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おしぐれ俊ちゃんの ロード歳時記(3) 四度咲き桜 弐
2013/11/01

お店は何代も続く造り酒屋といった佇まいながら、重厚過ぎない外観の雰囲気がワシら軽薄二人組の背中を押してくれた。
店内に入ると印半纏を着た女性がひとりいたのでさっそく案内を乞うてみた。

ワシらのうち少なくとも一人は年に四度も咲くという不思議な桜への学術的興味は少々、じつは地酒の試飲が来訪目的の大半というミーハー的ココロ。
しかもアポなし到来者だから断られてもしかたがない。そのときは一本買ってあっさりと退散しよう。
見渡すと数種の酒瓶が棚にならんでいる。菰(こも)の樽も置いてあるが、赤い漆塗りの祝儀用ツノ樽に歴史を感じた。

子供の頃、村内で祝儀があるたびワシは稚児役を頼まれて赤いツノ樽の酒を三々九度の神器に注いだものだ。大半は畳の上にこぼれたが ‥。
当時100年にひとりの神童、と謳われておったワシだから祝儀の際には必ず呼ばれた。神酒を吸った畳は縁起が良いと上座に移し替えられるほどだった。
神童やで、酒呑童子より格上だがね。
そのときに対のおなごの稚児役をつとめた鼻垂れ娘が、後年ワシのふたりのムスメたちの母親なのだから人生とは分らないものだ。
そうだもう一本買って、元鼻垂れ娘が元気でいるか届けてやろう。 ‥ ツノ樽を見て、神童改めへたれ拝命後の数奇な歴史を思い出してしまった。

各地の造り酒屋とは大体こんな感じだろうか。多くを見たわけではないがこれが正しい田舎の酒屋、そんな気がする。
酒屋独特の匂いというのだろうか、蒸した米と麹と樽木の匂いの混じったような空気が流れてきた。
今は新酒の仕込みの時期、奥では忙しいのだろうが店頭はひっそりしていてドタバタした処がない。
店内は広いが商品をにぎにぎしく並べ立てていないところも実によい。

しばらくして品の良い老人があらわれた。
和服姿なのだがなんという着物かわからない、しいて言えば黄門様の旅支度のようなもんぺの裾を絞った着物。ただし色調は極めて地味で、袖なし羽織にはポケットが付いている。
それに足元は短いソックスにサンダルなのがとてもよい。

「よく来てくなすった。 ほーけ 自転車でなや、 遠くから来たんけ? 
なに 隣り町から、若い人なら15分の距離を1時間かけて そらー えらがったなや」

先代蔵主という老人はサイクルウエアにヘルメットというワシら二人の出で立ちに初め驚いた様子だったが、「四季咲きの桜を見たい」 との申し出ににわかに好顔となった。
木々は紅葉から落葉となる深秋のこの時期に、桜を見に来たと平然と言い放つ珍客に好顔となる爺さんとは、これはただ者でない。

「ほーけ ほーけ ”桜を飲みたい” ではなく “見たい” とな。
ほーけ 嬉しーなあ そーゆー お客は40年ぶりだでなや。 
これ お春、 社長に言ってな スーパーグランド四季の桜 オールド40 を出して貰いなさい。

ほーしてな お春、 えーが  こちらのお二人はな、ただのお試し飲みの客ではないぞ。
あの桜を訪ねてお出でなったんじゃ。儂の客じゃと言うておけ。
それからな、簗場に電話して子持ち鮎を焼かせろ。うす塩で姿よく焼けたらすぐに隠居所へ届ろとな」

孫なのかお手伝いなのか分らないが、やはり上品なその女性が電話を掛けている間に老人は先に立ち、ワシらを案内して工場敷地の奥のほうに歩いて行く。
思わぬ厚遇にびっくりしながらワシらはその後ろをおずおずと、庭の飛び石伝いに自転車を押して付いて行ったのです。
背中のリュックに里芋の煮っころがしの重箱が入っている。レールマンの奥方が肴にと持たせてくれたものだが、今さら言い出せない雰囲気になっている。

酒屋へ試飲会に行く亭主とその仲間に、わざわざ里芋の肴を持たせて送り出す、そーゆー発想は今時の奥方にはないぞ。こーんなんは江戸落語の長屋のおかみさんだ。
レールマンの長い単身赴任中、奥方は三遊亭圓生のDVDを見ながらポテトチップスをポリポリやっていたに違いない。
ポテトも芋だ、里芋の発想はここにあったのか。やはりただ者ではない。

それにしても里芋がこれほど重いとは思わなかった。
アフリカではタロ芋やヤム芋を粉末にしたものを持って走り、川の水で練って焚火で焼いたナンを食ってエネルギーとし難を逃れたが、これ程は重くなかった。
ニッポン里芋は煮っころがしたときの出汁や砂糖と醤油で質量が増えたのかも知れない。カロリー高そうだし芋の炭水化物は長距離の助けになる。
粉末にして焼き固め、ショ糖とナトリウム塩を最適配分すればスポーツ エネチャージには最適食品となる可能性があるが、やはり野におけ里芋は 酒の肴がよろしかろう。
そーんなもろもろを思いながら老人の後につづく。

一方相方のレールマンは何も背負っていないくせにやたら遅くてママチャリに抜かれても平気。発奮ペダルなど踏まないことがたっぷり1時間かかった理由だ。
抜いて行ったママチャリは今頃きっと友達にスマホで自慢していることだろう、
「あたしさあ さっきね、土手を自転車でダメ犬の散歩させててさあ、カッコだけのノロ亀ロードを二台もブチ抜いてやったのよー。すごいでしょう。
ダメ犬はね、あたしの猛ダッシュに必死こいて付いて来てヘタレたのね、小屋で寝てるわよ、へへーんだ。これ犬の写真」

もろもろの諸因となったノロ亀の奴め、桜の木を探しているのかきょろきょろと周りを見回している。

それに気づいた老人、立ち止まって声をかける。
「桜はねえ じつは 枯れました。 かれこれ40年になりますかなあ、惜しいことをしました。 ほれ そこの井戸の向こうに小さな塚がありますじゃろ、桜があった処です」

「ひええ〜 枯れたあぁ〜! もう無いのですか? こどもの木も?」 
塚に駆け寄るレールマン、手放した自転車が庭の砂利の上に倒れて音をたてた。

「あの桜はねえ、実を付けんかった。だからこどもの木はない。
さくらんぼの代わりに夏に薄紅色の繭がようさん下がってなあ、遠目にはそれがな、それはそれは美しい木の実のようだった。
けんどそれは桜の実とは違うものだったのですじゃ」

「ひょえー 薄紅色のまゆー! そっ それ、それ、もしかして天山の緋天蚕?」
塚の柵につかまったまま振り返ったレールマンの目玉が飛び出ている。
サイクルショップに行く途中の100円ショップで買った老眼鏡がこれほど似合う男も珍しい。

「ほうー オメさまも天蚕を‥ ほーけ ほーけ やっぱりなあー、 桜を見たいと聞いたとき儂はそう思った。
嬉しーのおー そーゆーお客を待っていた。 40年ぶりじゃ、今日はその話をゆっくりといたしましょうぞ。 さーさ 入ってくだされ」

このふたり何の話をしているのだろう、てんざん だの ひてんさん だの業界用語を使いやがって。
ワシは四季の酒の話しと、その現物に早くお目に掛かれれば幸いだというのに。

招じ入れられたのは飾り気のない離れの茶室、といった感じの老人の居宅だった。
家業の酒蔵を倅に譲ってからはここで鬼怒川の伏流水が湧く井戸の番をしながら、土手の上を旋回するトンビを眺めて四季の歌を詠んでいるのだという。

奥様を先に亡くされ、手伝いのお春さんが母屋から運んでくる食事のたび倅の仕込んだ酒を含んで味と香りが継承されていることを確かめるのが唯一の仕事だと笑う。
老人の丈夫な足腰と肌艶の良さは酒の良さの証明であろう。

「あのー 酒は口に含むだけですか? 飲まないの?」
レールマン、野暮な質問をする。

「ふぉー ふぉーっ ふぉっ、 飲んでおりますとも、吐き出してなるものですか。
酒なくして何でおのれが桜かな。 四季桜 命名の由来を守っておりまするぞ」

「すると何ですか? 銘柄名の四季桜と四度咲きの桜とは直接の関係はないと言われますか。緋天蚕はどういう位置づけに?」
レールマン、すがりつくような目で老人を見つめる。 桜オタク がんばれ! と応援したくなる。声にした ひてんさん とはナニ?

そのときお春さんが声をかけてきた。
「皆さん お支度が整いました」
庭の芝生にテーブルが出されて酒器が並んでいる。気持ちの良い秋晴れの好日である。

簗の川漁師が鮎の塩焼きを届けてきた、鮎の刺身もある。
店の番頭さんが酒を運んできた、なんと懐かしい二升瓶である。

「これはこれはお世話をかけましてありがとうございます。屋外での利き酒にはぴったりの日和でございますな」
お世辞でなく本当にそーゆーシチュエーションなのだ。来てよかったと思った。ひてんさん など、どーでもいいではないか。

思いが通じたのかお春さんも番頭さんもにっこりとして、
「利き酒じゃありません、会長は本気飲みでと申しております。 こんなことは珍しいんでございますよ、ごゆっくりと召し上がれ」

酒はコルク栓の口金に針金の金具が付いて、それが瓶の口に一体となっている古風な瓶に入っている。平成になってからは見ることがなくなった二升瓶である。
ラベルはないがこれが スーパーグランド四季の桜オールド40なのか。
そんな名前の四季桜は聞いたことがない、店頭には並ばない身内での符牒なのだろうがなかなか洒落たネーミングだ。

ワシは期待感よりも緊張感で震えそう。安易にタダ酒を飲みに来た自分を恥じております。
レールマンは元来が恥知らずだから四度咲き桜の研究をころり忘れて、まづは四季の桜を探究する顔つき。
さっそく戴くことにしました。

二升瓶はずしりと重い。常温よりやや低めの温度。
薄い色味のついたオールド40。中振りの江戸切り子のグラスに注ぐ。
しばし 香り立つ。

美味い。

他に言いようも書きようもない。それほど美味いのだがそれでは余りに芸がない。
ワシがんばって書く。一応は文士ですけんね。

<たちまち楽しくなった。何がってココロとカラダがです>
うーむ 素晴らしい表現だ、簡潔にすべてを表している。文士合格。

ちなみに創業二代目が詠んだという歌碑が庭にあった。
<月雪の友は他になし 四季桜>

やはり桜と酒とを同義語としているようだ。自然と共に酒もまた友 と高らかに詠っている。
三歩さがって文士平伏。

麻薬や媚薬やドーピングは非合法かつカラダに悪影響だが、美味い酒は合法かつカラダに良い。そのうえタダ酒はこのうえなく財布にやさしく、マインドの高揚にとても良い。ペダルも舌もよく回る。
だがタダ酒のなかには酷いのもありましたよ。

おととし招待された某自転車団体の忘年会で、某温泉の観光ホテルの宴会の酒、アレは妖しかった。
翌日の朝食に起きて来られた者は皆無だったし、昼近くなってチェックアウトで追い出され、クルマの屋根の自転車を降ろすこともなく全員が山を降りたのだった。
ワシだって酒の味くらいは分る。分るがあのときは妖しいコンパニオンに乗せられて、勢いで飲んでしまったのだ。 べらぼうめー。

ワシの内面の雄叫びが表情に現れたか、老人もお春さんもさらににっこりしている。
レールマンもすっかり気分よくなっているようだ。
唯一の問題はワシら帰りの足をどうするかだが、そーゆー配慮は口八丁 筆八丁の作家にまかせて今日は大いに飲もうじゃないかご同輩。

「おしぐれさん この前、ボクの見舞いにと持って来てくれたのが四季桜だったね、あれどーした?」
「どーしたもなにも、あんたが軽のドアにドアーっとなったのはコレが起因だって怒るから、おかみさんが台所に持って行ったよ。里芋を煮るんだって」
「それはいかん、料理酒などに使われてはモアもったいない。神棚に祀ってからしかるべく頂戴すべきだ」

編集注: この辺りの諸事情は バックナンバー 2013/10/17 (四度咲き桜 壱) を参照のうえご納得のほど。

ころあいをみて老人が話しだす。

「銘柄名の四季桜とはあの歌碑の通りですじゃ。
詠われた明治の中期にはのう、お訊ねの桜はまだこの庭になかった。歌碑の桜は雪月花、日本の文化イメージとしての桜と思っております。
お訊ねの四季咲き桜と呼ばれた桜は明治の終わり頃に実生で生えて、大正を経て昭和の後期までここで咲いていたんじゃが、最期は儂が見取った」

「ひええ〜」
レールマン 頓狂な声をあげる。

「お二人にはの、今は枯れてしまったが当家に咲いていた不思議な実生桜、四度桜のことなどをこれからお話ししてみたい。ぜひ聞いてくだされ。
とは言ってものう、桜を育てた先々代の爺さまから儂が子供のころに聞いた話のリメイクだでの、飲みながら話し 聞きながら飲むのがちょーど良い話しですのじゃ」

「ひょええ〜 ボイスレコーダーを持って来なかったあ〜」
レールマン 失礼な悲鳴をあげる。
こーゆー話しはオフレコが鉄則なのだ。いーや 鉄血の掟というべきだ。

ワシは手に持っていた切り子グラスの残りをグッと飲んでからそっとテーブルに置き、両手を膝の上に置いた。それが文士のタシナミというものだ。
飲み下した歴史の酒がはらわたに沁みていった。

syn

四度咲き桜 参 につづく

おしぐれ俊ちゃんの ロード歳時記・ ジャパンカップ速報
2013/10/21

雨の日曜日にワシは大切な数少ない読者あてに台風避難情報を書いて送っていましたが、その間にも本県一の名坂 古賀志峠では冷雨をついてジャパンカップ サイクルロードレースが決行されていました。
貼付の写真は地元紙 「下野新聞」 の本日1面です。
雨に煙るスタート直後の登りを正面から撮影した写真。この一枚だけですべてを物語る傑作と思い、新聞を写真に撮って添付しました。

すでにレース結果はwebで紹介されているはずですから今さら「速報」というのはおこがましいのですが、この写真は下野新聞にしか載らなかったと思います。
地元記者の渾身の一枚、そう言ってもいいのではないでしょうか。
5時にコンビニへ走って行って各紙見た中で最高のショット。いつもは立ち読みなのに思わず買ってしまった新聞です。

死闘… 雨の古賀志   とあります。

雨の中のレースがどれほど辛いものかはよく分ります。

濡れて冷えた路面はスリッピーなうえ、前走車のタイヤから砲弾のような水射撃を受けて前が見えない。
それでも遠来の欧州勢は慣れない日本の峠を加速して行く。

プロなら当たり前、そんな評価が消し飛んでしまうほどの下りコーナーに、猛然と突っ込んで行く彼らには鳥肌です。
事前の練習走行をそれほどしていないにも拘らず、ブラインドのコーナーでブレーキから指を放せるなんて彼らは天才。

新聞の本文から引用です。
「雨と寒さが世界のトップレーサーたちを苦しめ、出場した17チーム84人のうち、完走したのはわずか39人だった。サバイバルレースを制したのは、終盤に飛び出したマイケル・ロジャース(33)豪州、
チームサクソ・ティンコフ。2位に44秒差をつける4時間25分0秒」  以下略。

天候のコンディションが劣悪だった昨日だったから、落車棄権の者もあったでしょう。
次週の 「埼玉版 ツール・ド・フランス」 を控えて、今は怪我はできないとの判断もあったでしょうよ。
だが、周回に遅れ終盤での挽回は遠い、との理由から途中棄権した大多数の日本人選手よ! 喝じゃー!

先の 「サイクルエイドJAPAN」 で、抜かれても抜かれても前を向いて走っていた老ライダーのいたことを思い出せー!

syn

おしぐれ俊ちゃんの ロード歳時記(台風号外編)
2013/10/20

桜オタクの元レールマンとふたりして 銘酒 「四季桜」 の蔵元を訪ねるべく、鬼怒川土手のロードをノロノロと走って行ったところまでが前回でした。
今日はその続きを書く予定でした。

渋めのお茶を用意していると作業場のテレビが(書斎でなく作業場の‥とするところが奥ゆかしいですな)日本近海の台風情報を伝えていて、その数値が大変なアタイなのです。
これは安穏と 「四度咲き桜の謎」 など書いてはいられない。
当欄でも番外編を出し、数億いや数人といわれる読者にいち早い緊急避難の号外をリリースするのはメディアマンの務めであろう。

どれほど大変かというと。
10年に一度の巨大台風といわれ、先週伊豆大島付近を通過して多数の死者を出した台風26号では、フィリピン東海上を北上しながら勢力を強めたときの中心気圧が940hPa 半径150kmと報道されていた。
来週にも日本に接近し影響が懸念されている台風27号は、その勢力が先の26号よりさらに大きい。20年に一度 いやそれ以上だ。
そして恐ろしいことに26号と同じような進路コースを取って東海から東日本を覗っている。伊豆大島や神津島が進路上にある。

台風27号の現在勢力は、中心気圧910hPa 半径200kmとテレビが伝えている。
雨風共に猛烈・最大級との表現だ。

前回の土砂崩れが海まで達せず陸内で一旦止まっている地域では、大量降雨と暴風によりそれらが再び崩落・土石流となる危険性がある。
幸いにも被害を免れた他の地域でも、すでに下地はできているから油断はならん。一気な甚大災害の起こる危険を予測すべきである。

もしかしたら なんかじゃない! 100年に一度クラスの超弩級・ヘビーワンのモンスターなのだ。
みんな逃げろ! 遠くまで逃げろ! 自転車で逃げたのでは掴ってしまう、電動アシスト付きで逃げろ!
青空が戻ったときに無事でいたなら、あの時計台の下で逢おうじゃないか。

ワシは気象庁や国交省・災害庁のアタマを超えてモノを言うつもりではなく、メディアマンとしての責任から早目に逃げろと号外をリリースしています。
逃げろと言ったって、何処へ どーやって 逃げればいいのか強制はできませんし、すべも持ちません。
号外編リリースの送信ボタンをポチッとしたら、自身は満足して一杯始めようかと あとはNHKに任せようかと そーゆー了見の処です。

ところで読者諸氏は27号の910hPa /200kmが 26号の940hPa/150km よりどれ程大型なのか想像がつきますか?
テレビの気象予報士は 「猛烈に大きい」 としか言わないから解かりませんよね。

解からなくて当然です。
今の日本の大人は 「hecto Pascal」 = 「ヘクトノッチ な パスカル」 が解からないのです。日教組の責任です。

いますぐ命に係わることですから憶えておいてください。
解かりやすく動物の大きさにたとえます。
普段の秋にしょっちゅう来る 「並みの台風」 を野ネズミの大きさとすると、26号はアマミウサギ、27号はアジアゾウの大きさ。破壊力は10万倍です。
気圧が10hPa下がると10×支配面積の√二乗倍にエネルギーは増幅するのです。定説です。

逃げたくなったでしょう? 
この意識改革の功績でワシは民衆を台風から守った偉人と称えられることになるのだが、列島の東西幅が狭くて逃げ場がないから全員を救え切れないことが心残りですじゃ。

どーゆー計算かというと。
ワシらが小学校のころに習った圧力単位は 「kgf/cm二乗」 でしたが、こと気圧に関しては 「mmHg」 だったじゃないですか?
大気圧の重さはガラス管の水銀柱(Hg)の高さに換算すると760mm、思い出しましたかな。
これを最近の子供らには 1013hPa と教えています。ISOの空騒ぎ以降のことです。

そこから上を 「正圧」 あるいは 「高気圧」
それより下を 「負圧」 あるいは 「低気圧」 と呼んでいます、ワシらの昔でもそうでした。

ガラス管の一端にゴムのポンプをつないで手動でペコペコやって、760mmの倍の1520mmまで水銀柱を吸い上げたとき、その時のチカラを 「−760mmHg」 と言います。
地球の重力を無視すれば、それが真空です。

でも、まだどれ程のチカラか解かりませんね。
ドクターの使う血圧計のゴムホースを口で吸ってみてください、大人が思いっきり吸って 「−140mmHg」 程度です。
気をつけてくださいよ、直接水銀を口内に含んだり蒸気を吸ったりしてはいけません。特に子供はいけません。
ワシは小学生の頃にやってしまいました。50年で毒素は抜けると言われていましたが、どーなんでしょうかねえ。

平時の大気圧を1013hPaとしているのは先に書きました。
ここに台風27号が来ると1013−910=103hPa 分の気圧が下がります。mmHg 換算では77.25mmHg のマイナス増となります。
つまり低気圧です。この低気圧エリアに向かって周りの空気団が引き込まれると風が起こり、台風風となるのです。

大人が思いっきりホースを吸うときの半分強のエネルギーですが問題は、人間と違って何時までも吸い続ける持久力とそのエリアを大きく持つことなのです。

半径100km以上もある大きな和太鼓のなかの空気を、そのエネルギーで吸い続けたら太鼓の皮は910hPaになるまで内側に引かれ続けますよね。
静かに引かれているだけならどうということないのでしょう、でも地表には様々な地形の凸凹があるから空気の動きはうねりを生じぶつかり合って、大きな太鼓の中は風雲嵐の中の様相となるのです。

台風27号と26号のhPa差は30hPaです、mmHg換算では22.5mmHg 分だけ27号のほうがマイナス側に大きい。
−22.5mmHg の差ってどれ程のものでしょう?

チューした唇の端から空気が漏れて、無念にも唇が離れてしまう。急いで吸い直した。唾液がチューっと音をたてた。
そんなときの負圧感でしょうかねえ。
ただしその唇が100キロメートルもある魔女の唇だったら、スケベな酔漢オヤジなどたちまち呑みこまれてしまうのではないですか?

日教組のストライキに阻まれて科学をキチンと勉強してこなかったオヤジ諸氏よ! 
感心などしておらんでもよいから一刻も早く妻子の手を引いて逃げることに関心をお持ちなさい。
つてを頼って200km圏外まで逃げるか、庭に深い穴を掘って地上より退避するのです。

静かになって地上に出てみたら、なぜか猿が支配する惑星に立っていた。
驚いて歩いて行くと流砂に乗り上げたノアの方舟があって、つがいの山羊やアヒルやワシの若いころに似た青年とLadyガガ似の女性が降りて来た。
遠くの丘に片目をつぶった自由の女神像が自転車に乗ってあらわれた。
風は吹いているが1気圧の気持ちよい風だ。

ここはもしかして、かつて地球と呼ばれた星ではないのか ‥。

syn

おしぐれ俊ちゃんの ロード歳時記(2) 四度咲き桜 壱
2013/10/17

「止まっている軽自動車のドアは突然開くものだ」

ワシら自転車乗りにとっては30年も前から定説となっていることですが、
元JR鉄道マンの彼の脳ミソには、「プッシュー」 と鳴ってから平行に動いて車体の内側に収まるドアの動きしか擦り込まれていなかったようです。

サイクルロードまであと少しという環状線で前方に止まった軽のドアが急に開き、避ける間もなく見事に突っ込んだ彼は病院へ運ばれる救急車の車内で 「ドアが ドアって ドーアっても ドアに ドアーっと」
訳の解からん5段階活用を口走っておったそうです。どーやらアタマを打ったようですなあ。
だからヘルメットを被れって、ワシのお古を渡しておいたのに‥。

病院に一晩泊って家に帰れた彼を見舞いに行ったのです、「四季桜の上撰」 を一本持ってね。
「おまん 嫌みか! なにも 「四季桜」 を見舞いにせんでもよかろうに、「黄桜」 と替えてこい」

額に田んぼの稲の切り株で付いた剣山型の傷があるだけで、骨折などしていないそうでよかったが、主因はワシにあると言わんばかりの不機嫌さなのだ。
自転車で行こうと言ったのはたしかにワシだが、そもそも四季桜を見に行こうと言い出したのはレールマン、あんたやないけ。
自転車行の約束は来週のことだ。この日彼は細君のママチャリに乗ってひとりで出かけ、ドアに ドアーっと ドアったのだ。

今日のところは怪我人に同情しているふりをしてやろう。それが一番の薬だ。
「そらー 痛でがったなあー」
それにしても切り株で目を突かないでよかった、鼻の付け根の傷はメガネのノーズパッドの痕だろう。

事情を知らない奥方が一升瓶とワシと旦那の顔を三角形に何度も見廻して、「お燗しますか?」
それを制してワシは大急ぎで酒屋へ取って返し、「天翔」 を二本買って汗をふきふき戻った。
見舞いに行けば酒になることは行く前から分っていたから、ワシは歩いて行ったのです。

病人にしろ怪我人にしろ、こーゆーときには我儘な理不尽男になるものである。
桜にまつわる酒にして機嫌を損ねたから、今度はお目出度い「天翔」 にしたんです。

ビールの用意がしてあるちゃぶ台を前に座った彼は、星一徹 を爺いにしたようなむつかしい顔をして床の間に置いた 「天翔」 をジロリ見て、
「おまん! おれが軽のドアにぶつかった後に、宙を飛んで田んぼに落ちたのを見ていたのか? 天を翔ぶ酒とは出来過ぎたハナシだ。
しかも二本も、もう一度ぶるかる という謎か!」

どーも稲の切り株にぶつけたアタマが復旧しきっていないようです。子供のような因縁をつけるのはJR北海道が叩かれている意趣返しのつもりなんでしょうか。
ぶつけた切り株には、具合よくサッポロ ビールの空き缶が挟まっていたのでしょうかねえ。

「なぜまた急に自転車なんか乗り出したんでしょう? 後続車に轢かれてわたしのママチャリはペッチャンコです」
「いやー奥さん、申し訳ない。近々に二人で自転車で 四季桜 の工場見学に行こうと話してましてね、それで自転車の練習をしていたのでしょうなあ。
私は安全なサイクルロードまでクルマで運んで、そこから出発するつもりでいましたが練習に環状線を走るとはねえ」

彼は憮然とビールを手酌で飲んでいる。メガネを田んぼで失くしたのか注ぐビールはコップに届かず手前にこぼれる。
コップを取ってビールを受けてやりながら、
「当面出かけるのはやめよう、四季桜は家で飲むに限る」

入院中の昨夜はもちろん禁酒だったから二日分を飲む勢いで彼はビールを空にして、
「そーはいかん。四度咲きの桜の謎を突きとめ、しかる後に蔵元で振る舞われる蔵出し新酒をいただくのが酒飲みの本懐。そう言ったのはおまんじゃないか。
今日明日は無理でもあさってには行っみないと桜は散ってしまうかも知れんぞ。ここは這ってでも行って、おれの永年の仮説を証明し、しかる後に鎮魂の新酒を飲まん」

レールマン、だんだん調子が戻ってきたようだ。
「あんた、そげな 大げさなもんかね」

「そーともよ。二度咲き桜は時々見るが、四度の桜は伝承話でしかなかった。おれはその真贋を見極めたいと願い続け、単身赴任の山里時代から定年するのを待っていたんだ。
家に帰っておまんに連絡したら、「四季桜」 という銘酒があるというじゃないか、おれには神の声に聞こえたぞ。
わくら葉と開花の因果関係を結ぶ一本の糸、山繭毛虫の存在の仮説を実説として証明するのがおれのライフワークだ。
おしぐれさん 今しかないんだ。花が散ってしまう前におれを其処に連れて行ってくれ、頼む」

元ローカル鉄道マン、はやくも酔ったか痛むはずの膝を擦りよせてワシの手を取ってくる。
「何ですの、毛虫の仮説って?」
単身赴任でおかしな癖がついたかと訝る奥様は呆れたようにワシらを見る。

「ははは いやー 狂い咲きですわ。どーもね 私ら定年一年生に多い一過性の病気らしいんです。
仕事を終えた後のココロの孤無感を満たすというか、乾きを埋めるというか、何かこう 根を詰めるモノが欲しいんですよ。でも定年してから探しても遅い。
焦って もがいて、それでもそれに相当するモノが見つからなかった者は深い定年性虚脱症になる。
真面目に働いてきたひとほど鬱になる。そして三年後の調査での生存率はガクッと落ちるんだそうです」

「まあーっ おとうさん 鬱なの? 移さないでよっ!」
「おっ 奥さん! ここは洒落てるところやないー‥」

「おしぐれさん! あなた どーして鬱にならなかったんですの? 真面目に働いてこなかったから?」
「おっ 奥さん! そのお言葉でワタクシは鬱になるうー」

この奥様にかかってはレールの左右幅の誤差がますます進みそうな案配なので、ワシもビールをがぶ飲みして元レールマンの運行ダイヤに追いついた。
彼は鬱どころかスーパーオタクな桜マンになって帰ってきた。

「おーし おぬしの本願 叶えてやろうじゃないか! 計画を早めて明日出発じゃあー!」
「そーと決まったら さっそく自転車とメガネを買いに行こうじゃないか! おまん 付き合え」
「おとうさん! お弁当と肴を詰めた重箱が入る大型バスケットも忘れず買うんですよっ」

「おっ 奥さん ロードバイクにはバスケット用のネジ穴など無い」
「あらー そうなんですの? じゃあ バスケットに自転車の付いたロードバイクを買いなさい」

なんだか 「重箱爺いシリーズ」 とオーバーラップしてまいりましたなあ。

ともにもかくにも、気持ちよい秋空の広がる好日にワシとレールマンは連れ立ってロードを走って行きました。
背中の荷物が重いのとレールマンの足に合わせて超スローペースで走る二台のロードレーサーは次々とママチャリに抜かれます。

造り酒屋の酒蔵見学と称し、お弁当と酒の肴の詰まった重箱を背中に背負って爺いがふたり、アポ無しで行ったのですからスゴイもんです。
庭の桜の下か井戸の脇に空き樽を置いて、もちろんゴザでも構わんが 「そこで銘酒の味見をさせろ」 と言うのですから相手は驚くだろう。

なあに 口上は考えてある。

「ワシら定年組二名、御社 四季桜 の名声を従前より聞き及ぶに至り、命果つる前 いつかは訪問したいと切望していた処なり。
深秋大安の本日 土手を自転車にて走行中はからずも御社工場を見及んで、止むにやまれず罷り越したる次第。 なあに ご心配には及ばんぞ、ワシら肴は持って来た」

ってんですから断れないでしょうや。
味見酒もさることながら、その庭の桜にこそワシらの目的があったのです。


ロード歳時記(3)につづく。

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おしぐれ俊ちゃんの ロード歳時記(1)
2013/10/15

北関東屈指の清流 鬼怒川、江戸時代から昭和の初期までは米俵を船に乗せて都に運ぶ水運が盛んだった。
当時の船には動力はなく、青竹の棹で岩礁を避けながら川の流れの速度で下って行った。
江戸はいわば京だから、そこへ向かうのは上り。だが川の流れで降るのだから下りなのだ。

ややこしいがそれでいいか? 知り合いの元JR北海道職員に聞いてみたら電話を切られた。
奴め 相当ナーバスになっている。
レール幅測定車に乗っていたのだろうか、明日にでも居酒屋に誘ってやらねばならん。

鬼怒川の当時の水量は現在の3倍はあったろうから、米船は相当な速度で下って行ったに違いない。
北海道の減速ディーゼル特急なみの速度か‥ あっ ごめん ごめん、もう言わないから機嫌直してよ。

明け方に宇都宮を船出して利根川と江戸川を乗り継ぎ、荒川や隅田川の運河に乗り入れれば江戸には昼過ぎに到着できた。
荷下ろしの済んだ船頭たちは夕方には歓楽街に繰り出す。
新宿はまだ畑のなかの宿場で盛り場にはほど遠く、銀座は元々両替商の街だから夕方には閉まってしまうので浅草か上野で騒ぐのだ。

このとき群馬すなわち上野国(こうずけ)から利根川本流に乗って米を運んで来た船頭たちと鉢合わせして喧嘩となる。

「オメらはワシらの上野に来るんじゃねえー 大利根川に乗り入れるなんてもってのほかじゃー コノ だんべえ野郎ー」
「なんだとー 徳川様の華厳の滝をみなもとに戴く神の川・鬼怒川を漕いで来たオラだぢには天下御免の御札があるだんべよ、邪魔ぁするたぁ てえした度胸だ。 コノ あこぎ(赤城)のだっぺ野郎ー」

上野国・下野国(しもつけ)間のだんべえ・だっぺ戦争がそちこちの店頭で勃発する。
そこへ常陸国(ひたち)だの下総国(しもふさ)だのの船頭が加勢して言語不詳の大騒ぎ。番頭さんは銭箱を抱えてニュートラルゾーンの寛永寺へ逃げる。

今でも週末には東武鉄道の東上線と日光線ホームが隣り合わせのスカイツリー駅で、雨傘を振り回す国定忠治に日光湯葉を投げつける酔っ払いの立ち回りが見られる。
早慶戦のあった晩の神宮球場界隈みたいなもんですな。

彼らは翌日には綱に結んだ船を引いて河原や水のなかを歩き、四日がかりで上流の宇都宮や前橋まで命がけで帰るのだから、歓楽街で少々羽目を外してもよい。
吉原に出かけて行った一部の者は外れた羽目が戻らず、そのまま半年も帰ってこなかったというのだから米水運の利益率ノミクスは相当高かったようだ。

ワシは生まれるのが遅すぎた。
ワシなら杉の丸太に板張りした双胴船に米を積み、アメリカズ カップで仕込んだヨットのナイロンセールに秋風を万帆に膨らませ、先行船を次々に追い越して堀米町の船着き場に断トツの一着。
しもつけ米の新米を江戸で一番早く売り出して大儲けした大黒屋さんの大旦那からたっぷりご祝儀を頂いて、それを元手に大井町の賭馬場で大儲け。

板張り双胴の新造船はバラせば木材になる。水を吸って曲がった船の木材でも、急流に揉まれ適度にアクが抜けて綺麗な木肌になっている。
海水ではないので陰干しすれば長屋の柱くらいにはなるから黒門町の材木問屋の腹黒旦那に売り払い、それを元手にワシは新橋の芸者を連れてお伊勢参りの旅に出る。

今では鬼怒川の水量もずいぶんと減って、鮭でさえ腹が擦れて遡上するのに苦労するほどの深さになってしまい船水運は衰退した。
かわって土手上にサイクルロードが出来て江戸川河口のディズニーランドまで5時間で行ける。
自動車で行ってもそれくらいはかかる、しかも高速代金がかかるが自転車ならタダだ。

ただし帰りのロードでは、少しづつの登りこう配にへたれ始めた頃の埼玉・杉戸を過ぎると決まって吹いてくる向かい風に押し戻されて、たっぷり8時間かかる。
ディズニーランドに着いたらシンデレラ城のお姫様など見とれていないで、さっさと帰らないと命がけの北帰行となる。これは本当だ。
江戸期の船頭の墓が川辺にひっそりと立って周りのススキが風になびいているのを見る度に、へたれの効いてきたソロライダーは後悔するのです。
日帰りなら自動車か電車の利用を強くお勧めしますだ。

ワシの膝が回るうちに関西まで一本に繋がったサイクルロードが出来たならワシは自宅と自動車を売り払い、それを元手にお鶴(ペットの亀)を連れてお遍路巡りの旅に出る。
帰ってくるつもりなどないのだから自宅はいらん。
もしも満願成就のアカツキにもまだ膝が元気にクルクル回るそのときには、お鶴の実家があるという竜宮城まで漕いで行こう。

小学校のころの同級生に鍛冶屋の孫と船大工の娘がいた。
注文した鮎釣り用の笹舟を作っているところを父親に連れられて見に行ったことがある。
船大工の親方が 「シューツ」 と削った杉板を弟子が木型で支えて力一杯 「ニューッ」 と曲げると、娘の花ちゃんが差し出す 「犬釘」 と呼ばれる特殊形状の釘を親方が 「タッタ タン」 と打ち込む。

最後に鏨(たがね)で締められた犬釘の頭は、板の中に入り込んでほんの一部しか見えなくなり二度と抜けない。
江戸時代からのノウハウで作られた犬釘だけを親方は使う。
廃船から回収した古釘を鍛冶屋が火入れをして、叩いて直してまた使う。
だから新造船の行程で打つ位置を間違えたりした船は、進水させることなく破壊して犬釘を取り出すのだそうだ。

湿潤と乾燥をくり返す木造船には、硬すぎず柔らかすぎずの鉄と炭素の微妙なさじ加減で打たれた犬釘無しには作れない。その貴重な犬釘を江戸時代から作っているのが老鍛冶屋。
孫の鼻垂れよっちゃんが出来上がった釘を大事に抱えて届けに来る。

鍛冶屋だから鍬(クワ)や鉈(ナタ)も打つが、船用の犬釘を新たに打つときだけは三日前から酒を断つ。
神棚に長いこと手を合わせて取り出したのは、先代から譲られた日の丸の鉢巻き。襷(たすき)は母親の形見の帯紐。
家伝の金床(かなとこ)の前に座り、爺さんの代から伝わる犀(さい)の皮の鞴(ふいご)で蒙古産のコークスの下に敷いた備長炭に風を送り始めると、火床からは真っ赤な仁王様が立ち上る。

この時分のワシは船大工になろうか鍛冶屋になろうかと真剣に思い悩んでおった。まさか軟弱な三文文士になろうとは‥。
おまけにテーマが今だ定まらんから、拾った子亀を乗せた自転車で近郷を徘徊していようとは‥。
今日はノーベル文学賞の発表日だというのに‥。

鬼怒川は今も清流である。
宇都宮など中流域は鮎漁とカヌーの名所となって久しい。
夏の間にぎわった川だが朝夕の秋風が涼しさより寒さを感じさせる10月ともなると、川に入っている人の数はめっきり少なくなる。

根性の釣り師は厳寒期にも流れのなかに入って竹の脚立を立て、その上に乗って寒バヤを釣る 「脚立釣り」 という寒修行のような釣りをする。
これは鬼怒川伝統の風物詩で、近年真似をして県北の那珂川などでもアルミの脚立でやっているひとがいるようだが、川底の砂利の具合と水勢・水性の違いで足元をすくわれ、転倒して流される事故が多発と聞いている。
風物詩はその土地で百年かかって詠まれた歌だ、真似をしても景観にそぐわないうえに水系が違うから事故となり結局は根付かない。

鬼怒川の脚立師たちは今は体力トレーニング中だ、土手のロードでスローランニングをしているがその眼は常に川を見ている。
川底の地形や瀬と流れの特徴を眼に焼き付けているのだ。
万一の際に泳ぎ着く岩場の場所には防水シートに包んだマッチと燃料の薪も準備している。
この時点で那珂川の脚立釣りはすでに負けた、と言わせていただこう。

那珂川では、音を殺して歩きながら石と石の間を川虫を付けた小竿で釣るカヂカ釣りがよく似合う。
那須の山から転がり出た大石がそのまま残っているダイナミックな川容には、人間が景観に溶け込むカヂカ釣りが最高です。
流れの石裏に産み付けられた卵は炭火で焼くととても美味しいが、20年ほど前に県の条例で採取が禁止された。
ならば成魚との騙し合い、川虫を水中で踊らせるテクで魚と勝負する。苦労の末のご褒美のカヂカ骨酒を飲めるのは老練の証し、さぞかし美酒でしょう。

ここまで那珂川のカヂカ漁を称えるのは、鬼怒川の寒バヤ釣りに遠征してきて不案内な鬼怒ロードに軽四駆で無遠慮に上がってきて欲しくないサイクルマンの本音なのです。
けっしてあこぎ(赤城)のだっぺ野郎のホーム根性ではないのです、事故防止の観点からワタクシは穏やかに申し上げておるのでございます。

ロードで出会う鬼怒川の釣り師は冬に向かって栄養補給の時期なのだろう、皆さんマッチョなプロレス体形である。でなければ寒風の川面に突き立てた脚立に何時間も乗ってバランスを保てない。
かつての船頭さんの心意気の伝承であろう。それとも釣り対象魚の端境期である今は単に閑なだけなのだろうか。

脚立師の精進振りには頭が下がるが、より 細身の自転車マンもえらいぞ。季節お構いなしに川に来て走っている。
いや正確には川まで走って来てさらに川っぺりを走っている。
毎日4,000キロカロリーも食う自転車マンは、止まったらたちまち太ってしまうからだ。
太った自転車マンは醜い、醜いと言われるくらいなら脚立師になったほうがマシだ。

ごめん ごめん 石を投げないで下さい 脚立師さま。そーんなデカイ石、自転車に当たったらかないまへんでー。

いったい奴ら自転車マンは寒さだの暑さだのを感じないのだろうか? 
そんなことはない、あの半分裸のような格好だ寒くないはずがない。寒いから必死にペダルを漕いで発熱を促進しているし、夏は必死にペダルを漕いで風を切って涼を得ようとしている。
自転車バカは寒バヤ脚立バカと一緒で苦行が身上なのだ、マゾヒストなのだから放っておくに限る。

川沿いの土手にあるサイクリングロードを行くと、おおむね10kmおきに川の一里塚という休憩所がある。
屋根はないが石のベンチの頭上を桜の木が広く覆って、快適な木陰を演出している。

10月とはいえ晴天の日中は汗を吹き飛ばしながら走っているから一里塚の日陰はありがたい。
中央には土手には不釣り合いな程に立派な石碑が デンッ と建って、「川の一里塚」 と彫られている。その地区の市長さんや町長さんが揮毫したものだ。
なるほど自分の現在地の市町村がわかるのもありがたい。
揮毫の達筆さや建立時期などは目に入らない。

自転車ライダーは其処が何処だって、地獄の一丁目であろうと、乗ったロードをずーっと行くしかないのだから現在地なんかどこだって構わないのだ。
構わないのだが、まんいちロード上でパンクなどなさってお困りの妙齢のご婦人などに出っくわした際には、其処が何処だったかその後の展開において重要なことになるやも知れん。
そのようなご婦人に出っくわしたことは今だに一度もないが、今後もないとは言い切れまいて。

休憩所の最重要要件であるトイレと水道が設置され、木造のベンチと張り出した屋根のある東屋風の体裁を有する休憩所は、屋根なし一里塚4っつに1つの割合で出現する。
つまり遠くても40km先までには次のトイレがある。
若いライダーには解からんだろうがこれは重要なことなのだ、ワシら還暦ライダーにとっては寒くなってくるこれからは特に重要だ。

ワシとてスピードライダーの端くれ、鋭い加速と高い速度をキープするにはより軽量でなければならん。
体内に比重1を超える汚染水を溜め持ったままではキレのある走りが出来んというもの。
でもこれがねー、すぐに要排出基準水位に達してしまうのよ。

実際にトイレに寄っても左程大量には放水はされん。要はセンサー過敏と脳の脅迫観念なんじゃが、脅迫されながら走り続けても面白くはなかろう。
トイレがある度に止まって排水して安心し、ベンチで一服点けるのは、おじさんライダーの心臓と腎臓とモチベーションに大変よいことなんじゃ。
解かったら 「あのへたれ爺い まーた 一服してらあー 根性なしめー」 みたいな目でワシを見ながら通り過ぎるのは止めれー。 おぬしだってもうじきションベン爺いじゃー。

その一里塚の桜が咲いた。
枝全体に花がつく春の咲き方と比べたら、ずいぶんと控えめながら確かに桜の花が咲いている。
三日前に南下コースを行ったとき、下館市の手前で見ました。
10月初旬にです。

「狂い咲きという言葉は嫌いです。桜には二度咲き種という樹種はありませんが、年に二回以上開花する現象は珍しいことではありません。
夏に枝の葉が毛虫等に食われて早目に丸裸になった樹は、葉がない故に紅葉の時期にはすでに冬を擬似体験するので、いったん寒くなった後に小春日和があると開花スイッチが入る可能性がある。
冬に向かって葉を落とし樹本体の生命を守ろうとするエネルギーが、使われることなく満ち満ちているのでそれが開花力となって花をつけるのでしょう。
狂い咲きと言えばそうですかねえ。若いころのボクらの鼻血といっしょですよ」

元JR職員がそう言うのです。
彼は電化に取り残されたローカル線のディーゼル線区が専門なので、各地の山里の駅に赴任して野桜を見た辺地オタクです。信頼性あるハナシではないですか。

宇都宮には 「四季桜」 という銘柄の酒造会社が江戸時代から続いているそうです。
春秋のほかにさらに二回花をつける四季桜とはどんなものか、酒蔵の庭で開花したあとは結実してさくらんぼになるのだろうか?
そのさくらんぼをついばんだ小鳥は酔うだろうか?
小鳥の糞中に含まれた種を庭に埋めたら、はたして真っ直ぐに育つだろうか? それともよろけて生えてしだれ桜になるのだろうか?

鬼怒川ロードを上流に向かった柳田地区というところに工場倉庫があるので行って見てこようと、辺地オタクの彼と二人で出かけることにしました。
ロードを降りてからちょっとの距離らしいのもいいですねえ。
一里塚の桜が咲いたのだから四季桜も咲いているに違いない、だが年に4回も毛虫に葉っぱを食われる間抜けな桜なんてあるのだろうか?
だいいちそんな毛虫はどんな蝶々になるんだ?

それよりも、もしかしたら 「見学歓迎 開花御礼 お試し飲み会」 なんてのがあるかも知れん。
あるに違いない、造り酒屋なんだからお試し飲みは必須だろう、行こうぜオタクさん。

やっと歳時記らしくなりましたなあ。 どこがやー
このあとは ロード歳時記(2) に続く のこころだー。


写真は隣家の爺いが育てた小菊の鉢植え。
薄紅色の菊花のなかに一輪だけ黄色い花が咲いている。パステルカラーのクレイジーイエローである。
爺いは 「原因不明ながら大したもんじゃろ」 と自慢する。
この界隈には PM2.5 の襲来以来、狂い咲きの症状を呈する動植物男女多し、要注意なり。
魔除けの呪文は 「クワバラ クワバラ」 。

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