ワシ 脊柱管狭窄症なんよ、背骨に痺れの走るテロリストなんてかっこよすぎてシビレますなあ。
その原因はむかし砂漠地帯で受傷した爆裂弾の破片のせいや、ということにしてますのや。
駐車場は窮屈なうえに下手くそな軽乗用がへんな止め方をしていると、ワシのトランポはデカイので一発で公道に出らるとは限らない。
こーゆーところでトランポを楯にした銃撃戦など展開してはシロート衆に迷惑だ。
だから食料品の調達には近くのコンビニへ公園で拾った自転車に乗って行く、時間は明け方。
価格の割高感はあるが、冷えたビールとレンジでチンして貰った惣菜を一食分だけ買えば家の冷蔵庫やレンジは使わなくともよい。
塩分が多めの食品が多いこと以外はまあ気に入っている。
豆腐や納豆には醤油などかけない、塩気の多い惣菜と一緒に食べれば胃の中で調和されるじゃろ。
ビールさえ美味ければいいのじゃ。
明け方のビールはことのほか美味しい。
わが家から出されるゴミ袋の中味は、プラスチック容器とアルミ缶ばかりだから資源ゴミの日に出す。
不用なダイレクトメールや督促状、工作のメモ類といった紙のたぐいは小さく千切ってその日のうちにコンビニのゴミ箱に入れてくる。
宛名や個人番号の部分は剥がし取って工房のバーナーで燃やすのは習慣化された。
ワシは逃亡中の犯罪者というわけではないぞ、市民税や健康保険税だって督促状2回目までには払っておる。
いつまでも払わないでいると、市や県税の調査員が様子を覗いに来るからだ。
彼らに払う委託費でいったい何人の難民の子供たちが予防ワクチンの接種を受けられるだろうか。
ワシは早朝や深夜には工房から金ノコや電気ドリルやガスバーナーの音を出さんよう気をつけておる。
「キーコ キーコ」 「ガガガー」 「ガンガンガン」 「シューシュー」
こーゆー音やケミカル油の焦げるニオイが漏れ出ると、公安の捜査員が水道の漏水調査を装って様子を覗いに来るからだ。
だからってワシは Dr Zoo を主稜とするテロリストの一員などではないぞ。
自転車の強度を落とさず重量を軽減するために金属を削ったり孔を開けたりの工作はしておるが、パーソナル破壊兵器など作っておるわけではない。
体力の低下分を自転車重量の軽減分で補って、オキナワ Century Run の完走を目ざしておるんじゃが、軽量新型車を買えないから自分で作っておるだけなんじゃ。
だから米箱の隅をつついて米粒を探し出すような経済状況下であって、隅をつつくべき重箱はない。
重箱とは絢爛たる会津漆塗りの弁当箱を何段にも重ね連ねてあるから重箱というのだろう、一重(ひとえ)では重箱とは言うまい。
標題は 「重箱爺いの 隅をつつけば」 である。
ワシとこにあるのはコンビニ弁当のプラ容器がひとつ、いやはや ひとえにご容赦願いたい。
さてその一重の重箱爺いがプラ弁当をつつきながら 「んむ!」 と顔を上げたのが先日曜日の夜8時前のことだった。
この日は大阪府堺市の市長選挙があって、開票作業は午後8時から行われるとNHKのニュースが伝えていた。
そのニュースの末尾で、臨時ニュース的な扱いながら 「現職の当選確実」 の字幕が流れたのです。
続いてアナウンサーが音声で 「NHKの出口調査で現職の再選が確実となりました」 と述べ、
同時に歓喜の万歳に湧く現職候補の陣営の様子が中継された。
コレおかしくねーけ?
午後7時で投票は締め切られている。だから出口調査から各候補の得票を推計することは自由だが、この時点ではまだ選管は開票を開始していないし最終投票率の発表もない。
確かにNHKの出口調査による当確は、これまで外れたことがない。
だからって、選管が開票に着手していない7時台後半にそれをニュースで報道していいのだろうか?
これは報道のフライングではないのかと問いたい。
また、選管発表を待たずにテレビの当確予報だけで勝利宣言をして万歳を叫ぶ陣営に対しては、大人気ないと申し上げたいのだがいかがであろうか。
この時点で当確を確信あるいは入手したとしても、選管による開票の進捗と確定投票率からしての絶対の確度が得られるまでは発表を控えるのが報道の姿勢ではないのか。
また候補陣営も逸るココロを抑え、勝利宣言の準備をしつつ対抗陣営にも塩を送り、粛々とその瞬間を待つというのが正しい日本の選挙ではないのか。
ワシは大阪都構想や維新の会や道州制のことを言うつもりはない。
たまたまテレビを見ながらプラ弁をつつきつつ、今回の大阪府堺市市長選挙の当確発表を ”第二選管” NHKで目にしたのである。
重箱ならぬプラ容器の隅をほじくるような事象ではござろうが、わが日本の文化である美徳のココロについて瞬時思った次第でござるよ。
syn
前回の当欄にてわが俊水工房は方針転換を表明しました。
ちっとも売れない木工屋をいったん閉めて、本業であるところの <自転車で超長距離を行ってもへたれることなくモチベを維持し、快怪走をずーっと可能にする車体改装に係わる事業>
グレーカンパニーの定款みたいな言い回しのシゴトに本腰を入れる旨の宣言でした。
ターゲットは 「美ら島 オキナワ Century Run 2014 大会」 http://www.cocr.jp/
設計は31年前といささか古いが気骨のイタリアンバイクを房主自ら駆って、息は切れてもモチベ切らさず華麗なる100マイル。
完走は最低義務やが問題は時間、7時間半での美走完徹を目標にしたのや。
ションベン以外は止まらんどー。
なあーに ご心配には及びませんぞ。老骨とは申せ ひとムチくれれば ハイヨー! シルバー。
んん シルバー? やっぱり枯葉マークかあ。
<路上ションベン随時可> の許可シールも欲しいなあ。 ん お前もか キモサベ。
そーでねーべえ! ひとムチくれれば脱兎の如しだっぺよ。
おいおい、それを言うなら 稈馬の如し でねーの?
わかっとらい べらぼーめー! 稈馬はフェラーリのマークだから遠慮してダットサンにしたんじゃ。
何はともあれ工房内を自転車屋の雰囲気に戻さなければなりません。
木屑や木っ端の散乱した房内を片付け、木粉の降り積もった作業台や工具などを雑巾で拭いて大掃除をしました。
これからこの工房内には木粉でなく鉄やアルミの金属粉が舞うのです。
失敗作と放り出してあった未完のナイフなども埃を雑巾で拭い、前々回紹介したあの稀有な素材の白木材と共に箱に入れてワイヤーで天井に吊るそうとしていました。
天井からは替わって自転車用品を降ろすのです。
当工房は倉庫がないから空きスペースは有効に活用しないとワタクシの居場所がありません。
昇降ワイヤーはブレーキワイヤの古いのを再利用して作りました。この手動式エレベータはへたれ工房自慢の仕掛けのひとつです。
それはともかく、そのとき大発見をしたのです。
未完成のまま塗装されずにあったナイフの鞘と握りに <房変> が出現していたのです。
房変 ‥ こんなコトバはありません、ワタクシの造語です。
漢字通りに翻訳すれば <閨房での異変> ですからナントモ艶めかしいハナシでございます。
ただし、艶笑モノはワタクシが敬愛してやまない赤塚不二夫先生でさえ決して手を染めることのなかった禁断のテーマでございます。ワタクシごときにはトテモとても。
その手のおハナシなら、あの小沢昭一先生が第一人者でございました。
お二人とも故人になられましたなあ。 したらば‥ 先生亡きあとはこのワタクシが… 。
こらーっ! そーゆーハナシでねーだよ。
房変とはオラの工房で起こった摩訶不思議な現象のことだっぺー。
陶芸の世界には極めてミラクルな <窯変> というコトバがありますな、それに相当する木工房の突然変異を房変と呼ばせていただきました。
焼き物窯の窯変は、名人と称えられるご仁の窯に稀に現われる超自然の彩色美・熱と炎の奇跡と言われます。
滅多なことでは出現しない超レアな、それこそ神憑り的神秘ものなんですってねえ。
その ”変” がワタクシのもとに現れた。
とうとう ついに いよいよ やっと、へたれの偏執のと呼ばれ続けたこのワタクシの工房に創造の守護神が降臨ましましたのでございますよ。
ちゅーことは、ワタクシも名人の仲間入り? てへー 照れるなあ。
写真はマクロ撮影で接近撮りをしました、房変がお解りでしょうか?
磨かれた木部の表面に波のような ”しわ” が細かく浮き出ているのが見えますか?
何本もの木目の線と線の間に柔らくて小さな凸が並んで、板カマボコのように膨らんでいるのが見えますでしょうか?
写真の木口がギザギザに写って見えるのが凹凸の大きさです。微細なものですがトゲトゲしさは無く、クレープようの ”しわ” です。<ちぢみ> と言った方がよいでしょうか。
黄色に写って見えるのが凹に走る木目の線、ここが刃物で削ったときの元の高さです。対して白く見えるのが房変と呼ぶべき凸。膨らんでいます。
刃物で出したのではありません、ひとりでに凸んでいたのです。房変です。
それは、平滑に磨き込まれたこれまでの製品のものとは明らかに質感を異にしています。
握ってみれば手の平に吸い付くときの感触の違いが分かるのですが、写真ではそれが出来ません。じつに残念です。
その分は十分すぎる文芸表現でお伝えしましょう。
おまかせ下さい。ワタクシは余技に木工も自転車もやるマルチ爺いですが、その本性は文芸作家ですから。
握るとさらりとした感覚が気持ち良いのです、その効果は持ち重りを軽くします。
しっかり握らずとも滑りませんから自在に動かせます、長時間の細微なナイフィングにも疲れず楽しく取り組めます。
そしてなによりそのナイフの美しさにワクワクしてしまうのです。
作業しながらも時々掌を開いては、手元の道具に見入ってニンマリしてしまうのです。
それは道具と使い手との関係性において、これ以上なしの無上の良縁と言えましょう。
すべて申し上げました。素晴らしい文芸表現に作家自身が驚いております。
すべてワタクシの主観でありますが、万人に共通であることに違いありません。
もしも、万一そうでないご仁がおられたら、ご仁は刃物などを持たせてはならない超不器用人。こーゆーお人は無視のこころだ。それでいいのだ。
写真は房変を発見した時より二度、薄くうわぐすりを掛けて ”しわ” を定着させた状態で撮影しました。
うわぐすりの溶剤で ”しわ” が戻ってしまわないか? 塗料によって凹凸が埋まってしまわないか?
心配しながら見守っています。今のところ波状カマボコ房変は良好に保たれています。
あと3回ほど上塗りを重ねる予定です。行程の途中で通常行う”研ぎ出し”は行わず、このまま完成させるつもりです。
完成後は失敗作どころか俊水工房を代表する作風に出世する可能性が出てきました。
はじめに失敗と判定した理由は刃物部分の安っぽさからでしたが、木地部分はこだわり工房の手法通りにしっかり作ってあります。
鞘のなかに納められている刃は、折れて廃品となった工業用鉄ノコを知り合いの金型屋さんで貰い、グラインダで削って砥石で磨ってをくり返して仕上げた自作品です。
よく切れますが元が近代炭素鋼で造られた工業製品のノコギリですから、刃紋はありません。
燕三条の打ちものの切り出しと比べたら重厚さや存在感といった ”風合い” で勝負になりませんでした。
ナイフ刃の刃紋は付加価値というよりイノチそのものですからねえ。
逆に工業ノコに妖艶な刃紋があったら不気味でしょう。
また切削感も大事な要素です、木材に刃先を当てた瞬間に判ります。
ふっ と柔らかく入って しゅっ と進むのが燕三条なら、カッ と当って グッ と切れるのが近代炭素鋼。
どちらを好むかは諸人色々でしょうが、ワタクシは三条派。
ですから今回の写真にも近代炭素鋼の刃物部分は写らないようにしています、握りと鞘が立派に仕上れば KOBE STEEL(神戸製鋼)の刻印が残っていてもご愛嬌となるでしょうが。
偏執で古徹な職人は当初その冷徹無機なブランド刻印が気に入らず、駄作箱に放り込まれていたという訳です。
偶然とはいえこの失敗作の木地に ”しわ” のある握り感の工法を発見したことにより、ワタクシあと一ヶ月は木工屋を続けなければならなくなりました。
ナンテコッタイ べらぼーめー。 美ら島はどーするんじゃー。
まあまあ‥ 落ち着きなされ。
美ら島は日本固有の領土やから逃げないが、新工法の世界特許出願は1日の遅れで巨億の富を逃すでよ、スピードがイノチなんですじゃ。
団塊屋はん、とうとうワシにも運が回って来ましたでえ。ひと口出資しまへんかあ?
この房変、何によって出現したものか?
わが工房に期せずして棲み付いた不精酵母菌、あるいは植物由来のチェーン油に房主の汗が混じって生まれたビフィズス菌へたれ株の妙なる作用。
それとも 「名人よそろそろ目覚めよ」 という創造神のご啓示。
んなワケない ない、答えは木粉の埃を拭いたときの濡れ雑巾から供給された水分です。
乾燥しきって水気を欲していた木材表面は、僅かな水分が与えらた瞬間から面白い動きをします。
ワタクシはその瞬間を見てしまいました。
日本中に木工屋は大勢いるでしょう、見る機会は平等にあったはず、でも 「コレ使えるでや!」 と見たのはワタクシひとりだけ。
古来、木を生活の道具・材料として用いてきた日本の先人達を含めても、コレを 「コレや!」 と見たのは、なーんとワタクシひとりだけ。
だって、この手法で作られた製品は家具にしろ手道具にしろ、これまでなかったもの。
なーさん あんた知ってるけー? 見たことあっかやー? 正倉院の宝物殿にこんな細工の太刀があったかあー? ないべさー!
これは日本の木工文化の新しい黎明なんや。ヌーベルバーグなんや。えらいこっちゃで。
さて、タネ明しをします。なーさん あんた箝口令は知ってるよね。
企業機密に属す事項が含まれますから、これより以降は知り得た情報の取扱いに厳重な注意を願いますぞ。
雑巾が触れて水が木地の繊維に浸みた瞬間、渇望した水をさらに得んとして木は組織をプッと膨張します。
このとき木目の筋部分とその間に挟まれた木質部とでは繊維密度の違いからリアクションに差があるのです。
膨張率の違いと水吸収開始時間に百分の一秒ほどの差があることが分っています。
なんてったってワシ見たんやから。
木質部が先に伸びて比較的硬い木目の筋は置いて行かれるが、筋にくっついている木質端部はくっついているが故に中央ほど伸びられない。
これがカマボコ型に形成される妙なんですわ。
雑巾が去り、時間が経過して水分が抜けてゆくときは膨張した筋が内側で踏ん張っているので木質部は初期位置まで戻れず、カマボコ状の波が残って房変が生成されるっちゅうワケや。
水分が抜けて乾燥したカマボコ中央部には空気が入り込んで内外気圧差を打ち消します、ですからからここで房変は完結するというワケです。
内部の空気が見た目より軽い握り感を演出するのです。
塗装しないままの木質部はフカフカして頼りない。そこでうわぐすりで空気の出入りを遮断するのと同時に握りと鞘としての強度を保証して完成です。
こーんな簡単なコトなんです。
これまで誰もやらなかったことが不思議です。
サンドブラスト法や強アルカリ液に漬けて木質部だけを溶かす工法も考えられますが、いずれも木質部が凹みます。
当工房の新工法では木質部が凸るのです。画期的やおまへんか? おますやろーっ!
子供の頃に通った小学校の古い木造校舎。明治期に建てられて以来百年、反り返った杉板が互いにがっしりと食いつき合って風雨をしのいできました。
その杉板の表面に房変と同じ原理の凹凸が出来ていて、とても綺麗だった。
机でじっとしているのが不得意だったボクは、床を這い回っては先生から教室の外に追い出されるのが日課でした。
古びた杉板に寄りかかって節穴に鼻くそを押し込んだり、ざらついた木目の模様を指でなぞって遊んでいました。
風化して凹んだ部分を舌で舐めると、少し膨らんで高さが変わるのが面白く、校舎じゅうの杉板を舐め回して 「なめくじ俊ちゃん」 といわれたものです。
統廃合とやらでとうに取り壊されたと聞きますが、木造校舎の外壁の杉板に刻まれた風化の跡がワタクシの房変マジックの原点だったんですねえ。
校舎の外構に使われた木は乾燥と含水を繰り返しながら紫外線に焼かれるうち、より硬い筋部が残り木質部は減衰して風格・風合いを醸していたんです。
風化の板は舐めるとホコリ臭い日向の匂いがして、美味しくはなかったけれどなんだか好きだった。
当工房の房変は風化の逆手で、柔らかい木質部を浮き立たせています。
それが握ったときの気持ち良さを演出しているのです。
一瞬の含水で木質部を浮き立たせる手法では含水時間の妙が決め手となります。企業秘密の特許出願準備事項であることは言うまでもありません。
当然ながら水もタダの水ではありませんぞ。
七夕の日の早朝に里芋の葉に溜まった水滴を亀の甲羅に集め、ズイキの茎を搾った痒い汁を加えてさらに恐山まで運び、イタコの祈祷力で神力法力の双方を授かった宝水なのです。
この辺りの記述はおよそデタラメです、企業秘密ですから簡単には開示できません。
特許が認められたアカツキには ISO 20201−B あたりで明らかにしなければなりませんね。
正直に申し上げましょう。房変は偶然でした。
それに気づいたとき、ワタクシの製作の常で 「奇をてらって」 駄作入の箱から引っぱり出し、うわぐすりを掛けてみたのです。
時間が経つにつれ、仕上りに近づいて行くにつれ、木肌に現れた房変の ”しわ” が醸す気配の上品さはどーでしょう。
ひょうたんからコマというやつですかねえ。
それより懐かしさに泣きました。
ワタクシ半世紀以上前の悪ガキに一気に戻って、手に持ったナイフを舐めました。当然です。
樹種が異なるから凸凹感は違うけれど舌が憶えていました、杉板のでこぼこです。幼時のときからワタクシは職人だったのですねえ。
うわぐすりが効いて房変は定着したことも確認できました
こーゆーのも茶道具でいう ”景色” と言うのでしょうか。
定規で画一に引いた ”しわ” でなく、天然の木目の並びに従って粗密が順不同に並んでいるところなど、けれん味がなくて良い景色と思うのです。
そのように自讃しています。
当工房の房変は水分で木地が膨らむ膨変を利用したものでした。
登り窯の窯変は釉薬に熱の灰と炎風がかかって稀に起こる奇跡の景色です、その壮絶なる景色を <かまへん> と読む輩が多くなった当世では、
膨変が房変でも かまへん やろ。
特許については樹種を変えてもう二三本あるいはもっと作り、技術の確立を証明しないと出願には至らないと思います。
でも仕込むべき刃物がもうありません、KOBE STEEL が最後の刃だった。
だからといって、木片だけのテストピースに ”カマボコしわ” を発生させて標本とする、というのはワシ好かん。
ワシが作っておるのはナイフや。刃の無いナイフなどよう作れんわい べらぼーめー。
よーけ切れる刃を鞘に出し入れして、脅してすかすと木の方もあきれて変質してくれるんじゃ。
砂鉄を集めて炭火で溶かしてハガネを作る前に備長炭の炭焼き修業に行かねばならんがもう夕暮れじや、まずは駅前横町の焼き鳥屋へ行こう。
おわり
なーさん ヘンシュウ長のコメント。
ボクもやってみました。
縦に木目のある割り箸を布巾で拭いてみたのですが、なにも変わりません。
そらそーです、ラーメン食べていて割り箸に膨変が起きては なると を落として呆然しますわな、呆変です。なるとなると。
名人の話しでは、その前に100時間ほど磨きこんで木目の筋に成長ホルモンを呼び覚ます刺激を与えておくことがポイントなんだそうで、その辺りも特許項目なんですと。
偏執者でないと出来ませんなあ。
なんと磨きには撞木鮫(シュモクザメ)の腹側の皮と熊笹(クマザサ)を使うのだそうですよ、どんな種目でもいいとは言っておりませんでした。
衆目も驚く変質者ぶりでございます。 < 合掌 >