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おしぐれさんの ロード歳時記 「核燃サイクルロード」 episode 9
2014/05/07

欠番となった episode 7 のことを始めに言い訳しておかねばなりません。

このたび作家は、著作物における 「淫靡かつ扇情的表現を世界ネットから排除する自主規制委員会 ワールドアース部会」 よりの勧告を受け入れ、
前述の一巻を委員会所轄の倉庫内に幽閉することに同意しました。

倉庫というのは太陽系の一個外側にあって太陽系といっしょにグルグルしている冥惑星に人知れずあるという開かずの倉庫のことです。
扉には鬼の顔をした郵便ポストがあって、牙の生えた口がDVDの投函口なんだそうです。
〒マークの代りにブラックホール入り口と書かれたプレートが掛けてあるそうです。内部を覗いた者はありません。

そんな倉庫を持っている委員会がワールド作家協会機構内にあったなんて認識していなかった作家は、驚くというより協会機構から通知があったという事実のほうが嬉しくて、
「ワシ 協会員だったのね、会費払ったことないけど。
とゆーことはワシ、作家のひとりとして元東京都知事のあの人と同じステータスの処にいるのよね。ボストン型のカバンの中味が現金か質札かの差はあるけれど … そーゆー問題ではないワケよね」

兎も角もです、ワールド作家協会機構は作家著作権協会や新作落語協会を包括する唯一の世界メジャーですからその権威は強大。
作家は、抗し切れない大きな圧力に対してはあっさりと屈するのが一番と考えるタイプのひとですから異など唱えません。エロス指定された episode 7 は蔵入り封印となりました。

ここ数編のロード歳時記は 「核燃サイクル」 に特に関係のない艶笑モノに終始しておりました。しかしそれは行きがかり上の都合でありまして、おしぐれさんの意図ではないのであります。
責任はひとえに作家にありまして、エロ物書きの風評を一変させるべく鋭意努力中につき間もなく元の核燃料サイクル機構の環状ロードに戻れる見通しでありますゆえ、今しばらくのお付き合いをお願い申しあげます。

ここまでの話しを整理しましょうね、作家もなんだか分らなくなった。
針路を核燃サイクルロードに戻したい一心から場面展開を一気に強行した場合、オオウラヒダイワタケ食中毒事件を取り上げた前作が無意味なものになってカヨちゃんの位置づけが曖昧になる。
カヨちゃんの尊厳を守り 禍恨を残さず、おしぐれさんが再び へたれなよろけ旅 を続けられるようにするにはどうするのがいいのだろう。

作家は両手をアタマの後ろで組んだまま椅子にもたれて 「フーッ」 と深いため息をつく。

「だいたいに於いてさあー おしぐれさんが気まぐれなよろけ走りをするから、こーゆーことになる。いくら辛抱強い作家だってもう助けてやれんよ。
カヨちゃんと夫婦になってもらって事態を収拾するという強権力の行使もありだなあー」

「いやー それは安易すぎるんでないかい、根無し草が根を生やかしてしまったらイカンべーよ。 残してきた根っこが気になって下りのカーブを攻め切れねぐなってしまうべさ。
それより、そーゆーのって なんだが書いていで面白ぐねーな」

アタマの後ろに組んでいた手の指が緩んで 「ガクッ」 と作家の首がうしろに傾き、「ゴッキン」と頸椎骨のはぜる音がした。 こーゆーのは骨周りの筋力が低下している証拠だが、
「こらー、 オメ 居眠りしていたんでねーのけ!」


さて、下北の寒漁村 福浦崎 を通る二級国道338号線の ぬいどう石山林道分岐点。
ぽつんと突っ立って点滅をくり返している信号機があって、そのたもとにウニ丼が名物の寂れた感じがほどよい飯屋が二軒、信号機の電柱を挟んで少し離れて営業している。

そのうちのより寂れた感じのする 「海峡ドライブイン」 前に差しかかったおしぐれさん。店の前をホーキで掃いていた女性を見かけて声をかけ、道を尋ねたのが運命の分岐点。
点滅信号は4方向共に超エマージェンシーの赤だったことに二人とも気が付かなんだとは、運命とは苛酷であります。

その女性とはなんと、40数年前の色気ガキだったおしぐれさんが中学校の道徳の授業中に隣りの席の女子と机の下の裸足の指と指とをからませてチチクリ合った胸デカのカヨちゃんだった。

カヨちゃんが生まれ故郷を遠く離れた下北の寒漁村に行った経緯は置くとして、足入れ婚した亭主は婚礼の3日前に海の時化で船ごと行方不明になった。
帰らない男の母親とここで飯屋を始めて30余年になる。

十数年前、初めて生国に帰省したカヨちゃんは中学の同級会で懐かしい元色気ガキどもに再会した。
そしてその中のひとりが 「定年したら一緒に暮らそう」 と言ってくれた。
その男がなぜ独身なのかの経緯も置くとして、それがおしぐれさんだった。

こんな優しい男は死んだ亭主の (とはいっても婚礼前だったが ‥ ) 生まれ変わりに違いない。
以来、いつかはおしぐれさんが迎えに来てくれると信じて後家のみさおを守って (本人談) 待っていた。
数年前に母親が死んでひとりになったときも、此処を離れたらおしぐれさんが探せなくなってしまうと店を続けて頑固にウニ丼を売っていた。

episode 6 以来時々数行だが登場する漁港の爺さんが新鮮なウニやホヤなどを届けてくれるので助かっている。
この爺さん 死んだ亭主の父親、つまり死んだ母親の元亭主なのかと思うこともあったが、その方向に振るとハナシが増々ややこしくなるので、気のいい老漁師としておく。

「おしぐれさん やっぱり来てくれたんだねえ。アンタはあっちへふらふら こっちへふらふらの男だと風の便りに聞いてはいたけれど、約束通りに来てくれた。もう離さないよ。
アンタひとりくらいあたしが食べさせてあげるから、死ぬまでずーっと此処にいてね。もう何処にもいっちゃあーだめよ」

根無し草の男にとってはじつによい話しである、世の男の大方はこーゆー生き方を願っている。だがほぼ99%はあえなく挫折しているのが現実だろう。
そんななかで1%の枠に入ったおしぐれさん、あてにならない年金の心配などもういらないのだ。団塊屋に頭をさげて相談に行くこともない。

ところがおしぐれさん、根無し草の性根が根本に染みついちゃっているからか、生まれ故郷の冥惑星のDNAなのか、こーゆーのはどーも駄目なのだ。なんだか微妙に気に入らないのだ。
ヒモ暮らしはとってもグッドでナイスなのだけれど、何処にもいっちゃあーだめよ 他の女を見ちゃあーだめよ という辺りがどーも 駄目なのだ。なんだか微妙に気に入らないのだ。

サバンナのライオンだって モンスーンのトラだって、知床岬のヒグマだって、繁殖期以外のオスは家族の群れを離れてひとりでふらふらしているではないか。
人間の男だってそうなのだ。
地球に有性生物が創生して以来そうなのだ。オスのふらふらは神の意思なのだ。

妻と子供たちの家に毎日帰るのは、そーしないと毎朝パリッとしたシャツで会社に行けなくなってしまうからで、Yシャツなど着たくない ネクタイなどしたくない男には妻も子も家も、さして重要なことではない。
本当はみんなそう思っている。
目先に必要な現金とコンビニのプリペイドカードさえあれば日本中をひとりで漂流していたいのだ。

カヨちゃんの出現は現段階のおしぐれさんにはとてもありがたい、本州の北端にベースキャンプを持てるのは絶好のチャンスと考えるべきだからだ。
いつ死ぬかわからない年になったのだから、「死ぬまで一緒にいてね」 と言われたら 「ああいいよ」 と答えても詐欺ではあるまい。
だがスポンサーのカヨちゃんの歓心を失えば、こちらからお願いしなくたって追い出されるさ。

追い出されるのはやぶさかではない、むしろ望むところだ。だがその理由が最近不安な閨房での 「役立たず」 では、ちびっとばかりカッコ悪いっぺや。
そこで40数年前のチチクリ合いの続きを再開するためには、邪道ではあろうがオオウラヒダイワタケの効能が必要になったというワケだ。 立派な理由だ。

というのがおしぐれさんの独白。

おしぐれさん、自分を悪ぶって見せるヘキがある。その辺は根無し草に共通する考え方の根っこ、カッコつけて斜に構えたところ。
そしてその辺りからお堅いはずの核燃サイクルロードが急展開して、軟派なエロロードに傾斜して行ったのだった。

おしぐれさん、カヨちゃんの一途さに答えられる方法を最も原始の愛情表現でしか具現できないと、40年を無理やり跳び戻って色気付いたばかりのガキに戻ろうと、痛む脊柱管を庇いながら回春のキノコが生えているという石山まで登って行って、無味乾燥に咽せながら無理やりイワタケキノコを貪り食ってボトルの水で飲み下したんじゃあないのかい?

それもこれも十数年前の、まだもちっと若かったころの約束を守るためだったのか。
作家は泣いたね、こんな純愛物語が現代にもあったのか。

この問題は 「自主規制コードQ」 には抵触しない。これからの高齢化時代の残り人生と社会生活への関わりのことだから書いてもよいのだ。
日本では女性に続いて男性も平均寿命が延びた。延びたけれど使い切ったアレは伸び率が鈍化 … だから ‥ こーゆージレンマはそちこちにあるよね。 そしてとても大切なことだよね。

違う、オレの寿限無寿限無ゴボウのすり切れは伸びる。 まだまだ立派に伸びるぞぉー という読者は即退場じゃああー、二度と来るなあぁぁぁー。
じゃが じきに再入場して来るのは … 見えとるわい。

入道さまの石山から 「海峡ドライブイン」 に降りてきたおしぐれさん、そのまま食客としてカヨちゃんの店に留まることになってしまった。
というのも、ウニ カキ イクラ ホヤ ホタテ、イカ に カニ (ウニ 〜 カニ の部分、声に出してゆっくり読んでみてください)

七五調 下の句の優雅さで次々出てくる福浦漁港の海鮮を腹いっぱい食って酒も飲んで、んでもって ‥ 中略 (ここは書けない規約でして) ‥
そして昼寝をしている間におしぐれさんの体内ではある種の毒素反応が起きていた。
なんと目が覚めたら下痢 腹痛でだらしなく行き倒れてしまったのだ。

腹いっぱい飲み食いしたうえに艶福な出来事もあったりして、そんでもって行き倒れとは何とも贅沢な行き倒れ者でございますが、警察用語・行旅死亡者を分り易くいうと行き倒れのことなんです。
カヨちゃんの献身的介護のおかげで死亡は免れたものの、トイレで胃腸内のへたれな根性を根こそぎ流し出してしまったおしぐれさんはポテンシャルが上がらず寝たきり。
それでも体内毒素が薄まってきた1週間後には立って歩けるまで回復した。

その毒素反応というのは大間崎で出会った北里大 農獣医学部のオートバイ青年が、民間伝承の回春薬効について研究解明に取り組んでいる秘茸オオウラヒダイワタケが原因の可能性大。
よくとは分らんイワタケ成分に海鮮たんぱく中の潜在プランクトン毒が反応して、ジテルペテン系アルカロイド毒に変性したらしい。つまりトリカブトにコブラを足した級の毒素。
これは咬まれるより腸壁から吸収したらひとたまりもない。

薬学不案内の作家が何故も潜在プランクトン毒などと専門的なことを書けるかというと、くだんのオートバイ青年が訪ねて来たのです。
彼の提供した目撃情報をもとに容疑の行旅不明者を発見したと青森県警からお礼の電話があって、そのなかで容疑者は異様に股間を膨らませていた。という話に薬学青年は大いに興味をそそられオートバイを駆ってやって来たのだ。

学究の興味でやって来たのだが、大間崎でまぐろをご馳走になり民宿の空き部屋を内緒で一晩提供してくれたおしぐれさんに対してはツーリストとしての恩義がある。
ところが再会したおしぐれさんは大変なことになっていた。
下痢で憔悴した恩人を放っては置けないと彼の知識をフル動員して解毒のカキ汁を作ってくれた。

カキと聞いて身を震わす病人に彼はニッコリして言った。
「柿ですよ、牡蠣じゃない。まだ実が熟していない渋柿がお店の裏に実っていたので作ってみました。植物性タンニンは解毒効果が穏やかだから傷ついた腸壁の修復に役立つでしょう」

そばで聞いていた漁師の爺さんが枕元に這い寄って小声で言った。
「そらー ぬいどう症だなあ。漢字では入道症と書くんだあ、あそこが弓削の道鏡のようになって戻らんのだわ。
オラも昔あーし 罹ったことがあるだ、石山キノコとホヤの食い合わせはいぐねーという言い伝えが村にあっただよー。そんでもな いぐねーつったってよ、 これがいぐいんだがら しゃーあんめえ。

どれ オメさん見してみれ。
ふーむ 道鏡には大いに劣るが、元々が小振りだったとすれば相当な弓削ぶりだと思わねーがや。下痢のほうは止まればもうええんだ、ぬいどう症が定着した証しだかんなあ。立派なもんだがやー」

「おしぐれさん! 血液を少し採取させてもらっていいですか? それと尿と精液も」
今度はオートバイ青年の薬学博士候補が弾んだ声を押し殺して小声で言った。

という訳でおしぐれさんは全快した。
ひと月も経つうちには自転車のトレーニングを再開し失った筋力が戻った。
オートバイ青年は血液検査について何も言ってこないからおしぐれさんが道鏡入道の能力を手に入れた確証は掴めなかったのだろう。

カヨちゃんはよくしてくれて、食はもちろんのこと衣色住の面倒をよく見てくれたからついつい長居をしてしまった。
しかし、旅の僧はひとつ箇所に安住してはならぬのが定め。
元気を取り戻すにつれ、その思いがおしぐれさんを旅に駆り立てるのであった。

「おお そうじゃ、トランポを三沢に置いたままじゃったわい。寺山修司記念館でも迷惑がっとるじゃろ、行かねばならん。
カヨちゃん 世話になったなあ。 ちっくら出かけるが、達者でいろよ」

むこうを向いたまま自転車のタイヤに空気を入れる男をカヨちゃんはもう止めなかった。
それどころかサイクルボトルに台所の水を入れて黙って手渡した。

こーゆー男は止めても無駄だと知っていた。さすがは海で死んだ男の元女房である。
こーゆー男は酒を飲むたび置いてきた女を思い出すと知っていた。さすがは北の海道でウニ丼を売る海峡ドライブインのおかみである。
そしてこーゆー男はそのうちフラリと帰って来ることも知っていた。さすがは元色気ガキの元同級生である。

「えーい 馬鹿やろー 行っちまえー、 そうだ 塩を撒いてやろうっと」

カヨちゃん、台所から活ホヤの入った桶を持って来ると男が立ち漕ぎで登って行く仏ヶ浦の坂道の方に向かってタップリ潮を含ませたホヤの腹を絞った。
「ピュッ ピュー」
勢いよく吹き出す潮は点滅信号機を越えて隣りのぬいどう食堂の裏にある犬小屋まで飛んで行った。
なりゆきを見ていたのかレッドブル、「ワン」 と一声悲しそうに吠えた。

犬の声が坂にこだまして男の背中に届いただろうか、一度だけ振り返ったようにも見えたがやがてヒバ林にかくれて見えなくなった。


episode 10 につづく


いやー うまいこと脱出しましたなあ。
ちょっとばかり もったいない気もいたしますが旅の僧はこうでなければならんとです。
おしぐれさん、峠の見晴し台まで登って自転車を止め、ボトルを取って グビリ と飲む。

「何だぁー これ? 海で溺れたときのような味のする水だなあ」

写真はモデルにさせていただいた 仏ヶ浦ドライブイン。

さあ入ってみなはれ、カヨちゃんそっくりのおばちゃんがガラス戸の向こう側にいまっせ。
ただし 「コブラ丼」 はありません、あれは作家の創作です。

episode 8 (画像追加)
2014/05/02

機材軽量化の一例、ドライブチェーンのリンク一葉一葉に精緻に穿たれた肉抜き孔が見えます。
写真 上はコブラ号に搭載の最軽量チェーンの表側、中がその内側 下はワングレード廉価版。
違いは中空化されたリンクピンだけだが、これを高速域で回すと回転部分相当質量の軽くなった分だけフリクションが低減されて脚がよく回るという触れ込み。
千分の何グラムか軽くなって数ミリグラム分の気合が高揚する効果は認めるものの、このシカケ 財布も軽くなる。 いかにもペテン師好みのアイテム。
おしぐれさん、師匠の形見の托鉢と交換して入手したというのだから ‥ シマノのほうが上手。

おしぐれさんの ロード歳時記 「核燃サイクルロード」 episode 8
2014/05/02

「あのな ワシな、行かねばならん処があるのんじゃ」

自転車の空気入れを持って外に出ようとしていたおしぐれさん、戸口に立って外を向いたまま遠慮がちにつぶやくように言う。
台所にいても聞こえたのか振り返ったカヨちゃん、たちまち華やかなハイトーンが返ってきた。

「えっ、 どこ 何処 どこ? 何処さに行くの、何んしに行くの? ねえ ねえ ねえ おしぐれさん、 あたしも行っていい?」

朝からこのテンションである。
カヨちゃん よほどこの男と相性がいいようだ。
稀代のペテン師であり似非坊主、そのうえライドもプライドもへたれ級のこの男、甲斐性なしのくせに閨房では妙にインスパイアを発揮する。 おしぐれさんという男はとんでもない奴でございますよ。

うらやましいやら余計なことではございますがカラダが心配やらの作家なのであります。

そーゆー超絶男を世に送り出してしまったのは作家自身が持つお調子筆のスベリなのでありました。
責任上どの様に事態を収拾したらよいものか前号 episode 6 を書いた辺りから深くお悩み中でして、それでしばらく筆が止まったままだったのでございます。

この間 団塊屋店主さまや読者の皆さまにはご心配とご声援を戴きました。ありがたく存じます。
こんな作家にも理解者がいてくれたのかと、意を強くいたした次第でございます。

えっ なんですと? 勝手に思い込むな、ページを閉鎖し異物を取り除く装置にかけるかどうかの確認をしたかっただけだった。 ですとな … そんなぁ デストナーなこと あんた よう言いまんなあ。

すでに季節は春のライドシーズン真っ盛りでございます、ワタクシだって早いとこ しょもない 色恋騒動に片を付けて、菜の花が香りタンポポの咲く野道ロードに出てゆきたいのでございますよ。
ですから少々乱暴な方法でもこの際は … いーかなあーって … 思ったり。 がんばりまっす、デストナーせんといてや。

少ない登場人物で話を回して行くのはイージー作家の常套手法、今回はそれがわざわいして話しの振りように困った。
なにしろここ福浦岬は過疎地といわれる下北のなかでも一二を争う超へき地。
村の人口よりも仏ヶ浦に屹立おわす石仏様のほうが数が多い、ひとも自然も草も木もみな同格になってしまう不思議なネバーランドなのです。

100キロ四方は山と海ばかりです。登場人物はおしぐれさんとカヨちゃんを除けば浜からウニやホヤを持って来る漁師爺さん、隣りのぬいどう食堂夫婦とそこに飼われている犬のレッドブルだけ。
急性イワタケ中毒に陥ったおしぐれさんの体調を心配して来てくれて、煮詰めた柿渋をホヤの潮で調合した特効薬を作ってくれたオートバイ青年も十和田の北里薬学キャンパスに帰って行った。

ゲストで出てきた青森県警のミニパト警察官二名にはその後の出演予定などありません。
あってたまりますかいな、我らがおしぐれさんを詰問するに際し腰の拳銃に右手が掛かっていたんだっせ! 無礼者めが。
まあ、あのときのおしぐれさんの屹立憤怒のサイクルパンツを見れば、誰だって飛び道具に手が掛かろうというものですがのう。

(発信無線) 「本部! 本部! 発見容疑者1名、我ら司法公務員に対し恭順の意思なし、 股間に大型の自動式拳銃を隠し持っている模様。 極めて危険! 危険!」
(雑音)    ガガー ピー

(発信無線) 「当該火器は我が方のミニパト塔載機器を遥かに上回る能力につき制圧不能。よって現地指揮の本官**は本部に対戦車ヘリ・ジェットコブラの支援を要請します。
         コブラ発進まで何分か? 所要時間を 知らせ! 知らせ!
(雑音)    ガガガー ピー  

(発信無線) 「コブラ到着まで本官ほか巡査##2名は、民間人の生命財産を保全すべく崇高なる職務意識のもと、死力を尽くして戦う覚悟なれど敵は強大いや巨大。 なにがって ‥ 股間が ‥ 」
(雑音)    ガガー ピー  
(混信音声) 「オメら はあー あにしてるだい はよ帰けーって 署の裏庭の草むしり手伝わんかい 巨大な青大将がいてはかどらないんだってよー ガー ピー」  

(発信無線) 「本部! 本部! 署内本官ロッカー内に妻子あての遺書あり、ピンクのキャンディーのブリキ缶を確認方。 夫は父は、勇敢だったと伝えていただきたく、 最期のお願いなり。 どうぞ」
(雑音)    ガガガー ピー  
(混信音声) 「おーい 最後にお願いしたコブラ丼 まだ届かねーだかー? あにー もう発進しましたーぁ? あのそば屋 いつもそーゆーうそを言うだよ、けーさつ相手に勇敢なやろーだい ガー ピー」

とか無線で喋べ繰っていたのをおしぐれさんも作者も聞いている。

村の海側をくねくねと行く狭い国道338号の十字路に点滅式の信号機が一基だけある。あっても交通がないのだから無くてもよいのだが、折角だからと律義に点滅している。
ブレーキ音を軋ませて止まる大型トラックをごく稀に見ることはあるが、100キロ内にガソリンスタンドやコンビニの無いことをプロの運転手はよく知っていてみな出発前に大型の燃料タンクを満タンにし、水食糧も車内に携えて旅をする。

携帯電話も山に阻まれて通じないことが多いのでトラックは強力な無線機を備えている。この電波も山中路では山に跳ね返されてしまうがそこは北のプロ達の助け合いである、まっ平らな海上でトラックの脱輪など緊急無線を傍受した漁船が所属漁協の巨大アンテナを介して通信を仲介してくれるのである。

お返しといっては些少だが、時化で漁船が流されたなどと聞けば暴風雨の中を駆け付けて岬の鼻ギリギリまでトラックを進め、ヘッドライトを一晩中明滅し続けて陸地灯台の代りをするのが仁義なのだ。
電波法うんぬんなどとむつかしいコトもあろうが作家は緊急無線と書いている。これによって違法性の幾分かは中和されよう。

そんなこんなで100キロ四方にただ一基の信号機のたもとに、ややうらぶれた二軒の食事店があることなどプロの大型車は気にも留めずに行ってしまう。
この辺りに若い娘などひとりもいないことを知っているから信号以外には止まる理由がないのだ。そーゆー理由でいいのだ。

それでも週末には観光の乗用車がちらほらやって来る。
手に手にガイドブックを開いたおばちゃんグループは隣りの 「ぬいどう食堂」 と、名前だけは大そう立派なカヨちゃんの 「海峡ドライブイン」 を見比べてなにやら相談しながら不安そうにかつ賑やかに店に入って来る。
そしてガイドブックの写真と店内の壁に掛った古ぼけた短冊のお品書きが同じだと確認すると、大発見でもしたかのように急にはしゃぎ出して名物ウニ丼やまぐろ丼、ウニ アワビ イクラの三色丼などひとりひとり別々の注文をする。

デラックス海鮮丼で統一すればそれらの素材はすべて網羅されるのだが、おばちゃんグループはそーゆー安易な発想では承知しない。

「あんた ナニ頼んだの! じゃあ うちは違うソレにするわ」
「途中でFM放送に入ってきた コブラ丼 というのはウツボのことかしら?」
「えーと ねぇ うーんと。 カレー風味のナマコ丼! そんなのはないわよねぇー」
「あらぁー ナマコのキムチ炒め って書いてあるわよ、カレー味も出来るんじゃないのぉー 頼んでみたら?」
「ナマコ キムチってビールに合いそうねえ」
「♪ なまこのぉ 〜 きむちがぁ 〜 よーく わかるぅ 〜 ♪ 」

とかなんとかキャーキャー騒ぎながらガイドブックの写真と同じアングルになるよう店内を跳ね周りながら携帯電話で写真を撮って、それを今回は亭主の実家の法事で参加出来なかった気の毒なおばちゃん仲間の誰かに送ろうとしてまたひと騒ぎ。

「あらぁー メールが通じへんよー、なぜかしら?」
「あら アタシは送れたわよ。 あんた! それ 定額ウィルコムでしょう、 ここは外国圏内なんよー、海のむこうはロシアよ。ワールドローミング仕様のプレミアム契約でなけりゃ駄目なんよ」
「なに? それ。 ワールドなんとかって何んやの?」 
「あたしー ワールドものはマイケル ジャクソンのネバーランドか俊水ワールド おしぐれさんシリーズしか知らへんよ」
「そーよねえ。 特に俊水ワールドは宇宙の深淵に迫るセクシュリアムの極致だわぁ。 あれをもって未来永劫のスタンダード エロスというのよねえ」
「 … 早よう食べんかいな あんたたち! 亀の手と岩海苔のお吸い物が冷めてまうやないの。 ほーら見なさい、お店のお兄さんが呆れているわよ〜」

お兄さんとはおしぐれさんのことだ。
彼女らは今朝早くホテルを出発してからレンタカーで100キロも走って来た。人のいない下北でこの日初めて見る若い男 (それなりに )に色目を使う。
おばちゃんたち、亀の手というよりカラスの足跡といったほうがよく似合う。しかしそーゆー破滅的要素を含むことをおしぐれさんは決して言わない。

昔から何故かそうなのだ。
いちど聞いてみたことがある、
「破滅的エレメンツを含むデバイスを極力避け、星間距離を慎重に保ちながら航行して来た。だからボクだけが燃え尽きずに地球に着いた」

そーゆー返事だった。
なんのことか分らないが大そう立派なことやないけ、地球ではペテン師よばわりされているが生まれ星が M16フェミニン というからペテンは故郷の血なのだろう。

その血の系譜をペテン師と言うのは当たっていない、おしぐれさんが女性を見ると思わずフェミニンになってしまうのは生まれつきの血のせいだったのだから正統なのだ。
その結果、のちになって不幸にも彼の意図とは反して生じた女性との軋轢には争わず去ることで対処してきた。

それは故郷の先輩 パンツェッタ・ジローラモ もそれで正しいと証言している。
不思議ワールドの仏ヶ浦周辺では倫理に狭隘な日本社会と少し違って、ジローラモやおしぐれさんに対して比較的寛容な空気があるようだ。
なぜならば、空気だらけで人や動物が圧倒的に少ないからだと作家は見ている。つまりこれが自然なナチュラルな倫理観のはずなのだ。

だがむつ市の辺りまで戻ればまたペテン師と呼ばれるのだろう。 … フェミーナのどこが悪いんじゃい!

作家が擁護してやれるのはここまでだ。
これ以上は作家の文法とは趣きを異にするので分らん 書けん。 いづれにせよペテン師の素養は子供のときからあったということと、そしてそれは彼のせいではないと分った。

「あの? ぼくがシャッターを押しましょうか? みなさんお綺麗だからガイドブックの写真は更新されること間違いなしですねえ。当店の一生ものの看板になりますですう〜。
そーですか 大阪から来られた? いやいやあー 美しさのオーラがこの辺りのオナゴ共とは違うなあーって思って見惚れていたんですう〜。
みなさんにお土産の干しアワビと活ホヤの潮吹き済み半成品を差し上げましょうねえ、当店オリジナルでございますう〜」

おしぐれさん、頼まれた訳でもないのに店の手伝いのつもりか無茶苦茶な おべんちゃら を言う。

「キャー お兄さん素敵やわあー。 ねえお兄さん あたし達のガイドになって貰われへん? 青森でレンタカーを借りたとき下北の西側は危険な山道が多いって聞いたんよ。
脇野沢から仏ヶ浦を回って来るだけでもうくたくたよ、この先は運転したくないんやわあ。 ガイドのお礼はするわよぉおぉ〜ん ‥ 」

「はあ ぼくも三沢まで行きたいと思っていたところです。この後はどこを回るプランですか? 大間のまぐろは?
へっ! 当たり前過ぎて行かない? そーでっかあー さすがの 旅ジョ でございますなあ」

おしぐれさん、ペテンの調子が乗ってきた。
何度も書いて恐縮だがペテンは悪ではない。魔耶化しには愛がないがペテンにはフェミニンがある愛がある。

「恐山でイタコのアンチエイジング祈祷? 泊まりは風間浦温泉郷へ降って夕陽ホテル? はいはい 任せて下さいませーっ あそこら辺りはホタルのケツでっせー。
自転車で何度も往復してまっさかいにな、よーけ知っとりまっせ。 ”イカさまランド” というインターテイメントがあるんです」

「うわあー なに それ?」

「入場料の500円で買った活イカを水槽で泳がせ競争させるんですわ。今トレンドの大盛況でございます。
勝ちイカのオーナーには下北の白ワインが一本進呈され、逆走したり棄権したイカはその場で大皿の刺身にしてもらえるから勝っても負けても美味しい。
温泉から出たら浴衣で行ける距離でございます、ご案内しまっせー」

「いやあー 面白そうねえー。お兄さん 本命イカの見分け方知っているんでしょう? あたしだけに教えてね」
「ねえ あんた、ホテルに電話して泊まりがひとり増えたって言っておいたほうがいいんじゃない?」

「今から変更は無理よ、だいいち携帯が通じない。
それよりそ〜っと うちらの部屋に泊まってもらえばいいのよ。バレたら執事だって言うの、関西ではコンシェルジュの同室は常識だって言うのよ」

「いやー 素敵やわ〜 19世紀のイースタンブルーのマッダームみたい」
ねえ だれの部屋の執事になるかはイカさまレースで決めましょうよ、うち 負けへんよ〜。 お兄さんだってうちに勝って欲しいわよねえ 〜 ぇ」

厨房でそれを聞いていたカヨちゃん、まな板に乗っていた曲がり竹の筍に出刃をブスリと突き立てる。
ご存知のように下北の曲がり竹は男性の股間のタケノコにそっくりですから、そりゃ〜もう 痛そうですなあ。

まなじりを吊り上げ大股で奥から出て来たカヨちゃん、メッタ切りの曲がり筍の漬物大皿を どーん とテーブルに置く。

「あのねえ マッダームのみなさん、うちの亭主は自転車は上手だけれど自動車の運転は 超ヤッバームなんですっ!
このあいだも青森警察のミニパトが何キロもついて来て、そのあと県警ヘリまで飛んで来て大騒ぎになったくらいですからおやめになったら?
このひとと一緒に銀行に行ったら入り口の危険物感知器が働いて、風除けドア内に閉じ込められたことだってあるんですっ。ホテルのフロントは通れませんわっ!
なにを感知したかって? そらーあなた マッダームにとっても危険なアレですわよ〜ん」

ガイドの就職話しを一蹴するカヨちゃんの見幕に驚いたおばちゃんグループは、女主人に押し出されるように、だが未練がましく且つ かしましく店を出て行った。
その際お土産の干しアワビはしっかり貰って行ったのですから、さすが大阪のおばちゃん なかなかのしっかり者でございます。

しっかり者ならカヨちゃんとても負けてはいられない。
厨房の塩壺を持って表に行くと、おばちゃんグループのレンタカーが止めてあった場所におしぐれさんを立たせ、その四方に塩の山を大きく盛り上げて割り箸を突き立て、薄く切ったコンニャクで作った御幣を干瓢のヒモで結んで、あっという間に女除けの魔方陣を構築してしまった。

この秘法、恐山のイタコ直伝かどうかは定かでないが金縛りに掛ったおしぐれさん、半日そこで固まっていたのだから恐るべし。
そして晩になりやっと家に入れてもらえたおしぐれさん、朝まで股間の金縛りだけは解けぬままだった。というのだからさらに恐るべしカヨちゃんの黒魔術。

こーんな秘法があるんだったら毒性の疑われるイワタケキノコなど無理して食わんでもよかったのやないか。
物語の構成と進展に 「見通し」 というものを持たぬ作家はアタマを抱えるのであった。

この日は夕方まで他に客がなかったから店の売り上げは干しアワビの一件で赤字となったが、カヨちゃんはそれでもいいと思った。
アワビは浜の爺さんが幾らでも持ってくるけれど、おしぐれさんは100キロ四方にひとりしかいない若い(それなりに)ひとり者の男だからだ。

ところで浜の爺さんの正体について作家の観察によれば、この爺さんどうやら時化の海で死んだカヨちゃんの最初の亭主 (婚礼の3日前に船が流されたそうだ) の父親らしい。
ならば海難事故のあと一緒にドライブインを始めて先年死んだ義母の亭主、ということになり時化の時もせがれと同じ船に乗っていたと考えられる。

難破した漁船から一人だけ生きて帰った負い目を感じていて、死んだせがれへの供養にとカヨちゃんにドライブインを出させてやったのだろう。
海産物をタダ同然に持ってこられるので海鮮の食事店をやるには都合がよかったのだろうが、分らないのはひとりで浜の番屋に住んでいることだ。
せがれの母親とは夫婦ではなかったのか今一つ氷解しない疑問が残る。本編の作家のくせにどーもそこが分らない。

この村はそーゆーワールドなのだと お茶を濁して先に進もう、そうしないとますますややこしくなって、おしぐれさんの下北脱出行が来年になってしまいそうだからだ。
仏ヶ浦ワールドは好きだが下北の冬は書きたくない。
作家は寒いのが大の苦手なのだ、あの裸同然のサイクルウエアで地吹雪の峠道など走れまっかいな。

おしぐれさん早う逃げなはれ、秋の来んまに逃げなはれ。 作家がサドル押しますよってに人切り峠を越えて逃げましょう。
なあーに 峠の人食いアブなど自転車を止めさえしなければ大丈夫。 そーや ギヤや、ローギヤのでかいのを付けましょう。 ネットや、楽天通販ショップで買うんや。
支払? んなものドライブインの口座を指定するんや、請求は翌月や その間に遠くに逃げるんや。あんた生まれながらのペテン師やないかい、ガンバらんかい!

あっちゃー 作家がペテンを焚きつけてどないするちゅうねん。

村に定住しているのは何人なのか作家は知らない、出会わないのだから数えようがない。面識があるのは前述の爺さんと犬のブル、それにドライブインの女主人カヨちゃんだけなのだ。
ひとり者の若い男などどこにもいない。
若い娘もいないことは先に書いた。だからよそ者がやって来る動機は飲料自販機用のレッドブルの営業マンが迷い込んで来る以外には有りえない。

そこへフラリと自転車で現れた男がなんと40年前の中学で同級のおしぐれさん。少々年は食っていても、特別な能力など持ち合わせていなくても、居着いてくれさえすればOKなのでございます。
ところがこのフラリ男、数編前から紹介しております通り 「ぬいどう石山の秘茸」 を食ってそれ相応の能力を股間に秘めてしまったのでございます。
ですから そらあーもう大変です。 何がって ‥ いやはや。

ですから、(何が ですからだ! でほらく書きめ) 前編 episode 6 のあとがきで予告をしていた赤裸々淫靡編の episode 7、完成はしているのでございますがこれを白昼の元に晒すのはいささか気の引ける思いがいたします。
そこで公開を自主規制し、欠番扱いとして幽閉致しました。
(どーしてもお読みになりたいという一部の好事家さま向け閲覧規制解除のプロダクトキーについては、有料にて団塊屋商店にて取り扱いを開始いたしました。自己責任でお願いいたします)

「おしぐれさん、行きたい処って三沢の寺山修司記念館でしょう? クルマを取りに行くならアタシの軽トラで送って行くよ。 
いつ行くの? 今からでもいいわよ、どうせドライブインは閑なんだから。
三沢までは300キロくらいあるから泊まりになるわね。
あたしね、野辺地の手前の 「道の駅ヨコハマ」 ってところで指輪を買って欲しいなあ。スワロフスキーのピンクのビーズのキラキラのやつよっ! ネットで見たの」

カヨちゃん、”本日も” とマジックペンで書き足された臨時休業の看板を横目で指す。

「げっ! キラキラのピンクの舶来の、なんとかスキーの指輪ぁぁぁ。キーホルダーの輪っかじゃだめかね?
ネットで見れるなら シマノの30Tギヤ というのも見てくれんかね? 楽天でも Amazon でもいいよ。パスワード入れてな、 うんうん クレジット番号もなあ。
ああ いやいや あのな、三沢もそうだがワシが行かねばならんのはなぁ、もっと遠くの西国じゃ。 じゃて おまはんを連れて行くわけには参らんのじゃ」

「えっ! 何それ? あんたっ! ここを出て行くって言うの? 
嫌よあたし、 別れろ切れろは芸者のときに言って頂戴まし。 今のあたしにはねえ 主税(ちから)さん、 死ねよと言ってくんなましー!」

カヨちゃん 変に芝居がかったセリフを言う。
先年 ぬいどう歌舞伎館 に旅芝居が掛ったとき 「塊屋 団十郎一座」 の楽屋にウニ丼弁当を出前して、ついでに上演中の 「湯島の白梅」 か 「金色夜叉」 を見たのだろう。

「お蔦ぁ(おつた) すまぬ 許してくれぇー。ワシは大恩あるお師匠さまの言いつけに背くわけには参らんのじゃ。
ワシが初めて此処に来た日のことを憶えているかい? 一旦 仏ヶ浦に参って、その後 ぬいどう石山 を登ってから戻って来ただろう」

「ああ そうだったわねぇー。 あんたが はたち あたしが19の春だったわねえ」

田舎芝居に興が乗ってまいりました。
湯島天神の名場面でございます、白梅の花びらが ひとひら ふたひら ふたりの肩に舞い降りてまいります。

「それで石山に願掛けをして、アソコに強力パワーが授かったのよねっ! 凄いわあー 主税さん。
だけどそのパワーが余って西国とかいう遠い国の赤毛の女を思い出したっていうの? だめよっ! アレはあたしのひとり占めっ、 うふふっ」

「お蔦ぁー そーゆー ハナシではない。あれはなぁ ワシのお師匠様に会いに行ったんじゃ。
そなたのことを話して破戒のお許しを戴くためじゃ」

「お師匠さま? オメさまのお師匠さまつーたら仏さまだんべ、それとも観音さまのことけ? あーっ このやろっ!  観音菩薩さまは女づらよーっ
オメさま 観音さまにも手えー出したずらか! そったらはあー バチ当り者ぉー」

お蔦、下北弁と甲州弁の混合弁になる。塊屋 団十郎一座は山梨か信州茅野あたりの出身なのかもしれない。
茅野出身といえば作家には忘れてはならない詐欺師の先輩がいる。しかし今それを書くとますますハナシがややこしくなり、脱稿が冬になってしまうので次作に惜譲する。

「一般に知られた宗門でないワシら旅の僧はな、決まった寺や仏を持たぬ。その代わり仏ヶ浦の巨石仏や縫道石山などの大石にお師匠様の声を聞くことが出来るんじゃ。
イギリスの草原の中のストーンヘンジやオーストラリアの沙漠で南十字星に照らされて赤く輝く巨石を 「イッテQテレビ」 で見たことがあるじゃろ」

「ほえー … 」

「あれは過去の地球に遠い星々から届いた巨大な経典の一部なのじゃ。宇宙の真理を説いているがまだまだ未発見のものは多い。
石に近づいた者がみな登りたくなる衝動に駆られるのは地球の人間も宇宙人の子孫のひとりだという証拠なのだ」

「ほやー … 」

「若いときから千日回峰の苦行を重ねたワシらはな、登りで心拍を上げながら天空に近づくことで そーゆーブッダムリリアムな境地に入れるのじゃ。
世俗ではそれを クライマーズ ハイ と言うようだが少し違う。クライマーズ ハイは、あれはただの高山病だ。サントリー セサミンを飲めば治る。

ブッダのことを日本人は分っているようでじつは何も知らん。
世俗の者にはわかりにくいかも知れんが、ワシは 「ゴリオシスキー オシグレ」 というナニ人だか分らん男のカラダを借りてM16冥惑星から地球に降臨してきた 「ガンダーレブッダマゴーヤ」 の1948番目の弟子なのじゃよ」

「あやー ‥ スワロフスキーの親戚け? ぶったまげーた」

「降りたのは極北だった、たまたま流氷の上に乗って白熊の狩りをしていたのが ゴリオ だっただけだ。
その後北半球では大戦があって敗戦国の兵士が大勢シベリア奥地に抑留されて来た、数年後ワシは帰国する彼らと共に日本に来た。だから 「押暮 好」 と日本風に名乗っておる」

「ほーんでオメさまは射的場の タミヤ M16ライフル の名人なんだなあ〜、 茶熊のテディ ベア 取ってくれたっけねえ〜 
あのBB弾は当ると痛でがった、尻に赤いアザが出来てオメさんに撫でてもらったことは忘れでいねーだよ。あの頃からオメさまはオナゴの尻が好きだったなあ〜」

「おい そーゆーハナシになるかや〜?」

「オメさま! 他のクラスのオナゴの尻も撫でたのでねーけ? キティちゃんなんか取ってやって 気ぃー引いたんでねーのが、 この手が悪いー しっぺしてやる〜」

しゃもじ を振り上げるカヨちゃん、おしぐれさんはお替わりのご飯の茶碗をひっこめる。

「あーおほん、落ち着け。
でな、ワシがおまはんと暮らすに当っては星の僧籍を脱せねばならん。つまり破戒じゃ。
これには厳しい掟があってなあ。西国を巡って石鉄山の弥山に登り、最終解脱を得て涅槃廟からの信任状を貰って宇宙ポストに返さねばならん。
登るのはもちろん自転車でだ、世俗ではヒルクライムの完走証というがな」

「いしづちさんのみせん? それ何処よ、クリミア半島にあるだか?」

「おまん、日本地理を知らんのか? 無理もない、中学時代はヤンキー娘で鳴らしておったからのう。
石鉄山とは四国霊場 石鎚山の主峰のことだ。弘法大師こと雲海和尚が修行をされた霊山じゃ」

「なあーんだぁ 雲海かぁ、 ウンなんならばオラの店にもあるだよ。
ボトルに詰めてなし、ぬいどう石山をひと巡りして来るっさぁね。そーすば おんなし霊験があるだっぺーよ。
遠くまで行かねえたってもなぁ、 高けー石の山っこならば そばにあるっぺよぉー、 ほれっ そば焼酎 雲海だあ!」

「あのなぁー そーゆー 座布団二枚みたいなハナシではないのよね」

「なしたら どーすば いーなし?」

「はぁあぁぁー ‥ どーすば いいだかなやー。ワシまだ解脱しとらんで分らんわー それよりもう寝よか?」

不毛な会話が毎朝の食事のたびに交わされるようになって、いつも 「もう寝よか」 で円満解決する。
だが、いよいよ決断しなければならない時が迫って来ていることをふたりとも気づいてはいるのである。

どーするよ おしぐれさん。
もう三編連続で章末近くになるとそう書いている。つまり大間を出発して福浦漁港近くまで来てから三篇2か月、自転車はぜんぜん進んでいないのだ。
そんなぐずぐずの作家が作家の私は許せない。

「朝飯くったらもう寝る」 をくり返していてはアスリートとしての能力が衰えるばかり。
ぬいどう石山の回春キノコ効果はいつまで続くのか分らない、だからといってもう一度キノコを食ったら今度こそ死ぬかも知れない。
キノコなどに頼らずここを出て、貧すれど気高き僧の道を行くのが正しいことではないのか。

サイクルアスリートとしての大義を果たすためには一つ箇所に留まっていてはいけない、日本中の峠坂が待っている。
残り九十九の坂を越えて行かなければ大願成就とならんが、果たして大義とは大願とは何だったろうか。
今の安穏享楽の暮らしがペテン師としては大願だったのかも知れない。しかし大義となると こりゃーもう 茅野の詐欺師先輩の教えを乞うまで分からん。

修行の怠りを叱責するお師匠様には天才ペテン師のおしぐれさんのことだから上手に誤魔化すことは出来ようが、自転車の脚が回らなくなっては天空への坂は登れない。
練習用の仏ヶ浦の坂ですら二度も降りて押しながら、踏み切れないのはギヤ比が合わないせいにしている己が恥ずかしくなってきたおしぐれさんなのである。

カヨちゃんとの泰楽すぎる暮らしを捨てて再び荒野に踏み出し、野仏に手を合わせては村人の供えた団子やバナナを貪り食って空腹を満たし、ついでに煙草も失敬する流浪の道を選ぶのか。
カラスに供物を先取りされないよう暗いうちから村人の訪れるのを待つくらいなら、いっそ托鉢に行ったらいいのに … 読者諸氏は思うでありましょう。

ところがこの破戒の怪僧は自転車軽量化と称し、なんと野の僧にとっては天界と在野の命を繋ぐ大切な托鉢の鉢をヒョイと捨てたのです。大した覚悟でございます。
その鉢は現在は隣家の犬の茶碗となって活用されておりますゆえご安心ください、いづれ返してもらいます。

おしぐれ僧の持っているものは左手首のリストバンド代わりにひと巻きしている紫檀のお数珠と、首に掛けた有効期限の過ぎたVISAカードだけ。
えらい軽量化でございますが、バックナンバー 「自転車屋おやじシリーズ」 で紹介したあの一休さん似の小僧が首に掛けていた母の形見のパクリです。
小僧は後々の円空でした。恐れ多いことでございます。

このVISAカードでは 「道の駅ヨコハマ」 でスワロフスキーを買うことは出来ません、でもローマ法王とダライラマのサインが残っておりますので海外圏でなら今も使えるはず。

思えばずいぶん でほらく を書いたものです、その折に実際に作家が彫刻刀を握って彫った仏さまは実家の母が気に入ってくれて父が眠る仏壇に置いてあります。ありがたいことでございます。
以前にその木仏の写真を本欄に載せております、ご興味の読者はバックナンバー 「おしぐれ俊ちゃん つんのめり俳句」 あたりにお戻りのうえご笑覧くださいませ。

おしぐれさんが極北から当時の復員兵と一緒に船に乗って日本に来たと言うのが何処まで本当かはわかりません、でも作者は信じているんです。
40数年前にはカヨちゃんと一緒に中学生だったという時代考証の矛盾さがたまらなく好きなんです。ですからこれらは本当なんです きっと。
宇宙時間では 「何んだっちゃーないさ」 の許容誤差なんです きっと。


episode 9 につづく。


写真 左 人切り峠の激坂を吸血アブの猛追を振り切って駆け登る、秘策のスーパーローギヤを装着したおしぐれさんの愛機 コブラ号

写真 中 12‐30T ワイドレシオの後ギヤと大きな歯数差を吸収対応するシマノの新型変速機。ネット通販で今春購入、支払いは来月。

写真 右 ポリッシュシルバー仕上げが美しいスギノテクノ製小径フロントギヤ、金色が眩い5個のピンボルトはチェーンを繋ぐKMC(台湾)製ミッシング リンクの金色とビジュアル的整合を図ったもの。

速い選手の駆るマシンには必ず美しい統一性が見られるものです。
写真のマシンは、美しいマシンの選手が必ずしも速いとは断言しきれない見本のようにも思えますが … そっ それを本人に聞こえるように言っては成りませぬぞ。

「破滅的エレメンツを含む言葉は口にしないのがM16フェミニン星のたしなみなのです」 ってかあー  べらぼーめえー 聞こえたぞー。

おしぐれさんの ロード歳時記 「核燃サイクルロード」 episode 6
2014/03/19

夕方になっておしぐれさんの体調が変になった。

昼寝していたおしぐれさんだったが、なにやらそそくさと起き出してトイレに駆け込んだ。
ひとしきり籠っていた個室から出て来てカヨちゃんの居間の座布団に座っても、すぐに 「うううー」 と唸って下腹を押さえ、よろよろとトイレに戻って行く。

下痢 腹痛が収まらなくなって、その後は居間とトイレの間で行ったり来たりをくり返す。
その日午前中にはあれほどの勇壮を誇り、青森県警のミニパトカーを駆逐した股間の大砲であったが、今は意気消沈 轟沈撃沈 憔悴の枯れ尾花。

そう書けば読者は、誰だってピーンと来るものがありますわなあ。
「変なモノを食うからそうなるんや、あーゆーモノはひとつまみ食べただけでいいのんや。それをまあー いやしく両手いっぱい分も食うから そーゆーことになる」

ここでこの編からお読みの新読者に誤解のないよう説明をしておかなければなるまい。
おしぐれさんが食ったという 「変なモノ・つまみ食い・両手いっぱい」 というのはカヨちゃんのコトを指すのではなく、石山で拾ったイワタケキノコのことでありますから変に気を回わさんでちょーだい。

「なあーんだ そうかいな。オラはまた 台所の流しの中で 「ピュッ」 と潮を吹いていたホヤのことかと思っていただんべーよ。
この時期のホヤは産卵前の腹パンパンでなあ、朝にオラが届けた虎ホヤは卵巣に 「ピリッ」 とした毒があってな。そごがまた旨いんだけんども都会のひとにはどーかなあーと ちーっとばかし心配しておったんだあ。
そーかあ 当ったのはイワタケかあ。 このすけべえめー。 だどもホヤでなぐって えがった えがった。 オメさん もういっちょう食うかね」

これは暗くなった頃に様子を見に来た浜の漁師爺さんの弁。

「ばかやろー ちっとも えがねえーぞ。海で溺れたときのような味のする あーんな奇っ怪なもの、二個も食えるか べらぼーめー。 ダイオウグソクムシのほうがまだマシじゃあー」
これはおしぐれさん、上り框(かまち)に手を突いて四つん這いのまま、気力を振り絞る渾身の叫び。

「だいたいにおいてやでー、致死のフグ毒をも もしかしたら蹴散らす程の薬効を含むという得体の知れんキノコをやでえ、回春目的やから言うても用法 用量も知らんと生干しのまま頬張る人がおりますかいな。
煎じ汁をチビチビと飲用するモノかも分らんし、もしかしたらアソコに塗り込むのが正しいのかも知れん。爺さんに聞いてみいーや 知っとるかも分らん。
なにー もう帰ったあ? 何しに来たんやあの爺い」

「せやからな、石山の下のあの密食の場面設定には作家の無理があると申しておるんじゃ。功をあせっておしぐれさんに人体実験を強いたとは人命軽視にも程があるやろ。
こんな辺境の地で主人公が命を落とすことにでもなってみなさい、シリーズ本の爆発的売り上げ増を見込んで早々と増刷を指示した団塊屋書店はあっけなく倒産してしまうやないか。
そんなことになったら債権者のワシらにも類が及び、「下北の 変なもの 見たり聞いたり グルメツアー」 の計画がオジャンになるやないかい」

こちらは episode 1 からの複数の読者。さすがの常識派でございます。



episode 7 へつづく

なにー! もうお終いかいな? 今回はえらく短いやんけ。 

はい、じつは作家も下痢気味でして、長く机に向かっておれんとです。
石山の下に落ちていた例のキノコをひとカケラだけ拾って ‥ もちろん責任上の必要性の観点から ‥ ちびっとだけ 食べてみたのですわ。
是空の味でおました。即ち無味乾燥の大宇宙の味でございましたが先ほど来、妙にお腹で磁場嵐のような雷鳴が ‥ ゴロゴロと ‥ 。

ホヤのほうはいまだ食す機会がございません。海で溺れたときのような味とは果たして ‥ 海王星のことでございましょうかねえ。

えっ! カヨちゃんはどーして登場しなかったのかって? 

おしぐれさんのトイレ通いのさ中には、ゆっくりお風呂で美肌のお手入れ中でおましてな、外の騒ぎはなーんも知らんと美容によいとされる虎ホヤを二匹もお湯に浮かべて 「ピュッピュー」 と潮を吹かせ キャッキャ と笑っております。
四十数年の歳月の空白を一気に吹き飛ばす青春の 「ピュッピュー」 でございますぞ。

磁場嵐のなかで方位計の狂ったおしぐれさん、大丈夫でおますやろか。

そーや これで episode 7 を書こう。


おしぐれさんの ロード歳時記 「核燃サイクルロード」 episode5
2014/03/17

ぬいどう石山から帰りの林道を矢のように降りて来るおしぐれさんは絶好調だった。

軽く踏んでもグングン速度の上がる下りの坂にかかったすべてのライダーは、カーブの回転半径を大きく取りながら旋回することで出来るだけブレーキ頻度を減らす、というエネルギー保存の法則にアタマが支配されている。
地球温暖化防止の観点からも正しいことであるうえに、それが最も速い走法だからブラインドなコーナーでもアウト側からインに向かって果敢に攻め込む。

対向車がふいに現われるリスクもアタマをよぎらないワケではない、だが ノーリスク ノーウイン は自転車ロード界の金価条である。
オールドかつへたれといえどもロードの先を目ざしてバイクを駆る男は勇敢なるチャレンジャーでなければならん。
それは地上を行くすべてのライダーの鉄の掟である。おしぐれさんとて例外は許されない。

石山の下で汚く干乾びたイワタケキノコを偶然見つけた。これぞ天の采配 もっけの幸い。
周りを見回し誰も見ていないのを確かめて拾い上げ、ありがたく頭上に拝して地上でただひとりの例外とならぬよう ぬいどう石神さま にひたすら念じたのだ。

そして土やヒバの葉を払って貪り食ったイワタケキノコ。
スーパーなドーピング効果は思わく通りの薬効か神さまのご沙汰かその辺はよう分らん。分らんでもいいのじゃ、とも角パワーが現われて脳みそをスーパーハイにしているから今日のおしぐれさんに怖いものなどありゃーしない。

「あってたまるか べらぼーめー」 なのだ。
バイクを限界まで倒しこんで攻める、攻める。果敢に攻める。

「果敢に攻める」 というフレーズが醸す響きのなんと心地よいことか。

テクはプアでもモチベーションは満々。しかもマシーンはオールドイタリアンの至宝、27年前までは世界戦を百戦百勝で飾ったクロモリ・スチールの雄 コルナゴレーサーである。ライダーの限界などにかかわらずびゅんびゅん進む。
限界というものがどの程度以上を指すものかはライダーの能力それぞれだから、それはそれでいいのだ。数値で表して何になる、人には人の事情というモノがあり、それをいうのはプライバシーの侵害というものではないか。

速ければいいのだ。なんだってかんだっていいのだ。
ひとより早くゴールすればウイナーなのだ。ビクトリーアンなのだ。メダリストなのだ。

百歩ゆずってひとに遅れたとしても、自己最速の更新を果たしたのならいーじゃあないか。文句があるかー べらぼーめー。

乗ってきたおしぐれさん、気分がハイになっている。
「オオウラヒダイワタケ」 のドーピング効果が早くも出たものか、元々乗りやすいタイプのご仁なのか、それとも下りで足がよく回るだけなのか、競う相手のいないたったひとりの山中で怪気炎を上げている。

とも角、ブレーキレバーには人差し指を一本引っかけただけで下ハンを握り、鋭い前傾姿勢から上目使いに前を睨んでコーナーに突っ込んで行く勇敢なおしぐれさんである。

そらーもう この世のモンとは思えんだす、鬼気迫るとはこーゆーモンでおますかいな。
へたれなご仁でも数年にいっぺん、こーゆーことが起こるんですわ。鬼が憑く とはまさにこーゆーことでっしゃろなあー。

石山の下で飲み下した 「オオウラヒダイワタケ」 が効いたのかどうかは定かでないものの、矢でも鉄砲でも止められぬ勇猛果敢。猪突猛進。股間勃起。魑魅魍魎。
奇怪なモチベーションの発する気合の伝播というものは恐ろしいもので、この日初めて遭遇した軽自動車が下から坂を登って来たのだが、向かって来る自転車の気合いの電波波形が異形なことに戦慄して道の端に止まったその鼻先をヒラリと躱してコーナーに消えて行った。

次々に現われる左右のコーナーのたび内側ペダルを引き上げて外足を踏んばり、路面との干渉を避けながら限界速度で攻め続けるその雄姿は、若き日のグレッグ レモンか在りし日のマルコ パンターニ。
下りが続けばへたれのおしぐれさんだって鬼になっちゃうんだあー 文句あっかあー。

長い直線では上体を引き起こし空気ブレーキを胸に受けて速度超過をコントロールしながら背を伸ばして、詰まって狭窄状態の背骨を整列させる。
このとき思わず口を突く喜悦の声は、お決まりの 「ヒュッ! ヒュー」 である。鬼の咆哮なのだ。

ひとしきり咆哮したあと脳裏に鳴り響くのは勇壮な軍艦マーチ。
「じゃんじゃん じゃんじゃか じゃっちゃっ んちゃ んちゃ ちゃ 天気晴朗なれども波高し 我れ 敵艦隊の分断作戦に成功せり 敵艦95%を殲滅撃沈 当方損害微少 総員壮健なり」

そうだ! カヨちゃんに電報を打たねばならん。
「トラトラトラ 我れ 回春に成功せり 勃起度 硬度 心拍数共に 95% きわめて壮健なり。懐かしき母港まで残り4分の1時間、着岸準備の万端遺漏なきを望む」

栃木ならどんな山奥の林道にだって立ってあるべきはずの電信柱がここ下北にはないから、ここは発信者自身が走って電文を届けたほうが早い。
届くまで魑魅魍魎のポテンシャルを保ち続けられるか、効果の持続性の実証実験が済んでいない科学者は急ぐしかない。
ペダルに力を込めたおしぐれさんの真摯な表情はまさしく科学者。

あっという間に山を降って、カヨちゃんの待つ海峡ドライブインの駐車場に飛び込んだとき、ポテンションメーターは最高潮に達していた。
ぴちぴちのサイクルパンツを突き破らん勢いで中のタケノコが呼応しているのは石山イワタケの効能と決まったワケではない。だが人の思い込みに勝るサプリメントもまた無いことも確かなようで … 。

この思い込みがどんな結末を招くものやら作家は不安に駆られるのでございます。
さりながら、今爾のおしぐれさんの勢いを止めるに足る筆の力を持たぬ身といたしましては、たとえ悲惨な結末であろうとも甘んじて受け入れようと心に決するところでございます。

「待たせたなあ カヨちゃん、さあ 40年分の青春をしようぜ!」

台所でホヤの潮吹きをしていたカヨちゃんが呆気にとられているのを構わず、その手を引いて店の奥へと進まんとしたちょうどその時、先ほどの軽自動車が後を追って入って来た。
よく見ると白黒に塗り分けられ屋根に赤色灯を回転させた青森県警のミニパトカーだった。

「げっ! もうイワタケのことがバレちゃったのかい? 半日ほど待ってくれないかなあ。40年の歳月を越えた感動の青春の逢瀬なんだぜえ。
おめら武士の情けっちゅコトバを知らんのけ。無粋なやっちゃなあ、回転灯止めんかい!」

おしぐれさん、ドーピングびんびんだからお上の乗り物に向かって毒づく。赤い回転灯にムカつくのは闘牛の牛だけやないねんでえ。

それにしても何だってバレちゃったのだろう。
電気も光回線のケーブルも行っていない石山だから監視カメラなどあるはずがない。
山の駐車場には先登者のクルマが止めてあったが石山の先に続く登山道を恐山の方へ縦走して行ったものか、一度も姿を見ることはなかった。
拾ったイワタケをおしぐれさんが飲み下すところを見ていた者があるとすれば北限猿のボス猿ルノーだけだ。彼奴が密告したのだろうか。

それにしてもどうやって?
あの辺りは携帯電話だって通じない山中だ、しかも猿がどうやって警察に通報できたのか謎だが他に目撃者はいないから内通者はルノーのようだ。
大間崎で再会したらマグロを食わせてやると言っておいたのに、あの裏切り者めが。

おしぐれさん、天然記念物のオオウラヒダイワタケを密食した大罪人でありながら密告者の詮索をする。
犯罪者が追い詰められたときの共通の心理だが、悪いのは自分ではない世間だ。とする心理が生まれるのは戦後の学校教育の方向をねじ曲げた日教組の責任だ。

おしぐれさん、今はそーゆーハナシでねーべ。
おめさん! 出家の身でありながら自転車のサドルを凹ますほどの股間ポテンシャルを受けて、判断の基準が色即側に傾き過ぎているべさ。

「押暮さんというのはアナダですね! 間違いないですっか?」
助手席側から降りてきた年嵩の警官が近づいて来た。
もう一名の若い方は少し離れた位置で無線を使って何か交信している、おしぐれさんから眼を離さず右手は腰の拳銃に掛ったままだ。

げっ! 指名手配されてんのけ ワシ。恐るべし青森県警。
「いかにも拙僧は 時雨流宗門一派 筆頭祐筆 ゴリオシスキー押暮でござる。御用の方にお見知りおかれるとは至って光栄でござるが、如何ようなお訊ねでござろうかな」

ここで動揺を見せてはならん。
猿の証言を正式な法廷証拠として採用する裁判所はなかろうから否認を続けて時間をかせぎ、胃腸内のイワタケキノコが完全消化されてしまうのを期すべし。

騒ぎを聞きつけたかこの辺りでは珍しいパトカーの臨場に近隣のひとたちが集まって来た。
とは言っても隣りのぬいどう食堂夫婦と浜の漁師の爺さんの3人、それに食堂のブルドッグ1匹。国道に信号機が付いたとき以来の人だかりとなってしまった。

ブルドッグめ胡散臭そうにおしぐれさんの周りをグルグル回って匂いを嗅いでいる。
こやつめ麻薬探査犬の訓練など受けておらんだろうなあ、うかつに屁などこいてイワタケ成分を漏らしてはならんぞ。
警官から尿の提出を求められたらレッドブルを2缶飲んだと言い添えておくつもりだが、ブルドッグの嗅覚とは手強い相手が現われたものである。

「アナダ 三沢市の寺山修司記念館にクルマを置きっ放しにしていますね。宇都宮ナンバーの白いワゴンですよっ! アナダのですねっ」
管理人から警察に相談がありましてな、駐車場に県外ナンバー車が何日も止めてある。
自転車を降ろして乗り出して行ったのを目撃しているが、いつまでも帰って来ないのは事件事故に遭ったのではないか。とねえ」

その通りにおしぐれさんは下北半島の入り口までトランスポーター車で自転車を運んでいる。
ほどよい処に無料の駐車場があって、立派で安全そうなうえにガラガラだったので、其処に置かせてもらったまま自転車旅に出発したのだ。
劇団 天井桟敷を主宰した寺山修司の故郷に建てられた氏の功績を顕彰する記念館だったとは恐れ多いことをしたものだが、今までトランポ車を途中に置いて来たことなどコロッと忘れていた。

「そこで栃木県警にナンバー照会を行って、盗難車や逃走車両でないことは確認されただども、肝心の所有者は自宅を出たまんまで見つかんねえと栃木からの返事だあ。
わが青森県警は来県者への安全おもてなし度ナンバーワンを目ざして活動中でありますっからして、あだしら生活安全課では全県手配でアナダを探しておりましたところ、今朝になって北里大学 十和田キャンパスの学生から有力情報が得られたんだす。

「そのサイクリストなら大間崎から脇野沢を目ざすと言っていた。今ごろは仏ヶ浦かぬいどう石山辺りでしょう」
というものだったでがす、無事でよかったでがすが無茶しますなあ アナタ。
あの道は林道とはいえ一応は公道ですからのー、フツーに走ってくださいよ。 あだしゃー パトカーが自転車に轢かれるかと 肝を潰しましたわいねー」

学生とはあのオートバイ青年のことだ、フグ毒に当って死んだ爺いちゃんの仇を討つためオオウラヒダイワタケの持つ稀有な薬効作用を研究していると言っていた。
フグ毒の克服に至る前にイワタケの稀有な回春作用を発見してしまったのだが、北里柴三郎博士の遺志を継ぐ好青年である。

「アナダ お坊さんですかいね、それにしても いやいやいやー お元気ですなあー。プロライダーかと思ったっちゃ。
んで? こちらのおかみさんとは? いやいやー そーですかあ 中学の同級生、はるばる遠くから会いに来たと、しかも自転車で。いやいやいやー お二人ともお若いですなあー ‥ うらやましい 」

警官、おしぐれさんの派手なサイクルウエアを見つめて嘆息を吐く。
宇都宮ブリッツエンチームの公式ジャージは栃木県内有力企業のスポンサーロゴがびっしりプリントされている。胸元の第一位ロゴは東証一部上場の地銀ロゴである。背中のセンターには今をときめく宅建業界の雄のロゴ。それを着ているだけで身分証明書のようなものだ。

彼はおしぐれさんが履いているぴちぴちのサイクルパンツの、もっこりした股間辺りにも熱い視線を注いでいたが、気を取り直して職務を遂行する。
「はい これが寺山修司記念館の電話番号、事情を説明して早目にクルマを取りに行ってくださいよっ。したらば本官はこれにて失敬するだす」

すごいぞ 青森県警、おもてなし度ナンバーワンは間違いなしだ。
パトカーが到着したとき容疑者がカヨちゃんの手を引っ張っていた怪しい行動は見なかったことにしてくれたようだ。
おしぐれさんの股間を見て恐れ入ったのだろう。そうだろう、そうであるべきなのだ。青春のつづきなのだから当然だ。その辺りの大人のご配慮を本編にてしっかりアピールしておくからゴメンしてちょ。

「さあさあ 見世物じゃないんだから皆んな帰ってちょうだいっ!
おしぐれさん、よく帰って来てくれたねえ。 あだし 嬉しい! ウニ丼でビール? それともお風呂が先? 早くこっちさ入ってえー。
こらあー ブルドッグ おめは家さ帰れーっ!」 

カヨちゃん、「本日休業」 の看板の余白にマジックペンで 「しばらく休業」 と書き足して表に出し、戸口をピシャリと閉めてしまったが思い出して表に放ったらかしにしてあったホーキを取って来て、恥ずかしそうに笑った。
静寂が戻り、上り框(かまち)に腰かけて靴を脱ぐおしぐれさんの耳に台所の流しの中で生ホヤがピュッと潮を吹く音が聞こえた。


episode 6 へとつづくだす。

いやいやいやー  作家も大変ですなあ、最後までもちますかいな? 潮まで吹いちゃったって アナタどーします? レッドブルでも飲みまひょかあ。

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